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2_7 義侠心



 愛剣の切っ先を慎重に見定める。


視界は狭く、暗い。埃っぽい空気に思わずせき込みそうになる。


が、ここでくじけるわけにはいかない。


精密に、慎重に。剣の狙いを動かしていく。



「――――――くっ!」



両手剣である"ツヴァイヘンダー"は刀身だけで赤子並みの重量がある。


 両手で保持するだけでも、鍛えていない身体ではすぐ根を上げるほどの重量武器だ。片手でいっぱいまで延ばすのは、ファム・アル・フートといえど簡単ではない。


 腕の筋がこむら返りをする寸前、肘の可動範囲ぎりぎりのところで、切っ先が銀色の平たいものの端に触れた。



「――――――やった!」



身体を起こしながらすぐに引き戻す。


自販機の下から抜き身の剣と一緒に、切っ先に引っかかった100円玉が引きずり出されてきた。


「やった!高い方ですよね!?」


<<本日215円目の現金収入である>>


9台目で目標額に達するとはついているな、とファム・アル・フートは愛剣を鞘に納めながらほくほく顔になってしまった。


 これだけ順調なら、今日は現地語で"セントー"というらしい公衆浴場を使っても良いかもしれない。



「ファイルーズ、次の自販機は?」



<<比定座標を確認。300メード先、右折>>



 "ファイルーズ"が覚えておいてくれている自販機の場所へ向かう。


どんな理屈かはよく分からないが、この鎧の精霊は一度歩いた道は消して忘れず地図として覚えておけるらしい。


おかげで、女騎士はこの街の主だった道の自動販売機全てを把握して行動圏に収めることができた。


缶に詰まった冷たい飲み物を売るこの道具がどうもファム・アル・フートには異様に感じられて利用する気がしれないのだが、貴重な現金収入をもたらしてくれるのは間違いない事実だった。


大股で鉄靴を踏み出して、女騎士は次の巡回先へ向かっていった。




「そろそろ始めましょうか」

<<了解。スクリーニング用クラスタを起動する>>


 自販機で小銭を拾い集め、昼食を昨晩の揚げパンの残りで済ませてから、騎士は聖務の遂行を始めた。


人通りが多いところに立ち、剣を片手にいわゆる軍隊生活の『休め』の姿勢を取る。


そのまま行き交う人の群れを眺めていると、若い男二人が何やらこちらを見て話しこんでいるのが見えた。



「あの二人、こちらを見てますね」

<<対象の体温上昇を確認。軽い興奮状態にあると推測される>>



 カモ……もとい、狙い目の実験先だ。


片方は丸々と太り、相方は伸ばした髪がいかにも不清潔に見えたが、容姿で聖務に勝手な判断を下すのははばかられる。


山を動かす者もまずは小石から運ぶということわざもある。何事も積み重ねだ。


 軽く手を振ってやると、そわそわしながら近寄ってきた。



「あの、すみません。一枚撮らせてもらって良いですか?」

「すげーレベル高いコスっすね!その鎧まさか本物ッスか?」



 予想通り、例の平たい金属片を取り出しながら頼みごとをしてきた。



 「ガイジン」だの「コスプレ」だの「レイヤー」だの謎の単語を浴びせられるのは正直最初は面喰らったが、今ではこれも聖務のためと割り切ることにしている。


どういう訳か自分が鎧姿で立っているだけで若い男女はこぞってこの『儀式』を行いたがる。


こうして人通りの多い場所を狙って立つようになった今も、理由は良く分からないままだ。


求められるままポーズを取らされたり、肩を組んだり笑顔を作らされたり、この行為にいったい何の意味があるのだろうか?


 数十回も、男たちはカシャカシャと金属片を鳴らした。これも何をしているのか女騎士には意味不明に映る行為だ。


最後に、若い男二人とぎゅっと強い握手をしてから別れる。


 上機嫌でぺこぺこ頭を下げながら去っていった。どうやら満足だったらしい。自分のような武装した人間がそんなに珍しいのだろうか?


……まあ彼らの反応はどうでも良い。大事なのは『聖務』の方だ。


「……どうです、"ファイルーズ"?」

<<皮膚の角質から遺伝情報を入手。該当の遺伝子コードなし。次の被験者を捜索されたし>>



 どうやら今回も外れのようだ。


とにかく今の自分は、一人でも多くの男に触れなければならない。


一定時間、手甲か指先で皮膚のごく一部か体液に触れる。


それだけで"ファイルーズ"は『祝福者』がどうか判別できるそうだ。


最初は手当たり次第に男を見つけてはその辺りの路地裏に連れ込み、口中に手甲を突っ込んで判別していたが、一度官憲の目に留まりそうになってからリスクが高い方法は避けることにした。



 悩んでいたところに、何やら例の薄い金属を持った男女が声をかけてきたのだ。


話を聞くとどうやら自分は"シュバリエール・ロマンス"なる絵物語に出てくる騎士に似ているらしい。


よほど有名な人間なのか、近寄る人は口々にその名前を呼んでいた。


『コミック版』や『アニメのピンナップ』といった理解できない宗教用語から見て、彼らの間の聖人か何かではないかとファム・アル・フートは思っている。


ひょっとして聖人に触れることによる現生利益を期待しているかもしれないと思うと若干罪悪感が湧くが、これも聖務のためだ。



「目線こっちに下さい」

「ゲームの勝利画面っぽい感じで頼みます!」

「もうちょっと自然な笑顔お願いしまーす」



 心を鬼にして、なるべく多くの若い男と握手するべく、ファム・アル・フートはポーズを取り続けた。



 ――――――。


 夕刻。


 男の子ふたりの兄弟が、揃いの虫カゴを持って歩いていた。


手にはホームセンターで売っている捕虫網。小学校から帰った兄と幼稚園児の弟にとって、山の手近くの野原は恰好の遊び場だった。


 もともとは宅地造成の予定地だったが、管理会社が不景気で手を引いて以来ずっとだだっ拾い空き地のままだ。二人は小さなバッタや蝶を見つけては黄色い歓声を上げて追いかけていた。


