逆襲の赤毛
7月11日(月) 午前10時9分
「西木右京先生? ちょっと〝秘密の部屋〟について聞きたい事があるんですが?」
『西木右京』という、病院の3階の廊下を歩いていた、
頭がハゲた40代前後の医師に、何者かが後ろから声をかけた。
〝秘密の部屋〟? いったいなんの事だ?
右京は一瞬そう思った。だがすぐに〝あの部屋〟の事を指しているのでは、と不安を抱く。
しかしすぐに〝あの部屋〟の事ではないのでは、と思い直し、
「はい? いったいどの部屋の事でしょうか?」
そう言いながら、営業スマイルのまま後ろを振り向く。
すると目に飛び込んできたのは、30代前後の男性と、
20代前半くらいの小柄な女性、そして女性と同い年くらいの男性の3人。
右肩と右腕の関節が脱臼した(正確には脱臼させられた)
秀平の見舞いという名目で病院を訪れた、亜貴と和夫と麻耶だった。
「西木さん」
真剣な顔をして、亜貴が再び右京に尋ねる。
「東側の階段の壁の中に隠された部屋の、〝階段の先にある部屋〟の事ですよ? 知っていますよね?」
次の瞬間、右京の中に戦慄が走った。
なぜだ? なぜこの人達は〝あの部屋〟の事を知っているんだ!? いやそもそも……この人達は誰だ!?
右京が、目を丸くして亜貴達を見た。
すると亜貴は、右京がなにを言いたいのか悟ったのか、
「〝あの遺体安置所にも似た部屋〟で保管されている遺体と同じ症状で死んだ者の家族だ」
右京を睨み付け、亜貴は告げる。
「な……なんだ……って?」
バカな!? 患者は全て〝あの男〟の匿名の通報でこの病院に極秘に運ばれるハズなのに……!!?
いや、そんな事を考えている余裕は無い。〝あの部屋〟の存在がバレた以上、すぐに逃げねば!!
右京はすぐに体を180度回転させ、その場から逃げ出そうとした。
だがそれを、亜貴は許さない。亜貴は右京の両肩を力強く握り締めた。
「痛っ!!?」
「なぁ右京サン? 逃げられると思っているのかよ?」
亜貴が、さらに強く右京の両肩を握り締める。
「全てを話せ。そして全ての罪を償え。一生を懸けてでも!!」
亜貴は声を荒らげ、右京に言った。
亜貴は、本当は今すぐにでも右京を八つ裂きにしたかった。
それだけ今回の事件に関わっている犯人全てを憎んでいた。
だけど同時に、部下の手前、そんな事をしたくはないとも思ってもいる。
そんな相反する思いのこもった、怒号だった。
すると右京は、次の瞬間その場で膝から崩れ落ちた。
『〝あの部屋〟について、すぐに会って話したい事がある。』
亜貴、和夫、麻耶の3人が見守る中で、右京は病院の自室にあるコンピュータからメールを出した。
今回の事件に関わる〝とある企業〟の使者へのメールらしい。
「……右京さん、相手の企業についてなにか知っていますか?
あと、あの遺体の人達を、あなた達はどうするつもりだったのですか?」
亜貴の怒号を聞き、未だに椅子の上でガクブル状態の右京に、その隣に立つ麻耶は尋ねた。
本当は、その質問は亜貴がしたかった。
だけど、憎しみによる衝動に任せて右京を殺しかねないと判断し、和夫と麻耶に質問を任せた。
ちなみに亜貴は、麻耶と和夫、そして右京に背を向けて、右京の自室にあった別の椅子に座っている。
「……なにも……分からない」
「?? なんでですか? あなたはその企業の一員でしょう?」
どういう事なのか分かりかね、今度は和夫が右京に質問した。
すると右京は、ポツリポツリと、全てを話し出した。
「……私は……ダメな男だ……ギャンブルにハマって……借金をして……
それで取り立てが病院に来て……挙句が果てに病院長に『さっさとどうにかしないと辞めてもらうぞ』
と言われて……まさに崖っぷち……そんな時……〝あの男〟が……
『借金の肩代わりしてやるから協力してくれないか』と言って……現れたのは……私は……
ただ借金を返すためだけに……あの男に協力しただけだ……ここで患者や遺体を預かる……それだけだ」
「「〝あの男〟?」」
和夫と麻耶は眉をひそめ、同時に右京に尋ねた。
すると右京は、今度は嗚咽を漏らしつつ話し出した。
「〝赤髪〟の……さっきメールを送った相手だよ」
…………………………〝赤髪〟?
