β終了、2
「資金半減は痛いけど、奴の撃破賞金に期待だね」
マザーシップに向けて飛ぶ「ザラマンダ・プロト」の中でアイリスはひとりごちていた。とはいえ、実のところ「ザラマンダ・プロト」の製作に有り金全部つぎ込んできたアイリスの懐は元々それほど暖かくはない。ピコン、とメッセージチャイムが鳴り、システムメッセージが流れ出す。
「イベントボス『マザーギーガー』が撃破されました」
「イベントモンスター『ギーガー』全個体が撃破、ないしは排除されました。」
「マザーギーガー撃破プレイヤーに賞金とアイテムが配布されます」
「ギーガー撃破プレイヤーに賞金とアイテムが配布されます」
「イベント達成評価、A+です。参加全プレイヤーに…
しかし、すべてを聞くことなくアイリスの意識は途切れていった。
「フロンティアプラネット」は宇宙での活動をメインテーマにしているので、宇宙船の類は重要な存在だ。仮に自由に使える宇宙船が全く無ければほとんど何も行動できなくなり、ゲームとして詰んでしまう。そのため、プレイヤー救済措置として「初期装備保全特約付き生命保障保険」なるものが設定されている。初期装備の宇宙機~βテストでは作業ポッドがこれにあたるが、正規版ではいくらかの選択が出来るようになるらしい~が全損するダメージを負った場合、最寄りの復活ポイントに完動状態で自動レストアされる。改造やオプション追加も再現してくれる素敵サービスだが、勿論ノンペナルティーな訳がなく、プレイヤーの資金は半分徴収される。また、プレイヤーアバターが死亡した場合、及び死亡が不可避である場合はアバターは最寄りのアバター復活ポイントに転送される。こちらは全ステータスが30%くらいに低下し、ゲーム内時間で24時間かけて徐々に回復する。ファンタジー物のゲームで言うところの死に戻りにあたる設定だ。今回アイリスは、「ザラマンダ・プロト」の航宙能力ではマザーシップに帰還する事が不可能なほど離れてしまったため、結局死に戻りとあいなった訳だ。
「お帰りなさいませ。元気なわけはありませんね?」
「うー…保健室送りかぁ…」
お察しの通り「保健室」というのはリボーンポイントを示す隠語だ。
「メイはなんでここに?」
ベッドサイドの椅子に腰かけているのはアイリスの数少ないフレンドの一人。黒髪を前髪ぱっつんの和風ポニーテールにした少女で、メイフェアと名乗っている。姿勢もよく、和服に袴を着せたら大正ロマンだ、とか思っていたらリアルでの私服はほぼその路線だという。
「フレンドリストに死に戻り通知機能あるの、ご存じありませんでした?」
もっと砕けても構わない、と言ってもメイフェアのこの口調は変わらない。本当にこれが素であるらしい。
「ああ…そんなのもあったね。お見舞いありがと」
だるい半身を起し、シアンブルーのボブヘアーを掻きながら礼を言う。ステータス低下の影響で3時間くらいは歩くことにすら差し障る。ふと周りを見ると10名ほどの死に戻りプレイヤーに、多分フレンドやパーティーメンバーなのであろう、その3倍ほどの人数のプレイヤーの姿がある。保健室、と言うには広すぎやしないか、などとどうでもいい感想が頭をよぎる。
「意外に死に戻り少なかった?」
アイリスの半ば独り言の質問に、
「第4保健室まで解放だそうです」
言外に40人以上の死に戻りが出たと律儀な返答。
「あ、そうだ、エンディングセレモニー、もうすぐじゃないのか?」
「歩くのも苦労するのに参加なさるおつもりですか?」
「いや、私はいいから行ってきなよ。メイ」
「私はここがいいのです」
「一回しかないエンディングもったいないよ!」
「アイリスさんのお見舞いもめったにないイベントとおもいますよ?」
結局、保健室のスクリーンに投影されるセレモニーを、にこにことしつつも頑固に居座るメイフェアと共に眺めながら、アイリスのβテストは終了を迎えたのだった。