3_17 ビリビリ
女騎士は綺麗に食べ終わった。
紙ナプキンで優雅に口元を拭う姿と、先刻まで泣きながらパンケーキを貪り食っていたそれとはどうしても印象が一致せず、ミハルは頭が混乱しそうになる。
「あなたは料理人だったのですね」
「違う」
「料理を頂くのは二度目ですが、どちらも素晴らしい味でした」
「ただのバイトだよ……褒めても何も出ないぞ」
「謙遜することはありません。努力で身につけた技能は評価されるべきです」
ミハルは照れ隠しに顔を背けてしまった。
オムライスの作り方もパンケーキの焼き方もアルバイトをするようになってから練習を始めたもので、他に仕事で目だって成果を挙げた自信のない少年にとっては努力を誉められたのは希少な経験だった。
(相手がこいつってのがなんだかなー……。どっちもお金にならないことだし)
「どうしました?」
「いや、別に。それより話があるんだけど」
「ええ、そうでした。私もあなたにしておかなければならない話があります」
女騎士が真剣な眼でこちらを見てくる。
話を向けたのは自分の方なのに、思わずミハルの方が聞き手に回ってしまうくらいの真摯なまなざしだった。
「な、何を?」
女騎士が顔を近づけて小声で囁いてくる。
思わずキスされるのではないかと少年がどきりとしたくらいの近距離で、ファム・アル・フートは低く抑えた声で尋ねてきた。
「あの女は何ですか?」
「へ?」
こっそりと、相手からは見えないようにカウンター席の大師堂マドカの方を指さした。
理由は良く分からないがよほど気になるのか、食い入るように様子をうかがっていることにミハルは気づいた。
「何って……友達だけど」
「学友?本当ですか?」
「なんで疑うんだ?」
「まさか、あなたの愛人ではないでしょうね?」
ミハルは愕然とした。
「何言ってんだお前?大丈夫か?」
「いえ、分かっています。夫の気の多さを許容するのも妻の徳目、あなたが誰に情を注ごうと大目に見ましょう。しかし公然と連れまわされるのは……」
「ちょっと待って。え?大師堂さんが?なんでそう思った?」
呆れて二の句が継げなくなりそうになりそうな少年に、ちらちらと落ち着かなさそうに大師堂マドカを注視してファム・アル・フートは唇をとがらせた。
「だって、彼女は……その……花売りでしょう?」
「は?」
「ですから夜の蝶で!通りに立って春をひさいでいる方でしょう!?祝福者の貴方が昼間から会うのにふさわしい相手ではありません!」
「おいバカやめろ。言葉の意味は分からんが恐ろしく不穏当なことを言ってるのは分かるぞ」
女騎士のボルテージが上がりそうになっているのを、少年は必死に抑えようとした。
「ごまかさないでください!でなければ、あんな短い腰布を履いている訳がありません!」
「は?」
大師堂マドカが履いているのは学校指定のプリーツのスカートだが、大抵の女生徒と同じく折り返して膝小僧が見えるミニに仕立てていた。
それが女騎士には気になって仕方がないらしい。
「あんなに太腿を晒して……"エレフン"の婦女子には恥という感性がないのですか!」
「……」
「ふ、ふしだらな!やはり看過できません!」
「おい、待て。何をするつもりだ」
「一言言ってやります!」
口に出しているうちに、自分の言葉で自分で興奮している状態になったらしい。
女騎士の顔がみるみる紅潮していくと、少年が止める間もなく身をひるがえしてカウンター席へ向き直った。
ずかずかと席を立って歩き出したのを、ミハルは慌てて追いかけた。
「え、あの、なんですか?」
いきなり目の前に仁王立ちした背の高い金髪の武装した乙女の姿に、マドカは思い切りたじろいだ。
「あなたのその服……」
「え?」
まさかいきなり怒鳴りつけたりしないだろうな、と肝を冷やしたミハルを尻目に、ファム・アル・フートはいきなりしゃがみこんだ。
