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4_3 女騎士のいる生活(後)


 生徒の関係者が、教師に暴力を振るって気絶させた。


早朝、校門前で起きた事件のあらましを客観的に言えばそうなる。


目撃者として教師たちに呼び出されたミハルは青くなっていた。



(どんなにこっぴどく怒られることだろうか。反省文で済めばいいが、悪くて停学にされるかもしれない。下手をすれば退学になるかも……)



入って一か月の学校で、事情も前例も良く知らないミハルは青い顔をして処分を覚悟していた。




 が、事態はミハルの思わぬ方向に進み始めた。


それは二人の証言によるところが大きかった。



「郷田先生は、安川君の髪の色を大声で叱っている間に突然倒れました」


 

 現場にいた生徒の一人、大師堂マドカは教師たちに向かってそう言い切った。


彼女の証言は結構な発言力を伴って教師たちに受け取られた。


成績優秀なマドカは模範的な生徒として教師たちからも受け止められていたことと、姉が生徒会の会長であったためだ。



「突然立ちくらみを……ええ。違います。生徒に暴力を受けたということはありません……本当に」



 昏倒から回復した当事者、郷田教諭は顔に絆創膏を貼りつけたまま、普段の彼からは程遠い覇気のなさでしどろもどろに口述した。


彼は敢えていくつかの事実について黙っていたが、秘匿はしても大きな虚偽は交えなかったし、真実を喋った。


結局、二人の証言は他の大半の生徒たちの証言とも特に矛盾することはなかったのでそれ以上追及されることはなかった。



校長以下教師たちは短い職員会議を開いた結果、実にプラグマティックな解決策を選択した。


 『何もなかった』ことになった。




 「―――――びっくりしたよ、もうすごいんだから!」


 昼休みの屋上。


意外なことの結末に呆然とするミハルをよそに、大師堂マドカは黄色い声で歓談していた。


その目はきらきらと輝き、憧れの歌手のライブでも思い出しているかのようだった。



「こう、ジャイ公の手首捻り上げてね。んで、ミハル君助けたらポイって離して」

「ほうほう」

「郷田がキレてクリップボードで殴ろうとしたところを……こんな感じでよけて、パーンって!」



模倣のつもりで繰り出された張り手は、勢い余って真正面に立って体育教師をやっていたジュンの左頬に直撃した。


「いてっ!」

「あ、ごめ」



思わず背中を曲げたジュンに対してマドカは素直に謝った。



「へぇ、俺も見たかったな。郷田のやつがノックアウトされるところを」



弁当をつまみながらタクヤが感想を漏らす。



「しかしいきなり髪引っ張るジャイ公のやつひでーことするよな……大丈夫か、ミハル?」

「ああ、うん。髪の毛抜けたくらいだから。ありがと」

「今度ふざけたマネしやがったら教育委員会にチクってやろうぜ。任せろ、うちのおじさん市会議員だから」

「お。珍しいねマッキーが実家のことあてにするの」

「利用するときは利用するんだよ」


 

 マドカの茶々入れにもタクヤは平然と返した。


こんな風に静かに怒っているのは珍しいな、とミハルは意外に思った。



「でもかっこいいなー。外人のレイヤーさんなんでしょ、キレイな人だったよね」



マドカに張られた頬をさすりながら、ジュンが他人事の気安さでこぼした。



「そう、すっごい美人さん!才色兼備っていうのはああいう人を言うのよ、きっと」



 知らないっていうのはとても幸せなことなのだな、とろくに話したこともない女騎士の話題で盛り上がるジュンとマドカを見てミハルは思った。



「で、あの子誰なの?」



マドカが突然ミハルの方へ話を振ってきた。



「え?」

「学校まで連れてくるなんて、ただの知り合いじゃないよね?」

「それは、その……」

「まさか、ミハル君の彼女?」


 

