暗雲は渦巻く
午後20時17分
『塔』 2階
な……なんで!? なんでこんなチンケな町に〝本物〟が居るの!!?
『塔』の壁の片隅で、体育座りで、頭を両手で抱えガタガタと震えながら、
かつて今居る『塔』を乗っ取っていた少女は思った。
その視線の先には――――少女が『塔』を乗っ取る為に利用した小型ノートパソコン。
そしてその液晶画面には、『GAME AND SETだ。偽モン野郎』という文字が。
あぁ……あぁどうしよう!!? このままじゃ……このままじゃ本物が『塔』の中に入ってくる!!
このままじゃ……このままじゃいけない……本物がどんなヤツかは知らないけど……たぶん私と同類!!
捕まったら……捕まったら■■や……もしかすると■■されるかもしれない!!
【Searcher】を騙っていた少女は、本物の【Searcher】が自分に
するんじゃないかと思っている卑猥な事を想像しながら必死に考えた。今の自分の状況を変える方法を。
同時刻
『塔』の外
「さて、と。じゃあさっそく偽者の顔を拝むとしますかね?」
そう言うと、本物の【Searcher】であるカルマは、
『塔』のそばに小型ノートパソコンを置き、『塔』のドアを開けようとして……ふと手を止めた。
「……おいおい。テロリスト達の言う通り、ホントに雨が降りそうだなこりゃあ」
カルマは空を見上げながら、眉をひそめた。
いつの間にか、都会では見れない程のたくさんの星が見えた夜天が、
闇よりも黒く、もしかすると嵐に変貌するかもしれない厚い雲に支配されていた。
まるでこの夜天が、星川町や他の『異星人共存エリア』の
未来を表しているかのような……そんな妙な錯覚を、カルマはふと覚えたが、
「アホらし。未来はまだ決まっていないんだ。っつーか早く入らないと雨降ってパソコン濡れるかも!?」
すぐに気持ちを切り替え、『塔』のドアを開け、中に入った。
言っていなかったが、『塔』の中は常に明るい。壁全体が、適度な明るさを出す照明なのだ。
「さてと。鬼が出るか蛇が出るか……いや、そこまで怖い相手じゃないな」
『ミコガミ』が送ってくれた情報によると……相手は女で、身長は154.4cm。
たぶん俺とタメかそれ以下……一応どんな反撃が来るか分からないから、準備しとこう。
そう思い、どこからか取り出したスタンガンを右手に、
小型ノートパソコンを左手に持ち、カルマは『塔』の2階へと続くハシゴを上ろうとして――――
――――〝ウサギのイラスト〟を見た。
午後20時19分
星川町出入り抜け道付近 ワゴン車外
『は……ハヤト……一応「塔」のシステムを取り返したぞ』
ハヤトの携帯電話に、なぜかカルマは声を荒げながら連絡をした。
「お、おいカルマ? いったいなにが――――」
いったい何事かと思い、ハヤトはカルマになにがあったのかを尋ねようとした。
だがその前に、カルマは怒りを爆発させて、
『あの偽モン娘!! 俺の顔にドロップキックしてそのまま逃げやがった!!』
「!!? おい!!? いったいどういう事だ!!? もしかしてハッカーの事を言ってるのか!!?」
『ああそうだ!! あの小娘……俺の顔踏んづけてメガネ壊しやがった!!
ハヤト!! とりあえず電磁バリアを解除する!!
そんで町を移動してる時に、身長154.4cmで、
ウサギパンツをはいた小娘を見つけたらすぐに知らせてくれ!!
あの小娘!! 今度会ったら、俺とこの町で会った事を死ぬ程後悔させてやる!!』
「……あ~~……よく分かんないけどさぁ……そんな手掛かりは、確認しかねるぞ」
同時刻
星川町公民館 体育館前 広場
ぐぅ!? な……なんだ!?
ギンとの戦闘の最中、ジョンは突然吐き気を覚えた。
胃から食道、食道から喉へと、胃の中にあったモノ全てが上がってくる。
すぐにジョンは、吐きそうになるモノ全てを、苦い顔をしながら飲み込んだ。
その間、ジョンは必死に考える。なぜ急に自分は吐き気を覚えたのかを。
しかし、ちゃんとした結論を導き出す前に、ギンが笑いながらジョンに言った。
「町長、顔が見え見えやで?」
「!!!?」
未だにわずかに感じている眠気や、突然覚えた謎の吐き気をムリヤリ我慢している事で、
異能力『迷彩』を発動し続けるための集中力が途切れ、ジョンの顔は丸見えになっていた。
「……やっと、この町に散布したウィルスが効いてきたみたいやな、町長」
ジョンの顔色を伺いながら、ギンは淡々と話しかける。
「まったく、睡眠薬が効かないどころかウィルスの効果が出るのが遅いって……アンタ何者?
