第3話 消えた男
「んー、特に進めるような道はありませんねぇ」
「そうだなぁ」
藤見とブレンは路地裏に入り周囲を散策するが、途切れた道には進めるよな通路どころか建物に挟まれてできるような細い隙間すら無い。
「登ったんですかねぇ」
「いや、そうだとしてもさすがにあの二人が気付くだろ」
「しっかし、きたねぇなぁ」
ブレンは路地裏の突き当りに聳え立つように道を阻む壁を眺める。藤見はブレンとは逆に地面に散らばるゴミの中から一体の汚れた男の人形を拾い上げると、それを無造作に投げ捨てた。
「ムキムキの勘違いだったんじゃねぇのか?」
「ムキムキ? ……アミットさんのことですか。まぁ、こんな状況じゃそう考えるのが妥当ですかね。あとは、協力者がいたかと考えるかですかね」
「どうだろうなぁ、見られずに、しかも触れられずにってなると相当特殊な能力だし、そんなん聞いたことねぇわ。あ、チージーじゃん、誰だよ勿体ねぇ」
藤見はゴミを再び後方へ放り投げ、膝を払いながら立ち上がる。同じタイミングでブレンも諦めたようで、不思議そうに行き止まりを見上げた後に路地裏から外へと出る。
「何かわかったかい?」
「いえ、何も」
「ムキムキ、お前の見間違いじゃね?」
「いやいや、あの距離では見紛わんよ。というかムキムキって」
「さぁ、どうだろうねぇ。ま、私はハッキリと見たわけじゃないから何とも言えないねぇ」
4人はしばらくの間路地裏の入り口で考えるが、それでも答えは出ず、4人はその場から解散し始める。
「どうしたんですか藤見さん、行きますよ?」
「……ちょっと待ってろ」
アミットとカテッラが去った後、二人に続くように帰ろうとしたブレンはじっと路地裏を見つめる藤見を不思議そうに見る。
「誘拐犯の……名前は知らんが、能力は?」
「触れた相手を人形にして操る能力です」
「……」
「藤見さん?」
藤見は無言で路地裏を進むと、先ほど放り投げた人形を手に取り、ブレンへと放り投げる。
「ちょっ、そんなもん投げないでくださいよ」
「お前、確か至近距離なら心の声受信できるんだよな?」
「ええ、ノイズ程度なら……ああ」
ブレンは文句を言いつつ受け取った人形に対して、汚れを気にすることなくその頭部に耳を当てる。
「……ハズレですね」
「いい線付いてると思ったんだけどなぁ」
ブレンは人形を放り投げながら藤見に言い放つ。藤見は「他には……」と呟きながらしばらくゴミを漁るが、しばらくした後に首を左右に振りながらブレンの元へと戻る。
「パトロールに行きますか」
「そうすっか……あーあ、服汚れちまったよ」
「今更気にしますか?」
「いや、するだろふつう」
「……やっぱり分からないなぁ、この人」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
二人はようやく捜索を諦め、バギーへと乗り込むともはやこの二人の乗るバギー以外では鳴らさないであろうけたたましいエンジン音を鳴らしながらその場を後にする。
・・・
「あー、びっくりした」
どこかの建物の屋上で、よれよれのシャツを着た男は大の字に転がりながら呟く。
「4人とか、ありゃ逃げ一択だわ……いや、一人でも無理か、ははっ」
男の乾いた笑いは屋上に吹く風にかき消される。男は顔を横に寝かせると、手に握りしめていた少女の人形をゆっくりと座らせる。少女の人形は動くことなく、ただその無機質な瞳を男へと向ける。
「ん? 耳? それが、どうか――いてっ」
男は顔の側面を手で触った瞬間、激痛が走る。男はその手をゆっくりと眼前へと運び、その手が真っ赤な鮮血で濡れている事を理解する。
「……あー、そういやお前、言ってたなぁ……いつっ」
男の耳から一筋の血が流れ落ちる。そして、男は自身の耳が無くなっている事に気が付いた。しかし、男に慌てる様子は無く、ただ呆けた顔でどこかを眺める。
「あーあ、ま、鼓膜は敗れてねぇみてぇだ。それに、お前よかましな状況だしな。……あー、はいはい、分かった分かった。わーったって」
男は面倒くさそうに起き上がると、自身のよれよれのシャツの左袖を破り、無くなった耳の部分を覆うように頭に結び付ける。
「はぁ、随分パンクな格好になったなぁ。しかし、空間のズレ、ねぇ……ふぁー――いてっ」
男はふらつきながら立ち上がり大きく欠伸をしようとするが、耳から来る痛みに顔を顰める。
「いってぇなぁこれ……まぁ、耳ならまだましか。いや、病院なんか行けるわけねぇだろ……そう気に病むなって」
男は人形を拾い上げ、胸ポケットへと入れると、建物の縁へと歩き出す。
「どうせ一度は捨てた命だ」
そう呟くと、男は両腕を広げながら躊躇なく建物から飛び降りた。
・・・
すでに日は落ち、町は電飾によって目に痛い光が灯る。そんな煌びやかな町の中、一台のバギーがホットドック屋の前で止まっている。
「はぁ、僕今日も手柄なしですよ」
「いいじゃねぇか。平和の証だ」
