流れ弾注意。注意したらどうにかなるものなら。
「ホントごめんなさい、大地さん」
小声で謝罪するのはチェサだ。出会ってから1時間、荷物は四つ増えており、全てユバの物だ。どれも衣類なので重量はともかくかさがはる。
「ははは。ユバ中佐も楽しそうだし、いいんじゃない?たまには」
実際、チェサも小柄なのではた目には妹二人が楽しげに買い物をするのに付き添う兄、という風情に見える。一つだけ大地にとって誤算だったのは、買い物以外のレジャーが少ないチャンドリアンサイバーの購買意欲を甘く見ていた事だろう。ユバは生真面目な性格もあってこれまでは抑制されていたようだが、今日に限ってはチェサにあれこれと勧められるうちに少しばかりタガが緩んでいるようだった。ユバが自室に帰ってクローゼットと格闘した後、自制しようとがっくりうなだれるのはまだしばし先の話になる。
「ところで、チェサさんは今日はなにかのついでだったのか?」
「いいえ、買い物メインでここまで来たんですよ?大地さん」
「わざわざ?」
「ここ割と充実してる上に新製品が早いんですよ」
チェサが所属するギルド【松の湯】のホームである【ラディッシュ】は、周りにNPCが集まりだして集落が形成されつつあるが、まだぎりぎり村落といった規模で買い物ができる状態ではない。むしろ周辺のNPCたちは【ラディッシュ】が解放しているホーム内購買部をあてにしているくらいだ。公団が提供する商品であればそこで調達できるが、プレイヤーメイドの自主流通品は公認を取らぬままのケースも多いし公認を取る場合も申請・審査のために自主流通よりも一声タイミングが遅れるのが普通だ。売るときは基本公認を取ってから、というセサミオープナーの方が珍しいことをしているといえる。
「特にアパレルはあまり大規模にやってるところもないですし、わざわざ公認なんかとらないで少量生産で売り切りの個人事業者ばかりなんです」
「それはまあわかるけど、ステーションでもよかったんじゃないか?」
大地の指摘にチェサは立てた人差し指をちっちっと振る。
「ご覧の通りでチャンドリアンの購買意欲はすごいですから、クラークモールはちょっとしたホットスポットなんです。競争も激しいんで、軌道エレベータ基部やステーションよりもこっちに優先的に新商品を回す生産者が今は多いんですよ」
「そういえば姉貴もセサミシードとこことは大体同時に新製品を投入するって言ってたな」
チェサの説明に大地は飛鳥の言葉を思い出す。
「確か今日も新作の見本を納品に来たって言ってたな」
「「飛鳥さんの新作ですか?」」
きらり、と捕食者の眼光を宿した二人が大地に振り向いた。
「あ、ああ。水着フェアが企画されてるんで、そのためのサンプルが主で他の物もいくつかって話だったはずだ。が、それがなにか?」
大地は二人の勢いに押されながらも答え、ついでに二人の食いつきの理由を尋ねる。
「飛鳥様の製品は人気なんです。素材は贅沢なのにお手頃価格で、デザイン、縫製も評判がいいので」
「そうなんです。スパイダーシルクなんて使うのは他のとこだと超高級品だけですよ。水着フェアですね?是非見に行きましょう!」
「もちろんです!…ところで、お二方にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
勢い込んで水着コーナーに向かおうとしたところでユバは立ち止まった。
「なんだい?中佐」
「水着、とはなんでしょうか」
「・・・そこからなんですね」
思えば当然で、夏、という季節ですら知識として知っているだけ、さらに海やプールどころか生存にかかわるレベルで水不足が簡単に発生するチャンドラーだ。水辺のレジャーなどおよそ存在するわけがない。
「ええと、惑星上では夏は暑い。それはおk?うん。で、文明が未熟なうちはエアコンなんかないから薄着になる」
「そこまではわかります。大地様」
大地の確認にユバはこくこくと頷く。開拓者にとっては常識に類することを丁寧に解説しようとしているのが分かるので、おとなしく、かつ真剣に聞く態度だ。
「でも、水に入ればもっと涼しくなる」
「水風呂のようなものでしょうか?」
「家庭ならその手もあるね。それはともかく、文明はそもそも水辺から発展してきたから、川や海、湖が近いことが多かったんで、そこで水浴するのが伝統的なレジャーになったんだ」
「それでですね、そのために濡れても透けたりしにくくて動きやすい、水中に入ることを前提にした衣類が発展したんですよ。それが水着です」
大地の非常にざっくりしたビーチレジャーの説明を受け、チェサが水着の定義を説明した。
「まあ、これから実物を見ることになるだろうし、興味があれば公団アーカイヴにも資料はあるだろうから詳しくは調べてみて」
「ありがとうございます。とても分かりやすかったです」
てちてちと拍手をしてユバが謝辞を述べたところで水着売り場へと一行は到着した。
「あれ?あの白衣は」
「やあ、知った声だと思ったら、中佐、大地君、それにチェサちゃん、だったね?」
「ロビン先生。先生も買い物ですか?」
肩越しに振り向くのはロビンだった。
「うん。リアルじゃずいぶんビーチなんて行ってないし、せめてゲーム内ではそんな機会が欲しいなって思ったんで見に来たの」
にっこり笑って最初から水着狙いだった、とロビンは答えた。
「ロビンさんはスタイルがいいからなんでも似合いそうですよね」
チェサが言葉の隅に羨望をにじませながらも外交辞令を言った。
「そうかな?カワイイ路線が選べる君たちの方が羨ましいんだけど」
長身のロビンはカッコいいとかセクシーとかでないと合わないのが微妙にコンプレックスだったりするらしい。大地は人は無いものねだりする生き物なのだなあ、と苦笑する。
「一つ試着してみたんだけど、見るかい?」
ぱっ、と白衣を軽く翻してロビンが振り向いた。
「なるほど、それが水着、ですか。先生」
「いや、ちょっとそれははっちゃけすぎじゃ…」
「……」
「どうしたね?大地君」
白衣の下は、奇しくも同時刻のセサミシード総督府執務室でアイリスが身に着けたのと同じデザイン。
うずくまった大地が顔を押さえる手の指の間から、きらきらとエフェクトが零れ落ちていた。




