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エンドリア物語

「アーロン隊長のいない日」<エンドリア物語外伝99>

作者: あまみつ

「大丈夫かなぁ」

 ニダウ警備隊隊員グッド・ジャーマンは、心細げに呟いた。

 時刻は、午前8時。

 これから、24時間、たった3人の警備隊員で、ニダウの町を守らなければならない。

「いまから、教会に祈りに行くか?」

 グッドと共に警備にあたる、トーマス・エリントンが明るく言った。

 いつも陽気な奴だが、今の明るさは嘘っぽい。

「どうして、こうなっちまったんだ」

 ニコル・ピーアスが髪をガシガシとかきむしった。

「どうしてだろうなあ」

 グッドは詰め所の窓から、外を見ながら呟いた。

 ニダウ警備隊は隊長を含めて16人いる。前は2人で3交代勤務だったが、ウィルが桃海亭を引き継いでからは3人でないと厳しいということになり、3人で2交代勤務になった。忙しかったが、16人いれば問題なかった。勤務は、日勤、夜勤、2日休み。日勤の時間には、アーロン隊長がいてくれた。病気などの緊急時には交代要員もいた。

 激務だが、人数は足りていた。

 アーロン隊長の姉が結婚することになった。歩いて半日ほどの距離にある農村が会場で、今日の昼間に結婚式、夜に披露宴。隊長は今朝早くに出発した。明日一日滞在して、明後日の昼に帰ってくる予定だ。

 1人減った。

 王宮にシェフォビス共和国の重鎮が、昨日国王を訪ねてきた。ダイメン王国で緊急会議が開かれることになり、皇太子が出席することになった。近衛兵の数が足りなくなり、昨日から3人手伝いに行った。警備隊の任務に戻れるのは明後日の夜だ。

 3人減った。

 昨日、ノォダプ街道に山賊が出た。10人ほどの屈強な男達は北の部族の戦士崩れだという情報が届いた。国境警備隊も、エンドリア国軍も、ろくに戦ったことがない。剣を抜いたことがない兵士もいる。

 国軍に頼まれ、今日の勤務から外れていた5人を送り出した。戻ってくるのは、早くても明後日の朝だ。

 5人減った。

 残ったのは、グッド達3人と今朝まで夜勤をしていた3人の6人だけ。

 6人で、最短2日間、下手をすれば4日間を凌がなければならない。

 6人で相談して、グッド達が24時間勤務した後、次に夜勤をしていた3人が24時間働く。

 日勤と夜勤にわかれてもよかったのだが、日勤の負担が大きすぎるということで24時間勤務になった。夜は、桃海亭が問題を起こさなければ眠れる日もある。

「そろそろ、巡回に出るか」

 トーマスが剣を腰のベルトに吊した。

「オレも行く」

 ニコルが立ち上がった。

「それだと、オレひとりになる」

 グッドが言った。

「そうなるな」

「しかたないだろ」

 3人体制の場合、2人が巡回、1人が詰め所になる。普段はアーロン隊長が詰め所にいるので、詰め所も2人だ。

「ひとりでは、無理だ」

 詰め所の仕事は、迷子と道案内がほとんどだ。

 何もなければ、だ。

 事件が起こったら、ニダウの住民は詰め所に駆け込んでくる。そういう場合、ひとりでは対処できないようなことが多い。

 トーマスが腕を組んだ。

「巡回をやめるか?」

 巡回の仕事は、観光客への道案内、名所案内、町の人々の苦情を聞くのが主な仕事だ。やらなくても不都合はないが、決まったルートを通らないと、ニダウの住人が不安になるおそれがある。

「国軍に頼むのはどうだ?」

 グッドが提案した。

 国軍は暇だ。2人くらい、出せるだろう。

「それ、いいかもな」

 ニコルがうなずいた。

「オレが頼んでくるよ。ここらへんに…………」

 机の引き出しから、巡回コースの紙を探し出した。

「これを渡せば、初めてでも出来るだろ」

「明日の分も頼むのは、どうだ?」

 トーマスの提案に、ニコルがニカッと歯を出して笑った。

「それでいこうぜ。あいつら暇だものな」

 同じことを思うのだと、グッドは苦笑した。

「ちょっと、いってくらぁ」

 ニコルが紙を片手に、王宮に向かって駆けだした。

「元気だよな」

 トーマスが感慨深げに言った。

「5歳差だろ」

 ニコルが21歳、トーマスが26歳、グッドは23歳だ。

 トーマスが手を横に振った。

「いや、最近朝起きるのがつらい。年だよなあ」

 これ見よがしに、腰をさすっている。

「原因は、年じゃなくて、女だろ」

 トーマスは金髪碧眼で長身と、ニダウ警備隊で一番容姿が良い。自身も

女にもてたくて剣を持つ職業についたという女好きだ。〈のんびり暮らせて高給〉と評判の軍を希望した。軍が定員いっぱいで、空きができるまでと警備隊に入ったのが8年前、軍の空きはできず、警備隊勤務を続けている。

