再び星川町へ
7月12日(火) 午後17時3分
某宇宙空港
やっぱり……ウチ、誰かに尾けられてる。
地球へと向かう途中、乗り換えの為にとある宇宙空港に降り立ったリュンは、
数時間前に〝あの人〟に会ってから感じる、妙な視線に対して嫌悪感を抱いていた。
ウチがちゃんと〝あっち〟に戻るか監視する為に……〝あの人〟が差し向けたヤツ……か。
リュンは目的の場所へと向かいながら、顔をしかめた。
リュンは、できる事ならもう〝あっち〟に戻りたくはなかった。
なぜなら〝あっち〟戻った後、自分はどうなってしまうのか、リュンは知っていたから。
異星への出航の永久禁止
もし〝あっち〟へと戻ったら、リュンはもう2度と星川町へと行けなくなってしまう。
命を救われ、その救った人から与えられた〝任務〟に反した故の罰だった。
本当はもっと重い罰を与えられて当然だが、リュンの上司達はそこまで鬼じゃない。だが、
ウチは嫌や。もう皆に会えなくなるんは……。
リュンの両目から、涙が出そうになる。しかしリュンはそれをグッと堪え、ある覚悟を決めた。
リュンの目の前に宇宙空港の通路のT字路が見えてきた。リュンはそこを右へと曲がる。
リュンを尾行していた者も、リュンと少し時間をおいて右へと曲がった……その時だった。
「フッ!」
待ち構えていたリュンが、尾行した者に〝ナニか〟を吹きかけた。
手の上に白い紙を乗せ、その紙の上に乗せた少量の、なんらかの粉だった。
リュンを尾行していた者が、突然吹きかけられた名称不明の粉を思わず吸い込んだ。
尾行していた者の意識が遠のきだす。そして尾行していた者は、その場で眠りこけてしまった。
「わぉ。メッチャ効くなぁこの〝粉末製睡眠薬〟。少量吹きかけただけでグッスリや」
リュンが自分を尾行していたヤツに吹きかけたのは、
星川総合病院勤務の薬剤師が最近開発した睡眠薬だった。
その効果は絶大で……いや絶大すぎて、販売しない事を決定し、薬剤師は処分しようとしたのだが、
処分する前にリュンが、いつかなにかの役に立つかもしれへん、と思いちょろまかした物だ。
「さてと。デバガメはとうぶん目ェ覚まさへんやろ! すぐに星川町へとレッツラゴーや!」
尾行していた者を、どこからか取り出した縄で縛り、ソイツを宇宙空港の、
ほとんど使われていない部屋に閉じ込めながら、リュンは星川町へと想いを馳せた。
とりあえず着いたら、ギンに想いを伝えよう。
もし付き合えたりしたら……2人で宇宙中を逃げ回りたいなぁ。
昔、アメリカに実際に居た某強盗カップルみたいに。
あぁそうそう。星川町にも時々戻ってくるのも忘れたらアカン。
あっ! せや! その際大阪に旅行するっちゅうのもえぇなぁ。
本場の『たこ焼き』や『お好み焼き』を食べてみたいし、本場の漫才見てみたいし。
……………ほんで、もしフラれてもうたら……まぁそれはそれで、そうなったら考えよ。
同時刻
小型宇宙船内
くそっ! いったい誰だ!? アイツをあんな目に遭わせたヤツは!?
でもって、なんでアイツになりすまして俺を星川町から遠ざけた!?
ハヤトは、自分を星川町から離れさせる為だけに、
何者かによって自分の男友達であるナチルを傷付けられ、これまでに無いくらい怒っていた。
俺を星川町から離すという事は……犯人かその一味が星川町で〝ナニか〟を起こすつもりだ。
でも……いったい誰が? 異星に行っていいのは……
俺が所属している団体と、団体の許可を得た者だけのハズ……。
とそこまで考えた時、ハヤトの中に〝ある可能性〟が浮かんだ。
「……まさか……団員の中に裏切り者が?」
ハヤトの中に戦慄が走る。だがすぐに考え直し、
いや、でもありえない! 団員選抜の面接の時には読心術を使える、
団の中で『隠蔽組』と呼ばれるグループの1人が、団員を選抜するんだし……いや、ちょっと待て?
