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3_20 結婚の条件


 結局この日も、ファム・アル・フートから有益な情報を引き出そうとするミハルの努力は徒労に終わった。



 愚図るファム・アル・フートを客間になだめすかして押し込み、ミハルは自室に戻った。


「疲れた……」



 ベッドに体を横たえて目を閉じる。


手探りでリモコン式になっている照明を常夜灯に切り替えた。



「もう今日は寝よ……」

「そうですね。『早起きは三文の徳、長寝は三百の損』ということですし」



 かけ布団がめくれる感触とともに、自分以外の何物かが布団の中に入ってくる気配がした。


「……」

「"エレフン"では寝台でも綿入りの寝具を使うのですね」


枕の隣で何かが置かれる音ともに、ごそごそと掛け布団と敷布団の隙間で何かが動き回る。



「良い夢を見ましょうね……」

「――――――!」


 

『むにゅっ』と顔に柔らかい塊が当たって、形を変えてひしゃげる感触が確かにした。



「おやすみなさい……」

「だ――――――っ!」

 


 慌てて少年はそっと寄り添う腕を振りほどくと、寝台の端っこに飛びのいて照明のリモコンを乱暴に叩いた。


ぱっと室内に光が戻り、寝台の上で寝に入ろうとしていた女騎士が大義そうに体を起こした。



「騒がしいですね。寝る前はそうする習慣なのですか?」

「違う!」



薄い肌着しか纏っていないファム・アル・フートに向けて、少年は抵抗する最後のよすがにように照明のリモコンを突き付けて怒鳴った。



「何勝手に入って来てんの!?」

「夫婦が同衾するのは当たり前では?」

「違う!」

「"エレフン"では男女は同じ寝台で寝ないのですか?……不思議なのですが、あなたたちはどうやって子供を作るのです?」

「だから違うってば―――!?



頭を掻きむしりながら、じたばたと少年はマットの上でもがいた。



「どうしてそんなに私を拒むのですか。もしかして、やはり他に意中の相手でも?」

「いや、そうじゃないけど!」

「だったらいいでしょう!」



女騎士は体を起こすと、癇癪を起した子供の用に手足を伸ばした少年の目の前に座り直した。


 薄着に包まれた豊かな胸が目の前で揺れて、ミハルは思わず視線が釘付けになってしまう。



「…………!」

「まだ子供でも女の体に興味くらいはあるでしょう!ねえ!」



照れがあるのか、本人も頬を紅潮させながら、ファム・アル・フートは声を荒げた。



「私のどこが不満なのですか!あ、貴方が望むなら、閨で何でもします!」

「何でも……?」

「すごいことを……。そう、あなたが知らない男女の愛し合い方を教えてあげます」

「ど、どんな……?」


 思わず少年は生唾を飲み下していた。


切り札を切るギャンブラーの表情で、女騎士の艶やかな唇から必殺の言葉が漏れ出る。

 


「後ろから、背中側から私を愛しても良いです」

「……」



 しばしの沈黙。


動悸が激しくなる心臓の鼓動を聞きながら、女騎士は悟られないように過激極まる言葉をつぶやいた自分の大胆さを恥じ入って頬に手を当てた。



「ああ、言ってしまいました……。私ったら何てことを」

「え、そんだけ?」



 少年の本音が思わず口に出ていた。


「!?」



女騎士が目を丸くする。



「そ、そんだけとはなんですか!?どんな想像をしたんです、いやらしい!

「……」

「まさか、て、手でしたり!く、口を使ったり!!そ、そ、そ、その、神が定めた以外の場所を使おうと!?」

「…………」

「ふしだら!ふしだらです!!子供のくせにそんな、妻に娼婦のような真似を要求するとは!恥を知りなさい!」



 ぱんぱんとベッドマットを手で叩き、女騎士は少年に更生を促す。


 痴女そのものの恰好をした女にベッドの上で道徳的な説教をされてしまう男子高校生は日本中で自分くらいだろうなー、とミハルはぼんやり思った。 



「なんでそんなに必死なんだよ」

「それは……」

「だいたい無茶苦茶だろ、『いきなり違う世界に行って結婚してこい』とか。無茶な命令は断れよ」



今更な気もしたが、妙に落ち着いた気分で少年は冷静に指摘することができた。


これまでの経緯で、女騎士も自分の意に沿わない役目をさせられていることがなんとなく察せられたからかもしれない。



「……」

「無理矢理結婚するのなんかさ、アンタだって嫌だろ?『できませんでした』って偉い人に言ってみたら?案外あっさり許してもらえるかもよ?」

「できないんです!」



 乙女の悲壮な声が響き渡った。

 

