星川町夏祭り
午後17時41分
不動宅
カルマは私服姿で、目を点にして玄関で突っ立っていた。
一見すると、誰もが間抜けな光景だと思うだろう。
しかしこうなったのには、ちゃんとしたワケがある。
夏祭りに出かける直前、母親に『私も夏祭りに行く!』と言われたからだ。
「……ホントに行くのか? 母さん?」
「ウフフ。だってお祭りよお祭り! 町の人がみんな集まるんでしょ?
異星の話とかもっといろいろ聞いてみたいし! 行かなきゃ損よ損!」
カルマの母・京子は自分の部屋で浴衣に着替えながら、玄関にいる息子・カルマに言った。
次の瞬間、カルマは眉をひそめた。
なにせ京子は〝とある事情〟により、買い物や町内会の会合以外で、外出はしないのだから。
「いやでもさ! 母さん浴衣着れるの? だって母さん――――」
カルマは、未だ眉をひそめながら京子にまた尋ねた。すると京子は、
「ああ。それならお父さんと〝コロナ〟が手伝ってくれるから大丈夫よ。
アナタ! ちょっと手伝って! 〝コレ〟ばっかりは〝コロナ〟にはちょっとムリだわ!」
「あ……ああ! ちょっと待っててくれ! 今洗い上げの途中だから!」
京子の手伝いで台所で洗い上げをしている、カルマの父であり、
〝とある特殊な職業〟に就いている拓実が、京子に言う。
「……まぁ、いいや。じゃあ、行ってきます!」
2人のやり取りを聞いたカルマは、とりあえず大丈夫なのではないかと思いつつ、さっさと家を出た。
午後18時11分
星川町 美原神社
星川町の年間行事の1つ『星川町夏祭り』は午後18時から始まっていた。
故に今、祭りの舞台となっている『美原神社』は多くの町民達で賑わいを見せ、
神社の境内には『焼きイカ』『たこ焼き』『広島風お好み焼き』などの様々な屋台が軒を連ねている。
そしてその屋台の中の『焼きそば』の屋台の近くに、かなえ達は居た。
ちなみにかなえは、青い生地に赤色と紫色のアサガオが描かれた浴衣を着ている。
「ヤキソバうめぇ~~」
「おマツリっておいしい『いべんと』なんだねかなえお姉ちゃん」
焼きそばをおいしそうに食べながら、ランスとエイミーは満面の笑顔でかなえに言った。
かなえはそんな2人に対し、2人と同じく焼きそばを食べながら、
「確かにおいしいイベントでもあるけど……祭りっていうのはそれが全てじゃないわ」
「「どういう事?」」
ランスとエイミーは、同時にかなえに質問した。
するとかなえは、2人の質問に答えようと、いったん食べるのをやめて2人の方を向いた。
とその時だった。
「お~~来たかチビっ子達~~」
「この町の祭りはどうぜよ~~?」
同じく浴衣姿の優とユンファが、遠くから3人に声をかけてきた。
ちなみに優は黒い生地に桜が描かれた浴衣、ユンファは桃色の生地に赤い牡丹が描かれた浴衣を着ている。
「あっ! 優お姉ちゃん! ユンファお姉ちゃん!」
エイミーは両目を輝かせながら、優とユンファが居る方向へと顔を向けた。
「チビって言うな! かなえ姉ちゃんより〝貧乳〟のクセに!」
しかし、優とユンファにチビと言われて少々頭にきたランスは、つい言ってしまった。
すると次の瞬間、優とユンファのこめかみに青筋ができた。
同時に、2人の声が荒くなる。
「だ れ が……貧乳ですってぇ~~~~!!!?」
「子供だからって言うて良い事と悪い事があるぜよ~~!!!?」
「や……やっべぇ……」
自身に向けられたちょっとした怒りの感情を察知したランスは、
焼きそばが入ったプラスチックの容器を持ったまま、その場から逃げ出した。
だがそのあとを、ムリヤリ笑顔を作った優とユンファが追いかける。
そんな滑稽な光景を見て、エイミーは笑った。かなえも、思わずつられて笑った。
いつもの、楽しい日常を謳歌している。かなえは心の底から実感していた。
しかし――――それでもかなえの心のモヤモヤは、未だ晴れない。
同時刻
某高速道路 ワゴン車内
「くそっ! いったいどういう事だ!? 町長の家に電話が繋がらない!?」
助手席に座る町長補佐の和夫は、携帯電話で町長にテロの事を連絡しようと、
先程から何回も何回も、町長の携帯電話に電話をかけていたが、なぜか電話が通じなかった。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源を切っているため、かかりまs――――』
「くそっ! いったいどうなってるんだ!? まさかもうテロが!!?」
和夫は途中で電話を切りながら、悪態をついた。
信じたくはなかった。ただ単に電波の調子が悪いか、本当に電源を切っていると思いたかった。
だけど、ハルヒトがウソを言っていたとも思えない。
「秀平!! もっと飛ばせ!!」
助手席の後ろの席に座る、右肩に包帯を巻いた亜貴が、運転席に座る秀平を急かした。
ちなみに秀平の右腕は、亜貴に関節を繋げてもらい、また普段通りに動かせている。
そして病院の方は……コッソリ抜け出しました。
「分かってます!! しっかり掴まっていて下さいよぉ!!」
秀平がアクセルを徐々に強く踏んだ。それに伴ないワゴン車のスピードが徐々に上がる。
ワゴン車が、いくつもの車を縫うように、猛スピードで駆け抜ける。
そして、星川町へと向かうためには通らねばならない、
高速道路の出口の近くに差し掛かった……次の瞬間、
「!!!? ぐっ! ……な……んだ……こ……れは……?」
亜貴が突然両手で頭を押さえ、屈み込んだ。
頭が割れるように痛い……なんだ……なんだこの痛みは!!!?