 剣を持つ職業がもてるなら、グッドももててもいいはずだが、生まれてから23年間、女とは縁遠い。

「目覚ましに熱い飲み物でも飲むか」

 話をそらせたトーマスが、水甕から湯沸かしポットに水を入れた。最新式の魔法の湯沸かしポットは、すぐに湯気をあげた。

「何を飲む………おい」

 グッドも気づいていた。

「どうした?」

 アロ通りの洋菓子店、ピンクスィートの売り子の女の子が息を切らして立っている。

「はぁ、はぁ…あの………いま……ウ…」

「ウィルじゃないだろうな?」

 トーマスが顔をしかめた。

「その……ウィルです」

 申し訳なさそうに女の子が言った。

「何があったんだい?」

 グッドが優しく聞いた。

「ウィルが狸を捕まえて」

「狸?」

「狸だと?」

 女の子がウンウンとうなずいた。

 トーマスとグッドは顔を見合わて、うなずいた。

 ウィルが絡んでいるならば、ここで説明してもらうより、現場に行った方が早い。

「ちょっとだけ、待て」

 トーマスがニコルへメモを走り書きして、机においた。

「案内しろ」

「こっちです」

 アロ通りの方に向かって女の子が駆けだした。そのあとをグッドとトーマスは追いかけた。




「こいつは、オレの狸だ!」

 ウィルが狸を抱え込んでいる。

「私に渡せ」

 向かいにいるのは、恰幅の良い壮年の紳士だ。極上の絹のシャツとズボンを着ている。被っている帽子の形から、タンセド王国より東、ルハレク王国あたりから来た観光客だろう。

