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2_2 お金の使い方


<<貴公の方針を問う>>

「まずは落ち着ける場所を探して、それから計画を立てましょう。何事も腰を据えてやらなければ大事は成せません」



 荷物を背負い、大剣を帯びたまま歩きながら、ファム・アル・フートは鎧の問いかけにそう応じた。


実を言えば女騎士はかなり気が逸っていて、半分は自分に言い聞かせているつもりだった。


本当はすぐにも祝福者を探しに行きたいくらいだったが、流石にこんな人の多い場所へやってきてすぐに目当ての人間に会えるなどという奇跡が、そう容易く起こるはずもないと判断できる分別は備わっている。


まずは身を落ち着ける場所を探してからだ。そこで今後の方針を練ろうという判断である。



 ……しかしこの地はいろいろと騒がしい、と女騎士は思った。


何と広い道の真ん中には鉄の箱をした車が我が物顔で走り回っている。


荷台に積んだ動力で車輪を動かしているようだが、何故か臭い煙を吐き出すしけたたましい音が耳をつんざくのには驚くとともに辟易した。


確かに力はありそうだが、馬車の方がよっぽど優雅な乗り物なのに。


"エレフン"では良い馬が少ないのだろうか?


だとしたら気の毒なことだ。あんな乗り物を御することを強要する御者の方も、おそらく音と煙ですぐ体を悪くすることだろう。



「あの建物にある看板が読めますか、ファイルーズ?」

<<『お泊りはこちら』とある。宿泊施設だと推定される>>

「これは都合がいい。しばらくあそこに滞在しましょう」



そう言って、女騎士は通りに面したビジネスホテルへと入っていった。




―――――――――。




「泊まれない?何故ですか?」



 ビジネスホテルの受付ロビーで、ファム・アル・フートが鼻息を荒くした。



「あの、身分証の提示をお願いします」

「ですから身分なら何度も申し上げました」



聞き分けの悪い受付に対して、女騎士はあまり自信のない忍耐力を振り絞って努めて丁寧に返した。



「私は聖都の聖堂騎士団の騎士にして、イブン・マンスールの娘、ファム・アル・フート=バイユートです!」


「あの、ですから、身分証を…」



 おどおどと恐縮する振りをして、受付はなおもしつこく身分を問うてくる。



(騎士たる者の名乗りをこうもあからさまに疑うとは!)