 でたらめに網を振り回していた弟の方が、自分の背丈よりも高い草の茂みが、根本からガサガサと何かが揺れているのに気付いた。


「お兄ちゃん、何あれ」

「さあ?」


ひょっとして猫か何かかもしれない。


 兄弟は顔を見合わせて笑い合うと、捕まえるべく声を立てずに示し合わせて獲物が出てくるのを待った。



 ……すぐに茂みの中から四つん這いの姿勢のまま『それ』が出てきた。


『それ』は明るい色の長い髪をして、ぴかぴか光る甲冑を身に着けていた。


片手には古いが頑丈そうな麻袋、もう片方の手には何やら先端が二股に別れた棒を手にしている。


丸い肩にがっしりとした体つきを持つ『それ』は、兄弟の予想をはるかに超えて大柄だった。


 茂みから出てきたのは猫ではなく、女騎士だった。



「「…………」」



 呆気にとられる兄弟に、身体を起こそうとした女騎士……ファム・アル・フートが気付く。


乙女は蝋人形のように硬直した二人を見て、優しい笑顔を浮かべた。



「おや、あなたたちも狩りですか?」



 自分の麻袋を軽く持ち上げながら女騎士は言った。

 


「怖がらなくても良いですよ。見せてみなさい」



 背丈に合わせて前かがみになって声をかけてきた女騎士の言葉に、おずおずと兄弟が虫かごを差し出す。



「なんだ、虫ばかりではないですか。それではお腹がふくれないでしょう?」


 ……お腹? 


ふくれる?


カゴの中の小さなバッタを見た感想と、女騎士の言葉の意味をどうしてもつなげられず、兄弟が思わず視線を交差させた。



「仕方ないですね。……では、私の獲物を分けてあげましょう。お母様に料理してもらいなさい」



 女騎士が麻袋の中に手をやる。


何が出てくるのかと、兄弟は興味津々に覗き込んだ。



「ほら、ついさっき捕まえたんですよ。食べごろの大きさで美味しそうでしょう?」



 女騎士が取り出したのは、黒々としたウロコを光らせた長さ1メートルほどのヘビだった。


 野原に二つの絶叫が上がった。



 兄が弟に目もくれず我先に駆けだした。


弟の方は勢い余って盛大にコけ、泣きべそをかき兄を呪詛する言葉を吐きながら、それでも一人で立ち上がって兄の背中を追いかけた。



「?」



 取り残されたファム・アル・フートは黒ヘビを手にしたまま、理解できないといった顔で兄弟の背中を見送った。



「……ヘビ料理は嫌いだったようですね」




 結局その日、ファム・アル・フートは合計3匹のヘビを捕まえてテントに戻った。


獲物を捌き、血抜きをしてから干し肉にするべく天上から吊るす。


このまま夕食にしても良いのだが、毎日『喜捨』にありつけるとは限らない。万が一のときのために保存食は充実させておきたいところだ。



 この地では「喜捨」を出すのは日が暮れて時間が経ってからと決まっているらしい。


道具の手入れをして、頃合いを見計らって再びファム・アル・フートは街へ繰り出した。



 ……いつも『喜捨』を探している路地裏に辿り着いた。どうやら表通りは飲食街のようだ。


あたりをつけた店の一つ。今日も例の青い丸箱に『喜捨』は入っていた。


半額と書かれたシールのついた弁当を片手に、上機嫌で寝床に戻ろうとした途中。


 何やら不穏な調子の声が聞こえてきた。



「む」



 見ると薄暗い路地裏で、数人の男が灰色の服を着た少女を取り囲んでいた。


背の高い三人はわざとアンダーを腰はきにしたり帽子を斜めに被ったり、とても紳士には見えない恰好をしていた。それでいて少女を小突いたり指差したり、とても友好的な雰囲気ではない。



 少女の方はというと、灰色の胴体になかなかこじゃれた四角い大きな襟のついた装束をしていた。スカートではなく膝丈しかないズボンを履いている。何かの制服なのかもしれない。



 挙句の果てに三人組のうちひとりが、少女の持ち物の鞄を取り上げて中身を物色し始めた。


流石に怒ったのか少女が手を上げるが、明らかに喧嘩慣れしていない動作だった。逆に髪を染めているらしい男から鉄拳を頬に受けてしまう。



「――――――っ!」



 殴られた少女が痛みに背中を曲げる姿は女騎士の神経を逆なでした。


事情は知らないが、自分が味方する方はたった今決まった。

 

ざっと力強く鉄靴を踏み出す。



<<……自制を促す。貴公の任務とは関係のない案件である>>

「黙りなさい、"ファイルーズ"。義侠を行うのも騎士の務めです」



 忠勇な鎧の進言を却下して、乙女は男三人と少女の間に割って入っていった。

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