体育館の決着
7月9日(土) 午後16時23分
星川総合病院
「……………今、なんて?」
ハヤトは呆然としながら、自分が寝ている病室のベッドの横に置いてある、
見舞い客用の椅子に腰掛けている亜貴に、もう1度話すよう促した。
あまりにもビックリするような内容であったので、もう1度確認したいのだ。
「……だからさ」
すると亜貴は、もう1度言うのが恥ずかしいのか、顔を赤らめ、ハヤトから視線を逸らしながら、
「……ランスとエイミーを……俺の〝養子〟に……できないかな?」
その言葉を再度聞いた瞬間、ハヤトはまたしても唖然とした。
だがすぐに、顔をパアッと輝かせ、
「……………いや、できない事はないですよ。っていうか……素敵じゃないですか!!」
「えっ!?」
『探偵結社』に居た時、『探偵結社』から『読心術』を習っていたが故に、
亜貴は、ハヤトに初めて会った時から悟っていた。
ハヤトの、日常生活で見せる笑顔のほとんどは〝作り笑い〟だという事を。
心からの笑顔を見せたのは、カルマ君か銀一君、もしくはかなえさんが居た時だけ……
そんな君がここまで笑ってくれるだなんて……君はいったい、なにを抱えて……なにを想って……
いや。そんな事を聞くのは失礼だな。慎むべし慎むべし。
ハヤトの過去を知らないがために、自身の中に生まれた、
〝物事を知る能力〟を会得してしまった者の中に時折出てくる、
常人よりも強い、さらにその先を知りたいという欲求を、亜貴はムリヤリ抑え込んだ。
そういうのは、本人が直接話してくれるのを待つしかない。
もしムリヤリ聞けば、自分を拒絶したり、心を壊してしまうかもしれない。
それだけは、絶対嫌だ。
亜貴は強く、強く思った。
ハヤト君は俺とランス、エイミーの恩人であり、親友でもあるのだから。
「……それじゃあ、手続きの準備とか、お願いできるかい?」
「ええ、任せてください。退院し次第手続きの準備をしm……ん?」
満面の笑みで話を進めようとしたハヤトだったが、
なぜか途中で言葉を切り、眉をひそめてなにかを考え出した。
「い……いや……でも待て? そうなると……」
「ん? ハヤト……君? なにか問題でもあるのかい?」
「いえ、たいした問題ではないのですが……その……」
無意識的に目を泳がせながら言うハヤト。亜貴はすぐにそれがウソだと悟った。
と同時に、いったいどんな大きな問題があるのか、不安になってきた。
「……ま、まぁランスとエイミーにまだ言っていないから、
すぐに養子縁組の手続きをしなきゃいけない……ワケじゃないよ。
第一ランスとエイミーが養子縁組を拒否する可能性もあるし」
なので亜貴は、すぐに補足をした。
だがハヤトは、亜貴に養子縁組の件を絶対に諦めてほしくないのか、すぐに慌てながら訂正した。
「い……いえ、時間でどうにかなる問題じゃないっていうか……養子にした時点で起こる問題っていうか……」
すると亜貴は、ただニコッと笑ながら、ハヤトに宣言した。
「大丈夫だよ。例え義理とはいえ、親子にはなれずとも、俺はあの子達を絶対に護り抜く。それだけだ」
「……亜貴さん」
「まぁ、といってもその根本にある理由は、あの子達を、
無法地帯らしい惑星アルガーノに帰郷させたくないっていう……わがままなんだけど……ね」
亜貴は自嘲しながら、また補足をした。
しかしハヤトは、そんな亜貴をけなす事はせず、代わりに微笑みかけて、
「分かりました。では一応準備だけはしておきますね」
「……ああ。よろしく頼む」
亜貴も、ハヤトに微笑みかけながらそう言うと、そのまま病室を出て行こうと、立ち上がった。
しかしその瞬間、ふとなにかを思い出したかのように、慌ててハヤトは言う。
「あっ! あと亜貴さん、これだけは約束してください」
「ん? なんだい?」
「お互い、ムチャだけは程々に。絶対、自分の大切な人達のために、生きて戻りましょう」
現在
……………ああ、そうだねハヤト君。今が……その約束を守る時……だよな!!!!