カウンターの椅子に腰かけた大師堂マドカの股間を……もとい、ミニスカートを凝視する。
あまりに唐突なことにマドカは逃げることもできず、とっさに片手でスカートの裾を抑えるのが精いっぱいだった。
「…………」
「……あの、なんです?」
ジュンとタクヤと祖父の三人は呆気に取られて何も言えない中、女騎士は驚くくらい集中して女学生のスカートをねめつけ続ける。
嫌な沈黙が店と一同を支配した。
耐えきれなくなり、『いいかげんにしろ』とミハルが声を上げようとしたところで。
「やはり許せません!」
「キャー―――――ッ!?」
やおら立ち上がった女騎士は、思い切り籠手で覆われた手でミニスカートの裾をひっぱり上げた。
黄色い悲鳴と共に嶺岸マドカは懸命に制服の裾を抑えるが、気の毒なことにほとんど股下数センチまでをさらけ出される格好になった。
学校指定のローファーと黒ソックスに覆われた足が緊張で引き締まるのがミハルの目に飛び込んでくる。
「見ないで―――っ!」
悲鳴に近いマドカの叫びに、その場の男たちは合図したように一斉に目を逸らした。
「何するんですか―――!?」
「こんな痴女のような恰好をして夫の店に入るとは、許せません!脱いでしまいなさい、こんなふしだらな服!」
「ミハルくん、何言ってるの、この人!」
「ミハル!男の情けです、あなたのズボンを履かせてあげなさい!」
「何言ってんだお前!……あと、何やってんだお前!?」
ミニスカートを脱がせようと裾を引っ張る女騎士と懸命に抵抗する女学生のせめぎ合いが店内で繰り広げられる。
(何これ……何これ!?)
なるべく哀れな女学生の痴態を見ないようにしながら、ミハルは女騎士の手を引いて制止しようと頑張ってみたが、腕力の違いはいかんともしがたくあまり効果は無いようだった。
「この足で夫を誘惑するつもりですか!?そうはさせませんよ!」
「何の話――――――!?」
「この子は私のものです!岡惚れは許しません!聞こえましたか!」
「おい、やり過ぎだバカ!いい加減にしろ!」
「か、かばう気ですか!?やはり貴方は……!」
「ちげーよ!ああ、もう……!"ファイルーズ"!何とかしろ!」
<<了解。制動を試みる>>
ついに耐えきれなくなったミハルは、鎧の精霊(他称)に助けを求めた。
無機質な声が即座に応じる
<<エマージェンシーオペレーション。除細動開始>>
その声にやや高ぶりが含まれているように聞こえたのはミハルの気のせいだっただろうか。
「ひぎぃ!?」
ミニスカートをひっつかんでいた女騎士が、ドンと弾かれたように両手足を思い切り伸ばした。
大き目の両目が白く剥かれ、パッと両手を伸ばして気を付けの姿勢を取った。
身にまとう鎧から本来緊急時の心肺蘇生用に使われる1200Vの電圧を瞬間的に注ぎこまれ、全身の筋肉が硬直したのだ。
「……!」
『感電』という人生で初めて味わう感覚に、直立した女騎士は訳も分からないままその場でたたらを踏んだ。
<<再除細動開始!>>
無慈悲な忠実たる鎧の声が再度響き、びくんびくんと女騎士の体が再び跳ね上がった。
古い漫画表現なら全身の骨が透けて見えるところだが、その場にいた全員に見えたのは瞳孔を収縮させてあられもない表情を晒す女騎士の顔だけだった。
「―――――――――っ!」
「……おい、やばくないかこの光景!?」
生気が吹き飛んだ両目で虚空をにらんだまま、糸が切れた人形のように膝からくずおれると、店の天井に向けて尻を高く掲げるようにして女騎士は突っ伏した。
<<目標完全に沈黙。制圧に成功した。損害評価報告を乞う>>
完全にとどめを刺した鎧の声に応じられるものなど、その場には誰もいはしなかった。
代わりに、説明を求める視線が哀れな少年に向かって突き刺さる。
(……俺、何か悪いことしたかな)
一体自分は前世のどんな悪行でこんな報いを受けるようになったのか、ミハルは半ば真剣に悩み始めていた。




