奪還作戦開始
午後20時38分
星川町上空 宇宙船内
「秀平、あとでハヤト君にこっそり付いてってくれないか?」
ボソリと、ハヤトには聞こえないように、亜貴は自分の部下である秀平にそう頼んだ。
「……了解しました。ですが、なぜ?」
秀平はハヤトの表情をよく見ていないのだ。なぜそうすべきなのか、分からないのもムリもない。
亜貴はハヤトが見ている方向に視線を向けながら、秀平に言った。
「ハヤト君は、おそらく俺達が心配するまでもなく、銀一君と戦う覚悟はできている」
「……そのようですね」
「だけど、銀一君を倒す覚悟は、できていない」
「えっ!? いったいどういう事でs……ムグッ!?」
思わず声を大きくした瞬間、突然亜貴の右手によってその口は塞がれた。
と同時に、亜貴は秀平に、『まぁ聞け』と声を潜めながら言うと、1度深呼吸してから答えた。
「若さ故の甘さってヤツだ」
……ああ。なるほど。
秀平はすぐに、亜貴が言いたい事を理解した。
つまり
例えどんなに大人びていたとしても
ハヤトがまだ14歳の少年だという事に変わりはない
という事を
「ハヤト君は俺達よりも人生経験が少ない。例えどんなつらい事を乗り越えていたとしても、
そのほとんどは、おそらく星川町を守る為の戦闘や、ソレに準ずる経験値。
故に今回のような〝敵が親友〟だという、絶対に認めたくない状況では……
数年の間に得た戦闘などの経験を生かしきれないだろう」
現に1度、ハヤトは親友とまではいかなかったが、それなりに親しかった
ジェイドが暴走した事件で、1度ジェイドに負けている。
そしてその負けた原因というのは、敵が自分の知り合いだという、
今まで経験した事も無い上、認めたくない状況下が生み出した、動揺だった。
「じゃ……じゃあ、早くその動揺を止めないと――――」
「ムダだ」
亜貴が手を離すのと同時、ハヤトの正面に回ろうとした秀平を、亜貴はそう言って制した。
「なんでですか? 銀一君っていう今回の事件の首謀者を
倒せるかもしれないのは、もうハヤト君だけなんでしょう?」
「思春期というのは、そういうモンだ」
溜め息を吐きながら、亜貴は言った。
「思春期っていうのは、人生の中で1番心と体が揺れ、変化する時期だ。
そして『大人になりたい』『認めて欲しい』そんな想いが時に空回りし、
人としての道を踏み外してしまいやすい時期でもある。俺達も通った道だから、分かるだろ?
こういう異常な状況下での思春期の少年少女には、むやみに大人が言葉をかけてはいけない事を。
じゃないと心を逆撫でし、戦いに集中できない可能性が出てくる。もしもそれが正論であってもだ。
こういうのはな、自分で自分と、徐々に折り合いをつけていかなければならないんだ」
「でも、もしそれでハヤト君が……」
「そのためのお前だ」
亜貴は左手で、秀平の肩をポンと軽く叩いた。
「もしもの時は、お前がどんな手を使ってでも、ハヤト君を助けろ。というか、お前しかいない」
「あ……亜貴先輩……」
次の瞬間、秀平は心の中が少し暖かくなった。
自分は期待されている。そう思い、感動したのd――――
「お前は対人戦闘スキルこそ無いが、戦闘のサポートのスキルはあるからな。
公民館の体育館の奪還は俺と麻耶がやる。だからお前はハヤト君のサポートを頼む」
「……………了解しました」
――――まぁ、そうだよな。以前もそうだったし。
心の中で秀平は、そう思い直した。
とその時だった。突然宇宙船が空中で停止し、徐々に降下を始めた。
目的地である、星川町公民館の上空へと辿り着いたのである。
ちなみに和夫は、来る途中に寄った『塔』の近くに下ろした。
宇宙船の窓から『塔』を見たところ、予想通り『塔』の周りには数人のテロリストが居た。
でも和夫は強い。もしなにもなければ今頃は、『塔』に居るテロリストを全滅させているだろう。
午後20時35分
『塔』の外
7人居るテロリストの内、6人のテロリストが、銃口をあるモノに向け、構えた。
『塔』と、ソレを奪還してくれたカルマを護る為にやって来た、和夫だった。
ちなみにテロリストの残りの1人は、『塔』の出入り口に時限爆弾を設置していた。
星川町に侵入する際に持ち込んだ銃の中身が、殺傷能力が低いゴム弾であるためだ。
そのワケは、ギンに『無駄な殺生はするな』と命令されているから。
まぁゴム弾であれど、人に当たればその人の骨が折れる可能性があるが、
頑丈な『塔』にゴム弾などなんの効果も無かったため、
念には念を入れて持ってきた時限爆弾で、『塔』の出入り口を吹き飛ばす事となったのだ。
「させるか!」
せっかくカルマ君が『塔』を取り返したんだ!! また奪わせるものか!!
