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2_8 邂逅


男三人組は、突然夜の暗がりの中から出てきた乙女を見て目を見張った。



「……なんだこいつ」

「コスプレってやつか?」

「まさかその剣、本物じゃねえよな……?」



 流石に狼狽えてぶつぶつとつぶやく男どもを乙女は品定めした。


何やらじゃらじゃらとみっともない装飾品をつけているし、背筋はぐにゃぐにゃとしていて姿勢も態度も不躾も良いところだ。


"エレフン"で見かける男にしては珍しい長身だが、筋肉のつき方や重心の置き方はまるでなっていない。


要は体格か、でなければ数を頼みにした素人だ。


自分なら素手でも圧倒できる。軽い失望と共に女騎士はそう見切りをつけた。




 ……が、何も言わずに暴力で片づけるのも騎士の取るべき道としては乱暴すぎる。ここは言葉による説得で道を正してやることにした。


「おやめなさい。かよわい婦女子ひとりに男子が数を頼みにして。みっともないと思わないのですか」


凛とした声で告げる女騎士に、男どもは顔を歪めた。



「はぁ?」

「婦女子?」

「おいおい、何勘違いしてんだよ!」

「?」



 ゴロツキたちがゲラゲラ笑い始めた。


 何やら空気が変わったのを見て、女騎士は背後の灰色の服の少女の方を振り返った。



「……何だよ」



 間近で改めて観察して、初めて女騎士は自分の間違いに気づいた。


耳が隠れる程度に伸びた髪と、端正な顔。切れ長の目、それから細身な肉付きとなで肩はともかく。


くびれの位置や、灰色ズボンで覆われた腰骨のつき方がよく見ると女子のものとは違う。


それに声変わりはしていないようだが、申し訳程度に喉仏も張り出しているではないか。



「……失礼。男子だとは思わなかったもので」

「…………」

「ええと……遠目にはその髪型と服装は婦女子にしか見えませんでした」

「悪かったな!」



 四角襟の少女、もとい男の子が不機嫌気に顔をしかめると、こめかみをぴくぴくと震わせ始めた。


……自分は不利な状況を仲裁に来ているのに、何がそんなに気に入らないのだろう?



 女騎士は少し気まずい気持ちになって、くっくっと下品な声で笑い合っている男どもの方へ向き直った。



「彼の鞄から何か取り上げていましたね?返しなさい」

「取り上げてなんかねーよ。俺らはただこいつを見せてもらっただけでさ」



 じゃらり、とチェーンのついた丸い懐中時計を金髪の男が取り出して見せる。



「それ、俺の時計だ!おばあちゃんの形見なんだぞ!返せ!」

「だから見せてもらってるだけだっつーの」

「こんなでかい時計しか持ってねーの不便だろ?俺のと交換しねー?」

「高坊には高級品過ぎるって」

「……ほう。確かになかなか高価そうな時計ですね」



 突如目の前……手を伸ばせば触れる距離……に現れた女騎士に、三人組は思わずぎょっと後じさりする。


ファム・アル・フートは、その様子を見て再び失望を覚えた。


自分の踏み込みをまるで目で追えていないようだ。


やはり話にならない。


場合によっては力づくで正義とは何かを体に教えてやるつもりでいたが、こんな連中を相手にしても自分の品位が下がるだけではないか。



 胸の内で軽くため息をつきながら、ぱっと手をはためかせる。


頑丈な手甲がかすかに届くネオンの光を受けて煌めく間に、魔法のように時計は男の指の間から掻き消え、女騎士の手の中に移っていた。


そのまま何事もなかったかのように背を向けると、つかつかと男たちと少年の中間の位置まで歩いていく。



 あまりの早業に男どもはしばらく呆然としていたが、やがて意識を取り戻したかのように口々に不平を叫び始めた。



「べ、別にカツアゲするつもりなんかねーよ!それにさ、先に手上げたのはそいつの方なんだぜ?」

「正当防衛ってやつだよ。な?」

「何の権利があって喧嘩止めるんだよ、なぁ、おい!」

「?誰が止めるなどと言いました?」

「「「え?」」」



 両者の間に立った女騎士は断言した。



「どうぞ気が済むまで存分におやりなさい。何、お互い素手です。とことんやっても死にはしないでしょう」

「は?」

「どういうこと?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔でぽかんとする不良と、怪訝げな少年に向かって、ファム・アル・フートは説明してやることにした。



「事情は知りませんが、恐らくこの時計は彼の宝物。男子にとって逃れざる本分によって決闘を挑もうというのでしょう。見上げたものです。私は騎士としてその心意気を汲むことにしました」

