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3_18 突撃!女騎士の晩御飯

「……アンタ本当にいい加減にしろよ」

「面目ありません。私としたことがつい自分を見失っていました」



感電から回復した女騎士は、乱れた髪のまましゅんとうなだれた。



「賤職の身とはいえ婦女子を昼間から辱めてしまうとは……。神々の怒りを受けて当然です」

「なんか反省の方向が間違ってる気がするぞ」



事実を言えば行き過ぎを恐れた相棒からの手痛い制裁なのだが、女騎士はどうやら天罰と勘違いしたらしい。



 閉店時刻間際になって、窓から見える店の外は真っ暗である。


 女騎士が電撃を食らって失神した後が大変だった。


『日本に来てまだ日が浅いせいでミニスカートが珍しくてつい興奮した。慣れない環境でショックでひきつけを起こしたらしい』

 

しどろもどろになってしまったミハルの説明に納得したのかしていないのか、友人たちはとりあえず引き下がってくれた。


ともかく泣きはらしたような顔で健気にも作り笑いを浮かべた大師堂マドカと、いぶかしげな悪友二人を見送ってから、むくりと起き上がった女騎士を見下ろす。



「お前がいた世界……もとい、国じゃ女子はみんな前髪隠して黒子みたいな服着てカカトを見られたら『キャー!エッチ!』とか叫ぶのが常識なのかもしれないけどな!こっちじゃ、あれくらいのスカートは人生に一回は履いてんだよ!」



 ファム・アル・フートは愕然と目を開いた。


ふしだらで退廃で非道徳的な極みのパーティーの詳細を耳にしたかのように、顔は青ざめわなわなとその指先は震えている。



「"エレフン"では女は皆、春をひさぐのが当たり前なのですか!?」

「……もういいから黙っててくれ」

 


ちょうど客もいないし、少し早いがミハルは店の片づけを始めることにした。金切り声を上げる女騎士を無視して。



「ハル。ちょっと良いか?」


 

 床にモップをかけ終わった頃に、厳しい顔をした祖父が奥から出てきた。


思わずミハルは表情を硬くした。ファム・アル・フートのことで問い詰められると思ったのだ。

 

頭の中で祖父がするであろう問いかけがいくつも思い浮かんでは、そのどれにもはっきりと答えられず狼狽する自分の姿が目に浮かぶようだった。


が、続く言葉は予想外のものだった。

 


「ちょっと今日も出かけてくる」

「……何?二日続けて麻雀?」

「昨日の連中が泣きついてきてな……。どうやらでかい勝負になりそうなんだ」



 タバコの代わりにシナモンスティックを咥えて、祖父はきざったらしく傾けて見せた。


ミハルが小さなころには吸っていた記憶があるのだが、確か祖母にこっぴどく叱られてからずっと禁煙しているはずだ。


 

「というわけで、今日も晩飯は自分でどうにかしてくれ」

「良いけど……もめごと起こさないでよ」

「任せろ。俺がすぐ死んでもお前が私立の大学に行けるくらいの金を作って来てやるから」



 冗談でもそういうことを言うのはやめてほしいなあ、と思いながらミハルはため息をついた。



「それはそうとハル」

「何?」

「あの子のことなんだが……」



 ミハルの真似をしているのか、多少あぶなっかしい手つきで勝手にテーブルを拭いて回っているファム・アル・フートの方へ祖父は視線を送った。


今度こそ、そらきたとミハルは思った。



「…………今晩うちに誘うのか?頑張れよ。じいちゃんは応援しているぞ」

「はあ?」

「女の子にはまず適当な理由を作るんだぞ?『借りてきたビデオがあるんだけどちょっと家に寄って一緒に見る?』とかな……」

「全然違うし、そもそもその手って古くない?」



 祖父の勘違いを正そうとして、ミハルは言葉に困った。


一体あの女騎士のことをどう説明すれば良いのだろうか。



「詳しくは聞かんが、お前が外国人の女の子と仲良くなるくらいの甲斐性を出し始めたことは実に喜ばしい」

「だから違うって」

「照れるな。良いか、よく聞け。祖父ってものは孫がモテるのはとても嬉しい。お前も孫ができたら分かる」

 


 そんな日は果たして何年先なのだろうか、そもそも自分が家庭を持つ日がくるのだろうか。


頭の中でぐるぐると単語がかけめぐるのを、熱病に冒されたときのようなくらくらする気分でミハルは感じていた。



「ともかく!男の見せ所だ、頑張れ!」



 そう言って祖父は出かけて行った。



「……何考えてんだあの爺さんは」

「お祖父様はお出かけですか」



 小声で悪態をつくミハルの傍に、いつの間にか女騎士が近付いている。


 

