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3_16 女騎士が泣いて喜ぶ絶品スイーツ販売中


……用意を済ませてミハルは厨房から出た。

大人しくしていただろうな、とファム・アル・フートの姿を探す。


 「うわー!すごい綺麗!コスプレも作り込みすごっ!」

 「外人さんですよね?ミハルとどういう関係?」

 「その剣本物?本物!?ちょっと触らせて!」

 「孫と仲良くしてやってください」


 ミハルにとって悪夢のような光景がそこにはあった。

 居並ぶ友人と祖父を前に、ファム・アル・フートは立礼の姿勢を取っていた。

 

 「私は騎士ファム・アル・フート。神造裁定者の命を受け、法王庁より聖務遂行のためこの地に参りました」

 「キャラクターの作り込みすげー!」

 「本当に騎士みたい!」

 「やっぱりオリキャラなんだ!」

 

 その姿を、友人たちはコスプレの演技と判断したらしい。何故か拍手までしていたりする。


 「~~~~~~っ!!?」


 声にならない悲鳴を上げて、ミハルはファムの傍へすっ飛んでいった。


 「何をしているんだ、お前は!?」

 

 片手で皿を、片手で女騎士の袖を引っ張りながら、女騎士にしか聞こえないよう耳元で少年は叱責した。


 「何をと言われても、貴方の友人とお祖父様でしょう?挨拶をしなければ」

 「やり方を考えろバカ!正体がバレたらまずいだろ、色々!」


 少年の言葉に思うところがあったらしい。女騎士は少し考えるような顔つきになった。


 「……私が騎士ということが広まると、貴方にとって何か不都合なことがあるのですか?」

 「あるよ!たくさんな!」


 本当は騒動と混乱が降りかかってくるのは女騎士の方なのだが、そんなことは全く自覚していない様子なので仕方なくミハルはそう返答した。

 

 「なるほど……。事情は良く分かりませんが、ここは貴方に従いましょう」  

 「ああ、そうしてくれ……」

 「では"エレフン"流の挨拶をしましょう。"ファイルーズ"」

 <<了解>>

 

 ファム・アル・フートは、再び一同の前に向き直った。


 「安川ミハルの妻です。どうも、いつも夫がお世話になっております」

 

 ぺこりと頭を下げる。


 「ごめん!まだ日本語が良く分かってないみたいなんだ!」


 ミハルは慌ててファム・アル・フートの腕を引っ張ると、ぽかん、とする友人たちと祖父の前から強引に連れ出した。


 「な、何をするのですか!?これが"エレフン"の夫人の挨拶なのでしょう?」

 「違う!合ってるけど、違う!!」

 「私に何か落ち度でも?今の挨拶のどこに問題があるのですか?」

 「全部だ!」


 そのまま店から叩き出そうか悩んだが、作った皿を無駄にするのもしのびない。

 やむを得ず最初に女騎士が座った席まで引っ張っていき、座るように促した。

 女騎士は厳しい目で窓から大通りと店の表側の様子を伺い、安全を確認してから椅子に腰かけた。


 「どうかしたのか?」

 「いえ、ここは異教徒の巣窟……。いつ迫害を受けるか分かりません。警戒は怠らないことにしています」

 「……迫害って、誰が。この国には信教の自由ってものがあるんだぞ」

 「そんなことはありません!先日も威圧的な服を着た男二人組から、『パスポートか在留カードを出せ』などという言いがかりをつけられました!」

 「そりゃ迫害じゃなくて職質だ」


 そもそもどうやって切り抜けたんだそのシチュエーションで。

 呆れたミハルだが、女騎士が選んだ席は壁際の背後を取られないしかも店に入ってくる人間を容易に見張ることのできる位置にあることにそのときに気付いた。

 プロの殺し屋みたいなやつだな、と思いながら皿をテーブルに乗せる。


 「お待ちどうさま」

 「え?」


 三段重ねのパンケーキと果物に、たっぷりの蜂蜜をかけた皿の上に乗ったそれを見て、女騎士は目を丸くした。

 おずおずと、動揺する指先で出てきたものを指さし少年に向かって驚き交じりの声を投げかける。


 「た、頼んだものと違うようです!」

 「……お礼」  

 「な、何のことですか?」

 「一応、昨日のお礼。……助けてもらったし」

 