今まで感じた事も無い、ヘタをすれば意識が飛ぶくらい激しい頭痛が、突然亜貴を襲い――――
――――いや、正確にはそれは頭痛ではなかった。
なぜならその激痛は目、顔全体、そして体全体へと、徐々に広がっていったからだ。
いったいなぜ、いきなりこんな激痛が発生したのか、亜貴には覚えが無かった。
だけどそれでも、亜貴は必死に思い出そうとした。原因さえ分かれば、なんらかの対処はできると思って。
しかし激痛のあまり、記憶を辿るという単純な作業さえ、集中できない。
だけど、痛みのあまり一瞬意識が飛んだ事で頭が空っぽになった……まさにその時、
ま……まさか……感染した?
激痛の原因であろう事柄。多貴子の吐血をその身に受けていた事を思い出した。
「亜貴先輩!!? どうしたんですか!!?」
亜貴を心配して、運転席の後ろの席に座る麻耶が、亜貴に慌てて尋ねる。
しかし、その声は亜貴には届かない。痛みのあまり、声に集中できないのだ。
――――そしてその後、亜貴は激痛のあまり、意識を失った。
午後18時45分
星川町 美原神社
優、そしてユンファと別れ、かなえ、ランス、エイミーの3人は祭りの会場である『美原神社』の通路を、
『次なに食べようか』などと話しながら、手を繋いで歩いていた……のだが、
「かなえお姉ちゃん……なんか気持ち悪いよぅ……」
突然エイミーはかなえに吐き気を訴えてきた。
見ると、エイミーは口に左手を当て、今にも泣きそうな目でかなえを見つめている。
えっ? もしかして食べすぎ? いやでもエイミーちゃん、そんなに食べていなかった気が……?
エイミーと手を繋いで歩いているかなえは、祭りが始まってからエイミーが食べた物を思い返す。
『焼きそば』『フライドポテト』そして『わたがし』。今のところ、それだけしか食べていない。
エイミーちゃんは別に……小食ってワケじゃない……とすると、まさか〝食中毒〟?
ふとかなえの頭の中に一瞬、その仮説がよぎる。
しかしすぐに、自分とランスも同じ物を食べていた事を思い出した。
食べ物が原因じゃないとすると……いったいなにがエイミーちゃんの吐き気のげn――――
とそこまで考えた時、かなえはハッと気付いた。エイミーの顔が少々青白くなり始めている事を。
かなえは慌てて公衆トイレを探した。しかし、周囲を見回してもそれらしき物は見つからない。
「ああもう! こんな時に!」
そう言いながらかなえは、人気が無いであろう場所、
神社の裏側へとランスとエイミーを連れて行った。
同時刻
灯台に似た塔内 2階
「いよっし! いっちょやりますか!」
星川町へと人知れず侵入した【Searcher】は、持参の小型ノートパソコンと、
灯台に似た塔の中にあるコンピュータを、持参のコードで繋ぐと、両目を輝かせた。
ハッキングは、彼女にとってはストレスを発散する事ができる、数少ない趣味の1つだった。
しかしハッキングはれっきとした犯罪行為。なので今まで、思い立った時にする事ができなかった。
「さ~~……てとっ! じゃあ行くぜ! JACK IN!!」
そして今回は、久しぶりのハッキング。
故に彼女は、待ってましたと言わんばかりにその実力を発揮した。
コンピュータの中に構築されたファイアーウォールが、たった二十数秒で突破された。
そしてすぐにシステムの中心へと侵入し――――とここで彼女はピタッとハッキングを止め、目を丸くした。
「えっ? ちょ……〝コレ〟……おいおい……この町こんな〝とんでもないモン〟持ってんの!?
ヘタしたらこの地一帯に巨大なクレーターができるわよ!?」
思わず、声を大きくしてしまった。次の瞬間、彼女はハッと両手で口を押さえた。
もしかすると外に居る誰かに自分の声を聞かれたかもしれない。
数秒だけ、物音を立てず、耳を澄ます。
なにも音がしない。幸いな事に、外に誰かは居ないようだ。
そう分かった瞬間、気が抜けたのか、彼女は大きな溜め息をついた。
「ふぃ~~……よかった……って、んな事言ってる暇は無いわね。ちゃちゃっと下準備を済まそう」
そう言うと彼女は、小型ノートパソコンをカタカタと鳴らして、ハッキングを再開した。
いったい彼女は、システムへと侵入した時なにを見たのか……それはまた、別の話である。