そのあまりの真剣味に、少年も思わず聞き入ってしまう。


先刻までとは打って変わって、女騎士の両方の瞳は潤み、深刻に眉が歪んでいた。



「……実は私の家は、五代前に敵対する帝国から法王圏に亡命してきた家なのです。言ってしまえば、よそ者なんです!」

「…………」



異世界の国の枠組みは少年には想像もできなかったが、女騎士が自分の特性や実績とは関係ないところでハンディを背負わされてきたことはおぼろげに察せられた。



「故郷を捨てた者は根っこの部分では信用されません。役に立つことを証明し続けないとダメなのです」

「……そうなの?」

「『できません』と言ったら、もう私は……一族は二度と日の当たる場所には出られないんです!」



 本当なら口にするつもりはなかったのだろう。


額は汗ばみ、ようやく本心を漏らした口は動悸に合わせて息を切らしていた。

 


「だからお願いします!私に役目を果たさせてください!」

「でも、そんなこと言われても俺困るよ!」



今度はミハルの方がトーンを高くした。



「分かってます、申し訳ないとは思いますが!私にできる限りのことはしますから!」

「なっ!」



 両肩を抱くようにして、女騎士が目の前に迫って来た。


咄嗟のことに少年は目を固くつぶり、体重を押し付けてくる柔らかい体に抵抗する。



「なんでもします!なんでも言うことを聞きますから!」

「そんなこと言われたって!」

「貴方がそうしろというなら、家の中では娼婦のような恰好をします!いつでも好きなことをしていいですから!我慢しますから!」

「だから、この国じゃ俺は成人とは認められなくて、結婚できないの!」



 びくっ、とファム・アル・フートの身体が反応した。


少年がおそるおそる目を開けると、乙女は目を見開いて愕然としていた。



「……なぜそんな法律があるのですか?」

「考えもしなかったのかよ……」

「えっと、もしかして、陰毛が生えていないからとか?」

「国が陰毛いちいち確かめるのかよ。どんなディストピアだよそれ」



 信じられない、といった顔で女騎士はかぶりを振る。



「私の国では、同意の上で立会人二人に認められれば何才だろうと夫婦です」

「良いのかそれで」

「もちろん、初夜というか床入りはそれなりに年を経てからが常識ですが……」

「おい何を微妙には鼻息荒げてんだ……!」



 警戒しながら、少年は女騎士の手を振りほどくと、ベッドの上で膝を組んで座り直した。



「……とにかく、家のためとか、なし崩しとかそういうことで、その、最後までするなんかごめんだから」

「……それが"エレフン"の男子の価値観なのですか?」

「そうだよ。俺はその……惚れた相手としかそういうことはしない」



我ながらすごいことを言っているな、と思いつつ今更言葉をひっこめることもできずに、少年は続けた。



「だいたい結婚って、好きな相手とするもんなの。アンタのいたところじゃ知らないけど、政略結婚なんか今の日本じゃ時代錯誤だし」

「……」



 女騎士は神妙に少年の話を聞いていた。


ようやく分かってくれたか、と少年が期待にその様子を伺いだしたところで。



「――――――ということは、好きな相手とは結婚する訳ですね?」 

「え?」



ぱあっと曇り空に太陽が差し込むように、その表情がみるみると明るくなる。



「なぁんだ、そうならそうと言ってくださいよ!」

「ちょ、待って」

「恋愛婚ならばいいんですね!?お互い好意を抱く相手同士ならば結婚しても良いのですね!?」

「えっと」

「良かったあ……。どうしても人には言えない結婚できない事情が何かあるのかと、とても心配していました!」



 本当に女騎士は胸を撫でおろした。


思わぬ方向に転がりだした事態についていけず、ミハルは目をぱちくりとさせる。



「では、問題をひとつずつ解決しましょう!これから私は貴方を好きになれるように努力します!」

「はい?」

「貴方も私のことを好きになってください!なあに、お任せください!あっという間に貴方好みの女になってみせましょう!」



 ファム・アル・フートは晴れがましい顔でとんでもないことを言ってのけた。



「そして、お互い好き同士になったら結婚しましょう!それで全てが丸く収まります!」

「……良いのかそれで」

「何も問題ありません!」

「……本当に?」

「はい、私は結婚して子供さえ産めればそれで良いのですから!」



絶句する少年を無視して、女騎士は決意を込めてその両手を握ってきた。



「ミハル。私は約束します」

「……」

「自分が良い妻で良い伴侶となれることを証明して見せます。頑張って貴方のことを好きになってみせます!貴方に私のことを好きにさせてみせます!」

「……」

「そうしたら、ちゃんと結婚しましょう!!」



 (――――――ひょっとしたら自分はとんでもない失言をしてしまったのかもしれない)



 はしゃぐ女騎士を前にして、少年は自分の身体から血の気の引く音が聞こえてくるような気がした。

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