体育館前にて
午後20時42分
星川町公民館と体育館を繋ぐ外通路
それはついに始まった。
始まって……しまった。
予想はしていた。
こんな事態になったら、こうなるって。
でも……実際に起こってみると、やっぱり悲しかった。
親友同士が戦い合うという、この展開は。
かなえの目の前で、ハヤトがギンへと、手に持った2つの日本刀の刃を振り下ろす。
ギンはすぐさま、長槍型アトラスツール『八千夜』の柄で、2つの刃を受け止めた。
すると同時に、どこか遠くの方から、耳をつんざく爆発音が響いた。
それは聞く者によっては、開戦の合図のようにも思えただろう。
事実、かなえがそうだった。
「!!!!?」
慌てて耳を塞ぐかなえ。しかし爆音はそれでも防ぎきれず、鼓膜と脳が揺さぶられ、一瞬意識が飛んだ。
そして再び意識を取り戻したその時、目の前にはもう、ハヤトとギンは居なかった。
「……………あれ? 2人は?」
かなえは立ち上がり、周囲を見回そうとした……とその時、目の前を1人の男が通り過ぎた。
二枚目とは言いがたいがブサイクとも言えない、中途半端な顔立ちの男性だ。
まさかテロリスト!?
瞬時にかなえはそう思ったが、次の瞬間、後方から聞こえてきた声で、そうではない事を知った。
「アイツは俺の元部下だ。大丈夫。ハヤト君のサポートに行かせたんだ」
聞き覚えのある声だ。かなえは驚きつつも、すぐに声がする後方を振り向いた。
――――亜貴が居た。
ハヤトと、そして和夫と共に、この町から突然居なくなってしまった、亜貴が。
「……あ……きさん?」
「そんな事よりも!!」
亜貴はかなえの言葉を遮り、すぐさま本題に入った。
「体育館の中は今どんな状況だ!? 君が居るって事は、ランスとエイミーはこの中に居るのか!?
中にテロリストは何人居る!? 武器は!? というかどうして君だけ外に居るんだ!?」
矢継ぎ早に質問され、かなえは戸惑った。
だがすぐに、亜貴に対する怒りが込み上げてきた。
「……ざけんな」
「ん?」
「フザけんなこのすっとこどっこい!!」
この時かなえは、初めて大人に対して暴言を吐いた。
それだけ、亜貴に対して(はらわたが煮えくり返るくらい)怒っているのだ。
「エイミーちゃんとランス君がどれだけ心配したか分かってるの!!?
そりゃあ亜貴さんにも複雑な事情があるんだって事は、急に居なくなった事からして分かるけど、
それでも行く前に家族同然のエイミーちゃんとランス君に一言言うのがスジってモンじゃないの!!?」
事件の最中にもかかわらず、かなえの言葉は、なぜか大人である亜貴をも圧倒する迫力があった。
しかも正論であるが故、亜貴はなにも言い返せない。
「そ……そうだな。すまん」
亜貴は素直に頭を下げ、かなえに謝った。
するとかなえは右手で自分の頭を押さえながら、
「ああもう! その台詞はエイミーちゃんとランス君に言って!」
「……そうだな。そうするよ」
「はぁ……まったく」
かなえは、まだはらわたが煮えくり返ってはいたが、なんとか冷静になろうと努めながら言う。
「黙って出て行くような亜貴さんを選んで、
エイミーちゃんとランス君は本当にこれから大丈夫かしら?
