モノクロ
『ぎゅるわぁぁ・・(呻き声)』
数ある不幸。最悪の人生を歩んできた僕だが最初の地で。「さぁて、やりますかな。」と腕を回すような瞬間で死を知ったのはこれが初めてだった。
「あ、あの・・。僕、この世界に初めて訪れた新参者でして‥。その、見逃してはくれませんかね‥?」
と、全長何メートルもあるドラゴンに媚び売っても仕方がない。恐怖を目にした生物が取る行動など一つであろう。
「クソッ!何でこうなるんだよ!!」
泣き言を言いながらも僕は走る。まさかあのドラゴンが初めての友達になってくれる訳もあるまい。その証拠と言うように
『ぎゅわぁぁぁぁぁ。』
思わず耳を塞いでしまうような奇声。植わる木々もざわめきを見せ、僕の心もそれにならう。
「クッ。この剣、邪魔だな。」
両腰に刺さる二本の剣。モノクロは走る度にガシャン。ガシャンと音を鳴らす。正直、重いし走りにくい。
だが、さすがに捨てる訳にもいくまい。
「っ・・うわっ!!」
必死に走ってる最中、背後からもの凄い暴風が吹き起こる。僕は当然のようにその風に流され、植わる木の一本に頭からぶつかった。
「ってぇ・・。」
とか痛みに声を上げている暇などない。
どしんっ!!!
大きな音を放ち、降ってきたソレは地面を。そして僕を大きく跳ねさせ、揺らす。
『ぎゅるうぅ‥。』
鋭利に尖った牙から漏れる低いうねり声。大きく見開いた瞳はトカゲなんれ比べ物にならない迫力を見せていた。
「あっ‥あ‥」
足が震えて。頭の中が真っ白になって言葉も上手く出ないし、立てもしない。完全なる力を目の前。僕の生きるという意思は完全に麻痺し、そして諦めていた。
どしんっ!!!
ドラゴンが一歩、足を近付けただけで地面は揺れ動く。そして、その一歩だけで僕とドラゴンの距離は十分に縮んだ。
『ぎゅるうぅ・・・。』
顔前に近付いたドラゴンの鼻息が僕の髪を心地悪く揺らす。においを嗅いでいるのだ。間違いなく僕はこのドラゴンの食材となる。
そして判定が終わったらしいドラゴン。ガバッ。と開かれた大きな口からは幾数もの唾液が見えた。
あぁ。終わった。
恐怖から目を逸らしたかったのか無意識の内に瞳を閉じていた。
が、僕の命はまだ失われてはいなかった。
「ぐっ‥」
突如、横から流れた打撃。僕はそれに思わず声を漏らした。
「何だ?何だ?」
最後に見た光景はあのドラゴンの口の中だった筈だ。あれから逃げられたとも思えない。だが、僕は生きている?
目を開き、周りに広がるはさっきの風景。ドラゴン登場で殺風景になってしまったが森林の自然豊な場所は僕がまだ生きているという何よりの証拠だ。
だが、何故?
首を捻っていると直ぐ、僕の耳にこんな声が届いた。
『早く立って!逃げるよ!』
「は?え?」
驚きの声が隠せない。なにせ、その足下で声を上げたソレは人でもない。見たこともない生物だったからだ。
「え?何?喋った?」
混乱の渦に渦巻く僕にソイツは構わんというように再度、声を響かせる。
『いいから、走って!』
「お、あ、うん。」
そいつの大きな声で我に返る。確かに、ここでのんびりしている暇は今ない。だが、だが。それでもだ。
「っ・・」
今度はさっきとは比べ物にならない衝撃。それが皮肉にもさっきと同じ箇所に流れ、走る。
『君っ!』
聞こえた声は小さく、僕の意識は既に朦朧と。何十本の木々を犠牲に勢いは止まり、上から木の葉を幾数枚、落として一本の木にぶつかった。
「うっ・・。うぅ・・。」
痛みによる悶絶が口から溢れる。どうやらドラゴンの所持する長く、殺傷性のある武器。尾によって僕は吹き飛ばされたらしい。意識と体があったのは吉か凶か?
とは言え、攻撃を仕掛けてきたドラゴンがそれだけで終わらしてくれる筈もない。
どしんっ!!
