自分の居場所
7月14日(木) 午後17時26分
ギンは星川町の中心部にある、ある建物の入り口の前に立っていた。
直径6mくらいで、円柱状の、灯台にソックリな形をした3階建ての建物だ。
言っておくが、この建物は宇宙船の進路誘導などの目的で建てられた物ではない。
いやそれよりも、星川町にとっては、もっと重要な役割を担う建物だ。
ギンはそんな建物の入り口を軽くノックした。すると中から、
「ハイハイ。もしかして交代?」
そう言いながら、中に居た〝カルマ〟は、入り口である外開きの鉄製のドアを開けた。
「……あれ? どしたのギン? 今日の交代相手、町長じゃなくてお前だったっけ?」
訝しげながら、カルマはドアの前に居たギンに尋ねた。
実はこの建物、〝ある理由〟で町のトップである町長、町長補佐の和夫、
そして町作りに協力をしたりしている【星川町揉め事相談所】所員、
そして所員に許可された者だけしか入る事が許されていないのだ。
そして今日、この建物の管理を任されたのはカルマと町長補佐の和夫だったのだが、
和夫が〝ある事情〟で町に居ないため、和夫が帰ってくるまで、
町長がカルマと交代で建物を管理するハズだった……のだが、
「それがな、町長〝今夜やる町行事〟の運営の仕事でコッチ来られなくなりよったんや」
「ああなるほど。じゃあ、あと頼むよ」
「まかしとき!」
カルマはギンとそう言葉を交わすと、少し嬉しそうな顔をしながら、
ギンと交代で建物の外へと出て、自宅へと向かった。
なにしろ今夜は、自分がこの町に来て初めての〝夏祭り〟なのだから。
ギンはそんなカルマの背中を、寂しそうな顔で見つめていた。
しかしカルマが視界から消えると同時に真剣な顔になり、
「……ほな、始めよか」
外に誰も居ない事を確認した後に、建物のドアをすばやく閉め、内側から電子錠をかけ、
建物の1階に唯一ある物である、建物の2階へと続く『ハシゴ』を登った。
建物の2階には、まるで宇宙船のコックピットにあるような、いくつもの精密機械が置かれていた。
そのせいで、ある程度広い室内もタタミ2畳分くらいのスペースしかなく、正直ギンは息苦しく感じた。
……ようカルマはこないな場所に居て嫌な顔1つせぇへんな。あの町長だって苦い顔するで?
ふとそう思いながら、ギンは〝ある機械〟へと迷い無く近付き、
〝あるモノ〟を機械の裏側に設置すると、また寂しそうな顔をしながら、呟いた。
「これで……えぇんや。これで……準備は完了や」
同時刻
天宮宅 タタミ部屋
「わぁ! コレかわいい!」
保護者である亜貴が星川町の外へと行ってしまったがために、
現在また天宮家の居候となっている、ネコミミカチューシャ娘ことエイミーが、
水色の生地に赤い金魚が描かれた浴衣をかなえに着せてもらうと同時に、
両目を輝かせながらクルッと右足を軸として、舞うように1回転しつつ言った。
ちなみに、同じく居候であるランスはすでにかなえの助力による
浴衣への着替えを終え、隣のタタミ部屋で待機している。
「私の御下がりなんだけど……よかった。サイズピッタリで」
かわいい浴衣を着て有頂天なエイミーを見ながら、まだ浴衣に着替えていないかなえは優しく微笑んだ。
浴衣の着方は、前に母親である香織から教わっていた。
なのでかなえは浴衣を、ランスとエイミーに綺麗に着せる事ができた。
「ねぇお兄ぃ見て見て! 私のユカタどう!?」
隣のタタミ部屋へと続くふすまを開け、エイミーはその部屋で待機していたランスに笑顔で尋ねた。
急にドアを開けたエイミーに対し、黒と白の縞柄の浴衣を着ているランスは一瞬ビックリしたが、
いつもと違う感じの妹に、すぐに少々ドギマギしながらも、
「!!? ……お……おお……かわいいんじゃね?」
「ホント!?」
「お……おぅ」
「エヘヘ~~……よかった」
エイミーは満面の笑みで、兄に浴衣を見せびらかすように、また右足を軸として、舞うように1回転した。
かなえはそんな2人の様子を見て、フッと微笑んだ。
そして自分が居る今の場所こそが、自分が生きる道なのだと、強く思った。
だけど、なぜだろう? 此処が自分の本当の居場所であるハズなのに、
それでも、食人植物に食べられた時から感じている、
自身の心の中の謎のモヤモヤは消えなかった。
なんで? なんでなの? 私……もうあんな怖い思い……したくないのに……。
かなえは自分が分からなくなった。
食人植物に1度食べられ、リリフという名の『始末屋』によって救出され、
病院で目覚めて、両親が病室に駆けつけた時、かなえは全てを両親に打ち明けた。
自分は異星人の気配を感知し、居場所を特定する事ができる
異能力『感知』を使える異能力者だという事。
そしてその異能力を抑え込む『リミッター』の代金を
払う為だけに【星川町揉め事相談所】でタダ働きを始めた事を。
正直、かなえは怖かった。自分の両親がいったいどんな反応をするのかと。
もしかしたら、自分は捨てられてしまうのか、とさえ思った。
でも……それでも、もう【星川町揉め事相談所】で働きたくなかったから、かなえは告げた。
しかしかなえの両親はかなえの予想を裏切り、かなえが普通の人ではない事に一瞬ショックを受けたものの、
それでもかなえは自分達の娘である事には違いない、とすぐにかなえを受け入れ、
それどころか、かなえがタダ働きで払った分を差し引いた、リミッターの代金を全額払ってくれた。
おかげでかなえは、ついに普通の女子中学生らしい生活を送る事ができるようになった。
だけど――――
私は……いったいなにをしたかったの?
