閃光と再会と
和夫は必死に考えていた。この状況を看破する方法を。
あのアトラスツールの特性は、おそらく漫画やゲームに出てくる『振動剣』と呼ばれる武器と同じ。
ハヤト君の『双月』と同じように、刀身の切れ味をアップさせるタイプか……どう対処すればいい?
僕は今まで、武器を持った相手と戦った事は無い。ヘタをすればこっちがやられる。
しかし、いくら考えても攻略法を思いつかない。
「クヒャハハッ! な~~に考えてンですかァ? 丸腰のヤツが武器持ったヤツに勝てるワケ無いっしょ!?」
翔也がアトラスツール『ナイトリッパー』を床から抜き、ニタニタ嗤いながら近付いて来る。
くそっ! どうすればいい!? どうすればいい!?
和夫は頭をフル回転させた。しかし、追い詰められたからといって策を思いつくとは限らない。
翔也が和夫の前方に立つ。和夫と麻耶はもうダメだと思った……その時だった。
「「!!?」」
和夫と麻耶は驚いた。思わず、目を見開いていた。
なんと亜貴が翔也の右側へと、いつの間にか回り込んでいたのだから。
翔也は、和夫が目を見開いたのは、死が目前に迫った事による緊張のせいだと勘違いしていた。
だから、亜貴の接近には全然気付かない。
亜貴が右拳を、翔也の後頭部に叩きつける。
翔也が廊下の東側へと、豪快に吹っ飛び、床に落ちて転がった。
翔也は一瞬、なにが起こったのか分からなかった。
すぐに、意識が飛びそうになりながらも、なんとか体勢を立て直し、状況を確認する。
そして翔也は、ようやく自分が亜貴に殴られた事を知った。
「い……ってぇじゃねェかよテメェ!!!!!!!」
翔也が激昂しながら亜貴に近付き、『ナイトリッパー』を振り上げ、亜貴を目掛けて振り下ろす。
「亜貴さん逃げて!!!!」
「亜貴先輩逃げてください!!!!」
和夫と麻耶は同時に、亜貴に向かって叫んだ。
だが2人が叫ぶのとほぼ同時。亜貴はなんと紙一重で『ナイトリッパー』をかわし、
振り切ったばかりで次の動きに転じる事ができない翔也の顔面に、右拳を叩き込んだ。
翔也が豪快に、後方へと吹っ飛んだ。同時にその手から『ナイトリッパー』が落ち、廊下を転がる。
「「……………え?」」
一瞬の間に起きた様々な出来事が、頭の中で処理し切れていない為、和夫と麻耶は唖然とした。
「ぐぅ……が……な……ぜ?」
一方、仰向けに倒れ、鼻血を出している翔也は、信じられないと言いたげに亜貴を見た。
すると次の瞬間、翔也の顔が凍り付いた。まるで、悪魔を目の前にしたかのような顔だ。
いや。案外今の状況は、それと酷似しているかもしれない。なぜなら、
亜貴は今、鬼神の如き形相で翔也を見下ろしているのだから。
「……あ……が……あ……あ……」
翔也の中に、亜貴に対しての恐怖が生まれた。
緊張のあまり、うまく言葉を発する事ができない。
身体全体が、ガタガタと震えた。冷や汗が、全身からブワッと噴き出す。
亜貴が、1歩1歩、着実に翔也へと近付く。
しかし奇跡的にも、追い詰められたせいもあり、生死を分ける極限の状況下で、
翔也の生存本能はとっさに働き、翔也は無意識的に、慌てて『ナイトリッパー』を探した。
『ナイトリッパー』は、目と鼻の先にあった。
コレさえあれば!
そう思った時、少し身体の緊張が解けた。
翔也が『ナイトリッパー』へと手を伸ばす。
だがその瞬間、亜貴は『ナイトリッパー』を遠くへと蹴り飛ばした。
次の瞬間、翔也の中に恐怖だけでなく、絶望も生まれた。
こ……殺される!!
そう思った直後、翔也は今度は亜貴に、左手で頭を掴み上げられた。
「!!!!!!!?」
一瞬なにが起こったのか、翔也はすぐには理解できなかった。
そして理解した直後――――亜貴の右拳が翔也の腹に突き刺さった。
「ご……がは!!!?」
翔也の口から、大量の血が吐き出された。
だが、亜貴はこれで終わりにはしなかった。
「……まだだ」
そう言うと同時、亜貴はもう1度、翔也に右拳を突き刺す。
もう……これ以上我慢できない。コイツが……多貴子を……奈美を……奈央を!!!!!!!!!
