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VS.海竜

 アイリスのザラマンダによるローリングソバットを受けた怪物は、そのままもんどりうって海面に水柱を立てた。それを追うように落下してきた飛鳥はホバリングするザラマンダにしがみつく。

 「助かりました」

 「まだあれ・・と水中戦はできないよね?」

 アイリスの問いに飛鳥はぶんぶんと首を縦に振る。

 「じゃ、標準ボディーに換装してザラマンダ装備」

 「はいっ」

 ぽいっ、と放られた飛鳥はそのまま装備変更のエフェクトをまとうとザラマンダ装備となり、アイリス同様にスラスターウイングを広げホバリングに入った。

 「じゃ、後は引き受けるからクオのボート引っ張って離脱よろ」

 「らじゃ」

 アイリスの指示に了解を返し、飛鳥は左手をボートに向けると前腕のウエポンベイに収めたワイヤーアンカーを射出した。以前ハリケーンへの接触にアイリスが用いたのと同じ装備で、宇宙空間で自機固定に用いるのが本来の用途だが、もちろん大気圏内でも使用できる。元より攻撃的な装備でもなく、放物線を描いて飛んだアンカーヘッドはボートを傷つけることもなくクオの足元にころころと転がった。

 『クオちゃん、ボートのキールかなんかに引っかけて』

 『はい。……出来ました。これでよろしいかと』

 飛鳥は視界の一部にオーバーラップするクオのアイコンに指示してアンカーヘッドを固定させ、ボートを海岸に向けて曳航し始めた。

 『?そういえばメイフェアさんは?』

 『姫様のサポートに入られたようです。飛鳥様』

 振り返ると、水面に航跡を引く物がある。サーペントが水面直下にいるのだ。

 『飛鳥さん、ご無事でよかった。モンスターの発見遅れてすみません』

 『まあ、逃げ切れましたから。でもどうして動き出したんでしょう?』

 思えば出現した地点には飛鳥はテスト中何度も接近していた。

 『潮のせいじゃないかな?多分満潮で水位が上がんないと礁湖内は奴には浅すぎて動けなかったとか?』

 空中のアイリスから見える件のモンスターは目測全長7m、頭部はシュモクザメに、体はイルカやシャチに似た印象だ。水深4mくらいはないと自由に動き回ることは難しそうに見える。

 『それはともかく、あいつアーカイブにある?クオ』

 『外見で該当するものがあります。姫様。テキストを送ります』

 眼下をうろうろと回遊するモンスターにゲーム内アーカイブから抜粋されたテキストが重なる。

 「イクチオザウリア・シュピミダー?長いね」

 『学名ですから。厳密には同じではないようですし、通称をつけてしまってもよろしいのでは?姫様』

 アイリスの独り言に律儀にクオが返答した。アーカイブの事例では15mくらいまで成長するとされており、それと比較すると、今回遭遇した個体は小型だと言える。若い個体の可能性もあるが、類縁の別種かもしれない。

 『あんまり凝ったのを考える余裕もないし、とりあえず鐘木竜しゅもくりゅうで』

 アイリスはあえて安直に流し、鐘木竜の解説にざっと目を通した。

 『地球で言う魚竜の近似種にあたるんだ?』

 『はい。地球では魚類が真骨魚類へとシフトした結果捕食者としての能力優勢を失って衰退しましたが、フロンティアでは進化適応しているようです』

 アイリスが位置を変えないせいか、鐘木竜は周辺の回遊をやめない。

 『怒ってるのかね?』

 『出会い頭にあんな風に蹴飛ばされたら普通に怒ると思いますよ?』

 ひとりごちるアイリスにメイフェアが突っ込みを入れてきた。まあそれは当然の見解なのでアイリスも別に異は唱えない。

 『そっちサーペントからなんか判ることある?』

 『少なくともアクティブの音響定位はしてなさそうですね。こっちのパッシブソナーはそれらしいピンカーを拾いませんから。シュモクザメとの平行進化ならロレンチーニ器官的な電位定位はしているかもしれません』

