しあわせ屋
昼下がり。休憩時間になるといつも屋上に出て飯を食うことを決めていた。こんなこと、高校時代以来やるなんて思っていなかった。柵につかまりながら、空を仰ぐ。仕事を始めてから、溜めていた貯金の使い道を考える。無難に物を買うか、それともどっか遠い国に旅行に行くか。ぼんやり考えながら、近くのコンビニで買った飲むヨーグルトを一口含んで、もう一度、空を仰いだ。
「やっぱ、飲むヨーグルトはうめぇな」
そんな独り言が漏れた。屋上のドアが開く音がする。そっちの方を向くと、後輩の青島が歩いてきた。
「まーた、貯金の使い道を考えてたんですか?」
俺の隣に来て、隣に並んだ。
「まぁね。でも、彼女もいない俺に、貯金の使い道なんてないよ」
「そうですね」
「なんだよ、何かを察した言い方をして」
「いや、なんでもないですよ」
青島は口元を隠して言った。笑ってるな、こいつ。
二人とも沈黙する。特にしゃべることもないのだ。
「そういえば、先輩知ってますか?」
青島は思い出したように言った。
「ん?」
飲むヨーグルトをストローで吸った。ずっずっ、と音がする。
「最近、しあわせ屋っていうのがいるらしくてですね。これがすごいんですよ」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
缶のコーンポタージュのコーンを取り出すように、飲むヨーグルトの容器の底を叩いた。
「それ、何してるんすか」
「あ、これ? 底の方に残ってるヨーグルトもったいないじゃん?」
「まぁ、わからなくはないですけど……。そういうところが、彼女できない理由なんじゃないですか?」
青島はまた口元を隠して言った。
「ほっとけ。で、さっきの話はなんだよ」
「あー、えっと、どこまで話しましたっけ?」
「しあわせ屋ってのがいて、それがすげえって話まで聞いたな」
「あぁ、そうでした。そのしあわせ屋っていうのが、いくらとかは知らないですけど、幸せを買えるって話なんですよ。すごいと思いません?」
「へえー。まぁ、所詮噂だろ?」
そう聞いたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「そうですね。ってことで、僕これから営業行かなきゃいけないんで! 今度飲みましょ!」
そう言い残して、青島は屋上を出て行った。
「しあわせ屋かぁ……」
ゆっくり歩きながら、午後の業務に戻ることにした。
*******
午後の業務を終えて、会社を出る。特別やる事もないので、そのまま家路に着こうとした時、ふと、昼休みのことを思い出す。ポケットからスマホを取り出して、「しあわせ屋」で検索をかけた。いくつか掲示板がヒットする。いくつか覗いてみたが、どの掲示板もいわゆる釣りだった。もう少しワードを絞って検索をかける。すると、しあわせ屋のホームページなるものが見つかった。そのホームページに入る。
「なになに、一緒に幸せをつかみましょう、とな?」
大きな文字でそんなことを書いてある。さらに読み進めていくと、幸せを掴んだ人の声とかいうトピックを見つけた。そこを見てみると、幸せを手にしたA島さんのコメントがあった。
「ん? これ、青島じゃね……?」
目のところにモザイクが入っているものの、どう見ても青島だった。
「あいつ、なにやってるんだよ……」
そのコメントを読んでみた。
私は中学高校といじめられていました。とりわけ、いい高校に行ったわけじゃないので、就職をすることになりました。その時、母親が私にしあわせ屋に行ってみない? と誘ってきました。そういうのに行くのはどうなのかなって思いながら、とりあえず、そこに行ってみたんです。…… (中略)……簡単な自己紹介を済ませ、あなたはどんな幸せを願いますか? って聞かれました。私は迷わず、「いい人間関係を築いて、幸せになりたいです」と答えました。……(中略)……初めての出勤の日、私はドキドキしながら出勤しました。またいじめられるんじゃないかって。でも、現実は心配を裏切りました。私はとてもいい先輩に恵まれ、恋人もできました。本当に行ってよかったです!