かなえお姉ちゃんはちょっと心配よ」
「えっ? 選ぶ?」
「あっ!」
かなえは慌てて口をつぐんだ。
「いったい、ランスとエイミーがなにを選ぶっt――――」
「そ……そんなの!! 2人から直接聞きなさい!!」
かなえは慌てて亜貴の言葉を遮った。
そして話題を変えようと、先程から気になっている事を尋ねた。
「ところで亜貴さん、その女の人誰ですか?」
かなえの視線の先には、なんとギンに八千夜を渡した小柄な女性テロリストを気絶させ、
どこかへと引きずっている途中なのか、気絶させた小柄な女性テロリストを
抱えながらこちらをボーっと見つめている麻耶が居た。
「ああ。俺の元部下の麻耶だ。星川町を奪還するために、協力してくれる事になった。
麻耶。こちらはこの町の住人の1人で、俺と俺の〝この町での家族〟の恩人の、天宮かなえさんだ」
とその時、麻耶はやっと正気に戻り、
「!? あ……その……今井麻耶です。よ……よろしく」
なぜか赤面しながら、星川町公民館と体育館を繋ぐ外通路の近くの、
星川町公民館の陰へと小柄な女性テロリストを引きずって行った。
ちなみに言わずもがな、外は完全に暗闇に包まれているので、
建物の陰などに隠れられたら、なにをしているのか、もう分からない。
「あ……あの……亜貴さん」
かなえはその様子を見ながら、疑問を口にした。
「麻耶さん……建物の陰でなにを? っていうかさっきから部下って……亜貴さん何者??」
すると亜貴は、体育館の入り口を見つめながら、ポツリと呟いた。
「……そういえば皆に話していなかったな。俺が前、どんな仕事をしていたのか」
そして亜貴はかなえに、麻耶が戻るまで、簡単に自分の事を説明した。
……いいな。私も亜貴先輩に、あれくらいいろんな事を言えればな。
星川町公民館の陰に隠れ、小柄な女性テロリストから着ている服を拝借し、
ソレに着替えている麻耶は、先程の亜貴とかなえのやりとりを見て、思う。
それが……この町の本来の日常……なのかな? だとしたら……羨ましいな。
私が都会で過ごした日常とは違って、なんだか町の人も……家族みたい。
服を拝借した後、小柄な女性テロリストが風邪をひかないよう、
代わりに自分の服を着せ、小柄な女性テロリストの
両手を、星川町に入る前に用意したロープで後ろ手に縛る。
亜貴先輩もあのクソ女と、そんな日常を過ごしていたのかな?
ふと、そんな事を麻耶は一瞬思ってしまう。
だがすぐに麻耶はそのイメージを頭から叩き出した。
麻耶にとってそれは想像したくない事であり、そのクソ女こと多貴子と、
亜貴と多貴子の娘達が死んだ後でそんな事を思うのは、不謹慎だと思ったのだ。
そしてすぐに別の事を、麻耶は思う。
……………確か、ハヤト君……って名前だったよね? あと和夫さん。
あの2人が言うには、この町は本来、選ばれたモノしか入ってはいけない特殊な町……なんだよね。
という事は、2人に許可された私と秀平は……亜貴先輩と、
亜貴先輩が保護している子供達が居るこの町で……暮らす事になるのかな? だったら――――
小柄な女性テロリストの武器であるナイフとライフルを持ち、
そのまま自分の服を着せた小柄な女性テロリストを抱え、不謹慎だと分かってはいたものの、
――――事件が終わったら、私も亜貴先輩の家族に……なれるのかな?
そう思わずには、いられなかった。
亜貴の部下として
仲間として
亜貴をお慕いしている者として
「お待たせしました」
小柄な女性テロリストの着ていた服を着た麻耶が、
自分の服を着せた小柄な女性テロリストを引きずりながら、亜貴とかなえの前に現れた。
それを見てかなえは、一瞬なにをするつもりなのだと驚いたが、
すぐに、2人が今からなにをしようとしているのか、理解した。
「ま……まさか麻耶さん、その格好のまま私を連れて体育館に入るんですか?」
「ええ、そうよ」
麻耶はあっさりとした返事をした。
そして亜貴は、かなえに補足の説明をした。
「ああ。本当はちゃんとした装備で、ちゃんと決まった手順通りに事を進めたいけど、
先程説明したように、俺達の準備は不完全だ。今の状況ではこの作戦で行くしかない。
それに、偶然にもこの事件の首謀者の1番近くに居て、
しかも出口から顔を出したテロリストの服を着られるのは、麻耶しか居ないからな」
「で……でももし失敗したら……」
「大丈夫よ。私を信じて」
不安げなかなえに、麻耶はニコリと笑って言った。