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2_3 信仰を同じくする者たちへ

 野営に失敗した後も、女騎士は行く先々で散々だった。


空き地を見つけてたき火を始めたら、赤い鉄の車がけたたましい警笛を鳴らしながらすっ飛んできた。


なんとか情報を得ようと酒場らしいところを探してみるが、軒並み門を閉じている。


英雄物語で良くある展開の、絡んできたごろつきを逆に締め上げて有益な手がかりを得るというストーリーをなぞってみようとなるべく治安の悪そうな路地裏を歩いてみたりもしたが、皆無関心そうな顔で足早に通り過ぎるだけだ。



「こうなったら仕方ないですね……情けない話ですが、同情を頼って助けを乞いましょう」

<<現地協力者を作る必要には同意する>>

「では人通りの多い場所を探しましょうか」

<<貴公に問う。救貧施設を探すのではないのか>>

「?何を言っているんですか。信仰を同じくする方を探して頼るに決まっているでしょう」



 何を馬鹿なことを、と女騎士はきょとんと眼を丸くした。



「これだけ人が多いのです。いくら異邦人の土地とはいえ、神造裁定者サルヴァダマナを崇拝する人間もそれなりにはいるはずで」

<<……その確率は天文学的だと推測する>>

「ははは、心配性が過ぎますよファイルーズ。まあ見てらっしゃい。快く私を受け入れてくれる信徒の方がおられるはずです」

<<…………>>



 鎧の精霊が沈黙するのを気にも留めず、女騎士はとにかく人の多い場所を求めて、道を引き返して最初に現れた公共施設らしい場所へ向かった。


彼女の狙い通り、買い物客が多くなる時間帯なのも重なって、駅前の三角ロータリーの前は人でごった返していた。


どうやらここがこの街で最も交通量の多い場所のようだ。ここならばまず確実に自分と同じく御使いに救いを求める者が見つかるだろう。


女騎士は満足そうにうなずくと、行き交う人の群れに向かって大声を発した。



「私と同じ世界、祝福された地"アルド"から来られた方!もしくはサルヴァダマナ信仰の方!神造裁定者の恩寵を受けた方はおられませんか!」



通りすがる人々がぎょっとして足を止め、ある者は振り返った。



「私は聖務遂行中の騎士、ファム・アル・フート=バイユートであります!」



ネクタイを閉めた眼鏡のサラリーマンが、訝しげに目を細めて足早に通り過ぎる。



「神造裁定者の命を受け、"アルド"の聖都よりこの"エレフン"へと遣わされました!祝福された方を見つけだし、その、婚姻することを神命として受けています!」



バイトに向かうらしい帽子を斜めに被った大学生らしい男は、ふんと鼻息を吐いて一度も振り返らずに立ち去った。



「不徳の我が身に恥じ入るばかりではありますが、どなたか聖都アスガルタに祈りを捧げる習慣をお持ちの方にお願いいたします!一時のご助力を願えないでしょうか!?」



女子学生の一団が黄色い声で笑いながら、必死に訴える女騎士の様子を携帯電話に収め始めた。



「どうか、どうかお願いします!神々のご意思に応えるため、私の聖務にご協力ください!」

「ママー?さっきからこの人何してるの?」

「しっ!指さしちゃいけません!」



一番ファム・アル・フートに近づいた女児が、ほとんど引きずられるようにして母親に連れられて行った。



 それでも、女騎士は精一杯誠実な声で助力と協力を求める続ける。


が、小一時間ほど粘っても群衆の中から同胞は現れなかった。


代わりに無視されるか、或いは何故かものすごく気の毒な人を見る目で見られた。



――――――。



「なんて蒙昧な人たちなのでしょうか…」


 ついに諦めて路地裏に引き上げた女騎士は、座ったまま頭を押さえて悲嘆した。


おそらくは邪教崇拝の者たちが圧倒的多数なのだろう。自分は信仰や奉仕の精神とはかけ離れた異界にいるのだという思いを強くする。


あんな人の心を忘れ去った群衆の中にいては、善良な信徒たちがいてもとても手を差し伸べることはかなわないのだろう。


きっと自分には想像もつかない陰険で熾烈な迫害が行われているのだ。


