ジョンの過去
18年前
中国 某山村
短い金色の髪を生やした1人の少年が、人や馬、牛が通る山道の真ん中でうつ伏せで倒れていた。
言っておくが、決して寝ているワケではない。空腹により、立つ力さえ無いためだ。
……………うぅ~~……腹が痛ぇ……まさか路銀が尽きるとはねぇ~~……っていうか、誰か……助けて……。
空腹のあまり腹痛が起こり始め、意識が軽く遠のく中、少年は思った。
しかし道行く人や、動物でさえも、そんな少年を無視して通り過ぎた。
……………まったく。普通に寝ているとでも思っているのかね~~……
いや、そうだと思いたい……っていうかいい加減誰か助けろや!!
空腹のあまり理性さえもぶっ飛び、少年は顔に青筋を浮かべながら思った。
それが、自分の空腹にトドメをさしてしまうと知らずに。
……あ……ヤバ……意識が……………。
少年は餓死を覚悟した。同時に、今までの人生が少年の頭の中でフラッシュバックを始めt――――
「おい兄ちゃん、大丈夫か?」
――――突然(うつ伏せである少年からして)頭の後ろから、誰かに声をかけられた。
!!? おおっ!! 【地獄にほt……いや、俺の居た国の場合は【地獄に神】とはまさにこの事だ!!
自分が生まれ育った国がアメリカである故か、少年はパアッと目を輝かせながらそう思い直し、
顔だけを、今ある全ての力を振り絞って動かし、声のした方を向いた。
中国における一般的な普段着に身を包み、短い黒髪を生やした、自分より何歳か年下の少年がそこに居た。
「えっ!? 外国の人!? マジかよ髪を染めた日本人だと思ったのに!?」
金髪の少年と目が合った瞬間、黒髪の少年は金髪の少年の目が碧いのを見て、
金髪の少年が外国人である事を知り、日本語で金髪の少年に話しかけた事を後悔した。
黒髪の少年は、日本語と中国語以外喋れなかったのだ。
だが金髪の少年は、そんな黒髪の少年に、最後の力を振り絞って言った。
「……………な……んでやねん……」
「……いやこっちがなんでやねんだよ!!? なんで関西弁!!? っていうか日本語喋れるのかよ!!」
黒髪の少年は、まくし立てるように金髪の少年にツッコミを入れた。
すると同時に金髪の少年は、黒髪の少年にただニコリと微笑み――――そのまま気絶した。
「え……ええっ!!? ちょ……兄ちゃんどうした!!? おい!!?」
必死に金髪の少年に呼びかける黒髪の少年。だがその声は、金髪の少年には届かなかった。
数時間後
「……どこだここ?」
金髪の少年は、知らない部屋に敷かれた布団の上で目を覚ました。
その部屋には6畳の畳が敷かれ、少年の前後左右に出入り口である襖が設置されていた。
日本の和室に似ているが、なにかが違う……そんな印象を受ける、和室っぽい部屋だ。
「……あれ? そういや俺どうして寝てんだ? 確か空腹で倒れて日本語を話せる子供に会って――――」
「――――その直後に空腹で気絶した兄ちゃんを、僕の家まで運んだんだよ。感謝しろよ?」
突然何者かの声が、前方の襖の向こうから聞こえたため、金髪の少年は前方を見た。
同時に、襖が勢いよく開け放たれ――――金髪の少年はキョトンとした。
なんと襖の向こうには、金髪の少年に唯一声をかけてくれた黒髪の少年が居たのだ。
よく見ると、黒髪の少年の手には中華料理が盛り付けられた皿が乗っている。
「とにかく食え、兄ちゃん。さっき腹が減って倒れてたんだろ?」
そう言いながら、黒髪の少年が金髪の少年に地元の料理を手渡すと、
金髪の少年はその中華料理を、ガツガツと勢いよくほおばった。
「そういえば兄ちゃん、どうして道の真ん中で倒れてたんだ?
