Episode009 星川町の秘密2
惑星アルガーノ。
それは現在確認されている有人惑星の中で、1番治安が悪いとされている星。
しかしそれも、仕方のない事である。
地球に比べてまだまだ科学水準が低く、そんな限りある科学の恩恵を受けられる者とそうでない者との間で貧富などの様々な差が生まれ、恩恵を受けられなかった者が、そうでない者から金品の強奪などをするようになったから。
そしてそんな不安定な情勢にさらに追い討ちをかけるように、数十年前に、惑星規模である凄惨な事件が起こったからだ……。
そんな惑星アルガーノの辺境にある宇宙空港は、惑星の情勢の悪化に端を発する物資の不足や、そもそも建てられた場所が辺境であるせいで、とてもマトモな造りをしてはいなかった。
宇宙空港は地球の辺境にある無人駅ほど小さく、形は直方体。天井と床は地球でいうコンクリートに匹敵する硬化物質で出来ており、四方の壁には宇宙船の離陸時に発生する暴風対策で、強化ガラスが取り付けられている。
スタッフの事務室などの小部屋は存在せず、代わりに駅の外で買った切符を拝見する為だけの用途で使われる木製の受付カウンターがあり、その受付を通過すると出られる、目的の宇宙船の到着を待つ乗客が集まるターミナルには、乗客用の椅子がいくつか置かれている……そんな簡素な場所だった。
別の惑星への物資の輸送に関しても簡素なモノだ。
宇宙空港の片隅に作った物資集積用のスペースにて、金属探知機を所持した空港スタッフが、金属反応がした箱のみ検査し、そんな簡単な検査を終えた物資を小型クレーンで宇宙船の貨物室に載せる……それだけである。
そしてそんなセキュリティだったからこそ、その空港は様々な犯罪者にとって、とてもとても優し過ぎた……。
「お兄ぃ、ホントにやるの?」
輸送する物資の集積用スペースの片隅にて、少女の声が聞こえた。
隣に居る少年――彼女の兄にしか聞こえないような小さい声だった。
「ああ。やってやる。そうしないと、俺達に明日は無いんだ」
対する兄は、まるで獲物を狙う肉食動物のように真剣な眼差しを、滑走路の近くにある格納庫で整備が行われている、一隻の宇宙船に向けながら告げた。
少女はとても心配そうな目つきで、兄を見つめた。
だがそんな妹に、少年は敢えて目を合わせようとせず、顔から流れ出る何粒もの冷や汗を両腕で拭いながら、ただただ、宇宙船を観察していた。
それだけ、少年は今からする事に賭けているのだ。
「でも、他にも方法があるんじゃ?」
けれどそんな兄の覚悟を揺るがすかのように、少女は問いかける。
それは、兄に過ちを犯してほしくないという思いの込められた言葉だった。だがそれは、逆に今の少年にとっては、神経を逆撫でする言葉にしかならなかった。
なぜならば、もう、何度そんな疑問を投げかけられたか分からなかったから。
故に、ついに少年は、しつこく問いかけてきた妹に対して痺れを切らし、妹へと勢いよく振り向きながら、小声で言った。
「いいか? さっきも言ったが、よく聞け?」
言葉の後に、1度深呼吸を挟むと、今まで自分が抱えてきた怒り、悔しさ、葛藤を全て吐き出すかのように、改めて彼は妹に言った。
「やれる事は全部やった。だけどダメだった。だからやるんだよ!」
言葉に出すと、改めて自分が置かれている状況が、どれだけ絶望的か分かった。
けれど、それでも少年は前に進もうと、もう後戻りできない状況である事を認識し、自分を追い詰める事で、心の中で自分自身を奮い立たせる。
しかしその少年の言葉は、少女にとってはとても重いモノだった。
「ご……ごめんな……さい……ヒッグ……」
今にも泣いてしまいそうなほど、そのつぶらな両目に涙を溜めながら、兄の言葉の重みを知った少女は謝った。
「えっ!? ちょ……おい!?」
妹の涙に、少年は動揺した。まさか泣くとは思っていなかったのである。
しかし現に泣いたため、少年はすぐに、つい感情的になった事を悔いた。
「ごめんなざい……私……ヒグッ……お兄ぃが頑張ってるの知ってるのに――」
しかしその言葉は、途中で途切れた。
まるで全てのモノから護ると言わんばかりに、兄が妹を優しく抱き締めたのだ。
兄の突然の行動に、少女は思わず顔を赤らめた。たとえ兄妹だろうと、こうして抱き締められるのには、気恥ずかしさを覚える年頃なのだ。
「お、兄ぃ……何を……?」
「ごめん。ついムキになり過ぎた」
