体育館の戦い
麻耶によって、星川町公民館の体育館の電気が切られ、中で軟禁されている町民達はパニックに陥った。
テロリスト達は、『こんなの計画に無いぞ?』『停電か?』などと言いつつも、
パニックに陥っている町民達をなだめようと、冷静を保ちながら対応にあたろうとした――――のだが、
突然喧騒の体育館内に、微かにだが、鈍い音が響いた。
その音に気付くテロリストは、全く居なかった。
気付いたのは、かろうじて意識がある、聴覚と声帯が特化している惑星ハーバニルの民のみ。
……………なんだ? 衝げ……き……音?
音に気付いた、惑星ハーバニルの民である1人の男性が、
なんの音なのかと、音がする方へとなんとか首を向ける。
しかしその方向には、なにも見えない。
だけど、なぜか彼は、期待してしまう。
何者かが自分達を助けに来てくれたのだ、と。
暗闇に乗じ、亜貴はすぐさま体育館内に侵入し、出入り口の扉を閉め、暗視ゴーグルを装着した。
麻耶も、亜貴とほぼ同時に暗視ゴーグルを装着し、かなえ達が居る体育館の広間へとかけつける。
体育館内に居るテロリストは、かなえの報告によると12人。
小柄な女性テロリストから奪った、ゴム弾が入ったライフルを使えば、たった数瞬で全滅させられる数だ。
しかし、人質である町民達をこれ以上混乱させないため、
2人は敢えて近接格闘でテロリスト達を倒し始めた。
人質である町民達の間を駆け抜け、瞬時にテロリスト達のみぞおちに一撃を与え、気絶させていく亜貴と麻耶。
一応補足しておくが、当然テロリスト達も、こういう事態に備えて暗視ゴーグルを用意していた。
しかし、数々の修羅場を乗り越えてきた、元探偵結社の諜報員である2人の前には、
テロリストが暗視ゴーグルを装着していようがしていまいが、2人の行動が速すぎるため意味が無かった。
たった1人を除いては。
ガシッ
残り3人というところで、信じられない事が起きた。
麻耶の上段回し蹴りが、暗視ゴーグルを装着した1人のテロリストに、片手で止められたのだ。
暗視ゴーグル越しから見るに、ソイツはヘビー級の、屈強な体格の男性だ。
「!!?」
自分の攻撃を片手で止められ、一瞬驚く麻耶。
すると相手は一瞬の隙を突き、
「ふんっ!!」
麻耶の脚を両手で掴み、まるで砲丸投げの要領で、そのまま麻耶を反対方向の壁へと放り投げた。
なにが起きたのか、麻耶はすぐには理解できなかった。
そして麻耶は、頭から体育館の壁へと激突して、ようやく自身に起きた事態を把握した。
麻耶が激突した壁の周りに居る町民達が、騒ぎながらも、
すぐにその場から離れようと、少しずつではあるが後ずさった。
扇型のスペースが床にでき、麻耶はそのままそのスペースの床へとずり落ちた。
頭を中心に、激痛が全身に広がる。しかし麻耶は戦う事をやめようとしない。
早く……反撃しなければ……。
すぐに立ち上がろうと、麻耶は両手足に力を込めた……のだが……力が入らなかった。
いや、それだけじゃない。同時に意識が朦朧し、暗視ゴーグル越しの視界がぼやけた。
「!!? 麻耶!!?」
麻耶を戦闘不能にした敵以外を戦闘不能にしたその瞬間、ようやく亜貴は麻耶に起きた事態に気付いた。
体育館内に居る町民達の間を駆け抜け、急いで麻耶を戦闘不能にした男性のもとへと駆け出す亜貴。
この男……只者じゃない!?
