音撃
空中で身をよじり、何とか頭を下に向けた鐘木竜が海面に落ち、水柱を上げた。
「こちらに気付いているかどうかは怪しいところですが、近付いてきてはいますね」
キャビンに設置されたソナーのモニターから情報を読み取ったメイフェアが淡々と報告する。
「うう、酷い目に逢いました……メイフェアさん?代わりましょう。操船をお願いします」
「そうですね。頼みます」
復帰したロビンがソナー手の交代を申し出た。メイフェアもレーダーと似たソナー画面は読めるが、船舶の操船は関連スキル取得の問題でロビンはあまり得意ではない。また、ロビンはサイバー化した際に探査機器スキルを強化する方向でリビルドしており、今ここにいる面子の中ではソナー手に着くのは妥当と言えたので、メイフェアは迷いなくロビンの申し出を受け入れた。
「それで、どうしますか?飛鳥さん」
「どう、って?」
メイフェアの問いかけに、飛鳥は海面から目を離さずに問い返した。
先ほどよりもさらに接近し、目測で1.5kmくらいの所でまた鐘木竜が打ち上げられる。今度は跳ね上げたタルホサウルス(仮)のワニに似た頭部も見えた。
「離脱します?」
メイフェアの提案はもっともだと飛鳥は思った。母船にしているプレジャーボートは、サイズが手ごろだ、と言うだけの理由で選ばれたものだ。装甲などは施されていない。タルホサウルス(仮)の体長は15mに及び、のしかかられでもしたらおそらくは持ち堪えることはできないだろう。速度もそれほど高速ではなく、サイレーンの方が速い。鐘木竜はサイレーンを追える速度があり、更にそれを襲うタルホサウルス(仮)も同等、ないしは鐘木竜を超える速度が出せると思ったほうがいいだろう。であれば撤退の判断は速いほうがいい。
鐘木竜は、今度は姿勢を正すことができず、横倒しのまま海面に落ちる。
「サーペントはどうします?」
知らず知らずのうちに眉を寄せ、飛鳥は訊ねた。
「一旦は位置捕捉が外れますが、通信は維持できます。再捕捉にさほどの時間は必要ないと見積もります。飛鳥様」
それに対する答えはクオから帰ってきた。ことアイリスの補佐に関してはクオの判断は絶対的に信頼できるだろう。また、アイリスの補佐が不能になる事態に強く難色を示すであろうことも疑いないので、この様子だと本当に大きな問題は出ないのだろう。
また、鐘木竜が打ち上げられる。空中で身をよじる仕草が緩慢になってきているように思えるのは、気のせいではないだろう。
「あんの顎、嬲ってるの?」
「ソナーでもそのように見えますね。気持ちのいいものではありません」
飛鳥の呟きにロビンも同意の声を返してくる。
「仮称のままでは連絡、判断に差し障ると思われます。タルホサウルス近似種の呼称に【顎竜】を提案します。飛鳥様」
「なんでもいいや。介入しよう」
『てなわけで、介入しようと思うんですがサイレーンで使える武装はなんかないですか?』
飛鳥がフレンド通信で問い合わせたのは無論アイリスだ。
『ふぅむ。サイレーンは基本レジャー装備だから紙装甲だけど、やるの?』
『なんかものっそむかつくんで。顎が』
飛鳥の返事にみなぎる殺る気を見て取ったアイリスは、しばし考える。受けた報告から推定して、飛鳥は自分で戦うつもりなのだろう。メイフェアがサーペントで出た方が確実なのだが、おそらく飛鳥は譲らない。飛鳥がサーペントを使う選択肢も無いではないが、飛鳥自身は近接格闘となると防御、受け身は人並み以上だが攻撃は素人まるだしとなる。とはいえ距離を置いての射撃なら、相手に長距離での攻撃力がない場合装甲が無くても問題ないとも言えるだろう。
『段々に近づいてるんだよね』
『はい』
魚雷・水中ミサイルの類もあるのだが、あまり距離が詰まると射手も着弾時の爆圧で危険にさらされる。水中は環境密度が高いので爆圧伝播が速く、減衰が小さいのだ。距離のマージンは大きく取りたい。
『じゃあ、ギルドバックヤードの兵装ファイル、フォルダ433を開いて』
『開きました』
『吉野音響、音撃砲試製廿伍番ってやつを使ってみて。水中でも精密狙撃できるって触れ込みだったから』
ごとり、と重い音をたて、それは甲板に現れた。
「……金管楽器?」
『なんでもね、威嚇用の超低周波から破砕用の超高周波までマルチに使えるフォノンメーザー、らしいよ。IDEさん経由で機会があったらテストしてみてって預かった物なんだけどね』
呟く飛鳥にアイリスの解説が届く。
『IDEさん作、じゃないんだ』
『サイレーンでテストしてみるつもりでコネクタつけといたから、腰のコネクタにサポートアーム繋いだらリンクできるはずだよ。重量はあるけど水中なら浮力で目方をキャンセルできるからまあ取りまわせなくはないと思う』
『了解です』
よいしょ、と音撃砲試製廿伍を持ち上げた飛鳥はしばしそれを観察した。大型の金管楽器にしか見えないそれには、右手側にトリガーの付いたガングリップ、左手側に取り回し補助のためのものだろう、フォアグリップが付いている。息を吹き込むマウスピースはないが、長さ1m程度のタンク状の部品が付いており、管の先端が接続されている。全体の重心と思しきあたりからサポートアームが生えており、これをサイバーボディーの両腰のコネクタのどちらかに繋げるのだろう。サポートアームの木製のカバーには【音撃砲・竜吼】と銘が刻まれている。
「飛鳥さん、やるのでしたら急いでください。距離があるうちに仕留めなければ危険です」
メイフェアの助言に言葉は返さずひとつ頷いた飛鳥は、音撃砲を抱えてプレジャーボートから飛び降りた。空中でボディーをサイレーンに換装し、着水すると右腰のコネクタにサポートアームを接続する。
『視界に照準レティクルが呼び出せるはずです。飛鳥様」
クオからの通信を受けた飛鳥が照準を意識すると、視界に十字の指標が浮き上がる。
『姫様から補佐を行うよう申し付かりました。ソナーの位置データを転送いたします』
『ありがとう、クオちゃん』
クオの報告とともに、赤く光る丸いマーカーがレティクルに重なる。
『これを中心にとらえればいいの?』
『左様です。飛鳥様。フォノンメーザー、励起開始します』
視野の隅に表示されたバーグラフが出力ゲージなのだろう。段々にバーが上に伸びていく。飛鳥はグラフに意識をとらわれ過ぎぬよう注意しつつレティクルでマーカーを追う。
『周波数帯はいかようになさいますか?』
『破砕モードで』
ぶん、と一瞬うなりを上げた音撃砲だが、すぐに音は聞こえなくなる。可聴範囲を超えたのだろう。細かい泡が金属管の表面から沸き上がり、振動していることを主張する。
『出力、周波数安定。いつでも攻撃できます。ご随意のタイミングでトリガーを』
飛鳥は、右手のグリップに着いたトリガーを引き絞った。