抱き締めたせいで何が何やら分からなくなり始めた妹に、少年は掠れるような声でそう告げると、妹を自分の体から離し、真剣な眼差しを向けつつ言った。
「全部俺に任せろ。必ずなんとかする」
※
5月15日(日) 10時45分
天宮かなえは、なぜかまた【星川町揉め事相談所】に居た。
目の前には、その歳でなぜか所長を務める同級生の光ハヤトが居る。
ハヤトは所長の椅子に座りながら、かなえに依頼人用の椅子に座るよう促した。
いったいなぜもう1度呼び出されたのか訊ねたいかなえではあったが、立ち話もどうかと思い、とりあえず座ると、改めてハヤトに訊ねた。
「で、なんで呼び出したの? 私、何かした?」
なんだかピリピリとした質問だった。
だが、こうなるのも仕方がなかった。
実は今日、かなえはまた友達の異星人と、共に町外に遊びに行く約束をしていたのだが、いきなりハヤトに『緊急の用事』だと電話で呼び出されここに居るのだ。
怒らない方がおかしい。
「いやなに、ちょっとお前に言いたい事と訊きたい事があったからな。それで呼び出したんだ」
「……はぁっ!?」
それだけの理由で呼び出された事に、そしてそれだけの理由であるにも拘わらずいつも通りの冷静沈着な顔でそう言われ、かなえは腹を立てた。
「言いたい事と訊きたい事があるなら、電話で直接言えばいいでしょ!? こっちはわざわざ友達との約束断って来てんのよ!? どうしてくれるのよ私の休日!」
かなえの怒声が相談所の外まで響き、偶然にも相談所の目の前の道を歩いていた人達がビクッと体を震わせる。
しかしハヤトは、こうなる事を見越していたのか、すぐに両耳を押さえて怒声をやり過ごすと、両耳から手を離し改めて話し始める。
「まぁまぁ落ち着いて。ていうか友達は逃げないし、いつでも約束できるだろ?」
ごもっともな意見。
かなえは反論を封じられた。
「まぁとりあえず本題に移ろう。天宮、俺が今から話すのは、俺と町長……そして秘書の黒井さんしか知らない話だ」
「う……うん……」
かなえはハヤトに丸め込まれた事に不満を感じたが、電話で『緊急の用事』だと言われた事もあり、とりあえず話だけは聞いてあげる事にした。
「俺は……お前にそれを話していいくらいの素質があると見込んだ。だから、包み隠さず話す」
ハヤトの目は真剣だった。それほど重大な話なのだろう。
いったいどれだけ重大な話をされるのかと思い、緊張で喉が渇き、思わずかなえは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「実はこの町は、まだ正式に『宇宙連邦』に認定されてない『異星人共存エリア』の1つなんだ」
「…………へ?」
いきなり『連邦』などの難しい用語が出てきて、かなえの目が点になった。
だがそんなかなえの反応はお構いなしに、ハヤトはさらに話を進めていく。
「天宮、半径約138億光年もある宇宙空間の中に、俺達と同じような容姿の知的生命体が住む惑星はいくつあると思う?」
「えっ? いきなり訊かれても……」
先ほどの『宇宙連邦』などの謎発言と、今の質問にどのような繋がりがあるのか全然分からず、かなえは言葉に詰まった。
「正解は、現在確認されている限りじゃ、地球を入れて12個だ」
「へ……へぇ、そうなんだ」
そんな事を言われてもどんな反応をすればいいのか分からず、とりあえずかなえは頷いておいた。ハヤトの話はさらに続く。
「そして、その星々に住む異星人達は江戸時代……いや、もっとずっと前から地球に来ていた。だが異星人の存在が正式に……裏社会で、ではあるが、認められたのは1947年。アメリカのロズウェルにUFOが墜落した時だ」
「へぇ」
わざわざここまで来てやったかなえの反応などお構いなしと言いたげな謎トークに、かなえはそんな事知ったこっちゃないと思い始めた。
「そして地球に、異星人との『共存エリア』が作られ始めたのは、約1年前だ」
「ふぅん」
もうハヤトの話などどうでもいいと思え、かなえはついに軽くスルーした。
「では、大昔からこの地球に来ている彼らが、なぜ最近になって地球に住み始めるようになったのか……分かるか?」
どうでもいい話から一転しての突然の質問に、かなえは最初混乱した。
だがかなえは、すぐに答えではないかと思われる答えを、自分や家族が実際に体験したがために導き出し……おそるおそる、それをハヤトに言ってみた。
