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正義の見方  作者: 赤糸マト
第1章 パペットマンと人形少女
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第2話 ロマンにこだわる男

 エストラード合衆国にあるとある公園、子供用の筒状滑り台の中で朝日の光を受けた一人の男が気だるげに眼を覚ます。


「……朝か」


 くたびれたシャツに泥の目立つジーンズ。辛うじて切りそろえられていると分かるそのおかっぱ頭はところどころ髪が伸び始めており、ここでの暮らし以前に彼の生活態度がだらしない事が見て取れる。しかし、そんな風貌の男には不釣り合いな小奇麗なドレスを着た金髪の少女の人形が男の胸ポケットにしまわれている。


「ん? うっせぇなぁ。俺はいいんだよ。……ふぁーぁ」


 人らしい影の見えない滑り台の中で、男は誰かに話しかけるように声を出し、大きな欠伸をすると、ガリガリの身体をボリボリと面倒臭そうに掻く。


「いいんだって。俺の好きでやってんだから。よっと」


 男は滑り台を滑り降りると、立ち上がり、頭上から国を照らす朝日の輝きを淀んだ瞳で眺める。


「やっぱあれだなー、こう明るい風景観てるとより死にたくなるなぁ……いやごめん、冗談だって。ほんとだって」


 男は再び一人で誰かに話しかけるような声を出し、再び大きな欠伸を吐き出して朝日に照らされた街中を歩きだした。


・・・


 ヒーロー連盟本部を後にし、ブレンは藤見の所有物である一台のバギーを運転しながら二人に割り振られたパトロール範囲へと向かう。


「藤見さん……藤見さん!!」

「んー? なんか言ったか?」


 助手席に座る藤見はフロントガラスの手前に足を投げ出しながら、車を通りすぎる風によって暴れる漫画冊子を押さえつけながらそれに目を通している。


「……ん? なんで止めた?」

「いや、なんと言いますか……」


 激しく暴れる漫画冊子が落ち着きを取り戻したことから、ブレンが脇道にバギーを認識した藤見は横にいるブレンに声を掛ける。ブレンはバギーを追い越す宙に浮く車と自身のスーツを見比べる。


「このバギーやめません?」

「……なんで?」

「いや、これ見てくださいよ」

「……いつも着てるやつだろ?」

「そうじゃなくて」


 ブレンは藤見に自身の整ったスーツから何かをつまみ上げると、それを藤見の眼前へと付きだす。


「これに乗るたび砂が付くんですよ!!」

「……で?」

「いや、"で"って、洗うの大変なんですよこれ!? 僕そんなに優秀じゃないから給料も低いってのに。それに浮遊車の方が燃費もいいですし」

「お前よぉ……」


 藤見は隣で愚痴を吐きながらスーツの砂を払い落とすブレンに大きなわざとらしい溜息を吐き出す。


「わかんねーかなぁ、このロマンが」


 藤見はバギーをべしべしと叩くと、今度はうっとりとした表情で足を下ろし、バギーに優しく手を置く。


「どんな場所をも乗り越えれそうなデカいタイヤ、全てを突き破りながらも突き進むようなフォルム、車体全体を揺らすエンジン音、このロマンがなんでわっかんねぇかねぇ」

「いや、それ全部浮遊車で出来ますし。見た目だって変えられる、揺らすこともできる、そもそもタイヤの無い浮遊車はそれこそなんでも乗り越えれますよ」

「違う違う、そうじゃないって。ロマンだよ、ロ・マ・ン。それにこれにゃぁ細工もしてるしな」

「はぁ、せめて電気で動くようにしてくださいよ。ガソリンなんて旧世代のエネルギーなんてもう滅多に無いんですから」

「使われてない分安いけどな」

「それ以上の燃費の悪さですけどね」


 ブレンは更に大きなため息を吐きだし、藤見を一瞥する。対する藤見は見下すような視線をわざとらしくブレンへと浴びせた後に、再び漫画冊子を広げ読み始めた。


「さ、行こうぜ」

「ええ……そうしますか……」


 ブレンは肩を落としながらバギーのエンジンをかけると、エンジンによって揺れる車体を走らせる。


「……やっぱ昼飯にすっか。そういえば食ってねーし。グランバーガーな」

「……はぁ、もう3時ですけどね」


 ブレンは先ほどよりも更に肩を落とし、この合衆国でもっとも有名なハンバーガーチェーン店、グランバーガーへと行き先を変えた。


・・・


 無駄に明るい照明、派手な内装、そんな店内で態度の悪い店員からハンバーガーセットの乗ったトレーを受け取ったブレンは先に席でチーズハンバーガーを貪る藤見の目の前の席に座る。


「しっかし……やっぱここでは……チージーだよな」


 藤見はチージーという名のチーズバーガーを貪りながらブレンへと言葉を投げかける。ブレンはポテトにケチャップをつけるとそれを特に美味そうなわけでも無い表情で一口齧る。


『……なんでこの人ヒーローになったんだろ』

「声もれてっぞ」

「あっ……はぁ」


 ブレンは溜息を吐き出しながらコーヒーをすする。そして眼前のだらしない先輩を見ながら再び同じことを考え出す。だがそれも藤見の何気ない一言によってかき消される。


「なぁ、あれ見ろよ」

「はい?」


 そんなブレンの事を知ってか知らずか、藤見はブレンの後ろの席を顎で示す。ブレンはそれにつられて振り返ると、そこには食べかけのポテトにオレンジジュースの入った紙カップ、そして一体の金髪の少女の人形が置かれていた。


