リュンの過去
4年前
惑星リベルア ネスト国
〝私〟の故郷であるその国は、私が生まれる前から戦争中だった。
違う理念を持った宗教組織同士による、宗教戦争だ。
そして……その戦争のせいで、私が生まれて間も無く両親は死んだ。
だから『平和』を……親というモノを知らない私にとって、狂ってるって……思われるかもしれないけど、
毎日毎晩響く、戦闘員達が奏でる銃声や爆発音は子守唄のようなモノ。
道端に転がっている血塗れ、もしくは手足が吹っ飛んだ屍はこの国の自然な光景なんだと思っていた。
でも、そうじゃない事を〝ある人〟から教わった。
その人と出会ったのは、国のトップが戦争への恐怖から、国から脱出した頃。
そして私が『戦争は無くならない。戦争こそ人の本質だから』などと、
誰に教えられたワケでもなく、自然にそう悟っていた頃の事――――
死んだ両親の代わりに私を育ててくれた、両親の知り合いが難病にかかって死んだ。
そのせいで私は、これからどうすればいいのか分からなくなって……
その知り合いと過ごしていた隠れ家に閉じこもっていたら、
「おいあの子」
「あぁ? へぇ……結構かわいい顔してんじゃん?」
戦場に居るハズの兵士であろう男2人が、突然隠れ家に入って来た。
なんで戦うのが仕事の兵士が、民家に入って来るのだろうか?
私はワケが分からなくなって、なぜか怖くなって、逃げなきゃいけないって、本能で悟って、
とりあえず全力で、隠れ家の、いくつかある出口から外に逃げようとした……だけど、
「待てよお譲ちゃん!」
男の内の1人が、後ろから私に抱き着いてきて、私は全力で抵抗したんだけど、男の力にはかなわなくて、
ついには両手をバンザイさせられ、壁に押さえつけられて、
残る1人に着ていた服をムリヤリ脱がされて……そこまでされて私は、殺されるのと同等、
もしくはそれ以上に苦しい〝ナニか〟を味わわされるんだと悟って……覚悟した時だった。
タンッタンッ
2回響いた銃声と同時、私に〝ナニか〟をしようとした男2人の頭が血塗れになり、その場に倒れこんだ。
なにが起こったのか、最初は分からなかった。
だけどすぐに、何者かが男2人を射殺したんだと理解して、身震いした。
私を狙ったワケではないにしろ、だ。
だけどそんな私に、射殺を実行したであろう1人の男が、聞いた事の無い方言で話しかけてきた。
「譲ちゃん大丈夫か? まったくこの国は……惑星アルガーノ並みの不法地帯やな」
――――こうして私は、私を助けてくれた〝ある人〟が所属している『イルデガルド』なる組織と……出会った。
3年後 5月3日(月)
星川町 町立星川中学校
そして〝ウチ〟はイルデガルドの命令で、〝間者〟としてこの町にやって来て、星川中学に入学した。
命令はただ1つ。星川町の弱み……ジ=アースで結成したとある〝団体〟が考えた、
異星人と共存できる環境を整える為の、とある計画を潰しかねない〝なにか〟を探す事。
なぜかは知らないんやけど、イルデガルドはなにかとジ=アースの共存エリアを危険視してる。
なぜか、とウチは昔聞いた事があったけど……思い出したくないと、返答されるだけやった。
思い出したくない
ウチの〝恩人達〟は、ジ=アースでなにかあったのやろうか?