再度、響いた音によって僕の全ても揺れ動く。再び訪れた恐怖の波。
『ぎゅわぁぁぁぁぁぁ!!』
その咆哮からも分かるように目前に出現したドラゴンは酷く怒っている。理由は言わずとも分かる。目前にあった食材が逃げ出したのだ。怒りは当たり前とさえ思える。
ガパッ。
再度、開かれた大きな口。そこから流れ落ちる唾液が地面を湿らす。
今度こそ終わった。
突如、現れた謎の生物との距離は把握していないが大分と離れている。第一、あの生物がこんなドラゴンに勝てるとは到底思えない。大きさからしてもう無理だ。
が、僕はまたもソイツに命を救われたわけだ。
『ぎゅるっ・・』
白い光が速くに空を駆けたかと思うとそれは大きな巨大なドラゴンの腹部に衝突。ドラゴンは重心を崩した。
『早く逃げて!』
流星が如く現れたソイツは僕に指示を仰ぐ。
「う、うん。」
何がなんだか?相変わらず訳が分からなかったがせっかく救ってくれた命だ。無下にもできまい。
『ぎゅわぁぁぁ。』
だが、ドラゴンも負けていない。体制を崩されても瞬時に反応。今度も長い尾が空に音をたて、僕を襲う。無論、僕がそれに反応できる筈もなく。
だが、その尾は当たらない。
ガンッ!!
僕はその音で自分に何が来ていたのかに初めて気付く。瞬間的に振り向いたソコ。
「え?」
見たそこにはさっきは白く光っていたソイツが今度は黒い光に包まれていた。そのお陰で来ていたドラゴンの尾を防げているのだろう。それは黒い盾が僕を護ってくれているようだった。
『・・大丈夫?』
「あ、あぁ。お陰様で。」
苦しそうに言うその生物に僕は何がなんだか分からずだったが言葉を返した。
『そ、それは良かった。けど、この状態‥あまり長くは続けてはいられそうにはないかな‥』
状況。状態が嫌でも伝わってくる。そんな声音であった。
「あぁ。でも、僕はどうすれば‥?」
そんな事、必死に護ってくれているソイツに訊ねたところでまともな返事が返ってくるとは思えない。だが、天パっている僕は自分でどうしたらいいかが分からない。
『と、とにかく走って。』
「あ、いや。だが‥いいや。分かった。」
所詮は僕の足だ。さっきで分かったが追いつかれるのは目に見えている。だが、それでもこのままじっと立っているよりかは何倍もマシな考えだ。
ガシャンッ。ガシャンッ。相変わらず二本の剣が煩い。この剣で戦うか?そんな馬鹿な発想が出てこなかったわけではない。だが、そんなのは無駄だと分かっている。あの幼女も言っていた。魔力がない僕ではこの剣は本当にただの斬れ味がいいだけの剣なのだ。
『ごめん‥もう限界だ。』
声は聞こえなかったが後ろの光が小さくなっているのは感じられた。僕とドラゴン。ついでにあの生物との距離は数メートル。全然、取れていない。
「くっ‥結局こうなるのか!」
結局は死。それから逃れられないのならここまで粘った意味は?痛む体を動かした意味は?
生きる渇望があったわけではないがここまで必死になっていれば自然と生きたいとも思えていた。
『足を緩めないで!』
遠くから聞こえた声。そんな声で諦めていた心が揺れ動く。が、それは無理があるというもの。
ドラゴンの動きを止めていた黒い光はよく分からないがもう出せないのだろう。それに値する力。それがあるのだとすれば話は別だが、そんなモノはあの小さな虎みたいな生物にあるとも思えなかった。
けれど必死に僕なんかの為に叫んだアイツの気持ちを無視はできない。
無駄だ。無理だと散々、諦めてきた僕だが他人の言葉(まぁ、人ではないのだが)を疑いたくはなかった。
「あぁー。どうにでもなれっ!」
僕の足だけではとても逃げられない。そんな事は分かってはいたが足は動き始める。
『うん。しっかり加速して。逃げるよ。』
との声。勿論、後ろに背を向け走る僕に聞こえてはいない。そしてソイツが小さな体よりも大きな純白な翼を広げた事も。僕には気付ける筈もなかった。
だから。
「ぐっ‥は?え、えぇぇぇぇ???」
走っていた僕に訪れた三度の衝撃。どうせまたあのドラゴンの。とか思っていたのだが違った。
流れるように前方向に加速する体は後ろから押されている。そんな感覚を抱く。
「って、前!前!木、木!!」
『え?何?』
「いや、だかばっ!?」
声は後ろのソイツには届かず。僕は本日、二度目の木への衝突を可能とした。そしてそのまま前へと進んだ。
勢いは止まることを知らず、僕は何十本もの気を犠牲。意識も無くなっていた。
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先程の光景とは正反対の心地よい光景。吹く風は心地よく。聞いたこともない鳥の鳴き声も耳に響いている。
「んで、お前は何だ?」
失っていた意識が回復したのはついさっき。僕は傷の痛みを訴えるよりも先に目に映る生物へと声を通す。