っていうかなんでこの国に1人で? 観行とかじゃないよね?」
金髪の少年が食べてる最中、黒髪の少年はどうしても金髪の少年の素性が気になり、一応質問をしてみた。
すると金髪の少年は、黒髪の少年から渡された料理を口の中で噛みながら答えた。
「ほりゃあへんほーははいにひたひひはっへんふぁりょ?(そりゃあ拳法習いに来たに決まってるだろ?)」
「はぁ……拳法習いに……」
なんとか言葉を解読した黒髪の少年は、正直金髪の少年に対し、
口の中のモノを飲み込んでから答えて欲しかったな、と思ったが、
金髪の少年がそれだけ空腹だったんだな、とすぐに思い直し、そのまま質問を続けた。
「なんでわざわざ中国拳法を?」
別に、質問事態に意味は無かった。ただ、素朴な疑問を聞いた。
ただ、それだけだった。だがそんな質問に、金髪の少年は真顔でサラリと答えた。
「中国拳法には『キコー』とかいう……俺が住んでた国じゃ『オーラ』とかって呼ばれる、
『人の生命エネルギー』を操る術があるらしいからな。ソレを教わりに来た」
「……………おいおい。教わるのはいいけど……厳しいぞ、いろいろ?」
「ん? なんで君がそれを知ってるんだ?」
金髪の少年はキョトンとしながら、黒髪の少年に尋ねた。
すると黒髪の少年は、なぜか自分の〝着ている服〟を指差した。
金髪の少年は、なんの事かと訝しげながら、とりあえず少年の服へと視線を落とした。
少年は、最初に見た時とは全く違う服装だ。
一言で言うならそれは、『道着』だった。
「……君、もしかして武術家?」
金髪の少年が、目を丸くしながら黒髪の少年に尋ねた。
「まさか」
黒髪の少年は肩を竦めながら言った。
「僕はただの生徒だよ。ちなみになんで習ってるかというと、
家の都合で引っ越してきたこの村の治安がちょっと悪いから。
護身術として中国拳法を習っておいても損は無いからね」
「……そんなに悪いのか、ここ?」
金髪の少年は、キョトンとしながら尋ねた。
「まぁね。もし僕が兄ちゃんを助けなかったら、倒れてる時に服を剥ぎ取られちゃうよ」
「おいおいマジかよ」
金髪の少年は、少し青ざめながら呟いた。
同時に金髪の少年は、心の中で黒髪の少年に感謝する。
「あっ……そういえば兄ちゃんの名前を聞いてなかった」
黒髪の少年は、まるで話題を変えるかのように、急にそんな些細な事を思い出した。
人によってはどうでもいいと一蹴されるような事であえるが、黒髪の少年の場合は違う。
彼はほんの些細な事でも、凄く気になってしまうタチなのだ。
「いつまでも兄ちゃんじゃなんだし、名前教えてよ。ちなみに僕は黒井和夫」
「えっ? 俺? ジョン=バベリック=シルフィール……だけど?」
「そっか。じゃあジョン、とりあえず俺の師匠の所にでも挨拶に行こうか」
「えっ!? 紹介してくれるのかカズオ!?」
ジョンの顔がパァッと笑顔になる。思っても見なかった幸運に巡りあえた為だ。
だがそんなジョンとは対照的に、
「まぁな」
和夫は素っ気無くそう返事をした。
家無き子なジョンを泊めてやれる程自分の家は裕福じゃないし、勝手に泊めたら両親に怒られるだろうしな。
などと、心の奥底で思いながら。
これが、星川町町長であるジョンと、その部下である和夫の出会いだった。
そしてこの数年後。2人は〝ある団体〟と出会い、今の役職を手に入れる事になるのだが、
それはまた、別の話である。
現在
「――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!?」
意識を刈り取る、必殺の一撃。
それを受け、ジョンは言葉にならない叫び声を上げた。
同時に異能力『迷彩』が解け、ジョンの全身を視認できるようになった。
ジョンの腹から、背中から、大量の血が噴き出す。返り血が、ギンの体にかかる。
しかしギンは、それを全く気にせず、ジョンに言った。
「すまへんな町長。でも国連の連中にワイらの要求を飲ませるには、
地球人であり、異星人でもあるアンタを殺すしか、方法が無いんや」
「……………ぉ……まぇ……いっ……たぃ……なにを……?」
意識を刈り取られ、徐々に死へと近付くジョンが、途切れ途切れで、
しかも小さすぎてほとんど聞こえない声で、ギンに尋ねる。
するとギンは、淡々とした口調で、告げた。
「 」
次の瞬間。吐き気と失血のせいで青白くなってきたジョンの顔が、さらに青くなった。
「……………しょ……ぅき……なの……か?」
その内容は、あまりにも無謀な賭けに思える計画だった。
ヘタをすれば、全宇宙規模の大戦争――――かつて大昔に起こった
『星間大戦』が、再び勃発するかもしれない。
「ワイは、いたって正気や」
しかしギンは、涼しい顔をしてジョンに言い放つ。
「もう、みんなが幸せになるには……これしか道が無いんや。
全てのモノを元の鞘に納めるしか……方法が無いんや!!」
ギンが、八千夜をジョンの体から引き抜いた。
ジョンの体から、さらに大量の鮮血が噴き出す。
ジョンの体が、力無く、その場にうつ伏せで倒れ込む。
ギンはそれを、肩で息をしながら見つめた。
初めて……人を殺した。相手は……この町で1番重要な人物。
返り血にまみれた自分の体。そしてその手の中に残る、肉を貫いた感触。
それらが、その事実を、心の底から強く実感させた。
しかしギンは、動揺などしなかった。
仕方がない事だ。こうしなければさらに自分のような人が増える。
そう、強く自分に言い聞かせているから。
とその時だった。
「……………ほ……か……に……」
うつ伏せ状態のジョンが、言葉を発した。
まだ……まだジョンは死んではいなかったのだ。
しかしあくまで、今の時点では……だ。
「……………み……ちは……無いのか……い?」
口から血と共に、胃の中のモノが出そうになりながらも、
ジョンは――――最期の力を振り絞り、ギンに尋ねた。
「……き……みは……それで……いいのk…………………………」
しかし、途中でジョンは――――息絶えた。
その体が、ピクリとも動かなくなる。
ギンはその場で、十数秒間黙祷した。
…………………………無いに……決まっとるやろ?
最中、心の奥底から、そう思いながら。
今までいろんな事をやった。でも全部ダメやった。だから……するんや。
悔しさ 哀しさ 無力感
己が中に生まれた、それら全ての想いが凝縮された〝涙〟が、込み上げてきた。