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3_10 男の子の身体の秘密


「うわああああ!」



 いきなり脱衣所のドアを全開きにされて、ミハルは思わず生白い体を両手で隠そうとしてしまった。


血相を変えた女騎士は、少年が半裸なことを目にしても一顧だにせず、ずかずかと脱衣場に踏み込んでくる。

 


「起きたのかよ!い、いきなり入ってこないでよ!」

「私のツヴァイヘンダーは!?」

「は?」

「ツヴァイヘンダー!」



 聞いたことのない単語をぶつけられて、少年は戸惑った。



「……え?何のことか分かんない」

「とぼけないでください!」



 少年の態度を不誠実と見たのか、乙女は厳しい顔のまま詰め寄ってくる。



「うわっ!うわぁ!?」



 下着姿の女に目の前に迫られて、思わずミハルは胸から股間、太ももと視線をさ迷わせたのち……厳しい視線にいたたまれなくなったように目を逸らした。



「?何故目を逸らすのです?」

「何故って……」

「!?まさかやましいことでも!?売り払ったりしていないでしょうね!?

「し、してない!」



 どこを見れば良いのか分からず、少年は洗面台の上の歯ブラシのチューブに視点を固定した。


が、それが女騎士の勘に触ったようだ。



「ならば何故まっすぐこちらを見ないのです!」

「何故って……そりゃあ……」

「話をするときは正面から人の目を見るようにしなさい!」

「無茶言うな!」



 少年が必死に反駁を試みるが、残念ながらその努力は女騎士には通じなかった。


女騎士は自分よりも頭ひとつ近く背の低い少年を見下ろすと、母親が聞き分けのない子供にそうするようにがっしりと両肩を掴む。


その動きに合わせてスポーツブラに包まれた豊かな乳房が揺れ、可哀そうに少年は耳まで真っ赤になりながら生唾を飲み下していた。



「とにかく!私の剣はどこです!?」

「剣?」

「ええ、貴方が持ち込んだのでしょう?"ファイルーズ"に聞きましたよ!」

「げ、玄関の傘立ての中!」



 ほとんど泣きたくなる気持ちでミハルは叫んだ。


その体の一部には血液と体温が集中し始めたことである変化が起き始めていたが、目の前の乙女に気付かれないように祈ることしか少年にはできなかった。


泣きそうになっている少年にとっては不幸中の幸いで、返答を聞くや否や、乙女は身をひるがえして脱衣場から飛び出していった。



「……」



緊張でこちこちに体を硬くしていた少年は、へなへなと洗面台にもたれかかるようにしてくず折れた。


「なんなんだよもう……」



 大きく息を吐いて慨嘆する。


どうしてこんな面倒を背負うことになったのだろう。


因果を受けなければならないほど悪事をしたつもりもないのに。余計な仏心を出したのがいけなかったのだろうか?



