町長の異能力
午後19時52分
星川町公民館 体育館前 広場
かの者は言うた。
『武器に頼っては、自分自身は今以上強くなれない』と。
その言葉の意味を、ギンはやっと理解した。
今、自信の〝計画〟を阻まんとする〝町長〟と戦う事によって。
「『堕天墜星』!!」
ギンが、町長の頭上高くへと跳躍し、自身の武器である
八千夜の先端を町長に向け、町長に連続突きを浴びせる。
目の錯覚で、八千夜が数十本に見えてしまう程の、恐ろしいスピードの連続突きだ。
しかしその恐ろしい程速い突きは、町長の服を掠ったものの、肝心の町長には一撃も当たらない。
町長はその連続突きを、わずかな動きだけでかわしているのだ。
「くそっ!」
ギンがそのまま町長の後方へと降り立った。
するとすかさず、八千夜をしっかりと握り、横に構え、右足を軸として超高速で1回転した。
「『旋空斬』!!」
それは、前後左右斜めに居る敵に対して有効な技。
一瞬で槍を360度1回転させるために、回避は不可能。
だが町長は、とっさに後ろに倒れ込み、ブリッジする事でそれをかわす。
「はっ! なかなかええ動きやん! せやけど町長……
ええ加減〝ソレ〟やめぇや!! めっちゃ怖いっちゅーに!!」
ギンは、もう我慢の限界だった。
別に町長が卑怯なマネをしているワケではない。
むしろ、『読心術』を使えるギンとやっと互角に戦える方法をとっている。
「HAHAHA。これなら君に精神的ダメージを与えられると思ってねぇ~~」
胴体の上の〝町長の頭があるハズの部分〟から、町長の声がする。
そう。今現在、町長の胴体の上に、あるハズの首が無いのだ。
言っておくが、首が取れたとか、そういうグロい過程があったワケではない。
〝異能力者〟である町長、ジョン=バベリック=シルフィールが、
自身の異能力『迷彩』によって、自身の首だけを消したのだ。
おかげでギンは自身の特技である、表情、目の動き、しぐさから
相手が考えている事を読み取る『読心術』を使いづらい。
しかも、ギンは町長に首が無いという事に動揺し、戦闘に集中しにくい。
まさかとは思ったけど……やっぱ町長は異能力を持ってはったんか。厄介やな。
あっ! 今思ったんやけど、もしかするとアイルランドに伝わる首無し騎士こと『デュラハン』は、
町長のように、異能力『迷彩』を使える異能力者だったんやないやろか!?
いや、今はそういう仮説思いついてる暇はあらへん。はよ〝アレ〟が届く前に町長をどうにかせぇへんと……。
「本当は体全体を隠す事もできるんだよ。それでもそうしないのは、なぜだと思う?」
ギンがこれからの事を考えている最中、急にジョンが尋ねてきた。
ギンはただ『なんや?』と、ジョンに聞き返す。
するとジョンは、1回だけ息を吸い込むと、ギンに言い放った。
「今すぐにでも仲間と一緒に投降すれば、本気を出さない!! だからさっさと投降しろ!!」
「……話はそれだけかいな?」
「……なに?」
一瞬、ジョンは耳を疑った。
今の時点で俺とギンはほぼ互角。もし今から俺が完全透過すれば、ギンは――――
「……ふぅ。どうやら発症には個人差があるようやな」
「!? いったいなんの事だ!?」
ジョンには、ギンがいったいなにを言っているのか理解できなかった。
なぜならジョンは、今まで眠気と戦っていたため、ウィルスの事を知らないからだ。
「まぁええわ。とにかくな町長。もうワイは、前のワイとは違う」
言うと同時、ギンが再び八千夜を構えた。
「ワイがアメリカでなにもしてへんと思うたら、大間違いやで?」
同時刻
星川町 公園の茂み
「まいったわね。もう『塔』のすぐそばまで来たというのに」
なんとか自宅に辿り着き、今度は乗っ取られた『塔』を奪還するため、カルマ、京子の2人、
そして京子のパートナーである盲導犬・コロナは『塔』に向かっていた。
『塔』は、今2人と1匹が居る『星川公園』の、北側出口を出てすぐの所にある。
しかし公園内には2人のテロリストが居た。