 壁にかかった時計の針へ視線をやりながら、少年は手のひらで自分の頬を摩った。

 ……気恥ずかしくて目を逸らしながらでないと、こんなことは言えなかった。

 笑われないか気がかりだったが、女騎士は皿の上の料理にご執心で微妙な顔色には気づかなかったようだ。


 女騎士は、音を立てて立ち上がった。


 「な、何!?」


 驚く少年に何も答えず、女騎士は爛々と輝く目でミハルのその華奢な両肩に手を置いた。


 「素晴らしいです!」

 「へ?」

 「貴方は報恩と仁愛という徳目を持っているのですね!"エレフン"は忘恩の不信心の徒ばかりという私の蒙を、貴方はこれで三度も払ってくれました!」


 難しい言葉だが、どうやら褒められているようだ。

 面はゆい気持ちでいた少年に、女騎士は更に手を伸ばしてくる。


 「……」


 そのまま『良い子いい子』と頭を撫でられてしまう。

 カウンター席から突き刺さってくる視線が痛くて、少年はうんざりした気分の低い声で告げた。


 「良いからさっさと食え」

 「そうでした、せっかくの厚意です。冷めないうちに頂きましょう!」


 少年の気持ちなぞ歯牙にもかけない様子で、女騎士は飛びつくようにして席に戻った。

 

 「これはなんという料理ですか?」

 「パンケーキ。小麦粉と卵と牛乳を焼いて、蜂蜜をかけたもの」

 「ほ、本来質素と節制を尊ぶ騎士にはあまり相応しくない食事のようですが!ご好意は素直に頂きましょう!」


 口とは裏腹に、女騎士はいそいそとフォークとナイフを両手に握りしめている。

 どうやら嘘と芝居が苦手な性分らしい。

 ナイフで割り開いた生地から液状の内部が漏れ出るのに少し驚いたようだが、蜜の甘い匂いには抵抗できなかったようだ。

 フォークでおずおずと口元へ運ぶ。

 咀嚼して嚥下するまで十数秒。


 ……唐突に女騎士は泣き出した。


 「……えぇ!?」

 「うっ、えっ、うっ……!うえぇぇ……!」

 「ちょ、ちょっと!いきなりどうした!?」


 ミハルは狼狽した。

 いきなり声を上げて女の子が泣き出した状況に、カウンターの四人の視線が一斉にこちらに集中する。


 (やだ、女の子泣かせてるの?)

 (あの泣き方は失恋だなきっと)

 (パンケーキ美味そう……)

 (ハルもそんな甲斐性持つようになったか……大きくなったなあ)


 気のせいか心の声まで聞こえてくるようだ。

 

 ……まずい。

 この状況はとてもまずいぞ。

 ミハルの焦りとは裏腹に、女騎士は顔中をくしゃくしゃにして涙をこぼしている。


 「何?どうしたの!?口に合わなかった?でも泣くことはないだろ!?」

 「……おいひい!」

 「へ?」

 「すごくおいひいです……!こんなの食べたことない……!!」


 ついにナイフとフォークを取り落とし、女騎士は顔を覆って嗚咽を漏らしだした。

 男女のうち女だけが泣いていたら一方的に男が悪者とみなされる風潮はともかくとして、今のミハルには罪悪感といたたまれなさに抗う手段も余裕もなかった。


 「私だけがこんな贅沢なもの食べて…!できるなら故郷の妹たちにも食べさせてあげたかった……!」

 「分かった、分かったから泣くのはやめてくれ!言いたいことがあるなら落ち着いて喋ろう、な!」

 「口に入れた瞬間香ばしい皮が歯に当たってそこからとろける生地が口中に広がって甘い蜜と混ぜ合わされてとても美味です……!!」

 「料理の感想を求めてるんじゃねえよ!?」


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