読み終わったところで、ふぅっと息を吐いて、
「あいつ、こんな過去があったのか……。まぁ、とりあえず、行ってみるか」
と呟いた。俺はスマホをポケットにしまって、メモを取った場所へと向かった。
*******
住所通りの場所に着くと、そこには普通のビルがあった。
「本当にここでいいのか?」
ビルの中に入って、案内板を見る。四階 しあわせ屋と質素な文字で書いてあった。
「あんまり目立ちたくないってか」
エレベーターに乗って四階へと向かう。ドアが開いて、受付嬢が見える。怪しいとかそんな雰囲気はなく、普通のオフィスのようだった。
「えっと、友達に紹介されたんですけど……」
そう受付嬢に話しかけた。
「そのお友達のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「青島です」
「ありがとうございます。少々お待ち下さい」
そう言うと、彼女はパソコンに何かを打ち込んだ。
「池田様で、お間違え無いでしょうか?」
「あっ、はい」
「それでは、奥の部屋にお進みください」
俺はそれに従って奥の部屋へと進んだ。部屋に入ると、既に先生が座っていた。先生は占い師的な特別な衣装を着ているわけではなく、普通の姿だった。
「私、しあわせ屋の秋山と言います。別に偽名じゃないですよ」
占い師とかって偽名を使ってることが多い気がするけど、この人は隠さないんだなぁ。
「なんで偽名を使ってないか、なんて思ってるんですか?」
驚いた。今、すっごい鳥肌立った。
「そんなに驚かなくても……」
秋山はそんなこと言いながら、ハンカチで汗を拭った。
「とりあえず、お掛けください」
秋山は椅子を指して言った。それに従って椅子に座る。簡単な自己紹介をして、秋山はこんなことを聞いてきた。
「それで、池田さん。どんな風に幸せになりたいですか?」
どんな風に幸せになりたいか……。特に考えてなかった。
「例えば、こんなのとかありますか?」
「例えば、ですか……。そうですね、お金持ちになりたいだとかいい人間関係を築きたいとかですかね」
お金持ちになりたいは現状いいだろう。今の生活で文句はない。いい人間関係を築きたいか……。おそらく、彼女が欲しいとかもこの類に入るんだろう。まぁ、後者がいいか。
「いい人間関係を築きたいです。別に今の人間関係に不満はないんですけど、欲を言えば、彼女が欲しいです」
「了解いたしました。それでは、あなたの幸せを祈らせていただきます」
そういうと秋山は近くに置いてあった大幣を大きく振って、謎の呪文を唱えだした。
数分後。
「はい、これであなたの幸せである、いい人間関係を築きたい、という願いを祈らせていただきました。今日はこれで以上です。お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございました」
俺は部屋を出た。入り口に戻ると、さっきの受付嬢がニコニコしながら、領収書を渡してきた。
「えっと、祈祷料五万円!?」
今日一番で驚いた。さっきのよりも驚いた。
「はい。これであなたも幸せになれるのですから、安いものですよ」
彼女はニコニコしていた。彼女の言っていることもわからなくはない。というか、これで仕事してるんだから、そんなことを言ってくるのは当然か。
財布の中から一万円札を五枚出した。
「ありがとうございました。あなたの幸せを祈っております」
彼女はテンプレート的に言って、お辞儀した。
そして俺はそのビルを後にした。
*******
「それで、どうだったんですか。しあわせ屋」
青島はニヤニヤしながら聞いてきた。
「どうもこうも、特にねぇよ」
「特にないことないでしょ……久美さんとどうなんです?」
久美とはしあわせ屋に行ってから、職場で知り合った。付き合っているわけじゃないが、まぁ、いい雰囲気にはないっている気がする。
「別に付き合ってるわけじゃないし、な……」
「でも、いい感じなんでしょ? 社内でも噂ですよ」
そういう噂が流れてると、お互いにギクシャクするんじゃないか。普通。
「それよりも、お前、しあわせ屋のレビューみたいなの書いてたろ」
「えー、知らないですねー」
青島はそっぽ向いた。知ってるな、こいつ。
「ほら、これ」
しあわせ屋のホームページを見せた。これで言い逃れはできないだろう。
「バレちゃ、しょうがないか」
「いじめられてたって書いてあるけど、本当なのか?」
「あー、それですか。嘘ですよ? てか、こういうのに本当のこと書く人って少ないんじゃないですか?」
こいつ。
「まぁ、いい先輩に恵まれたってのは本当ですけどね」
ツンデレか。別に嫌な気はしなかった。
この後も結局、お茶を濁されて、しあわせ屋のことを聞くことは出来なかった。
っていうか、俺、騙されたんじゃないか? でも、久美と出会えたわけだから……。
考えるのもめんどくさくなって、手に持っていたビールを一気に飲んだ。
幸せなんて案外、気の持ちようなのかも知れないなと思った。
今回のテーマは「しあわせ」です。
幸せってなんだろうって思ったときに、これを題材にすればいいんじゃないかと思いました。
オチは書いてて思いつきました。
んー、幸せっていいですね。本当に。
ってことでまた次回!是非、読んでくださいね!