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ゴーゴーマッスル

 ムラは作業台の上にひょいひょいと試作品の骨盤フレームを並べ、講評を始めた。

 「カーボン製は軽いがちょっと体積がかさむな。ファイバーの走る方向を適正にしないと弾性・剛性バランスが取れないからね。外回りのサイズに制限がある以上、かさのはる分は容積を圧迫するからそこが一番の難点だと思う。あと、高温には他のサンプルよりは弱い。有酸素環境だと450℃くらいで燃え始める。ゲーム内ここでは脱オートクレーブ製法が使えるから、生産性は悪くないし単価も安い」

 「安いんですか?なんか高価な素材、って印象が強いんですが」

 大地が疑問を挟んだ。

 「リアルじゃまだそれなりに高級素材だね。でも、炭素自体はありふれた元素だし、高価な原因のほとんどは高温高圧で焼成するからなんだよ、大地君」

 脱オートクレーブ製法はコストを押し上げている部分をキャンセルできるので、それが実用化できている設定のこのゲーム内ではカーボン製品の価格は意外に安い。

 「熱に弱いのはこの際問題ではないね。どの道耐熱装備なしでそんな高温環境には近づかないし」

 「確かにね。アイリス君」

 ムラがアイリスの感想に苦笑気味に頷く。カーボンコンポジットは要するに炭素の塊で、木炭や石炭とは結晶構造が違うだけだから酸化燃焼して二酸化炭素になってしまうが、サイバーボディーのフレームにするのだから普通にそんな高温環境に飛び込んだりはしない。もっとも、事故で焼損することはあるだろうから、その場合はユーザー負担を増やすことになるかもしれない。

 「セラミックの物だが、耐熱性は十分だし強度もある。形状の自由度も高いから、機能面では最適だ。ただし、高価になる。焼成する工程があるせいもあるし、そこでの不良発生で歩留まりが悪化するせいでもある。特にバイオセラミックだと今の所セサミオープナーうちでしか作れないから、量産効果が出にくいって理由もあるな」

 今の所、なのは先のイベントで素材サンプルを手に入れたプレイヤーがいるはずだからだ。とはいえ、セサミオープナーの様に生産環境が充実している所はまだないので当分は独占供給になることが予想される。

 「チタン製のは一体成型にできなかったんだが、股関節の受けとか骨盤の幅とかを調節できるから汎用性は高いな。基本同じものをアジャストして男性用にも女性用にも使える。組み立て工数は増えるからコスト的には微妙だがね」

 骨盤フレームくらい複雑な形状になると、金属の一体成型で作るには鋳造しか手段がない。しかも特殊な鋳型を用いるか、使い捨ての砂型を使うかしかないので生産コストが高い。今回は薄肉のプレス成型品を溶接した物と切削加工品のボルト締結で試作品を作っている。

 「でも、これならよそでも生産できるよね。ムラさん」

 「まあ、変わった材料や加工技術を使ってはいないからな。ともあれ、3種とも男性型と女性型を用意した。一応サイズと強度は指定許容範囲内に入ってる」

 「ありがとう、ムラさん。助かるよ」

 男女の骨格で明確に差異が出るのは骨盤だ。他はサイズのバランスが違う程度だが、骨盤だけは股関節の位置など重要な差異があり、外見だけでなく歩き方などにも影響がある。

 ごとり、と最後の箱が作業台に置かれた。

 「おお!」

 ムラが箱から引き出した物にアイリスが歓声を上げる。

 「人工筋だが、まだフルスペックでの再現はできてない。もうちょっとスキルアップがいるな。それでもケビン君やロビン君からもらったデータよりは高スペックだ」

 引き出された人工筋は2タイプ。片方は柔軟な外装に包まれた、筋肉、と聞いて素直に連想できる外見だ。もう一つは硬質なピストンシリンダーになっている。

 「どちらも中身は同じだ。電力を加えると、中の人工筋繊維が収縮する。軟質な方はスパイダーシルクで外皮を作っているから見た目よりは丈夫だが、シリンダー型の方が単体ではもっと丈夫だし動作ロスが少ないからレスポンスとパワーは上だな」

 それぞれの特徴をムラが簡潔に解説した。

 「外皮を引っ張る力の分ロスになるんだね?」

 「そういうことだ」

 こちらもまた簡潔な確認のやり取りを交わしつつアイリスは両方のサンプルを見比べる。軟質な方は人体の再現、という方向でなら使いやすい。人体の筋肉がはしる位置に何も考えずに組み付けて行けばいい。スパイダーシルクなら見た目よりは強く、単独でもある程度耐弾・耐刃性能を持つことが予想される。一方、シリンダ型は場所によっては可動範囲を犠牲にせずに取り付けることができない。腱を長く取って取りまわしを工夫するなど、やりようはあるが。

 「モーターとの比較だと?」

 「占有体積に対しての出力はこのくらいのサイズならモーターより上だな。もっと大きくなると逆転するだろう。レスポンスはどのサイズでも人工筋のほうがいい。一つ一つの筋繊維は軽いから慣性が小さい」

 ふむふむ、と頷いてアイリスはそれぞれを手に取る。

 「動作データも置いていくから、後はアイリス君が検討してオーダーしてくれ。他にいる物はあるかい?」

 「うん、いや、今は特にないよ。ありがとう、ムラさん」

 答えるアイリスの思考は、半ばすでに人工筋のレイアウトに向かっていたようだった。

 

 

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