ユリアの過去 ー前編ー
「さぁ、今日から僕が君の父親だ。」
「…貴方があたし、の。」
「そうだよ。今まで辛かっただろう?さ、一緒に帰ろう。」
あの手がどんなに温かかったか。あぁ、人の温もりとはこういうことを言っていたのだと、過去の私は思った。
何故なら、私は人の温かさを知らない、動いているだけだった吸血鬼。…奴隷だったのだから。
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私がいつも目覚めるのは、暗い檻の中だった。小さい頃、人間の手によって目覚めさせられ、この鳥籠のようなところで育ってきた。
誰かに見張られて、足を鎖で繋がれていた時のあの生活が、今でも記憶に残っている。
ご飯はいつも、一つのパンと少しのおかずのみ。飲み物は、水しかなかった。たまに出てくる牛乳が、何よりのごちそうだった。
世界は冷たく、何もない所だと思った。何故こんな所で人が生きていけるのか、不思議でならなかった。吸血鬼は、千年に一度、人間の血を吸えば、少しの食料でも生きていける。
力もあるし、この檻だって曲げることなど容易いことだ。
ただ、私は観察していたかったのだ。人間がどういう生き物なのかを。
「どうして、そんなに元気でいられるの?」
ある日、檻ごしの隣にいる、とても細い女の子に聞かれた。彼女は人間だから、あれぐらいの食料じゃ、痩せるのも当然だろう。背骨が浮いているのを見て、少し痛々しく思った。
「…元気というよりか、あたしは吸血鬼だから。お腹も空かないし、あまり喉も乾かない。」
「え…。」
あたしに質問してきた女の子の青白い顔が、さらに白くなったきがする。人間が吸血鬼を恐れるのは分かっていたことだ。驚かれても、傷つくことはない。
そう思った直後、彼女のあたしに言いはなった言葉は、あたしの想像とははるかに全然違った。
「すごい!いいなぁ、羨ましい!」
「………………え。」
…羨ましい?あたしが?
「っ、ど、どうして?あたしは、目が赤くて、髪の毛が白くて、人間よりも肌がまっ白なのよ?匂いも血生臭いし、人間の貴方は、不気味とか、気持ち悪いとか、そういうことを思ってるんじゃないの?」
「え?全然不気味でも、気持ち悪くもないよ?むしろ可愛い!」
「…?かわいい?ってどういう意味なの?」
「うーん、愛らしい…ってことかな?」
「愛らしい……。!」
あたしは、初めて言われた言葉に、恥ずかしさを隠すために、膝の上に顔を埋めた。
「……あっ、ありがと。」
彼女の顔は見れなかったけれど、あたしの胸の奥のものが、少し温かくなった気がした。