「オレのだって、言っているだろ」

 2人を囲んでいる人混みに、ピンクスィートの店主ムーリンを見つけた。困った顔で、頬に手を当てている。

 グッドはムーリンに近づいた。

「何があったのですか?」

 ムーリンが小さく息を吐いた。

「あれ、狸じゃないのよ」

 いきなり、言われてグッドは戸惑った。

「モンスターなのよ」

 グッドは剣に手をかけた。

 隣にやってきたトーマスも、身体を緊張させた。

「違うの、違うの」

 ムーリンが慌てて、手を振った。

「子供に化けて、店先に飾ってあったキャンディを取ろうとしたのよ」

「あれか?」

 トーマスが指したのは、

 子供の顔ほどのキャンディの看板。

「取ろうと頑張っているところを、ウィルが捕まえたら狸になったの」

「化け狸か」

 聞いたことがある。

 化けることしかできないモンスターだ。

「こっちに来るな」

 ウィルが近づいてくる壮年の男性を、手でシッシッと追いやっている。

「これを見ればわかるだろう。私はモンスター保護協会のものだ」

 壮年の男性が名刺のようなものを、ウィルに差し出している。

「モンスターを保護したければ、他のを探せよ。こいつは、オレのだからな」

 ウィルが化け狸を、ギュッと抱きしめた。

 グッドとトーマスは、ウィルに近づいた。

「よっ」

 グッドが手を挙げると、ウィルが嬉しそうな顔をした。

「グッドさん。いいところに来ました。こいつに言ってくださいよ。この狸はオレのだって」

 ウィルは渡す気がないようで、しっかりと抱え込んでいる。

「飼うのか?」

「食います」

 当然のことのように言った。

「化け狸だろ?」

「狸って名前がついているんですよ。丸焼きにすれば大丈夫です」

 ウィルの口角から、涎が流れた。

「おっ、と」

 慌てて、袖で拭っている。

「なんという罰当たりな!」

 壮年の男が、グッドとウィルの間に入り込んだ。

「モンスターを食べようとは、神を恐れない振る舞いだ。私が保護する。渡したまえ!」

 高圧的な態度でウィルに迫った。

「モンスターを食わないで、何を食えっていうんだよ!」

 ウィルが怒鳴り返した。

 桃海亭の財政は、かなり厳しいらしい。

 ムーリンが店内に入った。すぐに出てきた。

「これをあげるから、狸を逃がしてあげて」

 クッキーの詰め合わせをウィルに差し出した。

「えっ、いいのか?」

 目がギラギラしている。

「狸は、私が預かろう」

 壮年の男性が手を伸ばした。その手をウィルが思いっきり叩いた。

「あんたは、ダメだ」

 ウィルと壮年の男性が、にらみ合った。

「なぜ、ダメなんだ?」

 トーマスがウィルに聞いた。

「なんか、違うんですよ」

「何が違うんだ?」

「うまく言えないけれど、なんだろうなあ、こう……」

 ウィルが首を傾げている。

「何をしているんですか!」

 聞き慣れた声が響いた。

 集まっていた人の輪が、割れた。その間をピンクのローブを着た少年が歩いてくる。

「いつまでも、帰ってこないと思ったら、こんなところで何をしているのです。僕は言ったはずです。午後には用事で出かけるから、すぐに帰ってきて欲しいと」

 桃海亭の店員、シュデルだ。

 怒りでマナジリがつり上がっている。

「ほれ、見ろよ。狸を手に入れたぞ」

 ウィルが化け狸を掲げた。

「なにを………そういうことですか」

 シュデルが目を細めた。

 異能を持っているシュデルは、特殊な方法で情報が見ることが出来るらしい。

 シュデルがグッド達の方を向いた。

「トーマスさん、道具を呼んでいいですか?」

 桃海亭にある魔法道具を、呼ぶ許可を願い出た。

「隊長がいないんだ。危ないのはやめてくれよ」

 苦笑混じりに、トーマスが許可した。

「おいで」

 シュデルが右手を、あげた。

 10秒ほどで右手に、淡緑色の金属の短い鞭がおさまった。

「よく来たね。・ブラッディ・ローズ」

 伝説の武器だ。

 伸縮自在で、攻撃時にはトゲが出る。

「トーマスさん。そちらの男性を捕まえてください。モンスター保護協会の名前を隠れ蓑に、手に入れたモンスターを密売する組織のリーダーです」

 考えるより早く、身体が動いた。

 グッドが剣を抜いて、逃げようとした男の首に当てた。トーマスが男の後ろに回り、腕をつかんだ。

「な、何を」

「言い訳は後で聞く」

 トーマスは腰に下げた紐で、男を縛り上げた。

「私は何もしてない!」

 身をよじって逃げようと暴れた男の足下に、緑の鞭が打たれた。

「今日は忙しいのです。おとなしくしてください」

「きさまぁ!」

 シュデルは、鞭を自分の顔の前にもってきた。

「ブラッディ・ローズは血を吸うと、赤いバラを咲かせます。ここに

いらしゃる方々に、ご覧に入れてもいいのですよ」

 そう言うと、優雅に微笑んだ。

 壮年の男は青ざめ、暴れるのをやめた。

「ほら、こい」

 トーマスが縄を引っ張った。

「お待ちください」

 シュデルがウィルの手から、狸をとりあげた。

「この化け狸は証拠品です。その男のところから逃げ出してきたのです」

 差し出された化け狸を、グッドが受け取った。

「おい、オレのタンパク質、どうしてくれるんだよ!」

 ウィルが怒っている。

「今日は忙しいと僕は言ったはずです。店長のタンパク質にかまっていられません」

 まだ、文句を垂れているウィルを引っ張って、キケール商店街の方に歩いていった。

 捕まえた男を地下牢に放り込み、証拠品の化け狸を魔法檻に入れて、一息ついたところにニコルが帰ってきた。

「大変だ」

「巡回、引き受けてもらえなかったのか?」

 トーマスが聞いた。

「違う」

 血の気の引いた顔で、ニコルが言った。

「ハニマンさんがいないんだ」



「どういうことだ!」

 トーマスがニコルの胸ぐらをつかんだ。

 桃海亭のハニマンさんは、東の大帝国リュンハの前皇帝だ。何かあったら、エンドリア王国が地図から消えてしまう。

「アーロン隊長のお姉さんの結婚式に出かけたそうだ」

「なんだって!」

 グッドは思わず叫んでいた。

 アーロン隊長は知らないはずだ。知っていたら絶対にとめている。

「お姉さんにキケール商店街の祝いの品を届けたいと連絡したら、ぜひ出席して欲しいと言われたらしくて」

「隊長は知らないんだよな?」

 トーマスが確認した。

「サプライズだそうだ」

 アーロン隊長の青ざめた顔が、目に浮かんだ。

「いつ帰ってくるんだ?」

「明日の夜だそうだ」

「なんてこった」

 トーマスが天を仰いだ。

 ニダウ警備隊では手に余ること事態が起きたら、ハニマンさんを頼る。暗黙の了解だ。

 そのハニマンさんがいない。大黒柱のアーロン隊長もいない。

「あとは、頼れそうなのは………」

「ロイドさんは、ラルレッツ王国の研究会に出席している。今週はいない」

 トーマスが言った。

 ニコルが必死に考えている。

「他に戦力になりそうなのは…………諸刃の剣だがシュデルでいくか?」

「午後からいないそうだ」

 グッドが教えた。

「シュデルが午後からいない………あれかな」

 ニコルが顔を上げた。

「シェフォビス共和国の偉い人が来ただろ。その人がシェフォビス共和国の遺跡で見つかったスクロールを持ってきたそうなんだ。ロイドさんに見てもらうつもりだったらしい」

 シェフォビス共和国は大国だが、魔法が発達していない。解析でない魔法遺物などは魔法協会に頼めば調査してくれるが、高額な上に、物によっては取り上げられてしまう。お人好しのエンドリア国王を使って、安く調べるつもりだったのだろう。