とここでハヤトは、ある事を思い出した。
〝確かギンも……心理学に精通してて……『読心術』を使えて、
その能力があったからこそ昔『隠蔽組』だった〟……まさか……まさか!!?
心理学に精通した者の裏をかけるのは、同じく心理学に精通した者だけ。
ハヤトの中に、再び戦慄が走る。
くそったれ!! 信じたくないけど……。
「とにかく急いでくれ!!」
ハヤトは大声で、前にも雇った事があるパイロットに指示を出した。
7月14日(木) 午後17時32分
某病院
「くそっ! いつの間にか遺体が消えてる!」
謎の敵が、あのままその場から居なくなったワケが無い。
そう思った和夫は、一応例の【実験体安置室】を確認しに行った。
すると案の定、その部屋に安置されていた遺体が全て消えていた。
おそらく、ハルヒトと翔也の仲間がどこかへと持ち去ったのだろう。証拠隠滅の為に。
「くそっ! 翔也やハルヒトが居る組織はいったいなにを企んでいるんだ!?
ランス君とエイミーちゃんを拉致しようとしたり、地球人の血液中に異星人の血液を入れたり……
でもって、なぜ翔也はアトラスツールを……ハルヒトは〝異能力『発光』〟を使えるんだ!?」
いろいろな疑問が、頭の中で浮かぶ。
だが、すぐにそんな事を今考えている場合じゃないと考え直した。
星川町にテロが起こる。
もしこれが、ハルヒトがこの病院から逃げる為だけについたウソならば、
わざわざ閃光で一瞬目を眩ませて消える必要は無かったハズだ。
閃光で目を眩ませた一瞬で逃げおおせる事ができるならば、このウソは必要無いのだから。
しかも『亜貴以外質問するな』などの台詞からして、
ヤツが亜貴になんらかの執着を持っているのは明らか。
ヤツは、亜貴の為にこの事を教えてくれた。だったらヤツの言う事は真実である可能性が高い。
和夫は亜貴のもとへ急いだ。
今はなんとしても、すぐに亜貴と合流して星川町へと向かわなければならない。
その事だけを考えて、和夫は走った。
だが、とうの亜貴は未だに、ハルヒトが告げた衝撃の事実のせいで呆然としていた。
「亜貴先輩! しっかりしてください! 亜貴先輩!」
麻耶が必死に亜貴を正気に戻そうと、声をかけたり、
両肩を掴んで体を前後に揺らしたりしているが、反応は無かった。
「麻耶さん! 亜貴さんは!?」
その時ようやく、和夫が麻耶と亜貴のもとへと現れた。
「ダメ! 全然反応してくれない……」
麻耶がその場でうな垂れた。そしてうな垂れながら、麻耶は和夫に尋ねた。
「和夫さん……ハルヒトさんが言ってた、『異星人』っていったいなんの事ですか?」
「……麻耶さん」
「亜貴先輩は、いったいなにに関わってるんですか!?
