上
それは開店前のことだった。
まだ、店を開いていないと言うのにも関わらず、店内には電話が鳴り響いていた。
その音に、慌てて御堂は電話に駆け寄る。
「はい、もしもし御堂骨董店です」
「もしもし、あのう実は修理して欲しい物があるんですが、大丈夫でしょうか?」
受話器からは、年配の女性の声が聞こえて来る。
「はい、構いませんよ。どういった物でしょうか?」
「実は、随分と古いラジカセなんですけど」
「ラジカセですか、分かりました。こちらにある部品で間に合いそうなので大丈夫です。何時頃にお見えになりますか?」
「いや、私は行くことが出来ないので、代わりにそちらへ郵送させて頂きました。どうか宜しくお願いします」
「分かりました、では丁重に預らせて頂きます」
年配の女生徒の通話が切れると同時位だろうか、御堂骨董店へと宅配便がやって来た。届けられたダンボールを開けて見たところ、カセットテープとラジオの再生、録音しか出来ないタイプの古いラジカセであった。
ラジカセと言う音響機器は、遥か昔に廃れてしまった所謂ロストテクノロジーだった。未だに使っている人は、愛好家を除けばほとんどいないだろう。時代と共に、新しい物へと人が流れてしまうのは、仕方の無いことなのだ。
「これは、一体なんですか?」
「これは、ラジカセと言ってラジオを聞いたり、カセットテープを入れて音楽や声を録音や再世することの出来る機械だよ。好きな人にとっては、堪らない一品だろうね」
色々とボタンを押して確認してみると、どうやらスピーカーが壊れているようで音が出ないらしい。音の出ないというのは、ラジカセにとって致命的であると言えた。
全てのボタンの動作確認をする為に、カセットの取り出しボタンを押すと、そこにはカセットテープが入れられっぱなしになっていた。
「聞いちゃいましょうよ、先生」
御堂が止めるよりも早く、暁は再生ボタンへと手を伸ばしていた。
「だから、音が出ないんだって」
「ああ、そっか」
暁は、舌を出す仕草を見せている。
取り敢えず、カセットテープは置いておき、ラジカセを直すことから始めた。
しかし、これは中々骨の折れそうな作業であった。まず、このラジカセがどういった物なのかを調べる為に、電子回路や空気圧機器、油圧機器といった回路図を書く必要があった。
そして、電圧や電流測定用のテスターと呼ばれる計器や、電気信号の波形をオシロスコープを使って計測する必要などもある。そうすることで、必要な性能や部品が分かるからだ。思っていた以上に古い型だった性か、部品も足らず、予想以上に時間が掛かる物だった。
恐らく、何件かこのラジカセの修理を依頼したのだろうけれど、どこも引き受けてくれなかったのだろう。それは、古いラジカセを直せる職人が、今では激減しているからだ。
例え、専門職であっても、若い人だと実際に触ったことのある人は、ほとんどいないと言うのが現状だった。