「ロイドさん、シェフォビス共和国まで名前が届いているんだ。すごいよなぁ」

 弱小のエンドリア王国で最も位の高い魔術師だ。魔法強国から高待遇で誘われているようだが、先祖代々の古魔法道具店を守っている。

「シュデルも留守か」

 トーマスが厳しい顔をした。

「そうなると………」

 グッドがトーマスを見た。

 トーマスがニコルを見た。

 ニコルがグッドを見た。

「どうするんだ」と、グッドが呟いた。

「夢なら醒めてくれ」と、トーマスがため息をついた。

「ふざけるんじゃねぇ!」とニコルが息巻いた。

 ウィルとムーがニダウにいる。それなのに、力あるものが誰もいない。

 トーマスが机に手をついた。

「こうなったら最終手段だ」

「どうするんだ?」

 ニコルが顔を近づけた。

「ウィルとムーを、地下牢にいれる」

「そうか、あそこなら強固な魔法結界が張られているから、安心だよな」

 ニコルが嬉しそうな顔をした。

「牢はダメだ」

 グッドが言うと、ニコルが不機嫌な顔をした。

「いいだろ。3日間だけなんだ。適当な罪をでっちあげて………」

「違うんだ。ムーは地下の魔法結界を解析したらしく、尋問室でも牢でも正常に魔法を発動できるようになったらしい。アーロン隊長が頭を抱えていた」

 ニコルががっかりとした顔をした。

「いいアイデアだったの」

「あのチビ、誰かなんとかしてくれ」

 トーマスがうつむいた。

 グッドも同じ気持ちだった。

 警備隊の手に負える魔術師ではない。だが、法のうえでは犯罪者ではない。人殺しも窃盗もしない。だから、エンドリア国王は自国民として扱い、追放しない。

 エンドリア国王は尊敬している。他者に寛容で、国民の幸せを常に考えてくれる。

 グッドとトーマスはエンドリア生まれだが、ニコルは北の小さな部族の出身だ。小さい頃、シェフォビス共和国の山中で餓死しかけているところをエンドリアの商隊に助けられた。エンドリア国王はすぐに自国民と認め、ニコルに手厚い保護を与えた。だから、国王を父親のように慕い、神様のように崇めている。

 そのニコルが両手を組み、王宮に向かって祈った。

「敬愛するエンドリア国王様、ウィルとムーだけは、できましたら、他国に押しつけてください」

 グッドもうなずいた。

 あの2人がいなくなれば、ニダウ警備隊の仕事の90パーセントは減るはずだ。

「なぜだろうな」

 トーマスが呟いた。

「何か気になるのか?」

「ウィルのバカは、なぜ、問題を起こすんだろうな?」

「そうなんだよ。アーロン隊長も悩んでいたな」

 ムーはわかる。

 天才で常識がない魔術師だ。ムー自身に、問題を起こす力がある。

 ウィルは貧乏古魔法道具店の店主だ。魔法は使えない。戦闘力もゼロだ。おまけに知識もない。取り柄といえば、逃げ足くらいだ。

「なあ、トーマスはエンドリア王立兵士養成学校を出たんだろ?ウィルみたいな奴が多いのか?」

「オレ達卒業生はあの3人を、エンドリア王立兵士養成学校の卒業生として認めないことに、この間の総会で決まった。この話はここまでだ」

 きっぱりと言った。

 触れられたくない話題らしい。

 ニコルがグッドの肩を叩いた。

「そうだ。巡回は王宮兵士が引き受けてくれたぜ。明日もやってくれるってよ」

 安堵の空気が漂った。

 これで詰め所に3人でいられる。

「何も起こるなよ」

 トーマスが祈るように言った。

 グッドは時計を見た。

 まだ、9時10分。先は長い。

「ガガさんに、一声かけておくか?」

 トーマスが言った。

 頼りないが魔法協会エンドリア支部の支部長だ。

「そうだ…………」

 グッドの目に、警備隊の詰め所の前を、横切ったものが映った。

「トーマス、ニコル。あれ、あれじゃないか?」

 グッドの視線の先をトーマスとニコルが見た。

「勘弁してくれよ」

「どうするんだよ」

 白いローブを着た金髪美青年が、腕に小さなドラゴンを抱えて、キケール商店街の方に歩いていく。一見、なんの変哲もない風景だが、青年とドラゴンの正体を警備隊員達は知っていた。

「ゴールデンドラゴンなんて、オレ達にはどうしようもないぞ」

 人智を越えた存在。高度な知識と魔法を操るゴールデンドラゴンにとって、人間は虫けら同然だ。そのゴールデンドラゴンが、なぜかムー・ペトリのところに時々遊びに来る。

「見なかったことにしよう」

 トーマスが言い、グッドとニコルもうなずいた。

 ゴールデンドラゴンが本気になれば、ニダウの町を消すことなど一瞬だ。

「桃海亭は吹き飛ばしていいからな」

 小声でニコルが言ったのを、グッドの耳はとらえていた。



 午前中は平穏だった。

 迷子が3件、道案内が5件。喧嘩一つない、静かな午後だった。

 シュデルが、まだいるという安心感もあり、仕事を順調にこなしていた。昼の鐘が響いて、すぐにワゴナーが駆けてくるのが見えた。

 キケール商店街で何か起こったらしい。

「どうした?」

 トーマスが落ち着いた声で聞いた。

「ふ、降ってきて……」

「雨か?雪か?花か?海老が降ったこともあったよな」

 ニコルが皮肉たっぷりに聞いた。

「クルミ……クルミです」

 ニコルが手を挙げた。

「オレは留守番をする」

 先に言われたトーマスとグッドは、ワゴナーを先頭にキケール商店街に向かった。

 商店街に近づくと、事情がわかってきた。商店街に空から巨大クルミ落下している。

「大変だな」

 トーマスがワゴナーに言った。

 息があがって返事ができないワゴナーは、首を大きく縦に振った。

「犯人はムー・ペトリで間違いないか?」

 グッドが確認した。

 ワゴナーは首を横に振り、手で桃海亭を指した。

 わからないということらしい。

 キケール商店街の入り口にかかっているアーチを抜けた。

 ズゥーーーーン!