その思いを胸に、和夫はすぐにテロリスト達の居る場所へと駆ける。
テロリスト達は、まさか和夫が自分達の居る所へと突っ込んでくるとは予想していなかったため、
一瞬慌てたが、すぐに銃の引き金を引いた。
しかし引き金が引かれるのと同時に和夫は、瞬時に身をできるだけ屈め、
そのままテロリスト達の居る地点まで駆け、一気に距離を縮めた。
「「「「「「「!!!!!?」」」」」」」
一気に距離を縮められ、接近戦に変えられ、
テロリスト達は慌てて、武器を銃からナイフへと持ち変えた。
だがその間に、和夫は1人のテロリストの腹に『壁拳』をお見舞いした。
だが相手は、痛そうな顔をしているがまだ意識がある。
普通だったら失神してしまう程の一撃だったのに、だ。
なのに倒れない……という事は……まさか!?
『ディガニウム特殊合成繊維』でできた服を着ているのだと、和夫はすぐに気付いた。
同時にすぐさま、狙いをボディーから顔へと変更。
次々とテロリスト達をなぎ倒していく。
技を繰り出す度に、昔の記憶が頭の中でよみがえる。
和夫はかつて、俗にいう『転勤族』だった。
高校生になるまで、国内のみならず、国外にも何度も何度も引っ越した。
そして、そんな『転勤族』な和夫は、ジョンと出会ってから数年後まで身体が弱かった。
国によっては、急に体調が悪くなる事もあった。
だから中国に引っ越した際に、身体を強くするために、
そして治安が悪い引っ越し先で生き残る為、とある拳法道場で『形意拳』を習い始めた。
そして『形意拳』を習い始めて数日後、和夫はジョンと出会ったのだ。
「……ジョン」
テロリストを全員なぎ倒し、テロリストが持ってきた時限爆弾をドアに貼り付けている
ガムテープを剥がしながら、和夫は小声で呟いた。
ちなみに時限爆弾は、時計仕掛けによる時限信管を装着したタイプだ。
そしてその時限爆弾は、もうカウントを始めている。
残り7秒
和夫は、すぐにガムテープを剥がし終わると、時限爆弾を、遠くへと投げた。
同時に和夫は、思う。
ホントは……ハヤト君に言われる前から、僕は分かっていたんだ。
僕では、銀一君には勝てないって。でもさ、それでも……
残り5秒
残り4秒
君は僕の1番大切な親友だから、僕が仇を討ちたかった。
残り1秒
「だからハヤト君」
残り0秒
時限爆弾が落ちた辺りで、家1つ軽く破壊できるくらいの、強力な爆発が起きた。
耳をつんざく爆発音が響き、慌てて耳を塞ぐ和夫。
同時に、和夫の両目から流れる涙をも吹き飛ばす衝撃波が、放射線状に広がる。
「絶対に、銀一君を倒してくれ」
午後20時42分
星川町公民館前 宇宙船内
「いよいよですよ、亜貴さん、麻耶さん、秀平さん」
ハヤトは、宇宙船のハッチの方を見ながら言った。
ハッチが開けば……そこにギンが居る。
両親が航空機事故で死んで以来、初めてできたダチ。
そしてこの星川町を恐怖のどん底に突き落とした、首謀者が。
心臓の鼓動が高まる。息が荒くなる。うっすらとだが、顔から一筋だけ冷や汗が出た。
けどハヤトはそんな事など気にも留めず、言った。
「行きましょう」
宇宙船のハッチが開く。
ハヤトはすぐに、駆けた。