第1話 利点と欠点
世界大戦の影響により多くの土地が砂漠に変化したエストラードには現在、3つの州のみが存在している。その中でもコロヴィル州は犯罪率の高い州となっており、中には能力持ちによる犯行も多く発生している。そんな犯罪の多いこの州には警察の二次組織となっているヒーロー連盟が存在する。
このヒーロー連盟は警察とは別の組織であり、民間警察とも呼ばれている。総勢約1000人からなる組織で、連盟の方針を決める5人の司令官である上層部と実働部隊であるヒーロー、そして連絡役の大きく分けて3種の役職からなる組織で、逮捕権があり、武器の装備も許されている。また、もう1つ特徴があり、体力試験、職業適性審査、面接に合格すれば民間人も採用される。しかし、その試験内容は厳しく、多くの人々が不採用となっている。
そんなヒーロー連盟のある州の外れ、砂漠が続く道をバギーを20分ほど走らせると、一つの町だったものが見えてくる。そんな荒れ果てた町の名はリヨン。以前は活気があった町だったが、戦争とその後の砂漠化により町に住む人がいなくなり、今はゴーストタウンとなっている。多くの荒廃したビル群が立ち並ぶその町の道には、かつての舗装された道が見えないほどに砂に覆い尽くされている。そんな町の入口、雑に造られた鉄製のゲートの前に短髪で黒髪、スーツ姿の真面目そうなヒーロー連盟のヒーロー、ブレン・コーラーは来ていた。
「はぁ、藤見さんもなんでこんなとこに行くかなぁ。ここ携帯繋がらないのに」
2時間前、昨日の強盗事件の詳細を聞くべく、ヒーロー連盟は藤見を呼ぶためにヒーローを遣わした。その際、テレパシー能力を使う事のでき、藤見の後輩かつパートナーでもあるブレン・コーラーが選ばれたのだ。
「にしてもいないなぁ。別にテレパシーったってそんな万能なもんじゃないのに……お、いたいた、藤見さーん!」
ひん曲がった字体で造られた"welcome"と書いてあるゲートをくぐり、しばらく歩いていると、ブレンの視線の先には地面に座って何か作業をしている藤見の姿があった。
「なにしてるんですか?」
「んー?試作」
藤見の足元を見ると、何やらトロッコのレールのようなもと、その上に足のへこみのついた厚さ10㎝、長さ40㎝四方の正方形の板が見える。藤見はブレンの声だけ聞くと、特に振り向くことなく黙々と板の中のコードを繋いでいる 。
「試作っていつもここでしてますもんね。今回は何を?」
「ああ……見てみるか?」
「……藤見さん、脆いんだから怪我しないで下さいよ?」
「脆いって……おまえ……、まぁ見てろ」
藤見はコードを繋ぎ終えると後ろに下がる。よく見れば足にはブーツよりも一回り大きな鉄製と思われる靴を履いているが、藤見はその重そうな靴で軽々と地面を歩いている。
「足の、なんですか?」
「これか? 機能は色々だが、今回は主に怪我防止用にね」
「色々って……」
藤見はそれだけ言うと、助走をつけ勢いよく板に乗る。すると、その反動以上の加速度で板がレールの上を勢いよく進んでいく。
「おおー……あっ、落ちた」
しかし、レールの長さはそれほどなく、途中でレールがなくなったため、板と共に藤見が砂の中に落ちる。レールの距離が短かっかったのと板もそれほど加速ていない。加えて落ちた地点が厚い砂の層であったため、通常の健康な人なら打撲で済むだろう、そんな落ち方をした。
「はー、やれやれ」
ブレンはわざとらしく溜息を吐きだし、自身の能力であるテレパシーを使い藤見に話しかける。
『藤見さーん、大丈夫ですかー?』
『やべぇ、腕折れた』
テレパシーの向こう側からはまるで痛みなど感じていないかのような、呑気な声がブレンの頭に響く。
「だから言ったのに」
『あー、砂がじゃりじゃりして気持ちわるいわ。水頼む』
『はいはい。分かりましたよ』
『ってか、やば、砂から抜け出せん』
「……はぁ」
ブレンは藤見に対して大きな溜息をつくと、地面に置いてある不死身のものであろう水筒を首から下げ、藤見の落ちた砂場へと向かった。
・・・
――エストラード合衆国、コロヴィル州、センターシティ、ヒーロー連盟本部
ここ、センターシティはその名の通りコロヴィル州の中心に位置する町であり、6本の主要道路の集まる街でもある。この町の隣にはレナード町などの商業、工業都市が隣接しており、この町は州全体の行政を行う行政都市である。その町の中心部、主要道路の集まる場所にヒーロー連盟本部がある。
現在、ヒーロー連盟のヒーローの5割は能力持ちである。人口の2割が能力持ちである中、高い割合で能力持ちが採用されている理由は2つある。1つは能力持ちはその特異な能力の内容によっては体力試験の合格点が低くなるためである。しかし、能力持ちには通常の人間とは違う能力を持つメリットと同時にその能力のため発生するデメリットがある。藤見を例にすると、肉体の修復能力を持つ藤見には修復しやすくするためか、通常の人間より肉体が脆い。しかし、警察組織に入るには多くの肉体訓練に耐える必要がある。このようなデメリットの多い能力持ちは訓練に耐えることができない体構造をしているため、2つ目の理由としてそんな社会に適応し図来人間が入るために能力持ちの割合が高くなっている。
そんなヒーロー連盟本部建物内の一室、手前と奥に2人肩を並べて通れそうな両開きの扉、片側の壁には大きなスクリーンとホワイトボードが掛けてあり、木彫りの模様の入った木製の長机と椅子の並ぶ、1000人入ることができる大会議室として普段使われる部屋には現在、藤見とブレン含め、約500人のヒーローが集まっていた。
