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3_15 お仕事場訪問!


 店から丸見えの位置にある電信柱の向こう側で、女騎士はしきりに体を揺すっていた。


なんとか体を鉄柱の輪郭の内側に収めようとしているようだ。


長い髪だの、剣の鞘だの、鎧の裾だのはては胸だの尻だのが思い切りはみ出しているが、ひょっとして隠れているつもりなのだろうか?

 


「何あれ。シバロマのコスプレ?」

「ステラじゃね?違う?」

「オリキャラ?何してんだろ」



 友人たちがざわめく横を、ミハルはつかつかと歩き出した。



「おいミハル。どうするんだ」

「……」



 祖父の呼びかけを無視して、ミハルは乱暴に来客ベルの括り付けられて店の扉を開いた。


少年を見て、びくっと身をすくめた女騎士のところまでつかつかと歩いていく。



「ご、ごきげんよう」



 女騎士は少し気まずそうに、それでいて微妙に居丈高な態度で挨拶をしてきた。



「……そこで何してる」

「ただいま聖務を遂行中です」

「アンタの仕事はかくれんぼなのか」

「違います。こうして陰ながら、不審な人物や危険な暗殺者から祝福者たる貴方を守るのも私の任務です」



 一番不審で危険なのはアンタだろう、という言葉を少年はぐっと飲み込んだ。

 


「そういうのをこっちではストーカーって言うんだぞ」

「ストーカー?ストーカーって何です?ファイルーズ?」

<<辞書検索。……好意を抱いた相手に偏執的な迷惑行為を繰り返す犯罪者を指す単語である>>



 例の無機質な声で解答が返ってくる。それを聞いたファム・アル・フートが頬を膨らませた。



「失礼な!私はそのストーカーなどという不逞な輩ではありません」

「またえらく自信満々に言い切ったな」

「はい。自明の理です。私は貴方に好意など抱いていませんから」



 晴れやかな笑顔で女騎士は断言した。



「……アンタ俺と結婚するって言ってなかった?」

「え?しますけれど?」

「『しますけれど』じゃなくて……好きでもない男に結婚申し込んだのかよ」

「ええ。"エルフン"では家の都合や条件に応じて結婚することはないのですか?」

「う」


 まずい問い詰め方をした、とミハルは言葉に詰まらされた。


閨閥目当ての政略結婚やお見合いなんてものは人間社会でいくらでもありふれている。恋愛結婚だけが世の全てではないと言われたらその通りである。



「……そもそも昨日会ったばかりの女にいきなり好意を告げられたりしたら、そちらの方が恐ろしくないですか?」

「それはそうなんだけど世界中でアンタにだけは言って欲しくないな!」



いぶかしむような目で同意を求めてくる女騎士に、ミハルはそう吐き捨てるしかなかった。


会ったばかりの女に結婚を申し込まれた上にこうしてつきまとわれるのも十分恐ろしい事態だということを分かって欲しい、と思う。


そうこうしているうちに、通りかかる人の好奇の視線が何度かこっちを刺していることに気付く。


どうせ女騎士とのお喋りは気分が良いものではないので会話を打ち切ることにした。



「とにかく迷惑なんで、どっか行ってもらえませんか」

「そんな!未来の妻に向かって邪険にすることはないでしょう」

「妻じゃねーよ」

「!……で、では客として側にいることにします。ここは飲食店なのでしょう?」


 にやり、と女騎士は笑った。


つい昨日裏のゴミ箱を漁っていた店に今日は客として入ろうとはすごい度胸だ。


ミハルがどうしたものか悩んでいるうちに、さっさと店の方へ歩みだしている。 


中にいた友人たちと祖父の驚いた眼にたじろぎもせず、ピンと背筋を伸ばした凛々しい所作のまま窓際の席に着いた。


ミハルは慌てて追いかけて店内に戻る。



「……おいミハル。お前の知り合いか」

「え?ええ、うんまあ。そんなとこ」


 