もしそうなら……絶対にこの任務は完遂せなアカン。
完遂して、ウチの恩人達を笑顔にしたい。
そうでもしなければウチは、恩を返せへん。
あの、『地獄』とも言える場所から救い出してくれた……恩を――――
「ナハハッ! そんなかった~~い顔せんでもええで? 気楽に笑ってぇな!」
――――ウチとウチの上司の1人と同じく、カンサイベンなる方言を使う、
ウチと同い年の少年が、後ろからウチの胸を揉んできた。
「な……なななぁっっ!!!?」
ウチは一瞬で顔がほてるのが分かった。
だけど同時に、3年前に兵士2人に■■されそうになった時の事が頭の中でフラッシュバックし、
「こっの!! なにすんねん!!?」
〝あの時〟とは違い、ウチの胸を揉んだ野郎の脇腹に、肘鉄をくらわせた。
「ごぶふぅ!!?」
少年は顔を強張らせ、脇腹を両手で押さえながら苦悶の表情を浮かべる。
ざまぁみろ。ウチはソイツの苦悶の表情を見て、鼻で笑いながら思った。
しかしソイツは、ウチに対し、怒る事も怖がる事もしなかった。
代わりに、右手を前に出し、親指だけを立てながら、
「え……えぇツッコミや……アンタとコンビ組めば……絶対売れる……」
「はぁ!? なに言うとんねんアンタ!? 頭おかしいとちゃうんか!?」
恥ずかしさと怒りで我を忘れ、ウチは思わず感情的になった。
そしてそんなウチに、男はニカッと笑いながら、
「ナハハ……アンタそういう顔もできるんか? 人形みたいな無表情もキレイやと思うけど……
怒ったり恥ずかしがったりしている顔も、なかなかかわええで?」
「!!? な……なぁ!!?」
自分の身体が上気するのが、分かった。
綺麗 かわいい
それらはウチにはとても縁の無い単語やった。
せやからウチはその単語に対する免疫が無くて……言葉を返せなくなった……その時。
「なに口説いてんだよギン。しかもセクハラまでかまして」
未だに脇腹を両手で押さえている少年……ギンの頭を、後ろから別の少年が軽くチョップした。
「ナハハ……『お約束』っちゅー事で勘弁してぇなハヤト」
「セクハラを勘弁できるか」
セクハラ少年をチョップした少年――――ハヤトが、肩を竦めながら言った。
するとすぐに、今度はウチの方に、ハヤトは視線を向け、
「まぁでも、笑ったりしている方がかわいいってのは、同感だ」
フッと微笑みながら、そう言った。
「な……な……なぁっ!!?」
思わずまた、ウチの体が上気する。
「おいおいハヤト、お前も口説いてるやん?」
「口説きじゃねぇよ。提案だ」
そしてハヤトは、ウチに対し『ギンが失礼したな』とだけ言って、
その場から、まだ脇腹を両手で押さえているギンの腕を掴み、
当時、ウチと同じクラスではなかった2人は、自分達のクラスへと帰っていった。
しかしギンこと銀一はその後も、ウチに何度も何度も、『コンビ組まへんか?』と尋ねるか、
基本無表情を努めているウチを笑わそうと、自分で考えた1発ギャグを披露した。
なんでコイツはウチに何度も絡んでくるんや? なんでウチをそんなにも笑わせたい? かわええからか?
考えれば考える程、ワケ分からんくなって……ギンの友人である
ハヤトに聞けばなにか分かる思て、早速ハヤトに聞いたんやけど、
「う~~ん……俺もよく分からんけど……人の笑った顔を見たいから、笑わそうとしてるんじゃないか?」
……………笑った顔を見たいから笑わす? 意味が分からん……というか理由になってへん。
「まぁでも……俺もアイツも、この町の皆を笑顔にするために行動してるから
……たぶんアイツは、君の笑顔も見たいんだと思うよ?」
「えっ? そ……それって……………!!!?」
その言葉の意味が気になり、直接ハヤトの目を見て尋ねようとして……ハヤトの微笑む顔が視線に入った。
その瞬間、またウチの身体が――――上気した。
そしてウチはある日、本部からの通信で、2人がウチが所属する
『イルデガルド』の敵である〝団体〟の構成員である事を知った。
早速、不自然に思われないよう団体に入ろうと、
こんなウチの友達に(奇跡的に)なってくれた優ちゃんとユンファちゃんを引き連れ、
2人が所属している団体の力になりたいと、協力を申し出たんやけど……
2人が団体の裏の活動の事を話して……優ちゃんとユンファちゃんが
正式な団員になるのを即諦めたため、ウチも1度諦めた。
それからウチは2人を監視する事で、少しでも〝団体〟の情報を得ようとした。
何度か2人の所属する〝団体〟の、この町における支部である【星川町揉め事相談所】にも潜入した。
しかし探し物らしき物はどこにも無く、ハッキングも試みたけど、それらしき物は一切見つからなかった。
自分がこの町に来た意味、あるんやろか?