「えーと……何言ってんだ?」

「決闘?」

「誰が?」

「決闘です。貴方たちも一人代表を決めて、彼と戦いなさい。助太刀と交代は認めません。割って入ったり邪魔をしようとした者は私が速やかに排除します」



 呆気に取られている三人組に向かって告げると、ファム・アル・フートは格闘技の審判のように両方の顔を見渡した。



「騎士ファム・アル・フートが見届けます。正しいものには神造裁定者の加護があることでしょう。存分に立ち会いなさい!」


 腕を組み、堂々と背筋を伸ばして宣告する。


彼女にとっては試合開始の合図のつもりだったのだが、その意図は残念ながら通じず、薄気味悪そうに不良どもは顔を見合わせた。



「おい……やべーよこいつ」

「なんか白けたな」

「ガキからかって変なのに絡まれるのもバカらしーべ。退散退散」



 意見が一致したらしい。何やらくっちゃべりながらその場を後にしようとする。


それを見て顔色を変えたのは、男の子ではなく女騎士の方だった。



「待ちなさい!どういうつもりですか!?」

「……」

「決闘から背を向けて逃げるつもりですか!今すぐ戻って彼と戦いなさい!ちょっと、聞いているのですか!?」

「…………」


 ネオン街の方に消えていった不良どもを地団駄を踏んで呼び戻そうとする女騎士を、呆れた様子で少年は眺めていた。


ファム・アル・フートはわなわなと肩を震わせて繁華街の方を睨んでいたが、やがて諦めたのか少年の方へ向き直った。



「……何がしたいんだよ、アンタ」

「彼らは尻尾を巻いて決闘から逃げました。貴方の勝ちです」

「多分それは偏ったものの見方だと思うぞ」

「いーえ!事実です!この時計は貴方のものです」

「あ」



 男子は慌てた様子で懐中時計を受け取ると、フタや竜頭(ネジ)を改める。


しばらく触ってから、ようやく安堵のため息がもれた。どうやら傷などはなかったらしい。



「大事な時計なのですね」

「……まあね」

「貴方のような子供が持つには高価な品です。持ち歩く時は気をつけなさい」



 女騎士は忠告した。自分でもお節介かと思ったが、これくらい言う権利はあるだろう。


少年は少し苛立たしそうに聞いていたが、彼なりに思うところはあったらしく反論したりはしなかった。



「あ」

「え?」

「殴られたときのものですか?」



 ファム・アル・フートはその時、少年の頬が赤く腫れているのに気付いた。


手を伸ばして触り、打ち身の大きさ・程度を確かめる。


女騎士に触られて初めて気づいたかのように、少年は顔をしかめた。



「いたッ」

「青アザになりそうですね。手当しましょう」

「い、いいよ別に」

「じっとしていなさい。湿布を貼ります」

「いいから」

「じっとしていなさい、と言いました」



 拒否させないために女騎士は命令を口にした。


凛とした声には不思議な力があり、少年はまだ何か言いたそうにしながらもしずしずと従った。


手甲と手袋を外して、携行していた荷物袋から懐中用の薬箱を取り出す。


小瓶の中のペースト……薬効あらたかな薬草や生薬を粉末にして特製の油で練ったもの……をさっと麻布に塗ると、少年の頬に張り付ける。


訓練時代に打ち身や捻挫のたびに作った特製の湿布だ。殴られた程度の打ち身ならすぐに痕も残らず綺麗に治ることだろう。



「はい。おしまいです。しばらく触ったり剝がしたりしないように」



 乙女の手際に驚いたのか、それとも手製の湿布薬が珍しいのか、少年は頬を指先でこすりながら目を白黒させた。



「……ありがとう」

「どういたしまして」



 声に照れと抵抗を含んでいたが、それでも誠実な部類に入る礼の述べ方だった。


乙女は初めて、少しだけ少年に好感を持った。



「…………」



 そこでようやく、ファム・アル・フートは聖務のことについて思い当たった。


一応は目の前の少年も"エレフン"の男である。


今なら握手を求めても不自然ではあるまい。



(念のため"ファイルーズ"に確認してもらいましょうか?)



 少し悩んだが、少年のすべすべした肌やなで肩を見るとその気も失せてしまった。



(……まさか、ですね)



こんな子供が、と思う。


持ち前の思い切りの良さで、ファム・アル・フートは結論付けた。



「ありえませんね」

「はあ?」

「失敬。こちらの都合です。では、私は失礼します。今は聖務執行の最中ですので」

「はあ?セイム?」


 手袋と手甲をつけ直すと、女騎士は立ち去ろうとする。



「ああ、そうでした」



 大事なことを言い忘れていた。立ち止まって振り返る。


「……何さ」

「貴方、弱いのに喧嘩はしない方が良いと思いますよ」


 少年が絶句する気配を無視して、ファム・アル・フートは身をひるがえして夜の街へ歩き去っていった。


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