セッタップ!
時間は正規サービス開始6時間前、場所は菖蒲の自室に据え置かれたチェアベッド型のVR機の機上である。初期のVR機はカプセルベッドのような大掛かりな物であったが、最新機だとボクシングのヘッドギア程度に小型、軽量な物もある。だが、高価であり、また、意識に働きかける機材を無線で使うことにも抵抗感があったので(コードが首に絡まる危険が指摘されたのでヘッドギア型に有線接続は存在しない)菖蒲はこのVR機をまだしばらくは更新するつもりはない。正規サービス開始後はサーバーが混み合う事が予想されたため、アバター登録とキャラクターメイク、諸設定はこの時間から始められる。ちなみに、ボスドロップや報酬金の確認は結局スルーされた。家族兄弟の親身な忠告はえてして流されるものだ。悲しい事実だが、琢磨がそれを知るのはもう少し後で、その時には完全に手遅れになっている。
「エアコン良し。毛布良し。戸締り良し。トイレ良し。では」
指差し確認はまあ一人遊びの類だろう。
「ダイブ」
身体認識ががリアルの肉体から離れる感覚は眠りに落ちる瞬間に似ている、と誰かが言っていたが、眠りに落ちる瞬間など覚えていないので本当かどうか分からないな、などとぼんやり考えながらVR空間のスタート画面にあたる、通称「エントランス」が構成されるのを待つ。すぐに乳白色の6畳間ほどの部屋が構築され、いくつかのアイコンが浮かび上がり、そのうちの一つ、フロンティアプラネットのホームへのショートカットにタッチする。乳白色だった周囲が、視野いっぱいのスクリーンに切り替わり、先日兄に見せられたデモムービーが始まる。
「…これ、スキップできないのかしら」
少なくとも最初はスキップできない仕様のようだ。まあ、自身の戦闘動画だけでなく、他のプレイヤーの戦闘と併せて編集されており、面白くも参考になりもしたので言葉ほど不満があった訳でもない。「ザラマンダ・プロト」の視線の先で爆散するポッドの映像に「フロンティアプラネット」のロゴが被り、ロゴの下に先ほどとは別のショートカットアイコンが並ぶ。
「意外におもしろかったわ。スカさん、ここは任せて先に逃げろ、とか浸りすぎでしょww…と、それよりもログインしてキャラメイクだね。後で掲示板行ってスカさんいじるのは確定だけど」
ログインアイコンにタッチ、ユーザーIDを仮想キーボードで入力すると、
「βプレイヤー特典を適用します」
のメッセージに続いて、
「アバターを引き継ぎます」
「資産を引き継ぎます」
の二つのアイコンが現れる。菖蒲は迷わず予定通り後者を選択。周囲の映像が切り替わり、メカメカしいディティールの部屋となる。部屋の中央、やはりメカメカしいリングに囲まれて、菖蒲自身の裸身が浮かび上がる。
「資産を引き継ぐ場合、アバターは再作成となります。よろしいですか?」
再び流れるメッセージと出現するYES/NOのアイコン。
「さて、お待ちかねのキャラメイク、てわけだ。YES、と」