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3_11 人類史の最先端

「結局大事なこと何も聞けてないじゃないか……」


 自分の意思の弱さに自己嫌悪を覚えながら、とぼとぼとミハルは客間へ歩いて行った。


あの地図のこと。彼女が来た場所のこと。この街に来た目的。


起きたら聞かなければならないと決めていたことがたくさんあるのに、全部もうそれどころではないままスルーされてしまった。



「俺ばっかり苦労してる気がしてきた……」



 ぼやきながら客間に入る。


先刻ミハルが出て行った時と変わらず、布団の上に脱ぎ散らかされたボディスーツの切れ端と、白く輝く鎧が転がっていた。和室の畳の上でなかなかすごい光景だとミハルは呆れた。



「…………喋れる?」



 答えが返ってくるか半ば不安に思いながら、転がった鎧に向かって問いかける。



 <<何か?>>



 少年の心配は杞憂に終わった。パーツごとにバラバラになった状態のまま、無機質で平板な声が返ってくる。



「……バラバラになっても平気なんだ」

<<機能部が損傷を受けない限り問題ない>>

「鎧の精霊って本当なのか?」

<<……騎士ファム・アル・フートが有する知識では最も誤謬が小さい認識である>>



 それまでとは違う微妙に歯切れの悪い言い方に、ミハルはおやと思った。


もしかしてこの鎧もあの女騎士に手を焼かされていたりするのではなかろうか?という印象を抱いたが、冷たい金属質の光を放つ鎧は静かに少年の質問の方を待っていた。


 

「ファム・アル・フートって、あいつの名前?」

<<肯定>>



 異国風の響きは少年には発生しづらいものであったが、ごにょごにょと何度か口の中で反芻する。


 

「そのご主人様とアンタのことでちょっと聞きたいんだけど」

<<任務に支障のない範囲で回答する>>

「アンタたちってどこから来たの?」

<<……騎士ファム・アル・フートが"アルド"と呼ぶ領域である>>

「そこ、具体的にどこ?」

<<回答は困難である。貴公に納得させるだけの情報が不足している>>

「さっきあの人……ファムさんだっけ?荷物見せてもらったら、見たことない地図が入ってた」

<<"アルド"の法王庁が作成した正式なものである>> 

「……やっぱり異世界っていうか、違う世界から来たのか?」



 その言葉を口にするのにはやはり多少の勇気が要った。



<<質問に捕捉を求める。貴公の認識する違う世界とは、貴公の知識、もしくは認識可能な領域から隔絶した人類が生存可能な環境のことを指すのか?>>

「難しい言葉で言えばそうなるのかな……なんていうか、別世界というか。空想小説とかファンタジーによく出てくる、別次元とか別宇宙にある地球みたいな感じの」

<<……その認識の範疇では、"アルド"は異世界である>>



 喋る鎧に断言されてしまった。


意思を感じない平板な声のせいか、その響きには不思議な説得力がある。


会話型のインターフェイスが現実世界にも登場して大分経つが、ここまでラグもなく複雑な会話が可能なものは少年の知っている世界には存在しない。


 ありえないものを立て続けに見せられていることを今更ながらに思い出して、少年の身体をどっと疲れが襲ってきた。


 深々とため息をついて、畳の上にへたりこむ。片手で頭を覆った。



<<何か?>>

「これってさあ、表沙汰になったら結構人類史に残る大事件じゃね?異世界なんてもんが本当にあって、そこから人間とお喋りな鎧が来たって」

<<判断は貴公に委ねる>>

「……なんでその当事者がよりによって俺なんだよ。どうするんだよこれ……」



 学校やマスコミに喋ってもいいのだろうか。


話したところで信じてもらえるのか?


それとも自分だけの秘密にして抱え込むべきなのか。祖父や友人には打ち明けるべきなのか適当な嘘でごまかすかするべきなのか。


考えが頭の中で堂々巡りする。



 しかもその当事者のもう片方……異世界からやってきた女騎士は、のんきにも風呂で鼻歌なんか歌いながら汗を流しているのだ。



(俺はこんなにも悩んでいるのに)



 実に腹立たしい。

 


<<貴公は、神造裁定者によって定められた祝福者である>>

「そう!それ!何なんだよそのシンゾウ……」

<<神造裁定者は、"アルド"住民の信仰の対象であり、宗教上の最高権威である>>

「で、その最高権威様は何の魂胆があって迷惑にも俺のところにあの女騎士を寄こしてきたわけ?」

<<神造裁定者の意図は当機にも開示されていない>>


 結局何も分からないということらしい。



『道を歩いていたらいきなり黒板消しで武装したサンバの衣装を着た通り魔に襲われた』くらいの理屈も説明もない突発的な運命の変転の結果、あの女騎士と喋る鎧がこうして我が家に入り込んできたわけである。


