3_12 妻の役目
「よろしくって、何を!?」
「決まってるでしょう。子作りです」
何を当たり前のことを、と女騎士は眉間に皺を寄せた。
「子作りって……!」
あまりに直截なものの言い方に、少年は絶句した。
「まず前提として、私の使命は貴方と結婚することです」
「勝手に決めるな」
「もちろん神の望む婚姻に偽装結婚など許されません。世間体というものがありますし、私も良い妻になるよう努力します」
少年の不平はさらりと受け流し、女騎士はつらつらと続けた。
「さて。妻にとっての一番の仕事とは何でしょう?」
「えっと……」
「そう。跡継ぎを産むことです」
考える時間を与えずに女騎士は結論する。
「ですが、私は神のために戦に身を投じる騎士でもあります。それももう22歳……。最前線で活躍するための体力を維持できるのはあと10年が精々でしょう」
「はあ」
「その貴重な時間の大部分を、妊娠出産育児に費やすのはあまりにも遺憾です。そこで私は考えました。どうすれば結婚と騎士としての使命を両立できるのかと」
額に手を当てて、女騎士は熟慮するポーズを取った。
異世界の人間でもジェスチャーは大して変わりないんだな、とミハルは妙なところで感心した。
「そこで解決策を閃いたのです」
「どんな……」
ぱあっと女騎士が目を輝かせた。
「今すぐに妊娠して産んでしまえばいいんですよ!」
「…………」
「そうすれば授乳が終わり子供の手が離れれば、即座に騎士団の仕事に復帰できるではないですか!若いうちならば体力の回復も早いことでしょう!結婚と騎士が両立できます!」
なんという大胆な思いつきをするやつだ、とミハルは呆れた。
「本来婚前交渉は褒められたものではありませんが……。何、お腹が大きくなる前に結婚式を挙げてしまえばよいのです!」
「……」
「これくらいのことは神々もお目こぼししてくだされるでしょう!あなたが父親になるのはちょっと早い気もしますが、この際です!さぁ!」
「『さぁ!』じゃねーよ」
「グヘッ!?」
にじり寄って来た女騎士の頭頂部に、少年は遠慮なく手刀を浴びせた。
頭を押さえてひとしきり悶絶した女騎士が、目元に涙を浮かべて抗議してくる。
「き、騎士の頭を小突くなどと無礼な!……それよりも、婦女子に手をあげてはなりません!"エレフン"の礼節はどうなっているのですか!」
「会って二日目の男に求婚して子作りせがんでんじゃねーよ。ジェットコースターでももうちょっと計画立てて動くぞ」
「ジェット……何です?」
「そんなことより!他にもっと重要なことがあるだろ?」
ミハルはばしばしと畳を叩いた。
「さっきアンタの荷物見せてもらったんだけどさ……本当に異世界から来たんだな?」
「?最初からそう申し上げているではないですか」
さして重大事でもなさそうな様子できょとんとする女騎士の様子に、少年はますます気分を苛立たせた。
「それってさ、すげーことなんだよ。大発見なの」
「そうなのですか?」
「『そうなのですか』って……?」
「私は直接会ったことはありませんが、"アルド"には"エレフン"から紛れ込んできた人間がたまに現れるのです。貴方が良く知らないだけでは?」
「神隠しってそういうことなのかな……」
この国だけで年間何千人も失踪している人間がいるということと、煙のように姿を消した人間が数年後に全然別の場所で姿を現したというニュースはミハルも小耳に挟んでいた。
異世界への渡航方法がどんなものか知らないが、この女騎士の逆で向こうの世界に紛れこんでしまった人間は社会的には失踪者として扱う他ないだろう。
「その人たちってどうなるの?」
「私も良く知りませんが、彼らの残していったものは目にしました」
「へー。何か持ち込んだりするんだ」
「安心してください。"アルド"の敬虔な婦人は夫の食事の皿に毒を持ったり金目当てに殺したりするなどありえません」
「何の話だ?」
「それから、婦女子を模した人形の下着や股間を作り込むのはどうかと思います」
「ねえ何の話!?」
「あれは何に使うのですか?私は呪術か悪魔崇拝の儀式用ではないかと思うのですが……まさかいやらしい使い方を?ひょっとして下着の中まで造形したりしてはいないでしょうね?」
「持ってねーし知らねーよ」
話が脱線してしまった。少年は女騎士の話をさえぎって軌道修正しようとする。
「そんなことより、これからどうするのか考えようよ」
「そうですね。貴方の言う通りです」
