革命は始まる
午後18時51分
星川町 某所
『町の南地区、〝散布〟完了しました』
『北地区も〝散布〟完了っス』
『東地区、まもなく完了であります』
『西地区、あと5分程で完了です』
「そうか。まぁ、時間はぎょーさんある。慌てんと、計画を進めてな」
ギンは星川町に侵入させた仲間達と、無線で連絡を取り合っていた。
決して失敗は許されない、重要な作戦を行う為に。
しかし本作戦で動く、とある集団のリーダーであるギンは、なぜだかピリピリした感じが無かった。
まるで、この作戦が不服であるかのように。
とそんなギンに、疑問を持った者が居た。
ギンが率いている集団のもう1人の副リーダーであり、
ギンと同じく〝裏切り者〟である、ギンと同い年の少女、ケイティ・ハワードだ。
「どうしたの、ギンイチ?」
ギンの隣に佇む彼女が、ギンに尋ねた。だが深く追求する気は無かった。
なぜならこの町はハヤト同様、ギンにとっても《・》、第2の故郷のようなモノ。
故にギンがこの作戦に乗り気ではないのは、明らかだったからだ。
それでもギンが星川町で作戦を実行しようと思ったのは、
星川町が、この星に5つある『異星人共存エリア』の中で1番範囲が狭く、
しかも異星の科学技術をほとんど取り入れていないからである。
「……大丈夫や、ケイティ。ワイはやると言ったら最後までやる男や。それはお前が1番分かっとるやろ?」
ケイティの問いに対し、ギンはケイティと顔を合わせずに、静かな声で答えた。
するとケイティは、クスリ、とイタズラっぽく微笑むと、
「そうですね。確かにあなたは最後までやり遂げる男です。
異星では『疾風の騎士』などという、厨二病じみた二つ名で知られている、
あのハヤトヒカリに勝つ為の特訓をしていた姿からよく分かります」
「んん? 見てたんかジブン?」
「はい。いけなかったでしょうか?」
「いいや、別にええよ? 見られたところでどうこうできるモンやないしな」
「……確かに、そうですね」
「まぁとにかくや」
ギンは夜空を見上げながら言った。
「この計画だけは、絶対成功させたる。誰にも邪魔させへん。例えそれが、親友であってもや」
午後18時55分
美原神社 裏の藪の中
「う……うぇぇ……かはっ……」
公衆トイレが無い以上、エイミーの吐しゃ物を処理するには、
大きめの穴を掘り、あとで吐しゃ物を埋めるしか、方法が無かった。
そしてかなえが手で掘って作った穴の中に、エイミーは先程食べた物をほとんど吐いた。
「ほら、大丈夫エイミーちゃん?」
優しく声をかけながら、かなえはエイミーの背中を優しくさすった。
するとエイミーは、少しだけだが顔色がよくなり、
「ニガい……よ……かなえお姉……ちゃん……」
泣きそうな目をしながら、かなえにそう訴えてきた。
「うん。よく頑張ったね」
かなえはエイミーの頭を軽く撫でた。
そしてエイミーの吐しゃ物を埋めると、自分達の後方で、自分達に背中を向けて待っているランスに、
とりあえずエイミーの口をすすぐために、神社の中の水道に向かおう、と言おうとした……その時だった。
「かなえ姉……ちゃん……俺も……吐きそう……」
今度はランスが吐き気を催した。両手で口を塞ぎながら、かなえ達の方へと振り向き、涙目で訴えてくる。
「えっ!? う……うそっ!? ちょ……ちょっと待ってて!!」
かなえは慌てて、その場でランスの分の穴を両手で掘り始めた。
分からない……なんでエイミーちゃんとランス君が吐き気を?
まさか本当に食中毒かなにかなんじゃ!? 急いでギンに報告しないと――――
「ワイを呼んだか、かなえちゃん?」
噂をすればなんとやら。突如、前方からギンの声が聞こえてきた。
ハッとして、かなえはすぐに前方を向いた。
するとそこには、長槍を片手に持ち、まるで今までのギンとは正反対の、
見た者を凍り付かせてしまうほど冷めた、そして突き刺すような眼差しをかなえに向けるギンが居た。
「……? ギ……ン……?」
あれ? なんで? 言おうとした言葉が、口から出ない。
いや、それだけじゃない……体が思うように動かない。
ギンがいつもと違う雰囲気だから? それとも――――
「間違いなく、後者の恐怖によるモノや、かなえちゃん」
次の瞬間、かなえの中に戦慄が走った。そのせいで、さらに体が硬直した。
な……なんで私の考えている事が……!?
もう、ワケが分からなくなった。いったいどういう状況なのか、今すぐギンに説明を求めたかった。
だがその時、今度は後方から声が聞こえた。声からして、少女のようだった。
「ギンイチ、異星人の2人を確保したわ」
「……………え?」
聞いた事が無い声。そして『確保』という単語。
その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
「エイミーちゃん!? ランス君!?」
かなえはギンの事など頭から振り払い、すぐさま声のする後方を振り向いた。
するとそこには、自分と同い年くらいの黒髪の少女が居た。しかし、日本人の顔つきではない。
少女は、ランスとエイミーを、それぞれ片腕で抱き締めてガッチリとその動きを止め、佇んでいる。
ランスとエイミーは、恐怖のあまり声を出す事さえできなかった。
「なっ!? あ……アンタ誰!? その手をどけなs――――」
「それ以上……動かんといてや、かなえちゃん」
直後、かなえの首筋に鋭利な刃物が突きつけられた。
ギンの持つ長槍の刀身だった。かなえの中に、また戦慄が走った。
「あ……アンタいったいなにを!?」
「今はまだ2人にも、そして君にも手は出さへん。でも君がヘタに動けば、この刃が血に染まるで?」
「なに言ってんのアンタ!? 質問に答えて!!」
「革命や」
ギンはただ、かなえにそう告げた。
「革……命……?」
「せや。今のこの世界を変える為の……大事な1歩や」
そしてギンはクスリと微笑み、かなえに言い放った。
「悪いけど、祭りはしまいや。今からこの町の皆には、
ワイら〝セーブ・ド・アース〟の計画の為の人質になってもらう」
午後19時
灯台に似た塔内 2階
「よし、時間だ。そんじゃまぁボチボチ……〝町の閉鎖〟を始めますか?」
【Searcher】はそう言うと、小型ノートパソコンを使い、塔のシステムにとある指令を出した。
すると次の瞬間、まるで地震を連想させる大きな揺れが、町全体に発生した。
そして、町の境界線上の地面が盛り上がり、中から金属製の壁が突出し、星川町を囲んだ。
その壁は、もし太陽が出ていれば、町全体が壁による影で暗くなる程高かった。
まるで囚人を逃がさないよう、刑務所に設置された隔壁の如く……。
同時刻
美原神社 裏の藪の中
「な……なに、アレ?」
星川町の境界線上から突出した、星川町を囲んだ壁を見上げながら、かなえは呟いた。
頭が混乱した。分からない事だらけだった。
今、いったいなにが起こっているのか?
ギン達はいったいなにをしようとしているのか?
他にもいろいろ疑問がある。だけど1つだけ、かなえにも分かる事があった。
この町はたった今、ギンを始めとする謎の集団によって隔絶された事だ。
タンタンタンッ
突然祭りの会場の方から、発砲音が上がる。
「!!!?」
「安心してぇな。ただの威嚇射撃や」
ギンは、まるで何事も無かったかのように、冷静な口調で言った。
「言ったやろ? この町の皆は人質やて。殺してもうたら、人質の意味が無いやろ?」