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3_19 文化が違う



 忌々しいことに、手早く用意された料理はどれも見事な出来だった。

 

「神造裁定者よ。私の祈りをお受けください……。夫婦で食卓を囲むことができる喜びに報いる機会をお与えください……。そしてなるべく早くに男児をお授けください……」

「飯食う前に不穏なことを口走るのはやめろ」


 テーブルについた女騎士が両手を組み合わせて何祈り始めたのには面喰らいながら、ミハルはフォークを手に取った。



 おそるおそる口に運ぶ。


「……」

「口に合えば良いのですが」



 ミハルは答えずに、代わりにみるみるうちに食が進んだ。


 ジャガイモがたっぷり入ったふわふわのオムレツ。

ソーセージと野菜の酸味の効いたスープ。

 

別の皿にたっぷりと盛られた完璧な状態で蒸しあげたジャガイモには、おそらく卵の気味と生クリームと香草を使ったらしいソースがかかっていて、あっさりしている上に実に味が深かった。



 薄味好みなことも合わせてミハルはがつがつと貪るように食べた。


異国情緒溢れるメニューだったはずだが、男所帯ではどうしても手のかかる料理は敬遠されがちなのもあって懐かしい気分にすらなった。



「この台所はお母様が?」

「ううん……?亡くなった婆ちゃんが使ってたやつだけど。どうかした?」

「いえ、道具が全て大切にされていたものですから。あの包丁など相当古いものを使い続けていたのでしょう。刃のかなりの部分が研がれてちびています」



 そういえば物持ちの良い人だった、とミハルは思い直した。包丁を一目見たくらいでよく気が付くものだ。



「私もこの家に嫁に来る以上、その姿勢は見習わなくては」

「まだ言ってんのかよ……」



 というよりこのまま住み着くつもりか、とミハルは背中に汗が伝うのを感じた。 



「ところでミハル」

「何?」

「あとで大事な施設の使い方をぜひ教えて頂きたいのですが」

「何、もしかしてトイレ?」

「それも聞いておきたいですが、それと同じくらい大切で生活に必要なものです」



 真剣なまなざしで問いかけてくる熱の入れように、少年は言わんとすることに気づいた。



「……つまり風呂に入りたいんだな?」

「つまりお風呂に入りたいのです」


 

 力いっぱい女騎士は断言した。



 台所のガスコンロはあっという間に使い方を覚えたくせに、ユニットバスの操作に関しては女騎士は落第も良いところだった。


 どうも、『ボタンを押せば反応が返ってくる』というのがどうしても感覚的に理解できないらしい。


 顔中に『?』を貼りつけながらこわごわ同じボタンを連打するので、諦めてミハルは全部自分で設定してお湯を張ってやることにした。

 


「ありがとうございますミハル!」

 


 喜々として鎧の留め金を外し始めた女騎士を見て、ミハルは慌てて退散しようとする。


 

「何なら一緒に入りますか?私は全然平気ですよ」

「バカ」



 何故か嬉しそうな顔目がけてバスタオルを投げつけて、ミハルは乱暴に脱衣所の戸を閉じた。



「何を持ち込んだんだろ……」


 

 居間の片隅に、ファム・アル・フートが持ち込んだ荷物が鎮座している。


例の革鞄の他にも、あやしげなズタ袋や木製の箱が鎮座していた。



先刻しれっと店を並べ始めた時、何が入っているのか聞いたら、

  


『泊まり込みで貴方の世話をするのに必要なものです』


 と言い切ってみせたものだ。 


 

