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3_7 おきのどくですがプロポーズはおことわりされてしまいました



「なんでもします!なんでもしますから!」  

「うるさいな、ふざけんなよ!」



 店の裏の戸のカギを、ミハルは乱暴に回して施錠した。



「お、お願いします!話を、話だけでも聞いてください!」

「……っるさい!さっさとどっか行けよ!警察呼ぶぞ!」



 おろおろと縋り付いてくる女騎士に向けて、少年は一喝した。



(こんなことなら、最初から無視するんだった!)



 胸の奥からむかむかとした思いが湧き上がってくるようだった。


やはりこいつは無茶苦茶な変人で、頭のおかしい奇人で、不法滞在の外国人だ。関わるんじゃなかった。


ミハルはそう結論して、荷物を引っ下げて立ち去ろうとする。


 

「待ってください!」


 

ほとんどタックルに近い勢いで、女騎士がしがみついてきた。少年の小柄な体格がぐらつく。



「…………っ」

「突然のことで驚かせたのは謝ります。でも私だっていきなりのことで動転しているんです。お願いです、まずは落ち着いてください!」

「落ち着いているよ!答えは変わらない。バカにするな!」 



 先刻乙女の微笑に心を動かされかけたという事実が、少年の反応を不必要なくらいに攻撃的にしていた。裏切られたという思いすらあった。



「どうしてですか?さっきまではあんなに親切にしてくれたのに」

「自分が関わることじゃなかったからな!」

「何をそんなに怒っておられるのですか、分かりません」

「いきなり結婚しろとか、バカにしてんのか!?」



 少年としては自分が口にする言葉通り悪ふざけとしか思えないのだが、女騎士は深刻そうな両目でかぶりを振った。



「わ、私はいつでも大真面目です。ふざけてなどいません!」

「ほぼ初対面の相手に結婚しろとか言われる方の身にもなれよ!」

「……そう思いますよね、実は私も内心そう思ってるところです、そう思いますでしょうけれど!」



 怪しい三段活用をぶつぶつつぶやきながらも、女騎士は少年の腰に回した腕に力を込めた。


まるで万力に固定された金具のようにミハルは身じろぎひとつ取れなくなった。見た目からは想像もつかない膂力だ。



「とにかく今は詳しい説明は省きますが、私はあなたと結婚しなければならないんです」

「そこは詳しく説明しろ!」

「何故ダメなのかを教えてください!……まさか既婚者なのですか!?」

「違う」

「婚約者がいるとか?」

「いない」

「!…………ひょっとして、やはり同性愛者なのですか!?ダメですよ非生産的な!!」

「おい。殴るぞ。やはりって言ったか今?」



 女騎士は本当に深刻そうにあわあわと慌て始めた。


ミハルは急速に毒気を抜かれた気になった。怒りの熱が急に体から抜けていくようだった。



「……アンタの国じゃどうだか知らないけどな。こっちじゃ神様の思惑で結婚なんかしないの」

「そんなバカな!」

「バカなって」

「か、神々と神造裁定者の恩寵によって人は生かされているのですよ!?その望みに応じるのは人類の普遍的な喜びのはずです!」

「いまいちそう言い切れる神経がよく分からねーんだよな……」

「教義を知ればきっと理解いただけます!私が1から説明します!」

「せんでいい」

 


 長くなりそうな上に興味もないので、ミハルはあっさりと拒否した。



「……では、どうすれば結婚してもらえるんです?」 

「どうすればって」

「あなたの国では、家の事情や条件で結婚する男女はいないのですか?」



 う、と言葉に詰まった。


……政略結婚やお見合い婚ならば、今では少なくなったとはいえ現代日本でも皆無とは言えないと思ったからだ。


ここで『ない』と強弁するだけの心臓の強さはミハルにはなく、それを見てファム・アル・フートの眉がわずかに緩んだ。



「で、では、ひょっとして私に何か至らない点でも!?なんでも言ってください、直します!」

「そういう問題じゃないんだってば……」

「見た目が気に入りませんか?自分の容姿を鼻にかけるほど愚かではありませんが、オデットは器量良しだと言ってくれましたが」

「誰だよオデットって」

「え、"エレフン"では私のような者は醜女とされるのですか?それとも貴方の好みに合いませんか?」


 

 そんなはずがなかった。

 

ミハルの目から見ても外見だけなら、控えめに言ってとびっきりの美人だ。


返す言葉に詰まって、少年が目を逸らす。


女騎士はそれを肯定と受け取ったようだ。慌てて次のセールスポイントを並べ立て始めた。



「外見は好みに添わなくても、見た目通り健康ですよ!」

「そうだろうな、俺もそう思う……」

「腰だって安産型なんです。子供もたくさん産んでみせます!」

「こ、子供!?」



 ミハルは直截な言葉の使いように面喰った。



「母は二人しか産めませんでしたが、実家は多産の家系なんです。祖母なんて8人も子供を産んだんですよ?私だって欲しいだけ産んでみせますから!」



 思わぬ方向に転がりだした話に少年は絶句する。それを見て、女騎士の方もやや声のトーンを落とした。



「ま、まだあなたには子作りの話は早いかもしれませんが……」

「当たり前だろ。……学生だぞ」

「でも跡継ぎは絶対必要なんです。家を継ぐ男子が、どうしても!私は女に生まれたせいで、騎士となるのにいらない苦労をしてきました。我が子にはそんな思いをさせたくないんです!」