相手の拳が自分の顔面に迫る。
しかし亜貴は、絶対に生きて戻るという、強い思いを胸に。
紙一重でソレをかわし、自分の、残り全ての力を込めた右拳を、
先程肘鉄をくらわせた相手のみぞおちへと叩き込む。
「な……ぐっ……」
相手は、みぞおちに受けた亜貴の拳による激痛によって、その場に両膝をついた。
次に左腕で腹を押さえ、前屈みになり、その巨体を支えるために右手を床についた。
「やっぱり」
亜貴は、もう戦闘の続行が不可能であろう相手を見つめながら、言った。
「『ディガニウム特殊合成繊維』でできた服で最初、俺の攻撃を防いだんだな」
「ば……バカな……今度のは硬質化したのが……触っても分からない……最新型の……ハズ……」
相手は亜貴がカラクリを見破った事に、驚きを隠せない様子だった。
相手は亜貴に動揺を与え、それによって生まれた隙を突いて、亜貴を戦闘不能にしようとした。
しかしそんな相手の作戦を、亜貴は見事に看破したのだ。
動揺するなという方が、ムリかもしれない。
「観念しろ。もうお前らの計画は終わりだ」
そう言うと亜貴は、まだ大きなダメージが残っている自分の体をムリヤリ動かし、
相手の首の延髄に一撃を加えて、相手を気絶させようとした。
だがその瞬間、相手は急にニヤリと、いやらしい嗤いを見せた。
「……ああ、終わりだよ……お前がなぁ!!」
「!?」
突然亜貴は背後に、あるハズが無い殺気を感じた。
すぐに後ろを振り向こうとするが……間に合わない。
万事休す
そう思った次の瞬間、その背後から来た敵は、1つの影によって気絶させられた。
「……へ?」
なにが起こったのか分からず、素っ頓狂な声をあげる、先程亜貴と戦闘行為をしていた相手。
そしてそんな相手の疑問に答えるかのように、麻耶は1回息を吐いてから言った。
「ふぅ……『ディガニウム特殊合成繊維』……だっけ?
部下にはアンタのソレよりも、少し防御力の低いタイプのを着せていたのね。
そのせいで部下の回復スピードに、少々タイムラグが出る。
そのタイムラグを利用して、油断しきった亜貴先輩を、部下に襲わせる作戦だったみたいだけど……」
「……残念だったな」
麻耶の言葉を、亜貴は継いだ。
「俺の部下も、俺と同じぐらいタフでね」
そして亜貴は、その言葉がまるで冥土の土産であるかのように、喋り終わると同時に相手を気絶させた。
午後21時3分
星川町公民館の体育館は、開放された。
戦闘終了後、亜貴はすぐに体育館の電気を点け、体育館に居たテロリスト達を、
体育館内の動ける人達に協力してもらいながら、縄などで拘束した。
「ふぅ……なんとか公民館の体育館は解放しましたね、亜貴先輩。次はどこを開放しますか?」
気絶しているテロリストの最後の1人を拘束し終わると同時、麻耶はすぐに亜貴に尋ねた……が、
「……あれ? 居ない?」
先程まで自分のそばに居た亜貴が、忽然と消えていた。
一瞬、どこに行ったのかと慌てたが、すぐにどこに居るのかを悟った。
この町での、亜貴の家族の所だろうと。
「……私が行っちゃ……迷惑よね」
少々胸の辺りが痛んだが、麻耶は亜貴達のこれからの事を第一に考え、間をおいてから尋ねる事にした。
「……ごめん……ごめんな……2人共……2人っきりにして……
つらい思いを……寂しい思いをさせて……ごめんな……」
星川町にばら撒かれたウィルスのせいで、体力のほとんどを消耗してしまい、
横になって眠っているランスとエイミーの頬を撫でながら、
亜貴は目にいっぱいの涙を溜め、ただただ、謝罪の言葉を連呼した。
そんな事をしたって、絶対に許されない事は分かっている。
なにせ自分は夏祭りの夜、今の家族よりも、昔の家族を優先してしまった……大馬鹿野郎だから。
ヘタをすれば、どちらも永遠に無くしてしまう可能性があった。
俺はまた……大切な者を……失いかけて……。
その事実が、亜貴の胸をきつく、きつく締め付ける。
しかしそんな亜貴の想いが通じたのか、ウィルスのせいで意識がハッキリしきっていないものの、
ランスとエイミーは亜貴の気配に気付き、虚ろな目をゆっくりと動かしながら、
「あ……き……さん?」
「そこ……に……いるの?」
消え入りそうな小さい声を発して、亜貴を捜した。
「……っ!! ランス!! エイミー!!」
亜貴は、衝動的に2人の上半身をゆっくり起こし、2人を抱き締めていた。
ランスとエイミーにとっては、優しく、そして温かい抱擁で。
「俺はここに居るよ……ここに居るよ……」
大粒の涙をたくさん落としながら、亜貴は涙声で2人に呼びかける。
「亜貴……さん……」
「戻って……きてくれたんだ……ね……」
同時に、ランスとエイミーの両目からも、大量の涙が溢れ出た。
「ああ。もう……もう2度と離さない。離すものか!!」
亜貴は徐々に、徐々に2人を抱き締める力を強めた。
2人に『痛いよ』と言われるまで、ずっと。
自分や部下が命懸けで護り抜いた幸せが此処に在ると、心から実感するために。