「一人……ですかね」

「ま、もし子供だったら保護対象だな」


 藤見は何の気なしにそんな言葉を発し、同じく紙コップに入ったコーラをストローからすする。


『まぁ、一応ヒーローか』

「お、嬉しい事言ってくれるじゃん」

「あっ……」

「それにしても気をつけろよ? お前のそれ、周り全員に聞こえるんだから」

「ええ、分かってますが……どうも無意識に」


 ブレンは肩を落とし、頭を掻く。そこには自身の内面をさらけ出したための恥ずかしさというよりも、やるせない未熟さを悔いている様子が伺える。


「ま、仕方ねぇか。できない事はしゃーない」

「……」

「そう落ち込むなって。……お、あらら、これはこれでキツイな」


 藤見は声の大きさを落としてブレンへと顎で席の後ろを指し示す。ブレンはそれにつられるようにそっと振り返ると、机の上の人形が無くなっていた。


「誰だったんですか?」

「ん? なんか汚い男だったわ。若かったけど、あんな人形に依存しなくていいのに」

「男……ですか」


 ブレンは僅かに心に引っ掛かるものを感じながら、辺りを見回す。しかし、すでに藤見の言う男はいなくなっており、店員の気だるげな声が耳に入った。


「勿体ねぇなぁ。ポテト」

「食べないでくださいよ? 意地汚い」

「くわねぇって」


 後ろの席の食べかけのポテトを見つめる藤見にブレンは忠告を促す。藤見はそれにどうでもよさそうに反論しながら自身のポテトを貪っている。


「それで、なんで藤見さんはヒーローになったんですか?」

「なんでって……スカウトされたから」

「……えー」


 藤見の言葉にブレンは思わず手に持っていたポテトを机へと落とす。


「まー、あんときゃ金なかったしな」

「……僕なんて……5回も試験に落ちたのに」

「そう気を落とすなって。持たざる者よ」

「あんたねぇ……そういえば、藤見さんってヒーロー歴4年でしたっけ?」

「ああ、そうだけど?」

「その前は何やってたんですか?」


 ブレンの言葉に藤見はコーラを啜りながらもう片方の手で窓の外へと指を指す。窓の外には入店時と変わらない多くない台数の浮遊車が停まっている。


「あれのメカニズム、俺が開発したんよ」

「……そんな嘘つかないでくださいよ。そんな大発明してるなら今頃億万長者ですよ」

「あー、俺よくリヨンにいるだろ?」

「あのゴーストタウンですか?」

「あの都市にその金と権利全部使ったからな。だから今は一文無しって訳よ」

「……マジですか」


 一概に信じられない表情をするブレンだったが、ゴーストタウンでの藤見の機械弄りを思い出し、なんとなく納得してしまう。


「で、何のために町ひとつ買ったんですか?」

「ロマンだよ」

「……」

「ま、完成したら見せてやるって」


 ジャンキーな食べ物を好み、時代遅れの乗り物に乗り、砂だらけな服を気にも留めない藤見に対し、価値観の違いをまざまざを見せつけられたブレンは、今日何度目かの溜息を吐き出しつつ、ギトギトの油で揚げられたポテトを齧った。


・・・


「よくこんなの毎日食べれますね。胃もたれしますよ」

「まったく、配給食糧のまずさを知らない奴は」

「それは藤見さんがムダ金使うからでしょ」

「いや、無駄じゃねーし」


 グランバーガーを出た藤見は、隣で昼食に対して文句を言うブレンに呆れた表情を返す。


「しっかし、現実ばっか見る奴はいけないねぇ。楽しくやれれば 野垂れ死んだ方が――」

「あれ、うちのヒーローじゃないですか?」

「ん? そうなのか?」


 藤見の話を打ち切るようにブレンは路地裏へと指を指す。藤見は開けかけたバギーの扉を閉め、その方向へと視線を向ける。


 ブレンの指し示す方向にはタンクトップのやたら腕の太い男と、背の低いスレンダーなジャージ姿の女が路地裏へから出てきた。


「何かあったんですか?」

「ん? どうしたんだい、おにいさん?」

「私はヒーローのブレンという者です。御二人も同業者かと思いまして」


 ブレンは二人に丁寧に名刺を渡す。二人は顔を見合わせた後、後ろからやってきた藤見を一瞥し、何かに納得した表情を作る。


「ああ、君か。藤見さんとペアとは大変だね」

「いえ、それで何かあったんですか?」

「いや何、あったと言えばあったんだが、なぁ」

「んー、そうだねぇ。君が目を離さなけりゃ大手柄だったのに」

「ハハハ……まいったなぁ」


 女は男の小脇を肘で突き上げる。それに男は苦笑いを浮かべるのみ。見ただけでは無愛想な女に気の弱い男だが、その動作には細かい部分で信頼が見え隠れしている。


「ブレン、だれだこいつら」

「同業者ですよ。こちらの男性はアミットさんで、こちらの女性はカテッラさん。割と有名な方々ですよ?」

「あー、そうかいそうかい、すまんかったな」

「いえ、いいんですよ。藤見さん」


 アミットは再び苦笑いを浮かべながら二人が出てきた路地裏を指す。


「誘拐犯の工藤らしき人物を見つけてな。藤見さん方も今日聞いただろ? それを追ってこの路地裏に行ったんだが――」

「追ってっていっても数十メートルだけどね」

「ああ、まぁ、そうだね。で、路地裏に入ったのを見てきたけど、どうにも見つからなくてね」

「そりゃ、どっか行ったんだろ」

「いや、みてみれば分かるよ」


 アミットは誘導するようにその極太の腕で藤見とブレンを路地裏へと促す。


「あー、確かに変だな」

「ですねぇ」


 二人の視線の先にはゴミが散乱する路地裏の道と、その先の道を途切れさせているコンクリート壁があった。

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