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3_6 15歳(男子高校生)の受難

 果物の表皮のようにすべすべした二の腕。



「無理!」



愛玩用の小動物を思わせる柔軟そうな髪の毛。



「無理無理!」



そして、花弁のように艶やかな頬と唇。



「絶対無理です!!」



ねめつけるように再度少年を爪先から頭頂まで見渡して、女騎士は叫んだ。



<<再度諫言する。対象の外見は貴公の聖務とは本質的に無関係である>>

「私だって美醜で祝福された方を判断したりはしませんよ!でも良く見てください!これが添い遂げる相手だなんて!」



忠実なる鎧が辛抱強く続けるが、女騎士のヒステリックな調子は一向に収まろうとはしない。



<<対象の健康状態に特に問題は見当たらない。外見も、"アルド"の一般的な美形のサンプルと大きく乖離していないと判断する>>

「確かに愛らしいのは認めますよ!でもね、愛らし過ぎます!私は少年趣味ではないのです!」

<<繰り返すが、貴公の性的嗜好は勘案することはできない>>

「……というか、改めて見ても男子なのですか?本当に?」

「おい、怒るぞ?」



どこからか聞こえてくる声と女騎士の意見が衝突しているのを胡散臭く眺めていたミハルは、『とても信じられない』といった顔で確認してきた女騎士に眉をひそめた。



<<対象は神造裁定者が指定する遺伝子コードを所有する、健康で生殖可能な年齢の男子である。貴公の聖務の条件に全て合致している>>

「"ファイルーズ"!あなたはそういいますけどね!……生殖可能?ところで、貴方今いくつですか?」

「今年で15だけど」

「……うそ。てっきり12歳くらいかと」

「そろそろ本当に怒っていい?」

「どちらにしても若過ぎます!私より7歳も年下だなんて!」



フォローするでもなく一人問答に戻る女騎士に、少年はますます不愉快そうに声を苛立だたせた。



「もっと探しましょう!もしかして、すぐにも年上で筋骨隆々としたヒゲの生えた男性が見つかるかもしれませんよ!」

<<否定する。その確率は極めて低いと判断。彼との婚姻を強く推奨する>>



……コンイン?


(気のせいか今、婚姻って聞こえた気がしたぞ?)