「だんだんなし崩しでこのまま居座られるような気がしてきた……」



 恐ろしい予感に、少年の額に汗が一筋流れる。


 好き勝手に野宿をさせている方とどっちが自分にとって都合が良いか考えてみる。少なくとも目に届くところに置いておいた方がまだいろいろ危険が少ない気がしてきた。


 その時、風呂場の方からけたたましい音がした。



「うん?」



 複雑さからして人間の声なのは間違いないが、意味が分からずミハルは思わず腰を浮かした。


鳥の鳴き声のようなリズムで、外国の読経のような抑揚で、透き通った声が聞こえてくる。


大声というわけでもないが、切迫した雰囲気はあった。



「なんだ……?」



 風呂場まで行ってみることにした。


 ミハルが様子を伺おうとしたのと、脱衣所の戸を開けてファム・アル・フートが飛び出してきたのは同時だった。



「うわっ!」

「ああ、ミハル。ちょうど良かった。呼びに行こうかと思ったところです」



 覗きと思われたかもしれない、とミハルが一瞬焦ったのも素知らぬ様子で、ファム・アル・フートは濡れた髪に例のヘッドセットを押し当てている。


 どうやら先刻聞こえた異音が彼女の母国語らしい。ヘッドセットさえあれば例の鎧……"ファイルーズ"が翻訳してくれるようだ。


 濡れた髪のまま、ファム・アル・フートはタオル一枚巻きつけただけの恰好で脱衣所から出てきた。



「ちょ、何!?」

「いえ、石鹼がもう少なくなっていたので。貴方が使う前に新しいものを補充しておこうかと。場所はどこですか?」

「そんなの俺がやるから良いよ!」



 かわいそうに顔を真っ赤にした少年を見て、女騎士は不思議そうにした。



「何を慌てているのですか?」

「何って、裸だろ!」

「裸?」

 


 自分の半裸の身体と、風呂上りのうっすらと紅潮した肌に初めて気づいたという様子で、ファム・アル・フートは言った。



「これは失礼しました。すぐに寝巻に着替えることにしましょう」

「持ってきてやるから脱衣所で着替えろ―――!」

 


 着替えを取りに居間へ向かおうする女騎士を、少年は必死に引き留めた。


あたふたとするミハルに、ファム・アル・フートは怪訝そうな視線を送った。


 

「なぜ隠さなければならないのです?神造裁定者に誓って、夫に隠し立てするようなやましいところなぞ私の体にありはしません」

「良いから服を着ろ―――!」

「???」



 ―――結局、ミハルが衣装入れらしい唐籠ごと脱衣所に運ぶ羽目になった。


「着替えるものだけでよかったのですが」



 とファム・アル・フートは言ったが冗談ではないと思った。


中を漁って下着と寝巻を取り出して持っていくなぞミハルの羞恥心の限界を振り切った行為だ。



「……どうもミハルの道徳観が良く分かりません」



 居間に戻ったファム・アル・フートが、髪に残った水分をタオルで拭いながら尋ねてきた。

 ゆったりとした薄い夜着は丸い肩がむき出しのシュミーズで、少年にはまだまだ刺激が強いものだったが、風呂上りの恰好のままうろつかれるよりはまだましだ。

 


「どうして公衆の面前で太腿を晒すのが良くて、家の中で妻が肌を晒すのはいけないのです?」

「俺はアンタの考えることが分からん……」



 昼間の大師堂マドカとの騒動を言っているのだろう。


ミハルの感覚ではミニスカートの制服とバスタオル一枚では比較にならないと思うのだが、ファム・アル・フートの常識では違うらしい。



「もうちょっと真面目な話しないか……?」

「失礼な。私はいつだって大真面目です」

「なら少しは真剣に考えようよ……」

「真剣に考えていますとも!」



 心外な、といった様子で女騎士が身を乗り出す。


その目は強い意思と信念によって輝き、確かに見た目だけならこれ以上ない真剣さであった。

 


「子供は何人作るかとか!どこで育てるかとか!」

「……」

「最初の子供はやはり長男の方が良いですけれど、でも女の子の方が育てやすいし丈夫に育つと言いますから、そこが悩みどころだとか!」

「アンタは結婚と子作りと風呂以外大事なことはないのか!」


 耐えきれなくなって、ミハルはほとんど叫んでいた。



「ありません!」

「断言した!?」


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