 シュモクザメの特徴である幅のある扁平な頭部は、両目の基線長を広くとて立体視角を広く取る効果だけでなく、ロレンチーニ器官と呼ばれる微弱電位感知器官が発達・肥大化した結果でもある。生体電流による電場を感知し、獲物を補足する手段の一つとする。形態的に似ているので機能も似ているのではないか、という推測だ。

 「ふむ、使えるかな?」

 アイリス的にはできれば非殺傷で放逐したいと考えていた。飛鳥の救出のために一撃かましはしたが、遭遇は偶発的な事態であり、鐘木竜にすれば未知の、もしかしたら食べられるかもしれないものが近づいてきたのでつついてみただけであろう。若い、あるいは幼い個体かもしれないというのも強行排除をためらわせる。礁湖内の環境損傷も抑えたい。ミサイルや魚雷の類が無いわけではないが、使えばサンゴ礁を損壊させ巻き添えを食う生き物も多くなることは明白だ。

 『どうします?射撃兵装はここで使えそうな手持ちがあまりありませんが』

 メイフェアからも質問が飛ぶ。もし殺傷やむなしとしても、アサルトライフルの村田52式やレーザーの火星壱参参は相手が海面上にあればともかく水中にいると効果が期待薄だ。メイフェアも環境損壊を避けたい点はアイリスと同意見であり、接近しての白兵戦しかないかと覚悟した。

 『ちょっとこれを試してみようかと』

 アイリスはバックヤードから扱い慣れた武器を引き出し、メイフェアにデータを送信した。

 『テイザーですか?海中の相手にあまり効果は期待できないと思いますが?』

 テイザーは電撃による麻痺を狙う。水中、更には導電性の高い塩水中に相手が居る場合、電撃が散って効果が得にくいのではないか、というメイフェアの疑念は当然だ。更にもし陸上であってもこの巨体だと一撃で無力化は困難かもしれない。

 『うまくいくかはわかんないけど。サーペントの左手2番ベイにスタングレネード積んでるはずだから、合図したら投射して?』

 片手でテイザーを構えたザラマンダ・ブラウエカッツ(アイリス機)が、無造作に連射して7発の電撃針を撃ち込む。だがその狙いは鐘木竜からそれ、周囲の海面へと吸い込まれ、そこで放電、ショートの電光を走らせた。

 『外れた?いえ、アイリスさんがあんな大きな的を外すわけがありませんから……外した、ですか?』

 『ほい、今!』

 『10-4』

 疑問の回答を得る間もなく発せられたアイリスからの指示を受け、メイフェアのサーペントが水面から左手を突き出した。前腕部のウェポンベイの装甲カバーが開き、解放された圧縮ガスがグレネード弾体を押し出し、放物線を描いて飛翔する。

 一方、鐘木竜は、突然周回遊泳を中断し、混乱状態になっていた。そこへスタングレネードが着水、光と音を撒き散らす。すべての感覚に暴力的な衝撃を受け、鐘木竜はあえなく気絶、逃げ遅れて周囲で巻き添えにあった小魚と共にぷかりと水面に浮かび上がった。


 『で、何をしたんですか?アイリスさん』

 アイリスはサーペントに換装し、メイフェアと並んで鐘木竜を引っ張り始めていた。

 『ロレンチーニ器官的なのを持ってそう、って言ったのはメイちゃんだよ?』

 『……そうでした。ではテイザーは』

 ロレンチーニ器官は周辺電位を感知する機関だ。地球上のサメでも、乾電池程度の放電で驚いて逃走に入る事例の報告がある。周辺電位をテイザーからの電撃でめちゃくちゃにかき回され、鐘木竜はおそらく自身の位置や姿勢を見失う空間失調状態になったのだろう。そこにスタングレネード、瞬間的な大光量と音響効果で相手を麻痺させる非殺傷弾の影響をまともに受けたわけだ。

 『このまま礁湖の外に放り出して、まあ、懲りればそのままどっかに逃げるでしょ』

 『なるほど。ではその方針で』

 潮が引いてしまうとまた水位不足で鐘木竜を礁湖の外に出せなくなる。アイリス等は曳航の速度を上げた。

 

 

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