ブレンはハンドルに自身の顔を埋め込みながら、肩を落とす。そんなブレンにホットドック屋から戻ってきた藤見は笑いながらホットドックを貪る。ブレンはそんな藤見の姿を見て、更に肩を落とす。
「そうですけど……これじゃぁ給金上んないんですよ」
「町の平和と金、どっち取るんだ?」
「そりゃぁ、平和ですけども……。それでも僕が平和じゃないんですよ」
「なら良いじゃねぇか」
「……それとこれとは別ですよ」
ブレンは大きなため息を吐きだしエンジンをかける。しかし、藤見はバギーのドアに手を掛けたまま、じっとどこかへと視線を向ける。
「それで、今日も……藤見さん?」
「……なぁ、あれ」
藤見の視線の先には3人の男に路地裏に引っ張られるようにして連れて行かれる一人の男の姿があった。男たちが路地裏に消える間際、その手に光る何かが視界に映った。
「……刃物ですね」
「ああ。お前は連盟に連絡を取ってくれ」
「はい……」
ブレンはじっと路地裏を見据えながら懐から携帯を取り出すと、連盟へと連絡を開始する。藤見はバギーから黒いゴーグルと取り出し、ただ黙って男たちの消えた路地裏へと向かう。
「おい、誰の許可とってここに居座ってんだよ」
「……」
「しっかし、こんなとこにいちゃぁ悪い奴に襲われるぜ?」
「……はぁ」
藤見はそんな声を耳にしながらもゆっくりと、ゆっくりと近づく。その最中、黒いゴーグルを嵌めると、自身の服のポケットをまさぐる。
「てか、そんな歳でお人形遊びとは……ダッセェなぁ」
「クヒヒッ、本当だ。お人形が居なきゃ寝れまちぇんかぁ?」
「……面倒くせぇ」
「あ゛? お前、能力持ちの俺にそんなこと言ってもいーのか? あ゛?」
路地裏の入り口に辿り着いた藤見は、一人の痩せた男が肩に入れ墨を入れているタンクトップの男が胸倉を掴まれている様子が視界に入る。痩せた男の頭には男の袖かを利用したのであろうシャツが頭に雑に巻きつけられており、誰にやられたのかシャツに隠れている右耳に当たる部分は血で赤黒く染まっている。
「ほら、さっさと謝らねぇと凍っちまうぜ? しっかし随分パンクの効いた格好だな」
「……」
挑発するタンクトップの男の手からは冷気による白い空気が上がり、痩せた男のシャツは少しづつ凍っていく。痩せた男の胸ポケットには一つの人形が収められており、タンクトップの男はその人形へと視線を移す。
「てかよぉ、気持ち悪ぃんだよその人形」
「……てめぇ!」
「うおっ!? なんだ?」
タンクトップの男が痩せた男の胸元に手を伸ばした瞬間、藤見はポケットから丸い金属製の球を放り投げる。球は乾いた音と共に壁に当たると、瞬間、球から出た眩い閃光が路地裏を包み込んだ。
「その辺にしとけ」
「誰だてめぇ!?」
「……あー、俺はいらなかったか」
光が晴れると、そこには鉄の輪によって拘束され、白目を剥いて地面に転がされた男と、その側で睨みつけるような視線を飛ばす藤見の姿があった。しかし、藤見はその直後、路地裏の光景を見てそんな言葉を呟く。
「お前、やめとけって。もういいだろ?」
「ああ゛? 舐めてんのかおっさん」
「いや、お前じゃねぇよ。後ろみろ後ろ」
藤見は絡んでくるナイフを持った男に後ろを向くように指示をする。男は頭に疑問符を浮かべながら振り向くと、そこには膝を折り地面へと情けなく座るタンクトップの男の後ろ姿と、そのタンクトップの頭に手を乗せる痩せた男の姿があった。
「え? アンガスなにやってんだよ」
ナイフを持った男はタンクトップの男に声を掛けるが、タンクトップの男はそれに答えるどころか身じろぎひとつしようとしない。
「おいおい、それ以上はやめとけ。能力をそういうふうに使うのは犯罪だぜ? こいつらから吹っかけてたし、今なら見逃してやるから。てか、耳大丈夫か?」
「……ああ、ありがとう」
「え……? なんだよ、何が起こってんだよ?」
痩せた男は呆気にとられつつ、しかし疑り深い視線を藤見に飛ばす。藤見は「分かった分かった」と気だるげに言うと、未だに呆けているナイフを持った男に急接近し、何かを押し付ける。瞬間、男の身体は地面に倒れている男と同じく鉄の輪に捉えられる。
「え? は? がっ……」
「悪いな」
藤見が離れると同時に鉄の輪から電撃が走り、男は白目を剥いて気絶した。それを確認し、藤見が再度痩せた男に声を掛けようとすると路地裏の入り口からブレンが走ってくる。
「藤見さん、連盟に連絡しま……し……」
「あー、小指が……ん? どうした?」
ブレンは路地裏の状況を見て急に慌てだし、かと思えば正確な動きで自身の腰から拳銃を取り出し、痩せた男に銃を向ける。
「こいつ、例の誘拐犯です」
「ッチ」
「おい、おまっ」
藤見が止めるのも間に合わず、痩せた男は路地の更に奥へと走り去る。藤見は大きく溜息を吐きだし、ブレンに呆れた視線を送る。
「そんなん逃げるに決まってんだろ、追うぞ」
「は、はいっ!」
藤見とブレンは路地裏に逃げていく男、工藤 操の後を追う。地面に転がる二人の男を残して。