探し物が見つからず、いつしかウチはそんな事を考えるようになっていた。
途中で任務を投げ出しては、恩人達に笑顔になってもらえない。
今までそう、自分自身に言ってきたおかげでやってこれたけど、もう精神的に限界に近かった。
もう……やめよう。上司に報告して、別の任務にあたらせてもらおう。
そう思い、ある日の下校時刻に、上司へと連絡を取ろうとした……その時やった。
「ちょっとええか? スパイさん?」
後ろからギンに……そう声をかけられた。
「な……なんの話や?」
かろうじて驚愕した自分を押し隠し、自然な声色で、ウチは後ろを振り向かずそう答えた。
せやけどギンは、
「隠したって無駄や。毎日こそこそワイとハヤトの事を嗅ぎ回ってるのも、
事務所のパソコンにハッキングした事も逆探知したおかげでバレバレや」
「!!? バカな!!? ウチはちゃんと痕跡を……………!!?」
ギンが、ニッと私に笑いかける。同時にウチは、カマをかけられたのだと、悟った。
もう終わりや。スパイ行為という犯罪をしたんや。ギンに宇宙警察に連絡され、ウチは厳正な罰を受ける。
いつかはこうなると、思っていたけど。まさか今こんな事に……なるなんてな。
「さぁ、さっさと宇宙警察にでも通報したらどうや? もう覚悟はできてるさかい」
「いや、君を宇宙警察に突き出すワケ無いやん?」
「……………はぁっ!?」
信じられない事を、ギンは言い放った。なんで!? ウチはスパイなんやで!!?
「確かにいろんなデータを見られたけどな、そもそも事務所には重要なデータは一切入っていないし、
君がどんな組織から来たかは知らないけど、必要ならどんな情報でも提供するつもりやで、ワイとハヤトは」
「なっ!? アンタが所属してる〝団体〟は……なんでそんなオープンなんや!!? 信じられへん!!」
「いやぁ、それほどでもぉ」
「褒めてないで!!?」
「でもオープンな感じじゃないと、いろんな組織に誤解されちゃうからのぉ。
まぁ、怖がらせちゃいけないから、1部の情報は町のみんなには内緒やけど」
……………怪しい。ならばその情報の1部ってのも、答えられるんやろな?
「……その1部の情報ってのは?」
「前にも説明した裏の活動……この町に害をなす敵を無力化する事……それだけや」
……………ダメや。これだけじゃ、この星の『異星人共存エリア』を無くす材料にはならない。
まだなにか……まだなにか隠しているハズ。それが組織っちゅうモンやから。
「まだ怪しんでるんか? 懲りないなぁ」
「!!!?」
な……なんで!!? なんでウチの心の内が分かって!!?
「まぁ、当たり前か。なら、思う存分ワイらを監視でもなんでもせぇ。全てはそれからや」
それからウチはギンの言う通り、毎日毎日『星川町揉め事相談所』の監視をしたけど、
ギンの言う通り、なにも成果は得られへんかった。
〝団体〟にはウチの上司が危険視する〝なにか〟が無いんか?
ウチはワケが分からなくなった。
そしていつの間にかウチは、これ以上任務を遂行しようとする意味があるのか……
いや、それどころか自分の存在理由さえ、疑問に思った。
「リュン、どうせなら正式にこの町の住民にならへんか?」
とそんなウチの悩みを悟っているかのように、ギンがいつもの調子でウチに話しかけてきた。
ちなみに場所はウチが在籍する教室。時間は昼休みや。
「……住人ってアンタ、スパイであるウチがこの町の住人になれるとでも?」
「なれる」
ウチの疑問に対し、ギンは真剣な目をして即答した。
「!!!!?」
またや。また……なぜかギンとハヤトに笑いかけられたり、真剣な目で見つめられたりすると……ドキドキする。
なんで? ウチ、どこか身体が変なんかな?