真面目腐って女騎士は頷くと、その場に座り直した。
間近で背筋を伸ばされて、少年は目の前にある成熟した女の体格と豊満な体に気後れしてしまう。
「これからのことをしっかり考えて決めておかなくてはなりませんね」
「そうそう。だって、異世界から人間が来たなんて皆に知れたら大騒ぎに……」
「まず私としては、先ほど申し上げた通り式はなるべく早くに挙げて、"蜜月"は故郷の屋敷で過ごそうと思うのですが」
主導権を手放すつもりは一切ない女騎士の物言いに、少年はずるずると肩を落とした。
「そうじゃなくって……蜜月?」
「ええ。"エレフン"ではそういった習慣はないのですか?」
「へー……。異世界でも新婚旅行なんかするんだ。旅行会社のキャンペーンか何かでできたもんだと思ってた」
「はあ?旅行?しませんよ、そんなこと」
怪訝そうに女騎士は眉を潜めた。
「じゃあ何すんのさ」
「決まってます。子作りです。一月ほどの間、屋内に閉じこもって集中して励むのです」
少年は声を詰まらせた。
「私の故郷ならこれから気候も良くなりますから、屋敷で夫婦の営みに精励しましょう。前もって精力剤になる蜂蜜酒をたくさん用意させます。それを呑んで頑張ってください」
「……」
「『蜜月の間に妊娠すると初子は長男になる』と言いますからね。それまでに蜂蜜酒は飲めるようにしておいてください」
「…………」
「それから貴方の場合は筋肉と体力もつけた方が良さそうですね。そうしなくてはたくさん愛を交わせないでしょう。……どうしました?」
もうほとんど畳に顔をくっつけるようにしてぷるぷると肩を震わせる少年の姿にようやく女騎士は気づいた。
「なんじゃそりゃあああ!」
耐えきれず少年が叫び声を上げるのに対して、女騎士は不思議そうに小首をかしげた。
「だって、夫婦の間に一番大切な役割は子を残すことでしょう?」
「違わい!そうじゃなくて、もっと深刻で大事な話!」
「それは、結婚式の日取りや財産の共有の仕方ももちろん大事ですが……でもやはり子作りです」
「あ―――……!もう……!」
耐えきれずボカボカと拳で畳を殴り始めた哀れな少年に向けて、乙女は困り顔になって尋ねた。
「何故そんなに苛立っているのか、理由が私には分かりません」
「最初に言っとくぞ。アンタとその……子作りなんかしない!」
「なっ!」
顔を紅潮させて言い放った少年の一言に、乙女は血相を変えた。
「困ります、そんなの!私は家名を守るために跡継ぎを産まなければならないのに」
「知るかー!」
「我儘を言わないで下さい!ああ……そんな……まさか私とでは子孫を残す気になれませんか!?」
女騎士を身を乗り出すと、膝を擦りつけるようにして少年へと詰め寄った。
「こ、この体では魅力がありませんか?"エレフン"では私のような女は醜いとされているのですか?」
「……」
少年は答えられなかった。目の前に広がる、バスタオルに辛うじて覆われた胸の谷間に視線が釘付けになっていたからだ。
「確かに筋肉がついていて華奢とは言えないかもしれませんが……仕方ないではないですか!」
「えっと、その……」
「胸や尻が大きいから下品だと思ってるんですね?そうでしょう!?仕方ないじゃないですか、前にも言いましたが母の血なんですから!」
「そうじゃなくて、なんと言えばいいか……」
「はっきり言って下さい!『私のような豊満な女は嫌いだ』と!貴方の好みに合うよう努力しますから!」
「……きれい」
「え?」
「綺麗、だ、と思う……」
一体これは何の罰ゲームだろう。死にたくなるほどの羞恥心に耐えながら、和室の欄間の方へ視線をさ迷わせて少年はどうにか絞り出した。
「……良かったあ」
安堵の息が女騎士の唇から漏れた。
「てっきり私では不適格なのかと……。しかし、それならなおのこと何故です?」
「だって、そのさ……」
そこで女騎士は、ある可能性に思い至った。
「まさか"エレフン"では夫婦で子供は作らないのですか……!?」
『そんなバカな』と言いたげな、戦慄と驚愕が入り混じった表情でわなわなと瞳を揺らした。
「信じられません!ではどうやって、誰と子供を作るんです!?」
「あのなあ……」
「まさか、不倫で愛人と子を残すのですか?ダメですそんな、許されません!ちゃんと神前で愛を誓い合った男女の間で子供を作るべきです!」
「……ファイルーズ、だっけ?こいつを何とかしてくれ」
<<遺憾ながら要望は実行不可能である>>
様子を眺めていた鎧からは無慈悲な返答が返って来た。




