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検査

 州島、とは環礁を形作るサンゴ礁起源の島である。元がサンゴ礁だから本来は水面下にあった物が、気候の寒冷化に伴う海水位の低下や何らかの地殻変動で水面上に押し上げられたりしてできる。その由来から主に炭酸カルシウム、つまりは石灰岩を主にした組成で、海抜はあまり高くないことが多い。

 アイリス等が滞在するクレセントも例に漏れず、満潮時の海抜は最大5m程度、悪天候時には高潮で冠水することも予想される。おそらくは海鳥や風に種子が運ばれたのであろう、塩分に耐性のある雑草や低木の藪ができているが、背の高い木はない。

 クレセントに着いたセサミオープナーが最初に行ったのは、滞在中の拠点となるコンテナハウスを最も標高の高いところに設置する作業で、これにはザラマンダが活躍することになった。とは言ってもアンカーパイルを深く打ち込んだ後、せーので担いだコンテナハウスを高床になるように乗せ、ボルトで固定しただけだが。


 「一応30m以内の浅深度では特に問題なし、スタビライザーはバダーさん、バズーさんは最終的にカット、ムラさんも初期設定より30%干渉度を落としても操作できた、と」

 「ああ。まあ生産の都合上器用度のステータスは上げてるから、それが効いてる可能性はあるが、運動そっち方向のリアルスキルは低い自覚のある俺でも行けたんだからデフォルト設定は今より干渉度を下げてもいいんじゃないかな?アイリス君」

 簡単なテーブルにモニターを置き、折り畳みのパイプ椅子に着いてテストレポートをざっと要約するアイリスに、据え付けられた流しの蛇口から樹脂製のタンブラーに水を注ぎながら答えるのはムラだ。

 「お申し付けいただければ水とは言わずお茶をご用意いたしましたが?ムラ様」

 アイリスの背後、といういつもの位置取りからムラに声をかけるクオは、申し出る、という体裁ながらも不満をにじませる。どうも仕事をさせてもらえなかった気分であるらしい。

 「ああ、いや、淡水化浄水器の確認だよ。クオ君」

 ムラは言い訳しながらタンブラーの水を口に含む。組み上げた海水を中空糸膜でろ過、淡水化する技術は20世紀末には実用化されており、そう珍しいものではなくなっている。

 「じゃあ、クオ?私には緑茶を。メイちゃんもそれでいい?」

 「はい。それで結構です」

 「かしこまりました。姫様」

 苦笑しながらアイリスはクオに仕事を与え、簡易キッチンへと向かう姿を見送った。


 「で、こっちは大体終わったが、どうするんだ?これ」

 「すみません面倒なことをお願いして」

 床に座り込んで作業をしていたのはバダー、バズー、飛鳥、ホルベインの4人だ。バダーの終了報告を受け、隣の部屋からいくつかの段ボール箱を抱えてきたロビンが答えた。

 「とりあえず、水産資源になるか調べます」

 ロビンはがさがさとテーブル上に段ボールの中身を引きずり出した。アイリスは場所を作るためにモニターをわきによける。

 「これをか?」

 バダーは今しがたまでかかっていた作業の成果、足元に種類ごとに仕分けられたそれを見下ろす。それは、飛鳥が採集してきた海藻や貝、甲殻類、海鞘といったサンゴ礁の動植物と、鐘木竜へのスタングレネード攻撃に巻き込まれ気絶したため捕獲された数種類の小魚たちだ。

 「はい。おいしいかどうかはともかく、まず食用になるかどうかは重要ですよね?」

 バダーたちに歩み寄ったロビンは、仕分けされたサンプルから各種ひとつづつ拾い上げていく。

 テーブルでは、一口お茶をすすったアイリスがそこに置かれたものを眉を寄せて眺めている。

 「これで調べられるの?」

 「私にもどうするのかわかりませんね、アイリスさん」

 アイリスと同様にしげしげとそれを見つめるメイフェアも首をかしげる。二人にはテーブル上に据えられた者は見るミキサーにしか見えない。ご家庭の台所でもよく見る、普通の調理家電だ。

 「これでは調べるところまではできません。その準備だけですよ」

 苦笑しながらロビンはサンゴ、海藻、むき身にした貝、海鞘と拾い上げたサンプルをぽいぽいと放り込んでいき、最後にスイッチを入れた。少しの間だけゴリゴリと硬いものが砕ける音がしたが、すぐにそれもお消え、3秒ほどでロビンはミキサーを停止させた。

 「……まさかこれ食べてみるとか言わないよね?」

 「まさか。誰か希望しても止めますよ」

 眉間にしわを寄せ、紫ががったグレーのペーストとなったサンプルを見るアイリスの言葉ににっこり微笑んでロビンが返す。アイリスの視界の隅には、そんなロビンの背後で腰を浮かせて逃走準備に入る男性陣の姿があった。彼らの警戒には気付かぬロビンは段ボールから別の装置を引っ張り出す。

 「クロマトグラフィーです。未知の毒物まではわかりませんが、既知のものならこれで検出できます」

 「ああ、なるほど。ですが、貝とか海藻とかはともかく、サンゴまで調べる必要はあったんですか?」

 おずおずと近づいてきた飛鳥が訊ねた。

 「例えばフグとか食べて毒のある魚の毒の起源はその食物由来なんです。ですからこれで毒、あるいはその合成元になる物質が検出されればここの魚も毒持ちがいる可能性が高くなります。」

 ペーストをクロマトグラフィーのパレットに掬いながらロビンは飛鳥の質問に答えた。



 数度に分けられた検査の結果、その日の夕食はクオ製作のフロンティアパエリアサンゴ礁風、海藻サラダ添えになったことを付記しておく。

 

 

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