「大丈夫ですか?藤見さん」
ブレンが横に座っている藤見を見ると骨を折ってしまったためか片腕を首から吊り下げている。
「大丈夫だよ。ほら」
藤見はほんの数時間前に折れた腕を振り、自分の骨折が治っていることをブレンに示す。
「やっぱいつ見ても藤見さんの治癒力は凄いですね」
「普通の骨折ならすぐ治るよ。だけど、いいことばかりじゃ無いぞ」
「まぁ、本気で人を殴ったら骨が折れますからね、藤見さんの場合」
「そ、そういうこと。便利な体質の代わりにデメリットもあるの。ブレン、お前はこれといってデメリット無いだろ?」
「いや、ありますよ。たまに頭痛に悩まされます」
「そうなのか。しっかし、これよりもさっきまでの質問攻めの方が効いたぜ。なんだよあれ、強盗とっつかまえたの俺のおかげだぜ?」
「骨折れるよりもそっちのがきついんですか……」
「しかしこれだけのヒーローを集めて会議とは、何かあったのか?」
「自分も集合の連絡が来ただけなので……」
2人が話していると、スクリーンのある場所の扉が開き、手に資料を持ったスーツ姿の二人の男女が入ってきた。
片方は赤色の長髪を黒のヘアバンドで纏めている女の名前はミラン・アベーユ。褐色の肌からハッキリと主張する白縁のメガネに身体のラインを美しく見せているスーツ姿は自らを優秀であると誇示しているようにも見え、その実ミランは無傷のヒーローとして知られており、今までのすべての事件を自分の体に傷をつけることなく解決している。それに加えて8年前、若干18歳という歳でこのヒーロー連盟を立ち上げた張本人である。
また、銀色の短髪にサングラスを掛けている男の名前はエレット・ノア。ミランの秘書である彼は能力こそ持ってはいないものの、持ち前の身体能力と判断力によって多くの事件を解決している。しかし、その顔に頬から顎にかけての一本の傷跡からも強調される凶暴な風貌とは裏腹に至極冷静な思考の持ち主である。
2人はホワイトボードの前に立つと、手に持った資料を置きミランが机の上のマイクを拾い上げる。
「皆、よく集まってくれた。今回皆を招集した理由だが、これを見てくれ」
ミランは1枚の紙をスクリーンに映し出す。紙には1人の男の顔写真とその男の詳細情報が書かれている。
「この男の名前は工藤 操、先日病院に入院していた女性を拉致した男だ。現在、男からの連絡は来ていないが、さらった娘というのがステッツ社の娘という事で我々に無傷で娘を助け出すよう依頼が来た。男は能力持ちであり、能力は操人形。触れた相手を人形にすることができ、それらを操る能力だ。ここまで、何か質問があるものはいるか?」
ミランは資料から目を離し、ヒーロー達に視線を向ける。ヒーローたちは皆一様に静まり返る。それを質問なしと判断したミランはスクリーンに映す資料を一枚の地図に変更する。地図には大きな黒い円が描かれており、その中心には病院がある。
「男はこの円の範囲内にいると思われる。各員、周囲をパトロールしながら男を探せ。以上だ」
ミランはそれだけはっきりと言い切ると、エレットを連れ部屋から出ていく。
「やれやれ、触れたら人形って……どんな能力ですか。それにそんな情報どっから仕入れたんだか……。ねぇ藤見さん」
「んー? そうだなぁ」
「……なにやってんですか」
ブレンの声に藤見は呑気な返事を返す。ブレンは机の下に開かれた漫画に視線を落とす藤見に対して思わず呆れた声を上げた。
「なにって、漫画読んでんだよ」
「いや、分かりますけど、そうじゃなくて」
「はいはい分かった分かった。今いいとこだから」
「いいところ、ねぇ」
ブレンは呆れた声を上げつつも藤見の読んでいる漫画に目を落とす。漫画は丁度盛り上がるシーンを描いており、主人公らしき人物が化け物に襲われたであろう村人らしき人間を颯爽と助けているシーンだった。
「なんだ? お前も読んでみるか?」
「いや、いいです」
「なんだよ、読む前からそう言うなって」
「んー、というかですね」
薦めた漫画を断られ、藤見は少し不満げな表情をする。しかし、そんな藤見に言い訳するようにブレンは言葉を続ける。
「僕、こういうシーン嫌いなんですよね」
「なんで?」
「だって、可哀想じゃないですか」
「……何が? 村人全員助かって大団円ってとこだぜ?」
「いや、そっちじゃなくて」
ブレンは漫画のシーンに描かれている化け物に指を指す。
「この化け物。これまで何をしてきたか知りませんが何も知らない僕から言わせれば可哀想に感じちゃうんですよ。だって、もしかしたらお腹が減って人間を襲ったのかもしれない、それとも誰かに命令されてか、もしかしたら化け物を恐れた人間が化け物を襲って逆にやられただけかもしれない。それなのに"悪者"みたいに倒されるのって、可哀想じゃないですか」
「そう……なのか……?」
「ま、分かりませんよね」
ブレンは諦めたような声に藤見はむっとした表情になるが、ブレンはそれを気にすることなく立ち上がると、「さ、行きましょう」と藤見に手を差し伸べる。
「……つってもこいつ悪役だしなぁ」
「ま、そんなことよりもパトロール行きましょう……なんですか?」
藤見は納得していないようで、ブレンの手の上に先ほどまで読んでいた漫画を乗せる。
「ま、読めって」
「はぁ、仕事行きますよ」
ブレンは渋々漫画を受け取るとカバンへ入れ、藤見を引っ張り上げながら部屋から出て行った。