聞き違いかと思ってミハルは戸惑ったが、その様子に全く注意を払うことなく女騎士は椅子の上で体を丸めるようにして何やら叫んでいた。



<<祝福者の年齢は今回の聖務の条件に指定されていない>>

「それでも結婚の条件というものがあるでしょう?年上でもっと頼りがいのある方でないと……こんな子供と家庭を持ってちゃんと子供を産み育てられますか!?」

<<社会的通念は勘案するが、貴公の聖務の第一優先事項は祝福者との速やかな婚姻である>>

「無理―――!私もう22歳ですよ!?彼が大きくなるのを待ってたら子供が産めない年になってしまいます!」

<<…………>>



女騎士が顔に籠手を当てて、体をよじるようにしてかぶりを振った。



「……さっきからさ、誰と話してんの?」



肩をぶるぶると震わせる女騎士がようやく静かになったのを見て、ミハルはようやく質問することができた。



<<祝福者に申告する。当機は騎士ファム・アル・フートの聖務支援を任務とする戦術インターフェースである>>



とても問答どころではない女騎士を無視して、無機質な声が少年の呼びかけに応える。



「戦術……何?どっから喋ってんの?携帯か何か?」

<<否定する。当機は現在無線封鎖中である。思考中枢及び発声器官は騎士ファム・アル・フートが装備中の防衛システム内に位置している>>

「……ごめん。良く分からない」

<<……騎士ファム・アル・フートの表現を借りれば『鎧の精霊』である>>



 そう言われても鎧そのものが喋っているとはとても信じられず、ミハルは『コスプレの小道具にしてはえらく凝った設定だな……』と呆れた。



「ええと、それで……何って呼べば良いんだっけ?」

<<当機の比定呼称は"ファイルーズ"である>>

「はあ……どうも」

<<友好的な対応を望む>>



無機質声で慇懃な物言いにミハルは少し戸惑った。

それでも、駄々をこねる子供のように椅子の上で手足を固めた女騎士よりは、まだこの自称鎧の精霊の方が話が通じそうだとは思った。



「それで"ファイルーズ"さんに聞きたいことがあるんだ」

<<敬称は不要。応えられる範囲で情報を開示する>>

「……"ファイルーズ"?さっきからこの人何がしたいの?」

<<騎士ファム・アル・フートは彼女の義務を遂行しなければならない立場にある。が、個人的感情でそのことを拒否している>>



鎧の声を聴いた女騎士がびくり、と体を震わせた。



「いまいち事情が良くつかめないんだけど」

<<騎士ファム・アル・フートが探し求める対象は、彼女の婚い……>>

「……侮言を取り消しなさい、“ファイルーズ”」



女騎士の低い声が響いた。


ゆっくりと身体の姿勢を戻し、椅子の上に座り直す。



「ば、バイユートの人間が、義務に背を向けたことなぞ家祖初代バイユート以来一度もないのです!」

<<体内モニターがドーパミン及びノルアドレナリンの分泌を確認>>

「……やってやろうではないですか!私は神の剣!こ、個人的感情で神より与えられた役割を放棄するなどありえません!」

<<当機は謝罪する。貴公の義務の遂行を望む。騎士ファム・アル・フート>>

「………」



 何が起こっているのか分からなかったが、『義務』という単語が女騎士の態度を変えたらしいことはミハルにも推察できた。


女騎士は口をきっと切り結ぶと、内心の動揺を抑えるためか手を強く握りしめる。


そして、いきなミハルの方へ向き直ってきた。



「へっ!?」

「…………!」



女騎士は立ちあがると、椅子の背もたれを持ってずかずかと歩き始めた。



「……?」



そのままテーブルを半周すると、少年のすぐとなりにどかっと音を立てて椅子を置き直して、思い切りよく腰かける。



「わっ!」



わざわざ隣に座り直すと、何事かと目を白黒させるミハルにずいと顔を近づける。



「し、質問したいことがあるのですが……」

「な、何を?」

「貴方は恋人がいるのですか?」

「えっ?」

「恋人がいるのですか、と聞いています」



 少年は固まった。



「……いや、いないけど」

「では好いている女子とかは……。片思いの相手はいるのですか?」



 一体自分は何を言われているのだろうか。


ますます疑念と不信が少年の表情に浮かんでくるのを見て取って、女騎士の声色がやや上ずってきた。



「あるいは、文通の相手とかはいますか?」

「いない」

「そ、そうです。ご両親が決めた婚約者はいたりするのですか?」

「いねーよ」

「一応聞いておきますが、まさか同性愛者ではありませんよね?」

「さっきから何が言いたいんだ?」



 ミハルの苛立ちはもう疑義を通り越して軽蔑や怒りの領域まで近付きつつあった。


が、それが身体の反応となって現れるより先に、女騎士が頭痛を覚えたかのように手を額にやったのが少年の気を逸らした。



「おい、どうした?」

「……何か最近、立場を変えてこんな問答をした覚えがあるような気がしてきました。隊長もこんな気持ちだったのかしら……」

「はぁ?」

「いえ、こちらの話です。気にしないで……」


 

 ひらひらと手を振る女騎士の意図が読めず、毒気を抜かれた少年は少し落ちついた。



「だから事情が掴めないんだってば。何がしたいか教えてくれよ」

「えっと、それはですね……」

「困ってんだろ?」



 びくり、と女騎士が目を丸くする。



「その……人探しなら俺もちょっとは友達にたずねたり、おじいちゃん頼ったりできるけどさ。何がしたいのか教えてくれないと、何もできないじゃんか」

「きょ、協力してくれるのですか……!?」

「外国から来て、お金もないのに頑張ってるって聞いたらさ。その、ちょっとは何かしてやろうって気になるじゃん」



 料理を褒めてくれた礼に、とは少年は声に出せなかった。


声に出すだけでも相当量の勇気を使ってしまい、顔が赤くなるのを隠せない。後半は少しでも羞恥心から目を逸らそうと顔を背けて口にしたくらいだ。



「あ、ありがとうございます!」



 女騎士はぱっと目を輝かせた。



「貴方は私がこの"エレフン"で出会った中でも、最も親切で人間らしい心を持っている方です!」

「大げさだな……あと何かバカにされている気がするぞ」

「では、改めてお願いがあるのですが……」

「な、何さ……」



 女騎士が籠手に包まれた両手で少年の手を取る。


間近で正面から見つめられて、どきりとして向き直った少年は、女騎士が持つ鮮血色をした両の瞳から目を逸らせなくなった。



「……私と結婚してくれませんか?」



 女騎士は懇請した。



「死ね!!」



 少年は咄嗟にそう返した。


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