いったいなにに関わって亜貴先輩が……亜貴先輩が……こんな……うぅ……」
麻耶が、うな垂れたまま泣き出した。
和夫は、麻耶になにをどう話したらいいのか、分からなかった。
異星人の事を明かしていいのは、相手がちゃんとしたテストなどを受け、合格した時だけ。
世界共通のルールだ。だけど和夫の中では今、そんなテストの事などどうでもよくなっていた。
こんなにも、異星人に関わった人の事を理解しようとしている、
美しい心を持っている者に、テストなど必要無いと思っていたから。
でも……いや、だからこそ……和夫はそんな麻耶にどう説明したらいいのか分からない。
だがその時だった。
「……スマン。麻耶……和夫さん……ちょっとビックリしただけだ」
亜貴が、口を開いた。
「あ……亜貴さん?」
「亜貴先輩!」
和夫と麻耶は、驚きと喜びに満ちた顔で亜貴を見た。
すると亜貴は、まだハルヒトの言葉に衝撃を受けているのか、頭を抱えて近くの壁に背を預けた。
「……別に、多貴子が異星人の血を引いている事に動揺したワケじゃないよ。
まぁ確かに驚いたけど、それ以上に……俺は多貴子の幼馴染なのに、
多貴子の事を全然知らなかったんだなぁって……思って」
亜貴の体が小刻みに震え始める。
「俺は……アイツの全てを知ってるハズだった。なのに知らなかった。
もし知っていれば、多貴子は……奈美は……奈央は……こんな事には……」
「亜貴さん、なにを言っているんですか!!?」
和夫が……いつも基本冷静な和夫が、亜貴の両肩を両手で掴み、大声でそう言った。
その鋭い眼差しの先に、しっかりと亜貴の顔を捉えて。
「アイツも言っていたでしょう!!? 多貴子さんもその事を知らなかったって!!
それに……それに幼馴染だからって、相手の事を全て知っているなんて事、ほとんど無いですよ!!?」
「か……和夫さん」
「僕だって……僕だって、幼馴染が時々なにをどう思っているのか分からなくなりますよ!!
ソイツ、いっつも仕事ほっぽり出してどこかに遊びに行って……
町の仕事をなんだと思っているのか……ああもう!! 思い出しただけで頭が痛くなりますよ!!」
亜貴の両肩から手を離し、和夫は頭をかきだした。
「私も」
そして、麻耶も亜貴に言う。
「私も……時々ですけど……自分の大切な人がなにを考えているのか分からなくなる時があります」
顔を真っ赤にしながら。だけど、それでも亜貴に伝えたいから。亜貴から決して目を離さない。
「だけど……相手の事を詳しく知らないからってなんだっていうんですか!!?
亜貴先輩はあのク……多貴子さんが好きだった!! ならそれでいいじゃないですか!!?」
麻耶が涙目で、亜貴に訴えるように言った。
すると、今度は亜貴の目から、涙が溢れ出してきた。
「……麻耶……和夫さん……スマン。確かに、そうだよな。俺、どうかしてた」
嗚咽混じりの声で、亜貴は2人に言った。
「もう大丈夫だ。だからもう……泣かないでくれ」
「亜貴……先輩……」
元の亜貴に戻って、麻耶は安堵した。
だが安堵した事によりさらに涙腺が緩み、麻耶の目からさらに涙が溢れ出る。
しかし、今は感動に浸っている場合ではない。
「亜貴さん、今は早く星川町に向かいましょう」
「!? そうだ! ハルヒトが言うには……星川町にテロが起こるって!」
「そうですよ。だから早く星川町に!!」
和夫はまくし立てるように亜貴に言った。するとその時、麻耶が話に割り込んできた。
「亜貴先輩……和夫さん……? 星川町っていったい……?」
ごもっともな疑問だ。だけど、
「すみません麻耶さん。あなたにも、できる事なら一緒に来てもらいたい。
僕と亜貴さんだけじゃ、僕達の護りたい者達を護りきれないかもしれない。力を貸してもらえませんか!?
事情は、星川町に向かいながら話しますから、どうかよろしくお願いします!!」
「協力してくれ、麻耶!! 頼む!!」
和夫と亜貴が、麻耶に強い眼差しを向けて言った。
するとその時、
『あの~~……俺は一緒に行ってはいけませんか?』
無線を通じて、今までなにも喋らなかった秀平が亜貴に尋ねた。
すると亜貴は、慌てた様子で、
「!? あ……ああ、頼む秀平!!」
『……俺の事……完璧忘れてましたよね?』
「え……あ~~……とにかく2人共!!」
亜貴は右手の人差し指で2回右頬を軽くかいた後、星川町がある方向へと顔を向け、言った。
「星川町には、俺の……俺が護らなければいけない、大切なヤツらが居るんだ。
町を取り戻す為に……俺の大切なヤツらを護る為に……力を貸してくれ!!」
次回、第1部最終章突入!!