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4_1 女騎士のいる生活(前)


 気が付けば朝になっていた。


「寝た気がしない……」



 色々あり過ぎて神経が疲れているのだろうか。目を閉じたと思ったら、もう朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。


熟睡した気がしない。遅刻するよりはましだ、と自分に言い聞かせながら一晩出番を待っていた目覚まし時計のタイマー設定をOFFにする。


 

 結局なし崩しに泊めることになった闖入者は大人しくしていただろうかと、寝乱れた髪の毛を手で撫でつけながら居間を目指した。


 

「おはようございます、ミハル」



 食卓では、ファム・アル・フートが何やらボウルを配膳していた。


厚ぼったい時代がかった部屋着の上に、どこから見つけてきたのか祖母が使っていた袖付きのエプロンをつけている。

 

母の遺品を勝手に使われた反発よりも、クラシックなオペラか何かかから飛び出してきたようなその姿への驚きが優って、ぽかんとミハルは口を開けた。



「お、おはよう……」

「食事の支度ができています。どうぞ」



 うながされるままテーブルにつく。


昨日も用意されていた芋粥がボウルに注がれ、プレートには皮がパリパリに膨らんだソーセージとスクランブルドエッグが乗せられている。


この間までの、時間が惜しくてトーストとジャムかマーガリンばかりだった朝食と比べれば雲泥の差で手間がかかったメニューだった。



(起きてきたら朝ごはんが出来てるのってやっぱり良いな)



 などと思ってしまったミハルは、慌ててスプーンを取ってその考えを打ち消した。


さっぱりとした風味だった昨日のものとは違って、今日のはどうやって作ったのか色の濃いソースが上にかかっていた。


粘性のある粥を口に運ぶ。ずっ、と音を立てて啜ると、コクのある味が口腔いっぱいに広がった。



「これ何のスープ?」

「芋です。エレフンの芋は実に質が良いですね」

「昨日と味が違う」 

「私の郷里では芋を使った料理が百種類はできなければ嫁にはいけません」

「マジか」

 

 文化の違いへの驚きのつもりだったが、自分への称賛と受け取ったらしい。ファム・アル・フートが心なしか胸を張ったように見えた。



「良い嫁でしょう?」

「この国じゃ良いお嫁さんはそういうこと言わない」

「む……"エレフン"の文化は難しいです」



 少し考え込むような様子でファム・アル・フートは例の祈りを済ませると、自分もスプーンを手に取った。


 

「……」



 優雅さを感じるくらい洗練された仕草で粥を掬うと、女騎士は一切音を立てずに粥を嚥下した。


幼少期のころから厳しいしつけを受けた人間にしかできない食事の仕方だった。


粥でわずかに濡れた唇が妙に艶めいて見えて、ミハルは相手が年上の女性であることを改めて思い出した。



「何か?」

「ううん、なんでもない!」


 

 なんだか同じテーブルを囲んでいるのが急に気恥ずかしくなって、ミハルはなるべく音を立てないようにしながら慌てて朝食を口に運んだ。

 

 

 食事を終えて、ミハルは着替えようと自分の部屋に戻った。


パジャマを脱いでパンツひとつになる。


例のごとく生っ白い自分の体と、体毛が生える気配のないことに小さくため息をついてしまう。


衣装ケースから替えのシャツを出したところで、あるものが見当たらないことに気付く。



「あれ、ズボンが……」



 長押にハンガーでかけておいたはずの制服のズボンが見当たらない。


洗濯に出したか、と思い探しに行こうとすると、ファム・アル・フートが引き戸を開いて顔を覗かせた。



「ちょっと!ノックくらいしろよ!」

「どうぞ。火熨斗を当てておきました」



 ミハルは驚いた。


女騎士が手にしているのは、折り目正しくきちっと皺が伸ばされた、自分の制服のズボンだったからだ。



「アイロン使えたの?」

「アイロン、というのですか?納戸にしまわれていた道具を使いました」

「……電気とかコンセントとか良く分かったな」

「ファイルーズが教えてくれました」

 <<原始的な構造だったのが幸いした>>



 ミハルの祖母が使っていたスチームアイロンのことだった。


今時温度調整もできない温まるのも時間のかかる骨董品レベルの代物だが、それが幸いしたらしい。



「あ、ありがとう……」

「例には及びません。妻としてこれくらいは当然です」



 ふんぞり返るファム・アル・フートを見て、頭が良いのか悪いのか良く分からないやつだ、とミハルは思った。



「……」

「何?」



 制服を手渡しても、じっと立ったままの女騎士に少年は狼狽えた。



「着替えのお手伝いをしようと……」

「いらない!」


 