かなえは、自分自身に問いかけた。
私はもう……〝あっち側〟には行きたくないのに……。
かなえの中で、【星川町揉め事相談所】に勤めた時から今までの全ての事柄がよみがえる。
確かに、つらい事もあった。逃げ出したい。もう関わりたくない。いろんな事を思った。
だけど、事件を解決した後に見る、町の皆の笑顔が――――
「かなえお姉ちゃん?」
「かなえ姉ちゃん?」
回想の途中で、エイミーとランスが同時にかなえに声をかけた。
するとかなえはハッと我に返り、2人を見た。
2人共、不思議そうな目をしてかなえを見つめている。
いったいどうしたんだろうと思い、かなえは2人に尋ねようとした。
だがその前に、エイミーがかなえに尋ねてきた。
「かなえお姉ちゃんは着替えないの?」
ごもっともな質問だった。
2人の着替えを手伝っていたかなえは、まだ浴衣に着替えていなかったのだから。
「あ~~……うん。そうだね」
かなえはムリヤリ笑顔を作りながら、2人に言った。
「じゃあ着替えるから、ランス君はまた隣の部屋で待ってて」
例え心の中のモヤモヤが消えなくても、此処が自分の居場所である事に、変わりはないのだから。
同時刻
星川町を囲む森の中
「!? 副リーダー……森中に仕掛けられた〝監視カメラ〟が機能停止しました」
ギンの指示で森の中で息を潜めていた、謎の集団の構成員である、
とある1人の男性が、副リーダーなる男性に小声で連絡をした。
すると副リーダーと呼ばれた男性は、1回だけ溜め息をつくと、
「ウム。これで第1段階はクリア。あとは町へと密かに侵入。
〝アレ〟を散布し、そして……〝アレ〟と同時に行動開始するのみだ。簡単だと思って油断するな。
まだ町の中には戦闘経験を持つ油断できない存在が居るとリーダーが言って――――」
「ふぅん。でもさぁ、〝アレ〟を散布しちゃえば終わりなんじゃないの? 彼は一応異星人でしょ?」
副リーダーが話している途中で、1人の少女が口を挟んできた。
ウサギ耳の付いた帽子を被り、下着がギリギリ隠れる程度しかボタンを留めていない半袖のワイシャツ、
そして同じく下着がギリギリ隠れる程度の短いスカートを身に付けた、中学生くらいの少女だ。
正直帽子を除けば、見方によっては男性を誘っているとしか思えない格好である。
「副リーダーになに生意気な口を利いているんだハレンチ娘。
我々という存在があったからこそ、今まで捕まらなかったというのに、その恩を忘れたか?」
先程副リーダーに話しかけた男性が、少女から目を逸らしつつ、少女に言った。
だが少女はフフンと鼻を鳴らすと、持参したリュックサックから、
先程も使った小型パソコンを取り出しながら、男性に挑発するような口調で返事をした。
「はっ! なに言ってんだか。アンタらに関わらなくても、私は自分の力だけで警察から逃げ切れますよ?
だから私はアンタらを必要としていない。どちらかというと、アンタらが私を必要としてるんでしょうが。
っていうかさっき全ての監視カメラを機能停止にしたのは私なんですけど?」
「貴様、年上に対する態度というモノがなってないようだな。なんなら今ここで矯正してやろうか?」
男性は両手をポキポキと鳴らしながら、少女に迫る。
だがそれを、副リーダーと呼ばれている男性が制した。
「こんな所で内輪揉めはよせ。町民達に気付かれたらどうする?
それとな【Searcher】、お前が警察から逃げ切れるかどうかは別として、
どっちにしろ我々がお前を保護しなければ面倒臭い事になっていたんだぞ?」
副リーダーが【Searcher】を睨み付けながら言う。
すると【Searcher】は、副リーダーに事実を言われた事が気に食わないのか、一瞬眉をひそめ、
「へいへい、それはそれで分かってますよ。だからそんなに怒らないでくださいよ」
全然反省していない態度で、少女は副リーダーにそう言い返した。
しかし副リーダーは、そんな【Searcher】の態度に対し
怒りを覚える事無く、再び星川町へと視線を戻し、改めて言った。
「分かっているならいい。この計画におけるお前の働き、期待しているぞ?」