巡回しているのか、それともカルマ達を捜しているのかは分からない。
だがどちらにせよ、2人のテロリストがカルマ達の行く手を遮っている事には変わりない。
「くそっ! やっとここまで来たのに!」
カルマが、テロリストに居場所がバレない程度まで声を殺しつつ、悔しさのあまり左拳で地面を叩いた。
同時に悔し涙が、カルマの両目からこぼれ落ちる。
「あの『塔』さえ取り返す事ができれば、少しはこの絶望的な状況を覆せるのに……
ここまで来て……もう少し……あともう少しなのに……くそぉ……」
「……カルマ?」
目が見えなくても、京子には分かった。
泣く事を忘れてしまったカルマが今、久しぶりに泣いた事を。
カルマは〝ある理由〟から、泣くのを忘れてしまっていた。
泣いたって、誰も構ってくれない。
泣いたところで、今の状況は変わらない。
だからカルマは、今まで泣くという事を忘れていた。
しかしそんなカルマを……〝ハヤト〟が……
そして〝この町〟が変えてくれた。
自分の息子を、この町は変えてくれた。
こんなにも……なにかの為に泣ける、優しい息子に。
そんなこの町の為に、いったい私になにができる?
考え――――
考え――――
――――そして、京子は決心した。
「カルマ、絶対に物音を立てないで」
「えっ? 母さん?」
息子・カルマにそう言い残すと同時、京子はコロナと共に、
茂みに隠れながら、テロリストに聞こえるようわざと音を立てて茂みの中を移動した。
「!!? 誰だ!!?」
「止まれ!! 止まらないと撃つぞ!!?」
テロリストが、京子とコロナの居る方向へとアサルトライフルを向ける。
!!? 母さん!! コロナ!!
カルマは動揺した。なぜ母とそのパートナーの盲導犬が
このような危険な行動に出たのか、ワケが分からなかった。
助けよう、と思った。しかしすぐに、母が自分に言った事を思い出す。
『絶対に物音を立てないで』
この言いつけを破ったら、母さんが今やっている事がムダになる。
そう思い、カルマは焦る気持ちを抑え、その場に踏みとどまった。
「……もう、隠れてもムダのようね」
そう言いながら京子とコロナは、茂みの中から姿を現した。
それを見てテロリスト2人は、思わず目を丸くした。
なにせ町中を逃げ回っている者の中に、盲目の女性と盲導犬が居たのだ。ムリもな――――
「!!? あああああああんた、ま……ままままままさか!!?」
「ど……どどどどどうしてこんな町に居るんだ!!?」
……………んん?
カルマは、一瞬言葉を失った。
「「あ……ああああああの伝説の……盲目の女優の織部京子が!!?」」
「……あらあら。まさかテロリストの中に私の事を知ってる人が居るなんて……ね?」
京子は右手に手を当て、少々戸惑いながら言った。
……ホント、ビックリだよ。
カルマは目を丸くしながら、思った。
自分の母の過去は、数年前に母本人から聞いていた。
自分が生まれる前、盲目にもかかわらずそのハンデを乗り越え、数々の映画やドラマに出演。
そして15年前。とあるバラエティー番組にて出逢った、5歳年下の天才実業家である、
のちのカルマの父を毒牙にk……失礼。ちゃんと清い交際を経て、結婚。
これを期に芸能界を引退し、第一子・カルマを出産。
そしてその後は夫の事業の手伝いに携わり、その数年後に
カルマから星川町という町の存在を知らされ、今に至る。
ちなみに事業の方は、パソコンを通じて、家から各会社に指示を出したりして、今も2人で続けている。
京子と盲導犬のコロナは、2人のテロリストによって連行されて行った。
……………母さん……コロナ……テロリスト2人に、
わざと自分達を連行させる事によって、俺を前に進ませようと……ありがとう!!
母とその相棒の盲導犬、そしてテロリスト2人以外に、この場には誰も居ない。
そして3人と1匹が見えなくなった後、カルマは一気に『塔』まで駆けて行った。
このチャンス、絶対に生かすから……だから……無事でいてくれ!!