『ん?それはこっちの台詞だよ。何で、こんな所に人間がいるのさ。しかも、魔法も使わずにドラゴンに食べられようとしているし。』
「い、いや‥まぁ。それは‥」
確かに言われればその通りなのだが。それは僕の意思ではない。
「僕の事は後だ。お前から先だ。大体、何で僕を助けた?」
僕の声に驚いたのか広がる湖から一匹の魚が飛び跳ねる。
『僕は見たまんま。まぁ、君を助けたのはただ単なる気まぐれで。その…人間とか見るの初めてだったし‥その‥。』
何故か恥ずかしがっているソイツ。黒と白色の虎のような生物の言いたい事がイマイチ分からない。
「そういえば、さっきこんな所とか言ってたけどここはどこなんだ?」
『え?君は何を言っているんだい?ここは僕ら魔獣の住処。獣の森でしょ?田舎者でも知ってることでしょ、そんなこと?まぁ、人間のことはよく分からないけどさ。』
「あっ、うん‥まぁ。僕には色々あるんだよ。」
変な疑いを変な生物に持たれたところで問題はないがあまり言いふらすことでもない。適当にボヤかし次の質問を口にする。
「じゃぁ、何でお前は喋る?さっきのドラゴンも話せれたのか?」
問うとソイツはまたも驚いたような顔を僕に見せた。
『え?そんなの魔獣だから当たり前でしょ?そんな事も人間は知らないの?』
「あ、いや‥うん。」
いや、そんな当然とか言われても‥。
『まぁ、いいや。じゃぁ、今度は僕の番。君は何者なの?この森。しかも中心部にいたってことはそれなりに強いんでしょ?なのに見た感じはそうは見えなかった。どうやってここまで来たの?』
「あっ、いや。その‥。」
一気に言葉を言われたせいか、いい言い訳が出てこない。
『どうしたの?』
追い打ちを賭けるよう、ソイツは僕の顔を覗き込む。
「あ・・いや。」
答えられずにいるとソイツの目がどんどん近付いてくる。
あー。もう、どうでもいいや!考えるのも面倒臭い!こんな黒と白の小さな虎に告白したところで何ともないわっ!
とい訳で僕はソイツに全てを話すべく口を開く。
「僕はここの世界とは別の世界から来た者。っても、あっちには僕の居場所はもうないんだけど・・。まぁ、それでもこの体は生前のものでつまるところ僕は異邦人なんだ。」
『いほうじん?』
「あぁ。」
思ったよりも反応が薄い。この世界ではそういうのは珍しくもなんともないのだろうか?とか思っていたら。
『いほうじん?なんだいそれは?』
「え?あぁ。えっと、違う世界から来た人のことで・・その、つまり僕はこの世界を知らない人間なんだよ。」
『ほー。そうなのかい?じゃぁ、超超田舎者だってことだ!』
「う~ん。まぁ、なんでもいいや。」
教えるのはあまり得意とは言えない。あながち間違ってはいないし、まぁいいだろう。どうせこの機でお別れする出会いだ。
「じゃぁ、僕はそろそろ行くわ。助けてくれてありがとう。」
行く当てなどないがこの森を出れば人がいる所に出よう。まずはここで生きていく。その手段を考えなければならない。
『ん?行くってどこに?それに君、一人で大丈夫なのかい?』
「いや、行く場所も決めてないし。大丈夫でもないけど・・」
傷で痛む腰を上げると直ぐ、声が掛かる。その声に正直に応える。
「じゃぁ、僕も付いていくよ。君、放っておけないし。」
「は?何、言ってんだよ?」
自分、一人でも面倒みきれないのに付き人とか・・。いや、人ではないけども・・。
『僕の力見たでしょ?そりゃぁ、戦いに関してはそこまで力になれるとは思っちゃいないけど‥。それでも少なくとも君よりかは強いよ。だって、君は魔法が使えないんだよね?』
「いや、そうだけども‥」
確かにさっきの事を経験した後だ。コイツの同行は頼もしい。だが、しかし‥。
『何を悩んでいるのさ?僕じゃ頼りない?それとも僕が魔獣だから?』
目下で悲しそうな表情をするソイツ。だが、勿論そんな理由ではない。
「いや、お前が僕に付いて来てくれるのは非常にありがたいことなんだけど。僕には目的もなければこれからどうすればいいのかも分からないんだ。そんな僕に付いてこさせるのは少しどうかと思えるんだ。」
この先のことは何も決まってない。第一の人生を終えた僕は神の手違いでここに喚ばれただけなのだ。村を救ってくれとかもなければ、敵を倒してくれというのもない。ただ、間違いで喚ばれた。だが、帰せもしないのでここに生きさせてやる。
と、そんなものだ。そこに同行者など可哀想なだけだ。
『ふ~ん。よく分からないけど君は迷っているんだ。』
「ん?迷ってる?あぁ、そうなのかもしれない。」
『なら、僕が決めていい?僕が君のこれからを。僕が君の人生を決めてもいいかな?』
「は?お前が僕の人生を決める?」
『うん。』
目を輝かせて頷く獣。そんな得体のしれない小さな生き物に僕のこれからを任せろと?