 直径1メートルを越す、巨大なクルミが目の前に落ちてきた。落下の衝撃で割れて、中身が見える。

「今度は私だからね」

 キケール商店街の喫茶店で働いているイルマが、両手でクルミの中身を取り出し始めた。傍らに置いた籠にせっせと入れている。

「おい、危ないぞ」

 グッドが注意した。

「こんな上物のクルミ、簡単には手に入らないんだから、邪魔しないでよ」

 近寄ったら蹴り飛ばされそうだ。

 ウィルの声が響いた。

「おーーい、次が落ちるぞ。場所はデメドさんの家の前だーー!」

 桃海亭の屋根の上で、空を見上げている。

「オレの番だ!」

 肉屋のモールが靴屋の方に走っていく。手には袋を持っている。

「皆さん、危ないですから、店に入ってください」

 トーマスが声を張り上げた。

「収穫が終わるまで、待ってくれよ」

 金物屋のパロットが麻袋を持っている。その後ろには指物師のトレヴァーが大きな籠を抱えている。

「でかいよな。食い出がありそうだ」

 トレヴァーは笑顔で靴屋の方を見ている。

「とにかく、店内に入ってください。当たったら、死にます」

 グッドが通りにいる商店街の住人に言った。

 買い物客や観光客や、すでに店内に避難している。残っているのは、クルミ待ちの住人だけだ。

「ウィルが落下地点を教えてくれるから、大丈夫だ」

 パロットが袋を広げている。

 逃げ足だけは早いウィルだ。動体視力もいいので、空から降り注ぐ、火の玉にも、氷の塊にも、当たらない。巨大クルミの落ちる場所を間違えたりはしないだろうが、危険であることは変わらない。

 フローラル・ニダウの扉が開き、店員のリコが飛び出してきた。

「トーマスさん、グッドさん、よく来てくれました。アーロン隊長は、あっ、結婚式でしたね」

 アーロン隊長が頼りにされているのはわかっているが、若い女の子に言われると、ちょっと悲しい。

「どうしてクルミが降ってくるんだ。食べるつもりのようだが、大丈夫なのか?」

 トーマスが聞いた。

「会長から聞きませんでしたか?」

 後ろでハーハーと荒い息をしている商店街の会長のワゴナーを指した。

「わかりました。あたしが説明します」

 毅然たる態度のリコが、靴店の前に落下したクルミを指した。

「ムー・ペトリが失敗召喚をしました。クルミが落ちてくるのは、ムーの話が本当なら召喚したモンスターの能力です。クルミを呼び寄せているみたいです」

「呼び寄せている?瞬間移動とか、異次元召喚ではないのか?」

「実物を見たことないので断言できませんが、あれはトォタキクルミだと思います」

「トォタキクルミ?聞いたことないな。おい、知っているか?」

「初めて聞いた」

 グッドが答えた。

「【世界の珍しい植物シリーズ】の【巨大果実編】に載っています、ラルレッツ王国の西にある天領のケロン山中にだけ生えると書かれていました。油がたくさん含まれていて、とっても美味しいそうです。でも、希少な成分を含んでいるので、魔法材料として使われちゃうみたいです」