『赤髪』という単語を聞いた瞬間、亜貴の体がピクッと反応した。
同時に和夫の頭の中に、〝ある人物〟の顔が浮かぶ。
もしやと思い和夫は、おそるおそる右京に尋ねた。
「まさか……その人って……」
昨日の夜。〝あの部屋〟に入ってすぐに亜貴に言われた事を思い出した。
多貴子達の血液に異星人の血液が含まれていたと、星川総合病院の医師から連絡があった事。
そして、今回の事件の裏には、異星人の存在を知っている、
なんらかの組織が居るのではないかと、自分は考えている事を。
という事はまさか……この事件のバックに居るのは……。
和夫は〝その男〟の名前を言おうとする。
だがその瞬間、その男に送ったメールの返信が、パソコンに届いた。
『分かりました。では3日後の夕方17時くらいに、そちらにお伺いしますね。
ですのでまた【実験体安置室】で待っていてください。』
7月14日(木) 午後16時52分
腰のベルトに〝ある物〟を挿したある男が、病院の東側の階段を目指し、歩いていた。
西木右京という、男が今居る病院に勤めている医師の1人と会う為だ。
だがその階段に向かう途中にある廊下を歩いている時、男は強烈な殺気を感じ取り、とっさに足を止めた。
「……やっぱり、お前だったのか。青樹翔也」
その殺気を放つ者――――亜貴が、さっきを放つ相手である翔也に、後ろから声をかける。
いや、亜貴だけじゃない。その後ろには和夫と麻耶が居る。
すると翔也――――ランスとエイミーを拉致しようとした2人組の片割れで、
1度『連邦留置場』に入れられたが、何者かの手を借りて脱獄し、
そのまま行方不明となっていた赤髪の男は、いやらしくニタァっと嗤いながら、
「あっれェ~~? まさか俺、ハメられたんですかネ~~……なンて、思ったりすると思いましたかぁ?」
抑えていた怒りと憎しみが一気に爆発するような、挑発的な言い方だった。
だけど亜貴は、なんとか冷静を保とうと努力しながら、赤髪の男こと翔也に尋ねた。
「……お前、いったいなんなんだ? ランスとエイミーを拉致しようとしたり、
俺の家族を苦しませたり……いったいなんの為にこんな事を!!?」
だけど、思い出すだけで冷静を保っていられなくなってきた。
亜貴は、今すぐにでも翔也を殺しそうな勢いで、床を蹴ろうとする。
だがそれを、亜貴の後ろに居た和夫が亜貴の右腕を、
麻耶が亜貴の左腕をそれぞれ掴む事で、なんとか止めた。
ランス? エイミー? いったい誰の事?
亜貴の左腕を掴んでいる麻耶は、一瞬亜貴の台詞に疑問を持った。
だけど今はそんな事を考えている余裕は無い。
今は亜貴先輩を止める事だけに集中しないと……このままじゃ亜貴先輩……人殺しになっちゃうかもしれない!!
麻耶が、亜貴の左腕を掴む、自分の両腕に力を込める。
「亜貴先輩……今は……抑えてください。私……亜貴先輩を人殺しにしたくない」
その両目に涙を浮かべながら、麻耶は亜貴に訴えた。
するとその光景を見ていた翔也は、まるでワケが分からないと言いたげな顔をして言った。
「なンですかなんなンですかァ? 友情ごっこなンですかぁ~~?
マジ気持ちワリィからぁ……さっさと死ンでくれませンかぁ!?」
翔也が、腰に巻いたベルトに挿していた物――――ロングソードと呼ばれる西洋の剣を鞘から抜いた。
そしてそのロングソードの切っ先を亜貴達に向け、翔也は叫んだ。
「ロングソード型〝宇宙武具〟『ナイトリッパー』仕掛け発動!!」
「なっ!!? アトラスツールだって!!?」
なんであの男がアトラスツールを!? ありえない!
和夫は驚愕のあまり目を丸くしつつ翔也を見つめ、思った。
なぜならアトラスツールは連邦軍、またはハヤト達が所属する団体の、
ハヤトやギンを含む『武装組』の者にしか持つ事を許されない危険な武器だからだ。
……アトラスツール? なにそれ?
異星人関係の人間ではない故に、和夫以上に状況を理解できない麻耶は首を傾げた。
しかし、翔也が持っている武器が超危険な物である事は、目で見て分かった。
なんとアトラスツール『ナイトリッパー』の刀身が超高速で振動しているのだから。
「超高速振動!? ちょっとちょっとなにあの武器!?」
漫画の中でしか見た事が無い、この世に存在しないと思っていた武器を目の前に、麻耶は驚愕した。
ただちに麻耶は、この状況の説明ができるであろう和夫に説明を求めようとした。だが次の瞬間、
翔也がいつの間にか、亜貴の目の前まで迫っていた。
「「!!?」」
とっさに麻耶は亜貴を自分の方へと引き寄せ、和夫は瞬時に麻耶に合わせ、亜貴を麻耶の方へと突き飛ばす。
亜貴が麻耶と一緒に北側の壁にぶつかる。和夫は南側の壁へとぶつかった。
最初、和夫はロングソードの刃を避けきったと思った。
しかし攻撃範囲を見余ったのか、左腕に浅い傷を負う。
「ぐぅっ!」
和夫は痛みのあまり顔を少々歪めたが、なんとか痛みに耐え、翔也を見据えた。
とその瞬間、翔也が持つアトラスツール『ナイトリッパー』が、勢い余って病院の床を斬り裂いた。
病院の床がまるで豆腐のように、なんの抵抗も無く斬れた。
そして刀身が床に半分埋まったところで、翔也は唖然としながら亜貴達を見る。
「へぇ? 避けたンだ? 生意気だなオメェら」
翔也が亜貴達を見ながら、またいやらしく嗤った。