『だって、君は何も分からないんでしょ?ならいいじゃん。』
「いや、いいじゃんって…。」
他人の人生をそんな軽く見ないで貰いたい。
が、確かに僕にはこれからを決めるような意見も考えもない。ならば聞くだけ聞いてみるのも問題はないと思えた。
「んじゃぁ、僕はともかくとしてお前は僕と何がしたいんだ?」
訊くとそいつは満面な笑みをした後、背後に生やす羽をバタつかせる。
『そんなの決まってるよ。一番。この世界の一番になろう!』
「はい?」
目の前に飛び込んできたソイツの姿を目に僕は思わず、声が漏れる。何を言っているのだ、コイツは?
『だから、魔法が使えない君と体の小さな僕が合わさってこの世界で一番強くなろうよ!誰よりも、どんな生物よりもさ!!』
「そ、それがお前の目的か?」
『うん。そうだよ。目的っていうか夢。』
嬉々として語る獣に僕は何の感情を抱いているのだろうか?だが、生前。僕にここまで接してくれる人はいなかった。見ず知らずの奴を全力で助け、ここまで言うような奴は。
人ではないし、魔獣とか怪しげな生物ではあるがコイツを僕は疑えない。
「他の人間。他の人間と出会っててもお前は同じ事を言っていたか?」
何をそんな質問を。
そうは思うが聞きたかった。その答えが。
『う~ん。それはどうかな?君には何かを感じたんだよ。まぁ、他の人間を見てないから何とも言えないんだけどね。』
「何か。か‥。」
曖昧でどうでもいい言葉である。それでもその答えだけで十分だった。存外、ソイツが言った言葉。それに悪い気は持たなかったし。
「まぁ、なら。なるか。この世界の一番に。僕達二人で。」
何が一番なのだか。それでも言って清々しい言葉である。今までそんな言葉は言えなかった。ただ毎日をがむしゃらに生きていた。底辺の世界しか僕は知らない。だからコイツに言われた直後、少し心が動いた。
「目指してみるか世界のトップ。」
なんとなく湖の方へと指を突きつける。指した方向の先はどこかで途絶えているだろうが、それでも格好は様になっている筈だ。
『うん。なろう。なろう。僕達が世界を見返してやろう。力なんてなくてもトップになれるって!!』
ソイツはいつの間にか肩の上へ乗っていた。ソイツも僕と同じく小さな鉤爪を湖の方へと向ける。どうやらコイツも底辺の世界しか知らない奴らしい。見た目は小さいし、きっと力も同種と比べてそんなに無いのだろう。
「じゃぁ、よろしく頼む・・えーと、お前そういや何て言うんだ?」
『ん?名前?そうだなぁ。僕達魔獣に名前なんて無いんだけどな。そうだなぁ‥。』
悩むソイツを目に僕は頭を掻く。
「デビト。それでいいか?」
悪魔みたいな黒色に純白な白。デビルホワイト。略してデビト。言いやすいすそれでいいだろう。
『デビト・・・うん。いいよ。それで。』
嬉々とした声を耳元に聞かせ、ソイツ改めデビトは目の前で羽をバタつかせる。
『じゃぁ、君は?君を僕はなんて呼べばいいの?』
「あぁ。僕は新月雫。雫って呼んでくれ。」
『しずく?・・うん。分かったよ。雫!』
笑顔を顔に小さな手を差し出してくるデビト。僕はその手をそっと握った。
「じゃぁ、よろしく。」
『うん、僕の方こそ。』
かくして一匹と一人。はぐれ者同士の野望は結ばれたのだった。本当にできるのか、僕ら?