自分や秀平と、様々な修羅場を乗り越え、数々の場数を踏んできた麻耶が倒された。
その事実は同時に、麻耶を戦闘不能にする男性は自分達と同じか、
それ以上に過酷な訓練をつんできた者だという事を意味している。
麻耶を戦闘不能にした怒りは、言わずもがな亜貴は抱いていた。
しかし、怒りに任せて相手に突っ込めば、自分も麻耶の二の舞になる事を、亜貴は分かっていた。
だから亜貴は、麻耶を戦闘不能にした男性のもとに辿り着くまでになんとか頭を冷やし、戦闘を開始した。
お互い、大振りな蹴り技などはしない。
大振りな攻撃は威力が高い分、自分自身に大きな隙を生み出す、諸刃の剣であるからだ。
亜貴も相手も、最初はパンチや裏拳などの、リーチが短い攻撃に徹した。
時には相手の攻撃を見切り、手ではらい、かわしつつ、だ。
ちなみに2ヶ月前、ランスとエイミーを誘拐しようとした2人組に対し、
なぜ亜貴が蹴り技を使えたかというと、2人が呆れるくらいメチャクチャ隙だらけであったため、である。
「ほぅ……その動き、よほどの修羅場を乗り越えてきたと見える。
戦闘の常識についても知っている事からして、よほどのプロだな」
突然相手が、戦いの最中にもかかわらず、急に口を開いた。
「連続攻撃は、相手の隙を引き出すためのモノ。
私やあなたのように、戦闘というモノを知り尽くした者を相手にする時は、
まずは連続攻撃に徹した方がいい。こういう風に……な」
相手の攻撃の間隔が、徐々に縮まっていく。
正拳突き、掌底、裏拳、肘鉄、そしてアゴを打ち抜くためのアッパーが亜貴の死角から襲う。
「ぐぅっ!」
亜貴はアゴを上げ、かろうじて相手の拳をかわす。
だが今度は、完全に死角となった腹部に、相手の蹴り技が炸裂した。
「がっ……は……」
みぞおちに相手の靴の先端が突き刺さる。みぞおちを中心に激痛が体中を駆け抜け、脳へと至る。
しかし亜貴は、片ヒザをついたものの、かろうじて意識を保つ。
「なるほど。俺の蹴りが当たった瞬間、衝撃を受け流すために1歩後ろに下がったか」
相手が、まるで生徒を指導する教師のような目つきで、亜貴を見つめる。
「たいしたヤツだ。だが俺を殺すつもりで戦わないと、勝機は無いぞ?」
「……大した自信だな。まるでもう結果が見えているみたいじゃないか」
相手を見上げながら、亜貴はまだ余裕があるぞと言わんばかりに、ニッと笑ってみせた。
すると相手は、続けざまに亜貴に蹴りをくらわせようと、間合いを詰める。
亜貴は腹部の激痛に耐えながらも、なんとか相手と距離をとり、
相手の蹴りが空振りするのと同時に、相手に突っ込んで行った。
「!!? チッ!!」
相手はすぐさま亜貴の顔をめがけて、拳によるカウンターを放つ。
しかし亜貴は体勢を低くする事で相手の拳をかわし、
逆に相手の腹部に、肘鉄によるカウンターをくらわせた。
「!!!?」
「お返しだ」
今度は相手の腹部に激痛が走る……と思いきや、
「甘い!!」
相手はまるでほとんど痛みを感じていないのか、
そのまま両手を合わせ、『ダブルスレッジハンマー』と呼ばれるプロレス技を
亜貴の背中にくらわせ、続けざまに、今度は右膝で亜貴の腹部を蹴った。
「!!?」
自分の攻撃があまり効いていない事に、驚きを隠せないまま技を相手の技をくらう亜貴。
背中と、再び腹部に激痛が走る。
しかし、このままでは相手のペースに巻き込まれるとすぐに判断し、
動くとさらに激しい痛みが走る体をムリヤリ動かし、瞬時に相手との距離をとった。
体を少しでも回復させるため、相手の出方を見るため、そして状況分析のためにだ。
おかしい。カウンターでの肘鉄は、普通だったら悶絶モノだぞ? なのになんで効いた感じがしない?
冷静に……冷静に……相手の動きを気にしながらも、その事を考えるのに、できる限り集中した。
なにか見落としている事があるかもしれない。
そう思えてならない。そしてそれを解決しなければ、勝機は無い予感がする。
あの時、俺の肘鉄は確かにヤツの急所に命中したハズだ。まず悶絶は免れない。なのになぜ効いてない?
相手が自分に突っ込んでくるのを見て、慌てて避けながらも、亜貴は考えた。
なにかカラクリがあるのかもしれない。例えば腹の辺りになにかを仕込むとか。
だが仕込んだら仕込んだで、動きが多少変になるハズだし、そもそも攻撃を当てた時に気付いたハズだ。
なのに相手の動きにはキレがある……じゃあなぜ!?
腹部と背中の激痛を我慢し、相手の攻撃を避けながらも、
なんとかこの窮地を打破するための突破口を見出そうとする亜貴。
しかし相手は考える時間さえロクに与えてくれない。
徐々に相手の攻撃のスピードが上がる。
このままでは、確実にやられる!!
亜貴の本能がそう警告し、亜貴は一旦考えるのをやめた。
そして相手へと、とりあえず積極的に攻撃を仕掛けてみる事にした。
『弁慶の泣き所』のように、相手に弱点が存在してほしいと、願いつつ。
相手の攻撃のわずかな隙を見つけ、瞬時に、相手に負けないスピードで、連続攻撃を相手に浴びせる亜貴。
おそらく相手は、この内の数発は絶対に避けないだろう。
ならば攻撃を防ぐ、もしくはかわした身体の部位が弱点だ。
激痛に耐えながらの連続攻撃で、さらに体力が消耗する覚悟で攻撃を続け……ふと疑問に思った。
……………なんでだ? なんで相手は……全ての攻撃をかわす、もしくは防ぐんだ?
そう。相手が初めて防御の構えをとったのだ。
そして同時に、亜貴はようやく相手に自分の攻撃が効かなかったカラクリを見破った。
そうか……なるほどな。というか、相手はハヤト君の部下のお仲間だから、当たり前か。
ようやく、希望が見えてきた。
自分が見破ったカラクリが真実であれば、勝てる可能性はある。
「ナメんじゃ……ねぇ!!」
相手が再び、亜貴に対して連続攻撃を仕掛けてくる。
しかし亜貴は、自分でも驚くほど冷静を保っていた。
ここが正念場だから、絶対に失敗するワケにはいかないと、体が察してでもいるのか?
いや……今はそんな事は、どうでもいい。〝この一撃〟に、俺の全てをこめる!!!!