ケビン医師vs.ギーガー
ケビンは息をひそめて待つ。
ルナ・アルケニー・ベーシックのコクピットで、一人息をひそめて待つ。
本来二人で操縦と攻撃を分担するルナ・アルケニーだ。一人しか乗っていない今、動き回りながらの戦闘は避けなければならない。
モニターの分割ウインドには、迷路と化したこの廃施設のマップ。うろうろと、マップ上をさまよう光点は、忌々しいギーガーたち。奴らを、チャンドリアンサイバーの拠点であり、休眠状態の20万の同胞から引き離し、この施設におびき寄せた秘策はルナ・アルケニーのコンテナの中の100の小さな命。彼らの命の息吹が、体温が、飢えたギーガーをこの地におびき寄せる。
実のところ、ケビンの役目の半分は囮、あるいは餌で、息をひそめるべき理由はない。が、大量のギーガーがこちらを目指して行動している事実が、否応なくケビンを緊張させる。
「ぴよ」
「ぴよ」「ぴよぴよ」
ルナ・アルケニーのコンテナは兵員輸送や負傷者救護に使うことも視野に入っており気密・与圧ができる。さらに、コンテナに収容した者とのコミュニケーションのために音声通話も可能だ。そのためのマイクが、無邪気な乗客~100羽のひよこ~の声を拾う。ケビンは、少しだけ和んだ。
「!」
味方が、こちらに向かっていた300体のギーガー全てが廃施設内に入った事をデータ通信で知らせてきた。ケビンは施設管理者権限で装甲ゲートを封鎖する。前回、アイリス等開拓者とのファーストコンタクトとなった時の作戦では施設ごとの爆破を企画したが、完全には成功しなかった。だが、あの時とは状況がかなり違う。なによりも、あの時は孤独な戦いを挑まねばならなかったが、今回は24名の【火竜使い】の助力がある。
『ベーシックより松の湯。作戦開始。10-46(よろしく願います)』
『スカーフェイスよりベーシック。10-4。』
ケビンは最も近くに来ているギーガーへとルナ・アルケニー・ベーシックを向かわせた。いくつかの角を曲がり、交差点で待ち伏せる。壁の陰から現れたのは4m級の成体ギーガー。
『ベーシックより松の湯!大人1名ご案内だ!』
ケビンの放ったアルケニーショットはギーガーの足元に着弾し、床に穿たれた穴がギーガーを飲み込む。反射的に穴のふちにしがみついたギーガーは、よじ登ろうとするそぶりを見せるが、それは実行されることなくその口から大量の体液を吐き出して落下していった。ギーガーの死体を飲み込んだ穴は、下から吹き付けられた充填剤ですみやかに塞がれた。
『スカーフェイスよりベーシック。処理終了。被害なし。10-10』
『ベーシック、10-4。次の目標の選定に移る』
『10-4』
300体のギーガーがチャンドリアン側へ向かっていることが判明した時、ケビンと松の湯はギーガーを引き付け、かつ分断する策を用いることとした。チャンドリアン拠点にギーガーの侵入を許すわけにはいかないので、300体全てを、最悪でもギーガーネスト攻略組の手が空いて増援を出せるようになるまで引き受けなくてはならない。幸い多数の開拓者がギーガーの注意を引いており、活動中の生命反応の少ないチャンドリアン側へ向かってくるギーガーが増える様子はないし、それどころかギーガーネストへの逆撃も始まったため対応しなければならず、こちらへ向かうギーガーは300体で打ち止めのようだが、僅かでも後ろに抜けられればチャンドリアンの被害は破滅的なものになるだろう。
そのため、元々チャンドリアンがギーガーをおびき寄せて始末するために用意していた廃施設を利用することにした。敷地はおよそ1㎞四方。内部は地上1階、地下1階。地上部は隔壁で迷路になっており、地下は一定間隔で地上部を支える柱が並ぶだけのホールとなっている。前回は、この地下スペースにプロペラントタンクを持ち込んで爆破した。ケビンは、ギーガーが動物の体温と心音に敏感な性質を利用し、チャンドリアンの食糧用にクローン飼育されていたヒヨコをルナ・アルケニーのコンテナに乗せて地上フロアで待機、ギーガーをおびき寄せる。
そこまでが第一段階なのだが、集めたギーガーと正面から当たるのはいささかためらわれた。先日の戦闘で、ザラマンダの装甲防御はギーガーに対して十分だと検証されたが、攻撃力は不足気味だともわかっていた。2倍程度の数ならまだしも今度は10倍以上の物量差になる。しかも最大火力のルナ・アルケニーは定員割れで機動戦闘は難しい。無断でアルケニーへの同乗を許可しても、スカーフェイスや巌ならセサミオープナーから文句は出ないだろうが、この両者のどちらかでも抜けると【松の湯】の指揮統率に不都合がある。そこで集めたギーガーを松の湯が処理できる範疇に分断する手段として落とし穴を使う。アルケニーがギーガーを引き寄せ、少数づつ地下に落とし、松の湯のザラマンダが処理をして穴をふさぐ。
ケビンは再び息をひそめる。
息をひそめ、マップ上のギーガーを、たかられずに確実に処理できるよう、ルートを慎重に選ぶ。