いきなりベンチのすぐ隣にマドカが腰かけてきて、思わずミハルは及び腰になった。


破願する彼女は何故か、ひどく嬉しそうだ。 



「いや、そういう訳じゃ」

「キャー、送り迎えまで一緒だなんて妬けちゃう―――」

「えっ、そうなの!?」

「なっ!?」



どういう訳か牧野があからさまに狼狽え始めた。



「そ、そんな訳ないよな!ミハルにはそういうのはまだ早いって!」

「なんでお前が慌てるんだよ」

「どうしたのマッキー」


きょとんとするマドカとジュンを気に掛ける余裕もなく、牧野タクヤはあたふたと手を振り回して主張を始めた。



「俺が思うにだな……ミハルにはもっとこう……ちょっと地味でもしっかりした大人しい子の方が合ってると思う!なぁ!?」

「なあって言われても」

「どうしたのマッキー変だよ」

「…………!」



脂汗をかきながらぶつぶつと口の中で何事か繰り返し始めたタクヤを無視して、



「とにかく、あの子にまた会わせてよ!ね、いいでしょ」

「俺も俺も!お喋りしたい!」

「お……俺も一回話をしてだな……。そ、その、ミハルとはどういう関係なのかちゃんと確かめて……」

「あー、分かった分かった」



口ではなだめながら、ミハルは頭の中でどうやって友人たちからあの女騎士を遠ざけたものか頭を回転させ始めていた。




 放課後。



「今日もミハルくんのお店行っていい?」

「ダメ。おじいちゃん帰って来てないから開けられない」

「じゃあミハルくんち遊びに行ってもいい?」

「じゃあ、って何……?」



 昇降口で帰り支度をしながら、ミハルは女騎士との関係を聞き出そうとくいついてくるマドカたちに苦慮していた。



「隠さなくたっていいでしょ。あの騎士の彼女さんの話聞かせてよ」

「だから彼女じゃないって」

「本当だろうなミハル!」

「ミハルくんちなら俺も行きたい。まだ遊びに行ったことないもん」



 あっという間にジュンとタクヤも食いついてくる。


どうして自分と違ってこの友人たちはこう気安くて対人関係に積極的なのだろう、とミハルは心の中でひとりごちた。



「なんであいつのことがそんなに気になるのさ」

「だって美人だしかっこいいじゃん」

「どういう関係かちゃんと説明してもらわないと……」

「アタシお友達になりたい!」

「え……。正気……?」

「ん、何あれ?」


 思わず愕然としたミハルの口から洩れた暴言を、マドカは聞き逃した。


 

 事務棟を挟んでグラウンドの向こう側、校門のあたりで何やら人だかりができているのが見えた。


学校の敷地の外……門柱そばの公道で、何かを囲んで雑然とした人の囲いが生まれている。



「あれ、なんだろ」

「何、また何かあった?」

「…………」

「見に行ってみよ」


 ミハルの中で猛烈に嫌な予感が走り、怖気が背中を震わせた。


今からでも走って裏口から出ようかという衝動が突き上げてきたが、周りの三人に流されるまま正門の方へ進んでしまう。



「ねー、お姉さん教えてくれても良いでしょ。誰待ってんの」

「貴方たちには関係ありません。気安いですよ、私には既に決まっている伴侶がいるのです」

「…………」



 金髪の女騎士がいた。


ただ立っているだけで目立つその姿に、下校中の生徒たちが足を止めて好奇の視線を投げかけている。


中でも思慮よりも情欲で動く、いわゆるチャラい男子グループがしきりに声をかけているが、けんもほろろと言った有様で相手にしていない。



「やっぱり目立つな……」

「鎧かっこいいよねミハル君の彼女」

「校門でお迎えとはアツアツですなあ」



げしげしと、友人たちが肘撃ちや軽く平手打ちを見舞ってくる。


ミハルはどんよりとした目で、いっそ背中を向けて全速力で逃げ去ることができないか真剣に悩んだ。



「ミハル!」



が、女騎士に見つかる方が早かった。


どきっとしてももう遅い。足早に近づいてきた女騎士は、そっと眉を潜めて耳打ちしてきた。


 

「ご無事でしたか?あの粗野な男に嫌がらせを受けたりはしなかったでしょうね」

「はあ?」

「もしまたあんな無礼を働くことがあったら、私がしかるべき報いを……」

「そういう物騒な発想はやめろ!」



 初老の守衛がプレハブの受付から顔を覗かせるのを見て、ミハルは慌てて声を潜めた。 



「……なんで来たのさ!」

「何故と言われても、送迎中は護衛をしても良いと言ったではありませんか」

「あれ、ナシ!さっさと帰って!」

「な!約束を反故にするなど褒められたものではありませんよ!『男子の一言金鉄の如し』という格言を知らないのですか!?」

「だからなんでそういうことばっか詳しいんだ……?」


 顔を真っ赤にして抗弁する女騎士に、ミハルは徒労感にとろんと遠い目をした。



「何あの子?うちの生徒の知り合いなの」

「んだよ、男待ちかよ……」

「彼女にコスプレさせて出迎えとは、やるなあの一年坊……」



 周りから無責任な声が聞こえてきて、慌ててミハルは我に返った。



「と、とにかく!早くどっか行って!」

「もう、どうして貴方はそう落ち着きがないのです」

「どうして学校の中に入ろうとしてる!?」

「せっかくです、教授方に挨拶をしていきましょう。貴方のことをよろしくとくれぐれもお願いしておかなければ」

「お願い!帰って!お願い―――!」



肘に絡みつく少年を引きずるようにして校門の中へ進もうとする女騎士に、ぱっと立ちはだかる影があった。



「む?」

「こ、こんにちは……」



まだ少し照れがあるものの、それでも愛想よく笑いながらマドカたちが声をかけてきた。



「貴方たちは昨日の。ミハルとは学友だったのですか」

「そう!お友達です!」



 ぱっとマドカが表情を輝かせる。



「今朝のすごい恰好良かったです!」

「あの程度、称賛されるほどのことではありません」

「でもすごいですよ!こう目にも留まらぬ早業っていうの!?」

「日頃鍛錬を積むのは騎士の義務、当然のことです」

「きゃー、キャラ作りすごーい!」 



 きざったらしく目を閉じて腕を組む女騎士を、やんややんやと友人たちが持て囃し始める。


それに気を良くしたのか、女騎士が相好を崩した。



「立ち話も何です。我が家でお茶でも飲みながらお話しましょう」

「アンタの家じゃないだろ……」



ミハルのツッコミは無視して、今にも小躍りしそうなマドカには聞こえないようにファム・アル・フートはそっと少年の耳元でささやいた。


(任せておいてください、ミハル)

(何を!)

(韜晦は無用です。私が貴方の友人たちと上手く交際できるかを試したいのでしょう?)

(できたら一切かかわりあいを持たないで欲しいんだけど……)

(私が武勇に優れているだけでなく、来客も礼節を持ってもてなすことのできる器量を持っていることをお示ししましょう!ご安心を)

(……)

 


 自信満々に言い切る女騎士を見て、とても安心なぞできそうにもなかった。


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