「――――――失礼。ちゃんと持ち運んでくれていたのですね」


「ひっ!」


悪態を突こうとしたところで、大剣を持ったままの女騎士が開け放したままの戸から再び脱衣場に顔を見せた。


局部をを隠すのも忘れて、少年は咄嗟に後じさってしまった。



「疑うような言動をして申し訳ありませんでした。この通り謝罪します」

「良いよ別に!」

「そうはいきません。貴方は善意で私を介抱してくれたというのに。つい取り乱してしまったのは私が至らないからです。お許しください」

「良いから!服!服着て!」



 心底申し訳なさそうに頭を下げる女騎士に向かって、少年は泡を食って両手を振った。



「?この格好は問題ですか?」

「よくない!すごく良くない!」

「でも貴方が脱がせたのでしょう?」

「違う!……いや、そうだけど!不可抗力だから違う!」

「なるほど、抵抗できないのも無理ありません。異性の肉体に興味を持つのは男子の摂理でしょう」

「だから違うって!」



 とんでもない誤解をされかけていると気付いてますます慌てる少年を顧みず、女騎士は長大な剣を大事そうに両手に抱きかかえた。



「ありがとうございます。本当に。……路上に忘れて盗まれでもしたら、私は筋違いでも貴方を恨んでいたかもしれません」



 真剣なその様子を見て、ミハルはおずおずと両手を下ろす。



「……そんなに大事なものなの?」

「大事……というよりもかけがえのないものです。私と私の一族にとって、この剣は誇りですから」

「誇り?」

「ええ。この剣は生計を得るたつきであり、信仰の証を立てるためのよすがでもあります。今では時代遅れとなった古い武器ですが」



 その時初めて、ミハルは女騎士の身体のところどころについた痣や小傷の痕に気付いた。


しなやかに発達した筋肉と、抜けるように白い肌の上に、恐らくは厳しい練磨と研鑽の過程で体に刻み込まれたであろう痕跡がうっすらと残っている。


急に自分の生白い体が恥ずかしくなって、ミハルは女騎士に向かって体を斜になるようもじもじと足を踏みかえた。




「……ところで」



 女騎士がくるりと視線を変えた。



「な、何?」

「ちょっと失礼」



 慌てふためく少年の前で膝を折り、その股間をまじまじと注視してくる。



「何!?何なの!?」

「隠さないでください。別に平気です、結婚するのですからね私たちは」



 必死に隠そうとする少年の両手をあっさりキャッチすると、女騎士は真剣に観察を続けた。



「ギャー――!バカーーー!」

「うーむ……」

「何考えてんだアンタ!ふざけてんのか!?」

「私はいつだって大真面目です。気になるのは、聖都の春画で見たのと形が違うことです」

「えぇ!?」

「"エレフン"の男子はこういうものなのですか?ちゃんと使えるのでしょうね?」

「使ったことなんかないから分かんな……何言わせんだよ!」


 

 長い睫毛に涙の粒をくっつけて、ミハルはほとんど半狂乱になって叫んだ。


それを全く意に介さず、女騎士は一人で納得して『ああ!』と感嘆詞を口にした。


「そう、そうでした。種馬だって牝馬を前に発情しないと、普段はそういう形態は取らないものですよね」

「は、発情って……!」

「子供が作れそうか念のため確認しておきたいのです。ちょっと大きくしてみてください」

「無茶言うな!」



 この状況ではますます縮こまるばかりで、哀れな少年は必死になって手を振りほどいた。


慌てて近場にあったタオルをひっつかむと腰に巻き付ける。


「へ、変態かアンタは!?」

「……貴方こそなぜ、家の中で裸なのです?」

「風呂に入ろうとしてたんだよ!?」

「…………なんですって?」


 

 女騎士の目に真剣な光が灯った。



「ちょ、だから近いって」

「浴場があるのですか?この狭くて小さな家に?」

「狭くて小さいは余計だ」

「沸いているのですか?」

「え、うん。今ちょうど沸かしたところ」

「先に頂いても良いですか!?」



 両目を爛々と輝かせ、舌なめずりをしそうな勢いで女騎士は浴室に繋がるドアを注視した。


言葉にするのには難しい迫力が下着姿の全身にみなぎり、思わず少年は気圧されてしまっていた。



「え?」

「ここ数日入浴できていないのです!新しいお湯を!ぜひ!」

「……良いけど」 

「ありがとうございます!」



 言うが早いか、女騎士はスポーツブラに手をかけた。



「うわ―――っ!」 


 

 慌てて飛びのいた少年は、振り返らずまっすぐ脱衣場を出ると、後ろ手で乱暴に引き戸を閉じる。


ぜえぜえと荒い息をつきながらも、無意識にその耳は背後の脱衣場の音を拾い上げてしまう。


扉ごしに微かな音が聞こえてきた。

  

軽いものが洗濯籠の上に落ちる音。床の上で人が足を踏みかえる音と、合わせて小さな下着を足から引き抜く衣擦れ音。


上機嫌な弾むようなステップ。密閉性の高い浴室の扉が開閉する音。そして……。



 ……自分が女性の入浴に聞き耳を立てていることに気付いて、少年は軽く首を振って立ち上がった。



「……風呂を横取りされるのなんか初めて」



 何かいろいろなものを一度に失ったような気分で、ミハルは呻くようにそう漏らした。


 

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