 女騎士を部屋から追い出すのに多少の労力が必要だった。




 学生鞄を抱えて玄関へ向かったところで、洗い物を済ませたらしいファム・アル・フートがエプロンで手元を拭きながら顔を覗かせた。



「お出かけですか、ミハル?」

「うん。学校行ってくる」

「学校?」

「なんていうか……教育機関?」



 教育、という言葉にファム・アル・フートは意外そうな顔をした。



「ミハルは料理人ではないのですか?」

「なんでだよ。学生だよ」

「学生?ミハルは知識層の人間なのですか?」

「知識層っていうか、こっちじゃ高校くらい通うのが当たり前で……簡単なことの説明って難しいな」



 ファム・アル・フートはまだ良く分からない顔をしていたが、あることを思い出したように踵を返した。


 

「少々お待ちを」

「え?」

「長くはかかりません」



 ………。



「お待たせしました。では参りましょうか」

「……」



 上がり口で座って待っていたミハルが振り返ると、完全装備の女騎士がそこにいた。


堅固な装甲のところどころで紋様が幾何学模様を描き、腰に結わえた剣帯には身長に匹敵する長さの大剣がひっかけられている。


どう見ても日本家屋には似つかわしくない恰好だった。



「……戦争にでも行くのか?」

「昨日も申し上げましたが、貴方の護衛も私の任務です。そのためにこの装備は必要です」

「誰から狙われるっていうんだよ……」

「あなたは神造裁定者が見いだされた祝福者です。もし害されてでもしたら、法王庁の権威は失墜します!」

「……」

「例えば帝国の刺客とか、東方の狂信者の教団とか!あるいは法王庁の権威に従順でない北辺諸侯が暗殺者を差し向けてくる危険が……」



 深刻そのものと言った顔で、ファム・アル・フートはミハルには理解できない言葉を並べ立てた。



「……連れて行かないぞ」

「なっ、何をバカな!わがままを言わないでください!」



 ファム・アル・フートができの悪い弟が聞き分けのないことを言い出した時の姉のような表情をしたせいで、ミハルはますます不機嫌になった。



「ばかばかしい。行ってきます」

「ひとりで外出なんてとんでもない!私はこの年で後家なんて嫌です!」

「連れていける訳ないだろ!」


 

 腕を引いて引き留めようとするファム・アル・フートと登校しようとするミハルの間で押し問答が始まった。



「外出するのに妻を同伴できないとはどういう了見ですか!」

「了見もくそも、女連れで学校になんて行けないよ!」

「結婚はともかく、あなたくらいの年なら婚約者がいる学友の一人や二人いるでしょう?女性を付き従える者はいないのですか?」

「いねーよそんなやつ!」



 いったいどういう教育機関を想定しているのだろうか。頭が痛くなった気がして、ミハルはこめかみの辺りを抑えた。


 

「だいたい学校に来て何するつもり?」

「もちろんあなたが勉学に励む姿を見守るのです」

「俺だけ授業参観かよ!」



 このままではとんでもないことになる。焦ったミハルは、肩を押して女騎士を家の奥に押しとどめようとした。



「連れていけないから大人しくしといて!」

「どうしてですか」

「アンタは生徒じゃないから!」

「では私も入学します」

「無理!」

「講師の方にちゃんと説明しますから!学費は法王庁が負担します!」

「無―――理―――!」 

「どうして決めつけるのですか。『妻の言うに向こう山も動く』ということわざもあるではないですか!」

「知らねーしなんでそういうことばっかり詳しいんだよアンタは!」

 


結局この不毛な言い争いは、登校時刻ぎりぎりになってミハルが妥協案を示すまで続いた。


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