「いま、天領と言わなかったか?」

 トーマスの問いに、リコは笑顔でうなずいた。

「この時期に収穫できるみたいです。ラルレッツ王族が独占しているから、市場には出回りません」

 ラルレッツ王族のクルミ。

 トーマスが胃を押さえた。

「あ、それから、大事なことを忘れていました」

「まだ、あるのか?」

 トーマスの口調がアーロン隊長に似てきた。追いつめられると同じなるのだろうかとグッドは考えた。

 そう考える自分が、現実逃避しているだけなのはグッドもわかっていた。

「クルミの収穫量はとても少なくて、毎年20個ほどだそうです」

 また、クルミが落下した。トレヴァーが走っていく。

 パン屋の扉が開いた。店主のソルファが籠を抱えて飛び出してきた。

「次は私よ。店で使うから、でかいのを頼むわ」

「そう言われてまして、オレには選べないんで~」

 ウィルが呑気に応えた。

「もう、10個以上落ちているので、そろそろ終わりだと思います。クルミの次に変なのが落ちても困るので、急いでモンスターを捕まえてください」

 ラルレッツ王国からの苦情を憂慮する時間もくれないようだ。

「わかった。どんなモンスターだ」

「それが……このくらい?」

 リコが人差し指と親指で、長さを作った。

 約5センチ。

「小さいな」

「緑色で、形はペンギンですね」

 トーマスとグッドは顔を見合わせ、ため息をついた。

 5センチの緑のペンギン。

 隠れる場所はいくらでもある。

「ムーはどうした?」

「逃げました」

 牢に入れておくのだったと後悔した。

「ワゴナーさんの店の屋根に落ちるぞぉーー」

 ウィルの声が響いた。

「ウィル、道に落としてよ」

 ソルファが大声で言った。

「勝手に落ちますよ」

「落ちなかったら、蹴って落としてよ」

「オレ、上をみていないと………」

「うちのクルミの方が大事!」

「あ、落ちてきましたよ」

 屋根に落下したクルミが割れて、通りに転がり落ちた。

 ソルファが飛びついて、実を採りだしている。

「あたしもモンスター探しを手伝います」

 リコの申し出てくれた。

 トーマスとグッドは目で話した。

 危険は多少あるが、モンスターを捕まえることが優先だ。

「リコちゃんはフローラル・ニダウの辺りを頼む。緑だと植物に隠れられると見つかりにくい。それから、もし、ウィルが……」

「わかっています。近くに落ちるときは店に逃げ込みます」

 リコが小走りで、フローラル・ニダウの方に戻っていく。

 トーマスとグッドで、ペンギンが隠れていそうなところを必死に探した。小さいから桃海亭から、それほど離れていないだろうと考えて、桃海亭の周囲から徐々に範囲を広げていく。

 グッドも目を皿のようにして、あちこちを見て回った。クルミは次々落ちている。クルミの次に何が落ちてくるのかと思うと、気が気でない。

 目の端に何かが動いた。

 イルマの喫茶店のテラス席の椅子の陰に何かがいる。距離にして、20メートルほど。

 走った。

 椅子の足の陰から、緑のペンギンが現れた。

「いたぞ!」

 ペンギンがグッドに気がついた。走り出した。短い足を高速で動かす。速い。グッドが追いつく前に、キケール商店街を出られてしまう。

 スコーーーーン!

 音と同時にペンギンが弾け飛んだ。

 喫茶店の壁にぶちあたると、そのまま地面に転がった。気絶しているようだ。

 振り向いた。

 フローラル・ニダウの前でリコが、こっちを見ていた。肩に弟分のヒトデ。ヒトデが木の実を握っているのが見えた。

「ありがとう!」

 手を大きく振ると、リコとヒトデが手を振った。

 気絶したペンギンを拾いあげると、グッドは桃海亭に向かって歩き出した。



「はぁーーーー」

 ため息をついたグッドの肩にトーマスが手を乗せた。

「そんな顔をするなよ。とにかく、ひとつ、乗り切った」

「まあ、そうなんですけどね」

 捕まえたペンギンは桃海亭にある魔法道具の檻に入れた。ウィル以外、店にいないので『これならば、大抵の異次元モンスターが逃げられない』という檻に入れようとして、檻の間からペンギンが抜けられることに気がついた。商店街で虫かごを買って、その虫かごにペンギンを入れて、魔法の檻に入れた。