「……地球人が、宇宙人の存在を認めなかった……から?」
「正解だ。地球人が異星人の存在を認めなかったばっかりに、地球に降り立った異星人と地球人との間に、色々な問題が起きた」
ハヤトは一旦、言葉を切ると、今度は窓の外を眺めつつ説明を続けた。
「おかげで地球だけ、宇宙の国際化ならぬ星際化の時代から取り残されたんだ」
「……せーさいか?」
初めて聞く言葉に、かなえは首を傾げた。
ハヤトはそんなかなえの疑問を感じ取ったのか、すぐに答えた。
「ああ。地球以外の星は、もう異星人同士の、文化などの交流が進んでてな。星際化っていうのはその事だ」
「ふぅん……それで、私はそんな話を聞かされるためにここに呼ばれたワケ?」
話にいったん区切りが付いたと思ったかなえは、顔には出さぬよう注意しながらも、改めてハヤトに対し、心の中で凄く怒りながら訊ねた。
でも声からして、かなえが物凄く怒っているのはバレバレだったために、ハヤトはその事に感付くや否や、すぐにかなえを宥めた。
「まぁまぁ落ち着けって。ここからがいい所なんだ」
だが逆効果である。
かなえはまだ続けるのか、と心の中でさらに怒った。
しかしハヤトは話すのをやめない。
かなえが怒髪天な状態になるリスクを冒してでも、話さなければならない話なのだろうか。
ふとそんな予感がしたかなえは、もう少し話を聞いてみようと、いったん怒りを静めてみる事にした。
「でもって、いつまでも地球だけ、異星人と文化などの交流ができないというのは国連にとっては著しい問題だ」
「えっ? なんでそんな事が国連の問題になるの?」
「他の異星同士で文化交流してて、地球だけ取り残されてるんだ。問題だろ?」
なるほど、確かに問題だ……とかなえはすぐに考え直した。
転校生であるが故に、そしてそうなる可能性もあったが為に、すぐにそれが問題だと理解できたのだ。
「例えるなら、つい最近まで地球は、学校で孤独な学園生活を送っている生徒同然だったワケ……ね」
「その通り。だから国連は、星川町のような仮初めの町を世界中に作った」
「……え? 仮初めって、どういう事?」
さらに出てきた初耳な発言に、かなえは再び混乱した。
「というか、世界中にって……同じような町が他にもあるっていうの!?」
「ああ、そうだ」
ハヤトは1度頷くと、説明を再開した。
「そして仮初めとは、そのまんまの意味だ。この星川町、そして他の『異星人共存エリア』は、さっきも言ったが、正式な『異星人共存エリア』として『宇宙連邦』に認定されていない。だからその〝期限〟が過ぎるまでに、誰にも対処が不可能なレヴェルの差別問題などが起きれば……この町は地図上から〝抹消〟される」
「えっ? 期限? 抹消?」
町の説明としてはあり得ないハズの単語が並び、かなえの頭上に疑問符がいくつも並ぶ。
「ああ。じつは世界中にある、この星川町を始めとする『異星人共存エリア』は、いわゆる『実験場』なんだ。地球人は異星人に対しキチンと友好関係を築き続ける事ができるかを調べるね。実験場に過ぎないから、1回でも対処が不可能な問題が起きれば実験は中止。全部無かった事になる。逆に言えば〝期限〟までに、そんな問題が起きなければ……世界中の『異星人共存エリア』はこれからも町として存続する事ができるワケだ」
「じゃ……じゃあ、私や、お父さんやお母さんが……引っ越した後に少しでも何か問題を起こしていたら、今頃……」
かなえはゾッとした。もしも自分や両親がこの町で何か問題を起こしていたら、取り返しのつかない事になっていたのだから。
だけどハヤトは、そんなかなえを戒めもせず、安心させるために、優しい口調で告げた。
「大丈夫だ、天宮。そうならないよう、俺が居るんだから」
「……えっ?」
ハヤトのその言葉の意味は、最初かなえには分からなかった。だが、この場所の名前を思い出すと、すぐにかなえは理解した。
「ああなるほど。問題が起きないようにするための【星川町揉め事相談所】ね」
「そういう事。で、本題に入るけど……」
「やっと本題!?」
いきなり、ようやくハヤトの話が本題に入る事が分かり、かなえは驚愕する。
しかしハヤトは、かなえの反応などお構いなしに……こんな事を言った。
「実はある事情で、俺の仲間がアメリカの『異星人共存エリア』に出払ってて人手不足なんだ。それで天宮……【星川町揉め事相談所】で、働いてみないか?」