亜貴の両目に、涙が浮かぶ。
多貴子達を喪った悲しみ。自分の無力さへの後悔。それら全てがこもった涙が。
「多貴子達や……他の犠牲者のみんなの苦しみは……………こんなものじゃないぞおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっっっっっっ!!!!!!?」
亜貴が、全力を込めた右拳を、翔也に突き刺そうと構えた。
このままじゃ……亜貴さんは人殺しになってしまう!!
和夫が、叫ぶように亜貴を呼ぶ。しかし亜貴には、その声は届かない。
亜貴先輩……もう……こんな事……やめてください!!
麻耶が、亜貴の元へと駆け出した。しかし、このままでは間に合わない。
誰もが最悪の事態を、覚悟した。だがその時だった。
「フラッシュ・メーサー」
そんな厨二病全開な技の名前が全員に聞こえると同時、亜貴の右肩を、一筋の細い閃光が貫いた。
「な……があああああああぁぁぁぁぁぁあああああああっっっっっ!!!!!!?」
亜貴が左手を翔也から離し、激痛が走る右肩を左手で押さえる。
「「……えっ?」」
その様子を見て、和夫と麻耶は唖然とした。
なにが起こったのか、全く理解できなかった。
だがそんな緊迫し、混乱した状況を壊すように、
「〝僕の部下〟を傷物にしないでよ、亜貴君」
床に落ちた、すでに気絶している翔也の後方に、のほほんとした声を出しながら1人の男が現れた。
黒いスーツ姿の、まるでホストのような顔立ちをした成年だった。
いきなり登場した謎の人物を前に、和夫と麻耶は唖然として立ち尽くした。
いったいこの男は誰なのか。翔也の上司だと分かったハズなのに、一瞬分からなくなった。
しかしその沈黙を――――
「……お前……〝ハルヒト〟か?」
――――亜貴は破った。
すると成年――――上村ハルヒトは、ニッコリと笑いながら、
「そうだよ亜貴君。僕だよ」
「「「!!!!!!!!!!!?」」」
次の瞬間、3人の中に戦慄が走った。
目の前に居るのが亜貴の知り合いだと分かった以上に、
その男から、〝ヤバイなにか〟を3人は感じ取ったのだ。
「いやぁ、驚いたよ。まさかこんな所で再会できるなんてさ! 奇跡に近いよね?」
「……お前、いったいなんでここに?」
目を丸くしながら、亜貴は目の前のハルヒトに尋ねる。
痛みなど、目の前で起きている混沌とした状況下のせいで、とっくに感じなくなっていた。
するとハルヒトは、相変わらずニコニコと笑いながら、
「アハハッ! まだ気付かない? 僕がこの事件の黒幕なんだよ?」
もはや隠しておく必要が無くなったのか、ハルヒトは包み隠さず話し出した。
「しっかし、君はいつも凄いよね? そのカリスマ性で様々な特技を持つ者を引き寄せ、
その者達と協力し、いかなる謎、罠を看破する。君の噂は聞いていて飽きないよ」
「……ウソだろ? ハルヒト?」
亜貴は今分かった事、思い出した事を、徐々に頭の中で整理しながら、尋ねた。
頭の中で、〝曖昧だった記憶〟が鮮明によみがえってきた。
そう。あの時裁判所に居たのは――――
「お前なのか、ハルヒト? 多貴子の〝再婚相手〟は」
「「!!!!!!?」」
思いも寄らない瞬間に判明した事実に、和夫と麻耶は驚愕した。
するとハルヒトは、閉じているその両瞼をわずかに開け、告げた。
「ああ。そうだよ。いやぁ、ホント面倒だったよ。あの子を君から奪い取るのは。
でも〝実験の為〟だけに、拉致するというリスクの高い手段は使えないから、
わざわざ知り合いの『脳神経操作』とかいう特性を持つアトラスツールをはめた男に頼んで、
〝とんだ茶番〟をやるハメになった。まぁそれなりに面白かったからよかったけどさ♪」
「!!? な……なに言ってんだ、お前?」
「アハハッ! 僕が高校時代、あの子に1人の女としての興味を持っていたと思っていたのかい?
とんでもない! あんな微ヤンデレ、誰が好きになるかっつーの!
あの子にはねぇ、ただの〝実験体〟としてしか興味を抱けないよ!
あぁそうだ。あの子の正体、この際だから君に話しておくよ」