 帰りがけにフローラル・ニダウに寄って、リコに礼を言った。

『助かった。今度何か差し入れるよ』

『気にしないでください』

 花の咲いた植木鉢を片手に、リコが人なつっこい笑顔を浮かべた。

『何か欲しいものでもある?』

『ウィルの心臓』

 グッドとトーマスが硬直した。

『冗談です』

 ニコニコと楽しそうに笑った。

「………リコちゃんが、あんなことを言うとは思わなかった」

「苦労しているんだろ。桃海亭の斜め前だからな」

「花屋に勤めたいなら、他にもあるだろ」

「フローラル・ニダウが看板娘だからな。それに、ヒトデをおいていくわけにはいかないだろ」

 リコは弟分のヒトデを可愛がっている。ヒトデは桃海亭所有の魔法生物だ。

「桃海亭に関わると不幸に…………」

 そこまで言って、トーマスが黙った。

 カジノの制服を男が走ってくる。

 ドアマンをやっている若い男だ。

「喧嘩だ。頼む」

「わかった」

 トーマスとニコルが飛び出していった。

 喧嘩は、剣の腕が立つトーマスと肉弾戦が得意なニコルの仕事だ。

 グッドは飲み物でも用意しようと立ち上がった。

 観光客らしきカップルが詰め所に近づいてくるのに気がついた。

「どうかしましたか?」

 男の方が前に進み出た。

「メイド服を着た綺麗な魔道人形が見られると聞いたのですが、どこに行けば見られますか?」

「ビクトリアでしたら、ロイドさんの店にいますよ。そこの店は通りの右側にあります。青い街灯のから5番目にある古魔法道具店です」

「ありがとうございました」

 男女がグッドに会釈した。幸せそうに腕を組むと、アロ通りのロイドさんの店に向かった。

「ビクトリアか。綺麗には綺麗なんだよな」

 真っ白な肌に銀糸の髪。スミレ色の瞳。白いレースのメイド服で接客する魔道人形ビクトリアは、観光客の人気が高い。

 こいつには厄災だけどな、と、観光客の次に入ってきた人物を見て、グッドは思った。

 魔法協会エンドリア支部の経理係、ブレッド・ドクリル。

 ビクトリアが恋する〈美味そうな魂〉の持ち主だ。

 オドオドとした様子で、ブレッドが口を開いた。

「その………昨日の夜、事件が起こらなかったかな?」

「何かあったのか?」

「街の中でビクトリアが目撃されたとか」

「ビクトリアは店から出ないだろ」

 魔道人形ビクトリアは人の魂を食らう。ロイドの許可なくしては店をでることはできない。

「ほら、オレの家の近くに白いドレスの少女がいたとか、ないかな?」

「日誌に書いてあるかな」

 グッドは日誌をパラパラとめくった。

「書いていないな」

「ビクトリアが家に来たのか?」

 グッドがからかい口調で言った。

「明け方に…目が覚めて………何かが部屋に……」

 魂を食らう魔道人形が街をうろつく。

 恐ろしい話だが。

「大丈夫だ。安心しろ」

 グッドが笑顔で言った。

 監視役のロイドが留守なのだから、こっそりと、愛するブレッドに会いに行くかもしれない。眠っているブレッドの魂を2、3回はなめるかもしれない。

 が、それくらい、大したことじゃない。

 命を奪われる危険があるなら、警備隊として動くが、なめるくらいなら、なめさせておけ、だ。

「心配だったら、ウィルに相談したら、どうだ?」

「そうだよな。行ってみる」

 不安な表情で、ブレッドはキケール商店街に向かって歩き出した。

 1時間ほどで喧嘩を収めた2人が帰ってきた。ニダウのカジノではよくあるシェフォビス共和国の軍人とラルレッツ王国の魔術師の小競り合いだった。両国は仲が悪いので時々あるが、ニダウの呑気な空気に当てられるらしく、大事になったことはない。今日も口喧嘩で終わったらしい。交代で夕食を取り、夜になった。

「月夜だ」

 トーマスがうんざりした顔で、空を見上げた。

 煌々とした月が東の空に浮かんでいる。

 ニコルは両手を空に掲げた。

 ヒラヒラと指を動かす。

「雲よ、来い」

「それでくるなら、毎晩やってくれよ」

 トーマスも上着をつかんだ。

「仮眠をとる。手に負えないようなら起こしてくれ」

「わかった」

 夜に入ってからは道案内が2件。

 深夜0時を回ったところで、トーマスとニコルが交代。

 目覚めの茶をトーマスが入れているときに、詰め所の前を跳ねていくものがいた。

 桃海亭の狩猟民族の仮面だ。

 月夜に散歩する権利は、子供を助けた報奨だ。だから、月が出ると仮面は散歩する。月2回までという約束は守られたことはない。

「問題を起こしてくれるなよ」

 トーマスが茶をすすった。

 時々、仮面の側に行き、歩いたり踊ったりする観光客がいる。仮面は〈散歩〉をしているので、邪魔されたと判断して桃海亭に帰ってしまう。見学し損なった観光客と小競り合いになることがある。