いや……もしかして、アンタやかなえちゃんのような人種にはこういうの効きづらいんか?」
「いや、俺の場合は少し違う。俺はこの町の町長になる前、生きるために……
いろんな訓練などをしたから、睡眠薬の類は効きにくいんだよ」
「ふぅん。まぁええわ」
ジョンの言葉に対し、ギンはつまらなそうに返答をした。
そしてすぐに、自身の武器『八千夜』の切っ先をジョンの方へと再び向け、構えた。
「アンタがどんな訓練を経験してようが、どんな体質を持っていようが、
アンタが地球人と異星人のハーフである事は変わらないんやからな。
アンタが異能力者である事がその証拠。
異能力っちゅーのは、ちゃんとステップを踏んで進化した人類以外にも、
異星人との間に生まれた子供の内11%が、なぜか使う事ができるらしいからなぁ」
ギンは、得意げな顔でジョンを見つめながら言った。
「と言っても、今現在ちゃんと進化のステップを踏んで異能力者になった種族は存在せぇへんから、
ちゃんと進化のステップを踏んだところで、人が異能力を使えるようになるかどうかは不明やけど。
まぁとにかく、この町に散布したウィルスは、地球人ではないモンの遺伝子を攻撃する。
アンタがもし、ちゃんと進化のステップを踏んだ地球人やったら、ワイに勝てたかもしれへんな」
そしてギンは、ジョンに向かって駆け出した。ハヤトに勝るとも劣らない、超スピードで。
そして八千夜の切っ先が、ジョンの左の横っ腹を突き刺そうとした――――その瞬間、
フッ
ジョンの姿が、突然霧のように掻き消えた。
同時に八千夜が、なにもない空間を突き抜ける。
「!!!?」
目を見開き、周りを見渡すギン。そしてそんなギンに、ジョンは言い放つ。
「俺をナメるな、ギン」
直後、ギンの左の横っ腹に衝撃が走った。
「が……は……!?」
激痛のあまり顔を歪ませ、衝撃により宙に浮き、数m右方へと吹っ飛ばされる。
いったいなにが起こったのか……いや、考えるまでも無い。
完全透過したジョンが、ギンの左の横っ腹に一撃をくらわせたのだ。
しかしギンは、苦痛に顔を歪ませているものの、スックとすぐに立ち上がる。
「なに!?」
完全透過したまま目を見開くジョン。しかしギンは、そんなジョンに、
「町長……そういやアンタ、和夫はんと同じく中国武術の1派である『形意拳』を使えるんやったな。
ちなみにコレは……『崩拳』? まぁんな事はどうでもええ。
一応聞いとくけどなぁ町長。忘れてへんか? ワイは【星川町揉め事相談所】の副所長やで?」
「!!? なるほど……そのワイシャツ……『ディガニウム特殊合成繊維』か……でも次は無いぞ!!」
ハヤトとギンが所属しているとある〝団体〟が、普段着として採用した、
『ディガニウム特殊合成繊維』でできた特殊な衣服は、
1度しか、装着者が受ける衝撃を、硬質化する事で和らげる事はできない。
ジョンがまた攻撃を加えれば、ギンは確実にジョンにやられる。
しかし、そんな絶望的な状況であるにもかかわらず、なぜかギンの顔には、
焦りや、いったいジョンがどこから攻撃してくるか分からない事からくる恐怖が、一切感じられない。
それどころか、余裕の笑みまで浮かべている。
「1回防げれば、もう十分や」
「そんなハッタリ!!」
完全透過したジョンが、再度、ギンへと突っ込んでいく。
そしてギンの左方へと回り込み、今度は『壁拳』をくらわせようとした……のだが、
「だから……言ったやろ?」
「な……なにっ!!?」
目の前で起きたありえない現実を前に、ジョンは目を見開き、驚愕した。
なんとギンが、完全透過状態のジョンの右手を受け止めていたのだ。
「チッ!」
いったいどういうワケなのかは分からない。だけど……とりあえずいったん後ろにさがらねば!
ギンから距離をとるため、慌てて後方へと跳ぼうとするジョン。
しかしそれを、ギンは許さない。すぐにジョンの右手をギュッと掴み、
なおかつ左足で、前に出ているジョンの右足があるであろう空間を踏んづけ、ジョンを動けなくした。
ヤバイと思い、町長はすぐにギンに一撃を入れようと左拳を構える。だがその直後、
……………な……ん……だと?
先程から感じていた謎の吐き気が、急に酷くなった。
おかげでジョンの動きが鈍り、左拳による一撃が、ギンの次の一手より遅れる。
「だから……言ったやろ?」
ギンが再度、ジョンに言った。
「1回防げれば……十分やって。そしてこうも言った。
ワイがアメリカでなにもしてへんと思うたら、大間違いやで……ってな」
次の瞬間。ジョンの腹を――――八千夜の刀身が貫いた。