ファム・アル・フートは自分の身の上よりも、信仰心が傷つけらていることの方に怒りを覚えた。


「今の人類が生存しているのは神造裁定者様のおかげだというのに!その恩を忘れるとは!信じられません!」

<<……状況判断。貴公の方法論に問題がある可能性が存在する>>

「はぁ?今何か言いました!?」

<<…………>>


鎧の精霊はそれきり押し黙った。



――――――。



 2時間後。


女騎士は死にかけていた。


眼は濁り、顔は曇り、ぐったりと歩道脇に設けられたベンチに倒れ込んでいる。


本来なら散歩か行楽にうってつけの春の日差しも、今は容赦なく皮膚を焼き確実に水分と気力を奪っていく気がした。


水筒の水は歩き詰めだったせいで飲み干してしまった。今のところ、水も食料も手に入れる当ては全くない。



「な、何故……?何故こんなことに……?」



理解できない、といった面持ちでファム・アル・フートは呟く。



<<警告する>>



忠実なる鎧が、例の抑揚のない声で呼びかけてきた。



<<貴公のバイタルサインに低下の兆候が見られる。サバイバルキット内の非常食を経口摂取することを推奨する>>

「い、いいえファイルーズ。まだこっちに来て一日も経ってないのですよ!?こ、この程度の苦境で、神の恩寵である貴方に頼る訳にはいきません……」


一日ですっかり潤いを失った唇から、やせ我慢で辛うじて強い言葉を発した。


 だが、明るい見通しは全くない。


つい半日前までは、神の使命を果たすための使命感と責任感が自分の全身を満たし輝きを放っていたはずなのに。


今では身体はすっかりと水分失調気味の重い肉の塊と成り果てていた。


だが、歩かねばならない。待っていては使命は果たせない。自分は先に進まなければならないのだ。


精神の力で弱りきった体に鞭打ってよろよろと立ち上がる。


そのまま生まれたての小鹿のような足取りで車道へと踏み出してしまった。



 突然。けたたましいクラクションの音が女騎士の耳朶を打つ。


水分失調で反応が鈍くなっていた女騎士の視界いっぱいに、勢いよく8tトラックが走り込んできた。


「――――――っ!?」


アスファルトに急ブレーキの痕跡を刻みつけながらトラックが迫ってくる。


思わず身をすくませたファム・アル・フートの帯びた宝剣の鞘に降れるか触れないかのところで、辛うじて制動が間に合った。


「おい!死にたいのか!?気を付けろ!!」


鉄の車の窓から怒鳴る運転手の声に追い立てられるようにして、あたふたと歩道に戻った。


その様子を尻目に、再び我が物顔に鉄の車は走り去って行った。


 ぼんやりと自分を再び別世界に連れ去りかけたトラックが小さくなるのを見つめながら、あんな車に乗せられているから御者も過労と健康不安で怒りっぽくなっているのだろうなと情動が薄くなりかけた頭で思った。


なんという殺伐とした乗り物が当たり前に使われているのだろう。道に落ちた糞に気を付けなくても良いのは確かに清潔かもしれないが。



<<あの御者の言う通りだ。注意を促す>>

「…………」

<<貴公の生命維持に当機は責任がある。次回からは予告なく制動する場合があることを了承願う>>



忠実なる鎧が抑揚のない声で語るのも、女騎士の耳には届かない。



「わ、私がどうしてこんな目に……!?」



 屈辱にぷるぷると手を震わせながら、つい手が大剣の鞘へと伸びる。


弱気を振り払うかのように、女騎士は天を仰いだ。


「い、偉大なる神造裁定者、サルヴァダマナよ!オデット!アルカイド!お父様……!」

<<自重を促す。エネルギーの浪費である>>

「……ファ、ファム・アル・フートは負けません!必ず、必ずや聖務を果たしてみせます!」


 鎧の諫言も無視して、女騎士は折れそうな自らを叱咤するかのように決意を空に向かって叫んだ。


道行く人たちは不審げにその様子を見ていたが、すぐに視線を逸らし無表情のまま道路を歩いていった。




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