Episode008 異能力『感知』
(コイツ、なんでバスタ-ウォルフの位置が正確に分かったんだ……!?)
かなえと共に道路を転がりながら、ハヤトは改めて驚愕した。
自分でさえも気付かなかったバスターウォルフの気配を、かなえだけが気付いていたのだから、無理もない。
次の瞬間、バスターウォルフの頭は、先ほど自分達が立っていたアスファルト製の道路に真っ直ぐに突っ込んだ。バスターウォルフが激突した道路は、驚いた事にバゴッという音と共に大きくヘコみ、ヒビが入った。それだけ突進力が強いのか。
一方、道路を転がり攻撃を避けたせいで平衡感覚が一時的に失われるも、ハヤトは頭を振る事で強引に平衡感覚を取り戻し、すぐさま立ち上がった。油断をすればやられるのはこちらだ。少しでも時間を無駄にはできない。
平衡感覚を取り戻すと、ハヤトはすぐにかなえを助け起こした。
彼女も平衡感覚を失っていたが、ハヤトと同じく頭を振ってなんとか取り戻す。
途端に彼女は、再び恐怖を覚えるが、バスターウォルフが現れてから今この瞬間まで何も起こっていない事に遅れて気付き……かなえはハヤトと、同時にバスターウォルフの様子を見た。
バスターウォルフは、ピクリとも動かない。
もしかして、激突したせいで気絶しているのだろうか。
「……た、助かった」
その事を、ひとまず危機が去った事を確認した途端。
かなえは安堵し、緊張が抜けたせいか……思わずその場に座り込んだ。
だが、その時間は長くは続かなかった。
すぐさまハヤトが、座り込んだばかりの彼女へと、真剣な表情で訊ねたのだ。
「お前、何者だ?」
「えっ?」
すっかり疲れているのか。
虚ろな目で、かなえはハヤトを見る。
しかしハヤトは、そんな事など気にせず再度質問した。
「お前、何者だ?」
「な……何者って……?」
何も知らない第三者からしたら、意味の分かる質問かもしれない。誰だって自分にはできない事ができる者と出会ったら、同じような疑問を抱くのだから。だが、その普通の人にはできない事を普通にしている、当事者であるかなえには、何の事だか全く分からない。
2度も同じ質問をして、ようやくハヤトはその事に気付いたのか、数秒だけ逡巡すると……質問を変えた。
「もしかして、お前……〝異能力者〟か?」
「えっ? 異能……って、アンタやっぱり異能力に詳しいの!?」
確信は、無かった。
だがこうもSFな展開が続いているのだから、もしかするとハヤトは、ついでに異能力に関する知識も持っている可能性もあるのでは、とは思っていた。
そして本当に彼が、異能力の知識まで持っていたものだから、かなえは己の異能力の存在を確信し、今まで悩んでいた自分自身に叱咤したい気持ちになった。
だが、そんな後悔も束の間。
バスターウォルフが、再び動き出した。
「「!!!?」」
先ほどまでのかなえ達と同じように、経緯は違えど平衡感覚を失ったのか、頭を振りながら、突っ込んだアスファルト道路から頭を出す。
それを見た2人は、同時に目を丸くして驚いた。
頭が地面に激突したのに、こんなに早く動けるだなんて……バスターウォルフはどれだけタフネスなんだ、と。
数度頭を振った事で、ようやく平衡感覚を取り戻したのか、バスターウォルフは2人に向かって跳び掛かろうと、殺意の眼差しを向けつつ、助走のポーズを取る。
すかさずハヤトは日本刀を抜刀し、バスターウォルフに切っ先を向けた。すると何を思ったのか、バスターウォルフはビタッと、まるで犬が『待て』を命じられたかの如く、助走のポーズのまま動きを止めた。
本能で、ハヤトが持っている武器が危険な物である事を察したのだろうか。
理由がなんにせよ、とにかくこれでバスターウォルフは動けなくなった。
だがそれは同時に、ハヤトも動けなくなる事でもあった。
戦闘でよくある(?)先に動いた方が負ける、というパターンである。
だがそんな中でも多少は余裕があるのか、ハヤトは小声でかなえに告げる。
「バスターウォルフは狩りの達人中の達人……いや、達獣と言った方がいいか? とにかく、さっき見た異星獣のデータファイルにはそう書いてあった」
ハヤトの解説に、かなえは目を丸くした。
「けどまさか、俺が気付かないほど気配を消せるとは思ってもいなかった。お前がバスターウォルフの存在に気付かなければ、俺達は確実にバスターウォルフに食い殺されていた」
静かに深呼吸を挟み、ハヤトはさらに話を続けた。
「だがここで疑問が1つ。俺でさえ気付けなかったバスターウォルフの存在を……なんでお前は気付く事ができたんだ?」
「そ……それは……」
かなえは一瞬、本当にハヤトに異能力の事を話すべきかどうか迷った。
なぜならば、話してしまえば、星川町に来てから今までのように、普通の人間として、そしてクラスメイトとして、見てくれなくなるのではと思ったのだ。
まだ星川町に来てからあまり経ってはいないが、それでも、これまで培ってきた関係性を変えたくはない。特別な関係性ではなくとも、絶対に。そう思ったのだ。
けれど、このままでは何も変わらない。
いや、もしかすると、異星人を感知する事で覚える頭痛も、これからさらに酷くなる可能性もあるのではないか。そしてそれに対処するため、異能力に関する知識を得るためには……話した方がいいのではないか。そう思い直し、かなえはハヤトに正直に話す事にした。