納得するつもりは毛頭ないが今起こっていることは起こっていることとしてそう認めるしかない。


「……なんか自分がすごい運が悪い人間な気がしてきた」

<<貴公のカルマを評価する機能を当機は有していない>>

「…………」

<<何か?>>

「あの女よりもアンタの方が話が分かりそうな気がしてきたんだけど」

<<…………>>


 半分軽口のつもりが、なんとなく気まずい沈黙が返って来た。


先刻の、この鎧の精霊も実は振り回されている側かもしれないという勘は案外真実なのかもしれない。


 その時になってミハルは、バラバラになったままの鎧の部品がなんとなく気になった。


 なんというかちゃんと揃っていないと落ち着かないというか、気の毒な気がしたのだ。少年には同世代の男子らしからぬそういう几帳面さが身についていた。


立ち上がると、鎧の部品を拾い集め始めた。一番大きな胸甲と背甲の部分にまとめて、手甲や鉄靴も拾い寄せていく。


<<感謝する>>

「いいよ大した手間じゃないし……何かケースとかないの?」

<<鎧箱はキャンプ地に存在する>>

「じゃあここにいる間は我慢してくれ」



 客間の片隅にまとめる。


適当に拾い集めたその姿を見てミハルはフリーマーケットでキャンピングシートに並んだガラクタのような印象を受けたが、畳の上に散乱しているよりは片付いていると言えるだろう。


 ちょっと悩んでボディースーツもまとめてそばに置く。流石に畳む勇気はなかった。



「ところでアンタ、名前は?」

<<当機の比定呼称は"ファイルーズ"である>>



またもや聞きなれない響きだった。


見た目はファンタジー世界というか中世ヨーロッパをモデルにしたもののようだが、命名法則は馴染みのない文化圏のようだ。言葉も思想もまるで違う世界から来たのなら当然と言えば当然のことだが。



「……そういえば、俺たちなんで普通に喋れてんの?」

<<言語辞書をもとにした同時翻訳である>>

「あの女とも?」

<<波長に干渉し相互の音声と言語変換を実行している>>



 言葉は難しいが、要は映画の翻訳と吹き替えをこの鎧がリアルタイムで行っているようなものなのだろう。



「すげーな。ひみつ道具みたい」

<<ひみつ道具、とは何か?>>



 その概念を説明しようとして果たして例のキャラクターを知っているのかちょっと考え込んだミハルだが、部屋の向こうのひたひたとした足音に気付いて顔を上げた。

 


「お風呂頂きました」

 「うわ――――――っ!」



 今度は湯上りにバスタオル一枚巻きつけただけの姿で、女騎士は姿を現した。


まだ水気が残る髪としとしとと湿った首筋、うっすら汗ばんだ丸い肩、白い太腿が目に飛び込んでくる。


なんとも煽情的な女体を鼻にかけるでもなく、すたすたと大股で女騎士はあたふたと不思議なダンスを踊るミハルへ近づいていった。



「さっきから何なんだアンタ!」

「?何をそんなに驚いているのですか?」

「ちゃんと服着ろよ!」

「元はといえばあなたが脱がせたのでしょう?」

「違うわ!……いや、そうだけど。でも断じて違う!」

「面白い表現ですね。エレフンの慣用句ですか?」


  

 言いながら膝を折り曲げて乙女は畳の上に座った。



「着替えがないのです。確かにあまり褒められた格好ではありませんが、汗が引くまでの間我慢してください」

「……まあいいや。えーと、大事な話があるんだけど」

「そうですね。大切な話があります?」


 真剣そのものの声色だった。

 

 思わずミハルは座り直して背筋を伸ばしてしまう。


ほとんど半裸の女騎士は、引き締まった眉に力のこもった視線で少年をまじまじと見ている。


 ミハルにとって、それは大人のする表情だった。困難に愚痴ったり腐ったりせず正面から向き合い、一つ一つ紐解いて解決していくという経験に裏打ちされた自信に満ちた顔だ。


 「……何?」


 自分と同世代の人間はまず持ち合わせていない風格に、話の主導権を自然に譲ってしまった。


女騎士は膝を揃えると、三つ指を立てて深々と頭を下げてきた。



「……今夜からよろしくお願いします」

「!!?」



そこでミハルはようやく、背後にはなまめかしい来客用の布団が敷かれたままになっていることと、自分の方も腰にタオル一枚巻きつけただけの恰好であることを思い出した。


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