 不愉快だという気持ちが形の良い眉をひそませたが、"エレフン"には"エレフン"のやり方があるということだろう、と女騎士は自分を納得させた。


 不承不承と言った顔で、ファム・アル・フートは大ネズミの革でできた書類入れから金縁の押された羊皮紙を三枚、丁寧に取り出した。



「これが聖堂騎士団団員としての通行手形。


 そちらはラインホルト枢機卿猊下のサイン入りの贖宥状。


 そしてこちらは騎士団団長カプラ卿の直筆の紹介状です」



 受付テーブルの上に、力強い筆致で署名が躍る三枚の羊皮紙を示して女騎士は胸を張った。


これだけあれば、どれほど排他的な諸侯の関所でも納得するであろうきらびやかな書状の数々だ。


ファム・アル・フートは少し鼻孔を広げて、無礼で不躾な受付嬢が慌てて頭を下げるのを待った。



 ……が、女騎士の予想に反して、若い受付嬢は愛想笑いを硬直させたままだ。



「あの、他に身分を証明するものはございませんか?お客様?」



 女騎士は瞠目した。


まさかこの書状が通用しないとは思っていなかったのだ。


聖堂騎士団と法王庁の権威が通じない相手というものが理解できず、女騎士は(ひょっとして旅装のせいで支払い能力を疑われているのか?)と思った。



「ちゃ、ちゃんと持ち合わせならあります!ご安心を!!」



 いそいそと小さな麻袋を取り出す。


テーブルの上に置かれたそれから、ごとりと重い音が受付に響いた。


紐を緩めて中身を示すと、黄金色の輝きが漏れ出る。



「砂金です。この中からとりあえず10日ほど前払いしたいのですが、足りますか?」

「…………!??」

「?」


 従業員が目を白黒させて絶句した。


理由が分からず、女騎士はますます困惑した。



「金が使えないのですか…?」



 そこでようやく、脳内である可能性に思い当たって、女騎士の顔がぱっと華やいだ。



「ああ、これは失礼しました!私としたことが、つい自分の土地の習慣ばかり考えてしまって」



 女騎士が譲歩する姿勢を見せたことで、血色を失いつつあった従業員の顔が期待に少しずつ生気を取り戻していった。



「"エレフン"では銀が主要で流通しているのですね?ではこれを」



 法王庁の刻印が押された銀のインゴットを受付机の上にひとつ置いた。相場では金より安値だが、数泊するには十分な値のはずだ。


そこで、女騎士はようやく周囲の空気ににわかに変化が起きたことに気付いた。


受付裏のバックヤードで待機していた従業員たちがひそひそと何事か話し始めていた。


もう一人受付に立っていた相方の従業員が、おそるおそる四角い道具から伸びた取っ手を取り小さなボタンを押そうとしていた。


女騎士には知りようもないが、それは警察に通報するための非常用の電話回線だった。



「え?…まさか足りないのですか?そんな、銀はそれほど持ち合わせがないんです」



ファム・アル・フートが、慌ててテーブルの上にインゴットを更に積み上げ始める。


銀の塊が3つほど積み上がったたところで、完全に自分を見失った受付嬢の相方は、哀れな同僚を救うべく緊急番号をゆっくりプッシュし始めた。



 ……ここまで来ると、流石にファム・アル・フートもにわかに剣呑な空気が流れ始めたロビーの様子を訝しんだ。



「……ファイルーズ。この者たちは何のつもりですか?」

 <<官憲への通報だと思われる。敵対的反応だと推測。速やかな離脱を推奨する>>



 相棒の進言に対して、女騎士の動きは素早かった。


机の上の身分証と、金銀をまとめて革袋に放り込むや否や、ぱっと背を向けロビー正面へと走り出す。


反応が遅れた自動ドアの隙間をかいくぐるようにしてホテルから飛び出した。


あんぐりと口を開けた従業員たちに一瞥もくれることなく、そのまま全速力で歩道の上を駆け抜けていった。




―――――――――。




「まさか"エレフン"では貴金属に価値がないのですか…?」



 走りながらファム・アル・フートは愕然としていた。



<<現在までに得られた地質データは"アルド"平均値と大差なし。金の採掘量は"アルド"同様限られたものだと推測する>>

「ではなぜ彼女は受け取りを拒否したのですか!?」

<<回答する。おそらくは主要通貨以外の代物取引は禁止されていたものと推測する>>

「なるほど……聞きしに優る不便な国ですね……」



 追跡を撒いた(女騎士の主観では)ファム・アル・フートは、注意深く裏路地を歩きながら、雑居ビルの一階に構えられた看板に目をやった。


そこには大小の数字とともに見慣れた輝きがでかでかと描かれている。



「ファイルーズ?あれはもしかして金が描かれているのでは?」

<<肯定。『金・貴金属、高価買取中!』とある>>

「おお、それは素晴らしい!両替商がこんなところにあるとは!さっそく通貨に換金しましょう!」



 自分の幸運を神々に感謝しながら、女騎士は意気揚揚とブランドショップの扉を開いた。



 ……数分後。



「だから身分証ならお見せしているではないですか!……は?免許証?免許って、何の免許です!?」



中から怒気を伴った声が響いた十数秒後に、革袋を抱えた女騎士は再び全速力で走りながら公道に姿を見せた。




――――――。




「……分かりました、きっと金の取引を厳しく制限しているんです!ものすごい物価の統制政策を取ってるんですよ、この国は!」



 取引に失敗したファム・アル・フートは、自分が恐ろしい管理社会に放り込まれたことに戦慄していた。


「おそらくは一部の限られた人間にだけ金銀取引の権利を与えているんです!だから免許証を出せとあんなにしつこく!」

 <<換金施設と思われる情報なし。個人間取引を推奨する>>

「……それは最後の手段にしましょう。何しろここは、信仰に浴さない異邦人たちの土地です。信用できたものではありません……!」



 完全に不信感を抱いてしまった女騎士は、血走った眼で通行人たちに注意を払いつつ、革袋をぎゅっと腕の中で抱えた。


世慣れた商人ならともかく、交渉の経験が絶対的に足りない自分では、こんなハイエナのような連中相手では金銀を良いように買い叩かれるのが落ちだろう。


この異郷の地での生活に慣れた後ならば、伝手を頼って地下取引で現地の貨幣と替えてもらうのも現実味を帯びてくるかもしれない。


が、今の自分にそんな人脈がすぐさま作れるはずもない。



 「……仕方がありません、幕営を張ることにしましょう」



 頭を切り替える。


騎士団では野戦に備えた野営訓練も何度も行われてきた。天幕の下で寝起きすることくらい、聖務の前には苦労のうちにも入らない。


辺りを探し回り、適当な場所を物色する。


すぐに蛮族や山賊、危険な猛獣の心配がなさそうな、見晴らしのいい河原を見つけることができた。


天候と川幅と植生から見て、急な増水の心配もないようだ。しばらくはここを住処にすることにしよう。


手際よく野営用の装備を広げ出したところで、おかしな二輪車に乗った青い制服と制帽を身に着けた男が、土手の上から声をかけてきた。



「ちょっとお嬢さん!」



 騎士に向かってお嬢さんとは失礼な、と思いつつもファム・アル・フートは荷物を手にしたまま向き直った。



「……何か御用でしょうか?」

「こんなところでキャンプしちゃダメですよ!キャンプならちゃんとキャンプ場へ行きなさい!」



 太っていて眼鏡をかけた中年男性だが、妙によく通る声をしていた。どうやら野営を中止しろと言っているらしい。



「……ファイルーズ、何ですかあの男は?」

 <<略章と装備から見て現地の治安保持要員だと推測される>>

「…目をつけられたらまずい相手ですか?」

 <<貴公の聖務遂行に支障をきたす恐れがある。大人しく警告に従うことを推奨する>>



 女騎士は微妙に頬を膨らませた。



「…私が異郷の生まれだからって嫌がらせしてるのですね!?」

<<彼の動機は不明。貴公への迫害の可能性は低いものと推測する>>

「そう!?私にはそうは思えませんけど!?」



 中年男性の眼鏡が訝しげな光を放ったのを見て、ファム・アル・フートは苛立たしげに天幕を地面に向かって放り出した。



 ……全く、なんという土地だ!


この"エレフン"というところは!!



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