「今日のお客さん達は見学の注意を、読んでくれたかな」

「この間、もめたからな。屋台の出している連中がチラシを配るときに注意しているみたいだぞ」

 仮面の散歩でトラブルは起きなかった。

 深夜3時過ぎ、グッドがニコルをそろそろ起こそうかと考えているとき、王宮警備の兵から連絡があった。

 王宮前広場に奇妙な生き物がいる。

 そっちは人手が余っているだろうと言ったのだが、街中だから警備兵の仕事だと押しつけられた。

 ニコルを起こして、一緒に王宮前広場に言った。

「桃海亭だな」

「ああ、間違いない」

 白い毛むくじゃらな何かがいた。丸まっているので、直径5メートルほどの半球が地面に置かれている感じだ。頭や手足の見えない。

「すぐに動きそうもないな」

「呼んできたほうが早いだろう」

 桃海亭でウィルをたたき起こした。

「オレ、そんなモンスター知りません」

 半分、寝ている。

「とにかく、引き取れ」

 グッドが言った。

「毛があるとシュデルが嫌がるんです。道具が汚されるって」

「それなら、ムーを連れてこい。結界を張らせる」

「わかりました」

 目をこすりながら、ムーの部屋に入っていった。

「はい、貸します。もっていってください」

 ムーを差し出された。

 襟首をつかまれて吊されているムーは、ヨダレを垂らしながら爆睡中だ。

 モジャモジャの白い頭には蛍光ピンクのナメクジが乗っている。

 グッドは困惑した。

「ウィル」

「オレは寝ます」

「いや、オレ達にムーの制御は……」

「モンスターなら、ムーの乗っけておけば大丈夫です。なんとかなります」

 ニコルが携帯用小物入れから、携帯食の乾燥ソーセージを出した。

「小さいですね」

 乾燥ソーセージを3本に増やした。

 ウィルが笑顔になった。

「結界を張らせればいいんですよね」



 ウィルを使ってムーを起こし、結界を張らせて、詰め所に戻ってきた。

 午前5時。

 勤務時間21時間、疲労困憊だ。

 グッドはトーマスに片手をあげた。

「休んできます」

「おう」

 トーマスの返事が終わらないうちに、見慣れた男が飛び込んできた。

「やってきたぞ」

 ニダウの街の正門を預かる門番のひとり、ラッセン爺さんだ。

「剣士は3人。剣士のひとりは、魔法剣士だ」

 相手が3人だとグッドも行かないわけにはいかない。寝ることを諦めた。

「桃海亭か?」

 トーマスが確認した。

 ラッセン爺さんがうなずいた。

「キケール商店街の方に向かった。あいつら、腕が立つぞ」

「わかった」

 トーマスを先頭にニコル、グッドと続いた。

 キケール商店街のアーチをくぐったところで、桃海亭のウィルの部屋の壁が、爆破されたのが見えた。

「いま寝たところなんだぞ。少しくらい寝かせろ!」

 ウィルが壊れた壁の間から怒鳴った。

 剣士のひとりが、浮かび上がった。

 ウィルが部屋から飛び出した。浮いた剣士の斬撃を避け、屋根から飛び降りた。待ちかまえていた剣士の攻撃を、足を縮めて避けると、すぐに足を延ばして着地。次の攻撃は、身体をそらして避けた。

 残った一人が、後ろからウィルを切りつけた。その攻撃をウィルは身体を捻って、避けた。

「3人がかりは卑怯だぞ!」

 後ろに連続ジャンプしながら、剣をよける。

 剣士2人がウィルから離れた。入れ違いにウィルの真正面に魔法剣士が立ちはだかった。手には燃える魔法弾。至近距離からの魔法弾。

 それをウィルは避けた。

「あぶねぇー」

 間一髪だった。

「当たったら死ぬんだぞ。お前ら、わかってやっているのか!」

 3人とも黙ったまま、剣を構えなおした。

 ウィルが怒鳴った。

「ニダウ警備兵が来たぞ」

 グッド達に気づいていたらしい。

 剣士達がグッドの方に駆けてきた。

 やるしかない。

 トーマスが幅広のロングソードを両手で構えた。

 ニコルは細身の剣の片手剣を、肩に当てるように斜めに構えた。

 グッドは支給品のロングソードだ。刃こぼれがしているので、研ぎに出さなければと思っていたところだ。

 剣士と警備兵の一対一の戦いになった。

 グッドの戦いの相手は、魔法剣士だった。グッドが戦いを不得手だと当たりをつけ、先に片づける気だとわかった。

 数度、打ち合って、後ろにジャンプ。間合いを取った。

 魔法剣士の顔に驚きがあった。

 3人の中でグッドは一番弱い。弱いがニダウ警備兵。戦いの場数は踏んでいる。

 グッドは後ずさりしながら、距離を取った。

 剣の腕はグッドが上だ。次は魔法攻撃がくる。

 だが、魔法剣士は踵を返した。残り二人も戦いを放棄して、商店街の出口に向かって駆けだした。

「追うぞ」

 トーマスが言ったときには、ニコルもグッドも駆けだしていた。

 前を走っていた3人が、商店街のアーチを抜けたところで、突然倒れた。

 代わりに、立っている影がひとつ。

「さっさと縛り上げろ」

 鞘のついた剣を、握っている。

「隊長………」

 私服のアーロン隊長が立っていた。

「どうしたんですか?」

「縛り上げたら、牢に放り込んでおけ」

「結婚式に行かれたのではないのですか?」

「まだ、休暇中だ」

 アーロン隊長が、鞘のついた剣を腰に戻した。

「もしかして、隊長のお姉さん……」

「昨日、結婚した。披露宴も盛大だった。問題はなかった」

 アーロン隊長が、目を細めた。

「キケール商店街に礼を言おうと思って来たら、いきなり、あれだ。礼を言う気が失せた」

「そう言えば、商店街で結婚お祝いを…………」

 グッドは思い出した。

 持って行ったのはハニマンさんだ。

 アーロン隊長が微笑んだ。無理に笑っているものだから、頬が痙攣している。

「とても、楽しい時間だった。だから、仕事があるから帰ってこなければならないのは、とても、残念だった」

「え、隊長の休暇は明後日………」

 ニコルの口をトーマスの手がふさいだ。

「大変だったことと推察します。お疲れさまでした」

 結婚式場にリュンハ前皇帝がいるのを見たアーロン隊長は驚いただろう。リュンハ前皇帝はセトナの護符を持っていれば安全だ。一緒に飲食を共にすることが耐えられず帰ってきたのだろう。

「寝るからな。明後日の朝まで、絶対に起こしに来るなよ」

 そう言って隊長は、借りている部屋の方に歩いていった。

「これで日勤は大丈夫だな」

 トーマスが笑顔で言った。

 グッド達も、今日の8時から勤務に当たる別の組も、当然、アーロン隊長を起こす。ニダウ警備隊の隊長なのだ。

 グッドは小声で呟いた。

「お帰りなさい。アーロン隊長」




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