「遊びに行くって」

「お元気な方ですね」



 還暦を過ぎて連日徹夜で麻雀に行くバイタリティの持ち主を評するにも言い様はあるものだ、とミハルは思った。



「それならば、夕食は私が腕を振るいましょう」

「はあ?」

「妻が夫の世話をするのは当然でしょう?"エレフン"では違うのですか?」



 押しつけがましい女騎士の言葉にミハルは口よどんだが、違う意味に取られたようだ。


出来の悪い弟に説教する姉のような口ぶりで続けられてしまう。



「良いですかミハル。会ったばかりとは言え、私たちは夫婦になるわけです」

「願望を勝手に前提にするな」

「あなたが健全で誠実な立派な男性になるよう導く義務が私にはあります。なんですか、この猫の足のように細い腕は!」



 服の上から体を触られる。医者が触診するように遠慮のない手つきだった。



「胸は薄いし肉付きは悪いし肌は白いしヒゲは生えていないし……もっと栄養のあるものを食べて運動をするようになさい」

「べたべた触るな!」

「背が低いのも栄養と睡眠が足りないせいです!おじいさまは立派な風采をお持ちではないですか」

「うるさいな……」

 


 自分でも気にしてるんだぞ、と思いながらミハルは女騎士の手を振り払った。



「とにかく、これからあなたの生活は私が管理します」

「……はあ?」

「はぁ?ではありません。私も女ですもの、自堕落で不健全な男性との結婚生活など耐えられません。私が面倒を見てあげますから、立派な殿方におなりなさい」



 よくもまあこう上から目線で偉そうなことを会って三日もしない男に言えるものだ、とミハルは逆に関心するような気持になった。


と、そこで女騎士の強引な態度の裏にある思惑に気付く。



 「……アンタ、今日もうちで風呂に入るつもりか」

 「はい」

 「はい、じゃねーよ」



 ――――――。



 「ミハル。これは乾燥スープで良いのですか?」

 「…………」

 

 自宅の食堂のテーブルで、ミハルは頭を抱えながらうなずいた。


結局家に上げてしまった。


何故こうも自分は押しに弱いのだろう。自己嫌悪に陥る少年をよそに、女騎士は喜々として台所で冷蔵庫の中を漁っている。

 


「この冷気を蓄えた箱は実に便利ですね。私の故郷でも広めたいくらいです。どうやって作るのですか?」

「知らない……」

「そうですか。今度調べておいてください。何なら職人を連れ帰ります」

「……」

  


 中から使えそうなものを見つくろっては、女騎士はひょいひょいと取り出していく。



「本当に買い物行かなくても良いの?」

「もちろん。任せてください、これだけあれば何でも作れます」



 ミハルは意外に思った。ありあわせの材料で食事を用意するのは一番難しいことを知っているのだ。



「アンタ騎士なんだろ?料理とかするの?」

「当然です。身の回りのことは全てできるようでなければ、一人前の騎士とは言えません。見習い時代にしっかりと覚えました」



ということは漫画やゲームに出てくるきらびやかな鎧を守った騎士たちも、下積み時代は風呂の支度やトイレ掃除に従事したのだろうか?



「素晴らしい、新鮮な卵がこんなに常備しておけるとは!」



 喜々としてボウルに次々と卵を放り込んでいく。


先週の特売日になんとなくまとめて買ったはいいものの、結局あまり使わず賞味期限が近づいていた代物だ。


それはいいのだが、ある些細な点がミハルの神経に触るところがあった。



「アンタ、さっきから俺のこと呼び捨てにしているけどさ……」

「お気に召しませんか?」



 引き出しの中の道具を好き勝手に取り出しながら、女騎士が小首をかしげた。



「いや、こっちじゃあんまり知り合ったばかりの男を呼び捨てにする人いないから、その……」



 本当は親族以外の年上の女性に呼び捨てで呼ばれた経験がなかったので気恥ずかしかったのだが、ファム・アル・フートは生真面目に受け取ったようだ。


出刃包丁を興味津々といった様子で眺めながら、忠勇たる鎧に問いかける。



「確かに年下とはいえ、夫を呼び捨てにするのは問題があるかもしれませんね……"ファイルーズ"?」

<<何か?>>

「"エレフン"では貞淑な妻は夫の事をなんと呼ぶのですか?」

<<辞書検索中……>>


 

 お気に入りのカップに牛乳を注いでいたミハルは、ぼうっとファム・アル・フートが喋りつつも器用にくるくるとジャガイモの皮を剥いていくのを眺めていた。


祖母がなくなってからこの家の台所に女性が立つのは相当久しぶりのはずだ。

 

まるで10年使い続けたようにサマになっているのは、きっと彼女が今まで使い慣れない場所でも数限りなく食材を下ごしらえし料理をこしらえてきたからだろう。


色んな経験を積み重ねてきた女性なのだ、と頭の片隅で意外な事実を発見した気分になりながらカップを傾ける。



 <<『ご主人様』もしくは『旦那様』が適当と思われる>>

 「ふむ」


 

 少年は注いだばかりの牛乳でテーブルを汚す羽目になった。


「ならば私も"エレフン"の流儀に従うとしましょう」

「――――――ゲホッ!」

「ではあと小一時間ほど待っていてください、旦那様。腕によりをかけて作りますから」

「……ミハルでいいです」


 汚したテーブルをティッシュでふき取りながら、少年は不機嫌気につぶやくのだった。

 

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