 流石に不審がる祖父に忙しそうな所作でごまかすと、やむなくおしぼりをお冷を運ばざるをえなくなった。



「……目立つようなことだけはやめてくれよ!?」

「もちろんです」



半ば無駄とは分かりつつミハルは念押しした。


長身で美貌の鎧姿の外国人の女というだけ嫌でも人目を引いた。


何せ道行く通行人ですら、窓越しにかすかに見えるその姿に振り返ったり一瞬足を止めたりと非日常過ぎる光景に驚いている有様である。



「ところで」

「ん?」

「何とお呼びすれば良いのでしょうか」



 テーブルの女騎士はいそいそと紙ナプキンを折り返しながら尋ねてきた。



「貴方の名前をまだ伺っていません」

「名前?」

「騎士の名乗りを受けた以上自分もその場で名乗るのが礼儀です!結婚までにこういうところも教えてあげないといけませんね」



 そういえばファム……ファムなんとかとか名乗られた気がする、とミハルは思い返した。


馴染みの薄い外国風の名前なので覚えきれていないが、確かそんな響きだ。



(どうしようかな……)


なぜか目を輝かせて返事を待っている女騎士に、果たして名前を教えて良いものか少年はちょっと悩んだ。


これ以上かかわっては更に何かろくでもないことが起きそうな気がしてならない。



「ミハルくーん。その子ミハルくんの知り合いだったの?」

「おいミハル!いつそんな美人のコスプレイヤーと知り合ったんだ?」

「ミハル。友達なのか?ならサービスしてあげなさい」

「……」



好奇の目でこっちを見ていた友人と身内がここぞとばかりに余計な情報を漏洩してきた。


まさか狙ってやってんじゃないだろうな、とミハルが勘繰ってしまうくらい完璧なタイミングだった。



「ミハル…ミハル……ミハルですね………覚えましたよ!?ねえ"ファイルーズ"?」

<<"ミハル"を祝福者の比定呼称として辞書登録する>>



 ふふふふと薄ら暗い形で女騎士の唇が歪んだ。


少年の背筋にぞっとするものが駆け上がってくる。



「……まあとにかく、お客なら何か頼んでよ」

「へ?」



 メニューを差し出す。



「そ、そうですか!では注文しなければなりませんね!」

「……お金あるの?」

「だ、大丈夫です!ジドウハンバイキというものの下に落ちていた貨幣を拾い集めました!」

「何やってんだ女騎士」

「まだ明るいですが、出会いの祝杯代わりにワインでも頂きましょうか。…………いっぽんにせんえん?」



 メニューを開いた姿勢ままファム・アル・フートは固まった。



「……大きなお風呂に十回も入れる計算?」

「おじいちゃんの友達がやってるワイン会社の直輸入品になります」



 ……さては値段が見込みと違っていたな、と少年はあたりをつけた。



「ご注文は?」

「……こ、このトーストバタージャムというものを」

「値段だけ見て選んだだろ」



 女騎士はびくりと肩を震わせた。図星だ。



 仮死状態の狸のように動かない女騎士を置いてキッチンに戻ろうとすると、大師堂マドカがぶんぶんと手を振って呼び寄せてくるのが見えた。



「ちょっとちょっとミハルくん!何あの人、どういう関係!?」

「なんか話してたよな。あんな美人とどうやってお知り合いになったんだよ、ミハル!」

「ミハルくん、あの子何のキャラクターのコスプレ!?もしかして海外限定とか!?聞いてきてよ!」

「ミハルも友達がちゃんと作れるようになったんだなあ……」

 

 四者四様に食いついてくるのを両手で制止する。



「あー…一昨日と昨日ちょっと」


 まさか不良に絡まれたのを助けられてそれから求婚されて家で半裸でレイプされかけたとは言えない。


言ったところで追及は収まりはしなかっただろうが。



「ちょっとって何!?」

「おい、詳しく説明しろよ!」

「いやー、ミハルもとうとう店に女の子を連れ込むようになったか……」

「ごめん。注文受けたから!後で!」


 ミハルは逃げるようにキッチンに駆け込んだ。



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