――この町に引っ越した時から、町中から異星人の気配を感じている事を。
「……なるほど。『感知』か」
「せんす?」
かなえは真っ先に、暑い時などに扇ぐ『扇子』を想像した。
「ああ。お前の異能力は、宇宙全土でそう呼ばれて……なっ!?」
だがその事に気付かないハヤトは、そのまま解説をしようとして……気付いた。
「もうお喋りはできないようだ」
「えっ? なんで?」
途中で会話を終わらせたハヤトに疑問を覚えたかなえは、いったい何が起こったのかと周りをキョロキョロと見渡し……そして知った。
もう、日没である事を。
全ての電柱に、光が灯る時間である事を。
「ヤバイぞ。ここでバスターウォルフに電柱の電灯を壊されたら……もうバスターウォルフの、目視での確認は不可能だ」
「そ、そんな……」
拮抗状態が崩れ、一気に不利な状況になるやもしれないその状況にかなえは絶望し……そして次の瞬間。
その不安はいきなり的中した。
バスターウォルフが高く跳躍し、電柱の電灯を破壊し始めたのだ。
電灯の光が少なくなり、少しずつ少しずつ、バスターウォルフの姿が、闇へと、溶けるように消えていく。
それを見たハヤトは舌打ちすると、かなえにボソッと呟いた。
「……憎たらしいほど頭良いな、アイツ」
かなえはさらに絶望した。
今夜、自分達は殺されるのだと。
「おい天宮、俺の後ろに立って目を瞑れ。そして集中しろ」
だが、そんな誰もが絶望するであろう状況下で。ハヤトは冷静に、かなえに指示を出す。
「えっ?」
「お前の異能力『感知』を使って……俺の目になってくれ」
徐々に完全な闇へ変わりつつある中、ハヤトは冷静な口調でかなえに頼んだ。
かなえは一瞬、ハヤトがいったい何を考えているのか、恐怖と絶望のあまり一瞬分からなかった。だが己の異能力がいったいどういうモノであるか、ハヤトのその冷静な、余裕を感じさせる声のおかげで思い出し、同時に彼が、どのような方法でこのピンチを打開しようとしているのかを理解した。
「……分かった。やってみる」
覚悟を決め、かなえは恐怖を乗り越え、ハヤトを信じ……目を瞑る。
いつの間にか闇の中へと消えていたバスターウォルフの姿を、捉えるために。
そして同時に、彼女は思った。
(私のこの異能力が、初めて役に立つ。地球に住む生き物かどうかが分かるだけで
……他には何の役にも立たないどころか、時々頭を痛くする嫌な異能力が、やっと
……誰かの役に立つ!!)
己の異能力の、己の一部と言うべき能力の存在価値を見いだし、かなえは嬉しい気持ちになった。しかし今は、危険生物に殺されるかどうかの瀬戸際。すぐに全神経を集中した。
だが、
「うっ!?」
バスターウォルフの強い気配に当てられ、彼女の頭に激痛が走る。
途端に、バスターウォルフの気配を感知できる状態ではなくなった。
「どうした!?」
「バ……バスターウォルフの気配が強過ぎて……感知、できない……」
頭を両手で押さえながら、かなえは小さい声でハヤトに告げる。
だがハヤトには、いったい何が起きているのか分からなかった。
なぜならば……彼の知る『感知』には『頭痛』などという副作用は存在しないのだから。
しかし頭痛が起きるのであれば、どうにかしなければいけない。
どうしたらかなえの頭痛を取り除けるか、ハヤトは考え込んだ。そしてすぐに、ある事を思い出し、かなえに言う。
「今から俺のする呼吸をマネしろ。いいな?」
かなえの返答を待たずに、ハヤトはある特殊な呼吸を、数回繰り返した。
かなえはその呼吸を、ハヤトと同じ数だけ繰り返す。すると、自然と気分が落ち着き、頭痛が治まった。
バスターウォルフの気配も、ハッキリと感じ取れるようになった。
一方で、バスターウォルフは思う。
電灯さえ壊せば、絶対に自分の姿は確認できないハズだ、と。
だからこそ、少し時間を無駄にするのを承知で、確実に獲物を狩れる状況を生み出すため……ハヤトとかなえの周りの電柱の電灯を破壊した。
かなえが、自分の存在を感知できる異能力を持っている事を知らずに。
そしてバスターウォルフは、跳び掛かる。
己の姿を目視できず、ただ一方的に殺されるだけの獲物――ハヤトとかなえへ。
普通の人間には、絶対に避けきれない速度で。
すると次の瞬間、
「右斜め前!!」
かなえは叫んだ!!
まさか、とバスターウォルフは驚いた。
そして驚いた次の瞬間、ハヤトはバスターウォルフの右側へと、一瞬で移動し、バスターウォルフの左のこめかみに、得物の日本刀の柄を思いっきりぶつけた。
その衝撃は、バスターウォルフの脳を激しく揺さぶった。バスターウォルフは、突然起きた脳震盪によってすぐに平衡感覚を失い……その場に崩れ落ちた。
全て、一瞬の間に起きた出来事だった。
※
その後バスターウォルフは、ハヤトが相談所の電話で手配した異星人達により、故郷である惑星『シャオローン』へと送られる事になった。
かなえは、大きめの檻の中に入れられ、惑星『シャオローン』へと向かう宇宙船に載せられるバスターウォルフを見た。
その目は、虚ろだった。
かなえは、とても悲しくなった。
そして、かなえは改めて……思う。
地球上の危険な動物も、こんな風に捕獲され、無理やり故郷に送られるのかと。
人間は動物の世界に入れるのに、なぜ動物は人間達の世界には入れないのかと。
この世で1番偉いのは人間だと……誰が決めたのだと。