プロローグ とある病院にて
真っ白な清潔感漂う部屋の中、簡易的なカーテンで区切られている6つあるベッドの内の窓際の1つに男は眠っている。
「……朝か」
男は窓から優しく吹き付ける温かな風に頬を撫でられたせいか、はたまた病院特有の消毒液の臭いのせいか、男はその瞼を持ち上げ、真っ白な天井を見上げる。
「……クビ、かぁ」
その安い理髪店で切ったであろう典型的なおかっぱ頭が特徴的な男は、先日過労により倒れ、この病院へと運ばれた。しかし、その後男が倒れたことに会社に大きな損害を出した、と無理矢理な理由の下男は首を言い渡された。
「こっちは死にそうだったのによぉ……世知辛ぃなぁ」
男はごみ箱に投げ捨てられた解雇通知を感情の籠らない目で見つめる。しかし、それでも何もならない現状を認識してか、力の籠らない手で備え付けのテレビの電源を入れた。
『――では次のニュースです。先日発表されたAIロボットにより、今後はロボットが仕事を行う時代に成り代わろうとしています。それに伴い、50年前から続く出生率低下による各社の経営難も回復の兆しが見えております。しかし、ロボットが自立して働く時代とは――』
「このせいでクビになったのか……? だとしたら……いや、どうにもならないか」
男は再びだらしなく上げられた指先でテレビを消すと、何をするでもなく再び天井を見上げる。
――俺、なんでこんなに必死に生きてんだろ。
男はそんなことを考える。しかし、その答えはいつまでも出ることなく、贅沢や夢、地位や名誉といった平凡な者が考えそうな言葉がぐるぐると頭の中を回る。
「いや、違うか」
しかし、男はそんなものを望んではいなかったようで言葉をポツリと呟きながら瞼を閉じる。
――もう、死んでもいいか。
男はふと、そんなことを思い浮かべる。しかしその考えに男は特に違和感なく、否定するでもなく、ただ何となく、だが確実にそれを実行することを心に決める。
「……のどか湧いたな」
それ以上真面目に思考するのを面倒に感じた男は起き上がるとベッドから降り、だらしなく移動する。
・・・
青々とした空を見上げ、男は手に持ったコーラを一口飲み込む。
「……いい天気だな」
男がやってきた病院の屋上は広々としており、しかしそこには景色を眺める為に並べられたであろうベンチと、屋上を囲う転落防止のための緑の柵が高々と聳え立っている。
男は柵の傍まで来ると床にコーラを置き、両手を広げる。すると、男の手首が上昇したかと思えばまるで何かに手首持ち上げられるかのように男の身体はゆっくりと宙に浮きはじめ、男の身体は柵を越えるとその向こう側へと着地した。
「いてててっ、あー、ホントこれ痛ってーなぁ」
男は手首の付け根をさすりそして、何かを探すように辺りを見回す。
「あ、はぁ。コーラ持ってくんの忘れてた」
男は柵の向こうに見えるコーラボトルを恨めしそうに見た後に、視線を病院の外へと向ける。男の瞳には青い空の下で忙しなく蠢く人々の姿があった。
「まぁ……いいか」
男はそれだけ言うと、躊躇することなく背中からその身を空中へと投げ出す。そして、その直後に男の胸元に何かがのしかかる。
「……は? え、マジ? おいおいおいおい」
男は慌てつつも足と腕を何かに吊るされるかのように投げ出す。そして、何かに引っ張られるかのように男の身体に衝撃が走ると、落下する男の速度は急激に緩やかなものへと減速していく。
「まったく、人の自殺の……おい、大丈夫か!? おい!!」
ゆっくりと背中から地上に着地した男の胸元には、ぐったりとした少女が口から血を流しながら横たわっていた。