「ああ……そうなの?」

「そうです。ですから、ちゃんと男の子を産ませて下さい!」

「だから結婚しねーって!」



 堂々巡りだ。少年は女騎士の腕を振り払おうとし、乙女は全力で抵抗した。



「家事だって一通りできます!子育てもちゃんとしますから!良い妻になりますから!!」

「だから、そういう問題じゃねーって!」

「サラダだって取り分けられますよ!?ちゃんと特訓しました!……それこそもう、血のにじむほどの」

「え、サラダ?なんで?」



 少年の顔を覗き込んで落ち着かなく揺れ動いていた紅い目が、ふと良いアイディアを思いついたように定まる。


口元に卑屈とも取れる笑みを貼りつけながら、女騎士は新しい提案をしてきた。



「で、ではこうしましょう。私にできる最大の譲歩案です」

「どうするってんだよ……」

「愛人は何人でも作って結構です!」

「……」



少年は雑居ビル同士の隙間から見える天を仰いだ。



「りょ、領地は小さな田舎ですが、若い器量よしの娘も何人かいます。お好きにどうぞ!」

「どうぞって……。引くわぁ」

「何なら私の従姉妹たちの中からでも良いですよ?私が嫌とは言わせません。ちょうどあなたと同じくらいの年頃ですし、よりどりみどりです!」

「おい落ち着け!人間として最低なこと言ってるぞ!?」



額から脂汗を流しながら、女騎士はさらにまくし立てた。



「通うだけでなく妾を囲うことも許しましょう。屋敷に住まわせても結構ですよ?でも妻妾同衾だけは遠慮したいのですが……その、女の自尊心として」

「アンタなあ……」 

「子供ができても私の産んだ子と同じように扱います!」

「……」

「私は気にしません!騎士として、私は結婚して、家を継ぐ男子さえ産むことができれば良いのですから。あなたが誰に愛を注ごうと……」

「いい加減にしろ!離せ!少し黙ってくれよ!!」



 付き合っていられるか、という思いで少年は女騎士の肩を押した。

 

腰に回された軽く腕を振りほどくつもり……だったのだが。



「あっ」

「え?」


 少年自身にも思いもよらぬ勢いで、女騎士の身体は後ろに跳ね飛んだ。


「――――――っ!?」

「ちょ……」



配管が飛び出た路地裏の壁に後頭部がぶつかり、意図が切れた人形のように腰から崩れ落ちて座り込む。



それきり動かなくなった。



 「ご、ごめん!大丈夫!?」

 「…………」


 

 慌てて駆け寄ったミハルだが、反応がないことに恐懼した。


ほとんどパニックになって右往左往したが、うつむいた女騎士の吐息の漏れる音を確認してようやく少し落ちついた。


とりあえず生きてはいる。



 (どうしよう……!)



ミハルに急に倒れた人間を介抱した経験なぞなく、ただどこかで耳にした知識として頭を揺り動かすのだけは必死にこらえた。



「救急車とか呼んだ方が良いのかな……」



 もし当たりどころが悪かったら、と思うと恐ろしくなった。

 

だがしかし、この女騎士が保険証を持っているのだろうか?


不法滞在の外国人というのは病院に受診した時に警察に届けられたりしないものか?


もし強制送還されると知ったら、彼女は自分を恨むかもしれない。


根っこの人の好さが災いして、自分のことよりも女騎士の事情ばかりが頭を駆け巡って、ミハルはにっちもさっちもいかず数十秒が経った。


その間、女騎士はピクリとも動かず、すぅすぅと規則正しい寝息を立てて続けている。



「やっぱり、万が一ってこともあるし、救急車を……」

<<救護の必要はない>>



 スマートフォンで緊急番号をコールしようとした少年に、平板な声で制止がかかる。



「え?」 

<<メディカルチェック終了。脳の損傷及び脳震盪の疑い無し。きわめて奇妙な症状ではあるが、騎士ファム・アル・フートは軽度の突発的な催眠状態にある>>



 先刻も聞こえてきた抑揚のない声だ。確か"ファイルーズ"と名乗っていた。


機械的な声色だが、どちらかというと男性の声に似ている気がする。


病院の案内のような明澄な調子で、どこからか聞こえているか分からないのに不思議と信じてしまう力強さがある。



「……寝てる、のか?」 

<<その認識に問題はない>>



 それきり声は途切れて、路地裏には表通りから聞こえてくる夜の繁華街のざわめきが戻ってきた。



(……どうしよう)



 確かにすやすやと寝ていて問題なさそうに見えるが、夜の街に寝入ってしまった女子を放置して帰る訳にもいかなかった。


試しにおそるおそる揺り動かしてみたが、案の定全く目覚める気配はない。


警察にも消防署にも頼らない解決策は、少年には一つしか思いつかなかった。



「…………勘弁してくれよ、本当」



 頭を抱えてミハルは呻いた。

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